上皇の帰還
北京にやっと帰れるというのに、祁鎮に笑顔はなかった。
弟の下で権力を握った兵部尚書は、自分を草原に放置して、干からびるのを待とうとしたらしい。
『それは流石に不味い』と群臣から異論が続出し、『やむなく』迎えを出したと。
共に捕えられていた同胞と共にあの女真の宦官を謀略で刻んだのはいいが、その後に来た迎えは、
一つの輿と、たった二頭の馬ばかりであった。
仮にも『上皇』が前例の少ない存在と言え、それはないだろう。
***
「市井の誰もが、あんたの事を『岳公の再来』と評しているぜ」
「同じ科挙出身の、文官系名将だからって」
「後は、草原から戻った上皇をどうするかだな」
ああ、それについてはもう結論が出ているのですよ。
今度の戦で、私の俸給は上がりましたが、それを全て、軍制改革につぎ込んでしまって。
相変わらずの、貧乏官僚のままなのです。
ですが、帝から幾ばくかの賜り物がありまして、それだけはどうしても手放せないのです。
やっと、私も報われる事を許される時が来たのだと思えば。
私の魂魄をチリチリと焼き焦がそうとする暗い焔は。
消す事は許されなくとも、遠ざける事は出来るでしょう。
空気の通らない暗室なら、焔もいつか自然に消え失せる。
―――――――于謙はやっと、今しがた、若き日に視た『妖魔』の正体を理解した、ような気がした。
あれからどれ位の時間が経ったのだろう。確か、もう四代も前の帝の御代だ。
何時の世も花が美しく咲くとは限らないし、
満月も一年のうちたった十二回しか見る事は出来ない。
万物は栄枯盛衰から逃れられない。
どうして人間ばかりが若いままで永生できるだろうか。
『何かを得る事は即ち何かを失う事である』、永遠のテーマですよね。
于謙が土木の変時点で50越えていた事に驚き。