南宮より
建物には鎖を巻かれ、その上から鉛で固められ、食物は小さな穴から差し出されるのみ。
ここまで憎まれる様な事を、祁鎮は弟に施した記憶はなかった。
否が応でも、今は罪人扱いの王振が教えてくれた、あの小屋の中身の事が頭を何度も往復する。
否、彼は、物心つく遥か前からあの小屋にいたのだ。
青年になってからここに入れられた自分とは違うのだ。
彼は、あの小屋と格子の向こうに見える僅かな空間を世界の全てとしているのだ。
そう考えれば、少しは気分が楽になった。
草原でも、南宮でも味方が居なかった訳では決してない。
共に連行された侍従たちは懸命に自分を守ろうとしていたし、オイラトの者達は暖かくもてなしてくれた。
『母』は、太子を懸命に東宮に留めようとしているし、何よりも皇后は
―――――自分の片目と片腕を犠牲にしてまでも、自分が帰ってくるその日を、ひたすらに、天に祈り続けていた。
ああ。その涙も、聲も、全て伝わってくる。
もしかしたら、草原までもずっと伝わっていたのかも知れない。
やはり、皆の顔を再び見るその日まで、焔を絶やす訳にはいかぬ。
***
紫禁城のさざ波を感じ取るかのように南方で続いた民変もあらかた鎮圧し、京営も土木堡以前より高い水準の兵力となった。
あのエセンは、掲げていた筈のトクトアと相争い、求心力を自ら手放して同じオイラトに殺されたと聞いた。
何もかもが、傍からは順調に、見えたろう。
だが、于謙にはいよいよ、宮廷はどんな戦場よりも残虐な場所としか思えなくなってきた。
『救国』の予言を叶える為に、幾らの恨みを買ったろうか?
『あんたの御蔭で俺は戦犯から英雄になれた』と笑った石亨は、まだ科挙に受かる前だった于謙の長男を都督にしようと上奏した。
『そんな報恩は御免蒙る!』
于謙も彼がその様な発想に至る人物だと知って幻滅したし、
彼も『人の好意を素直に受け取らない奴ってのはな、結局誰も彼もを不幸にしていくんだよ!』と捨て台詞を吐いたらしい。
既に日は傾き、風もそろそろ収まる時刻だ。
鳥もねぐらで鳴き、人は眠りの世界へ、ゆったりと入り込む。
事を解した真白な雲は、
雨と成って山へ帰っていけるのに。
英宗の扱い、ある意味謎皇子を越えているかも。
銭皇后ちゃんまじ天使。
エセンが殆どモブのまま死んで申し訳ない。
資料集めをする内に石亨が気になってきた。何となく呉三桂とキャラが被っている様な気がする。
(騎射が得意な大刀使いで、父の代からの武官で、世渡り上手で、何より『きたない』系猛将)
最後の数行は例によって于謙の詩の曲解訳。