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君が教えてくれた大切なこと

作者: 佑紀

2年経った今でも僕は頻繁に思い出すことがある。


高校3年生の時に出会った1人の女の子の事を。





高校3年生の頃の僕の精神は相当荒れていた。


僕の家は父親がとても厳しく母親も同様に厳しかった。僕に小さい頃から勉強を強いて中学校から有名な私立校に入学させ、難関大学の医学部以外は認めないと言い続けてきたぐらいだ。


僕にはそれに逆らえる力がなく親の言いなりになるしかなかった。


そんな僕でも小さい時から夢はあった。画家になること。それが小さい時から僕が抱いていた夢だった。


しかし、それは無理な話だった。親に芸術大学に行きたいと言っても許してくれないのが目に見えていたからだ。


僕の父親は医者を仕事としていて将来、僕にもそうなってほしいと思っているようだった。だからこそ医学部しか認めないという馬鹿な考えを持つのである。


結局、僕は画家を夢見ながらもそれを半ば諦めながら親の言いなりになりながら生きてきたのだった。


そして、それが原因で僕の精神は少しおかしくなったのだった。


学校でも家でも塾でも受験や勉強の話。時間が過ぎるにつれて僕は精神を支配されてしまいそうだと思い、それを酷く恐れた。今思えば、精神がおかしくなるのは目に見えていた結果であると言える。


高校3年生になり4ヶ月が過ぎた頃には僕はよく塾をサボる様になった。せめて少しでも勉強から離れられる場所へ行きたかったのだ。それは僕の精神のまだ大丈夫だった場所がこれ以上壊れない為にとらせた行動だったのかもしれない。


僕は塾の時間である6時から10時までいろいろな場所で時間を潰した。お金には恵まれいたのでその方面で困ることはなくいろいろな事をしていた。と言っても、ゲームセンターやカラオケぐらいしか行くあてはなかったのだけど。


塾をサボり始めるようになって2週間ほど経った頃だったと思う。僕はその日も塾をサボり街をブラブラしていた。特に行くあてもなくいつの間にか病院の前にいた。一瞬、父親の事を思い出し離れようとしたがそこは父親が働く病院とは違う場所だった。


僕はホッと胸を撫で下ろしながら病院の方に顔を向けた。そこの病院の敷地は遠く庭では多くの患者らしき人達が散歩していたりお喋りをしていた。


僕はしばらく患者達の様子を眺めていたがある一点に僕の視線は釘付けされることになった。そこには僕より少し年下の女の子が1人でベンチに座っていた。


彼女の周りにはなんとなく不思議な空気が流れているように感じた。そしてそれが、僕の心を強く惹きつけた。もしかしたら僕の精神の壊れていた部分が惹きつけられたのかもしれなかった。


僕は無意識の内の彼女の方へと歩を進めていた。歩きながら自分でも不思議に思っていた。どうしてこんな事をしているのだろうと。しかし、そんな考えは意味もなく僕の足は彼女の方へと歩いていった。


彼女に5mほどまで近づいた時に彼女は僕に気付いたようだった。


「こんばんは」


僕は彼女に向かってそう言った。それはほとんど無意識の内の行動だった。


「こんばんは」


彼女は少しだけ訝しげな顔をしながらも挨拶を返してくれた。


「隣に座ってもいい?」


僕は彼女の座っているベンチの空いてる部分を指差しながらそう言った。今思えば、我ながら大胆な行動だと思う。


「どうぞ」


彼女はさっきまでの訝しげな表情ではなく優しそうな顔でそう言った。


僕と彼女はほとんど無言でただ座っているだけだった。僕が稀に適当な質問をして彼女が短い言葉で返事を返すぐらいしか会話はなかった。


そのままの状態で1時間ぐらいが過ぎた。彼女はおもむろに立ち上がり、


「もう外出時間が終わりだから私は行くね」


と言った。僕は頷きながら時計に目をやった。時間は8時5分前を示している。どうやら外出時間は8時までだったらしい。


「うん」


僕は短くそう答えた。彼女は僕の返事を聞くと別れの挨拶を言ってから病院の方へと歩いていった。


僕は彼女が見えなくなるまで見送ってから立ち上がった。そしてもう1度時間を確認した。時間は8時丁度を示していた。庭には患者の姿は見当たらなかった。


僕は塾の終了時間までの残り2時間を潰すためにゲームセンターへファミレスへ行ったりした。そんな僕の頭は彼女のことばかりを考えていた。


次の日は土曜日だった。休みの日と言えど勿論、塾はあった。それは恐ろしいことに午前10時から午後8時までだった。


僕はさすがに前日サボっているのでその日は塾へ行くことにした。そして、同時にある事を決心していた。それは明日(つまり日曜日)は塾をサボり彼女に会いに行こうという事だった。


彼女に会うと決めてから僕の心は余計に彼女に支配されていた。塾の講義なんて耳に入りはしなかった。考えたのは彼女の事だけだった。僕は1度会っただけの彼女にここまで惹かれてる自分に少し驚いていた。


そして待ちに待った日曜日。僕は9時半頃に塾へ行くふりをしながら家を出た。そして塾へは勿論、向かわず直接病院へと向かった。


病院についてからすぐに彼女の姿を探した。そして、それはすぐに見つかった。彼女は前と同じ場所に座っていたのだ。


僕は前と同じように彼女に近づいていった。彼女の方はというと、今回はすぐに僕に気付いてくれたようだった。


「おはようございます」


前回とは違い今度は彼女から挨拶をしてきてくれた。


「おはようございます」


僕は彼女と同じ言葉を返し隣に座ってもいいかと尋ねた。


「どうぞ」


前と同じように彼女は隣に座ることを許してくれた。


僕達はまたほとんど無言で座っていた。だけど前回もそうだったが僕にとってそれは苦痛な時間ではなかった。逆に心地よい時間だった。彼女の周りには不思議な空気が流れていてそれが僕をそんな気持ちにしていたのだと思う。


「どうして病院へ来るんですか?」


返事の時しか口を開かなかった彼女が突然、僕にそんな事を尋ねた。それに対して僕はなぜか少しも驚かなかった。


「自分でもよく分からないんだ。理由があるとすれべ、ただここに居たいからかな」


「そうなんですか」


彼女はそう言うとまた今までと同じように黙ってしまった。そして、そのままどちらも口を開かないまま1時間以上が過ぎていった。


「空綺麗ですね」


彼女が突然そう言った。彼女の方を見ると顔を上に向けていた。僕もそれを真似て空を見た。確かにそこには綺麗な空が広がっていた。


「本当だ。こんな綺麗な空は久しぶりかもしれない」


「そうなんですか?それは勿体無いですね」


「君は良くこんなに綺麗な空を見るの?」


「はい。頻繁までとは言いませんけど度々目にします」


「へぇ、気付かなかった。僕は俯いてばかりだったのか」


「そうなんですか?」


「うん。少なくともここ最近は空を見上げたことがなかったと思う」


「何か辛いことでもあったのですか?」


「どうなんだろう。少しだけ自分の人生に嫌気がさしてね」


「そうですか」


彼女はそう言うとまた無口に戻った。僕も同じように口を閉じた。そして、また長い沈黙の時間が始まった。


「昔、一度だけ空を描いたんだ」


沈黙が始まってから1時間以上が経ってから今度は僕の方から話を切り出した。


「空を?あなたが画家なんですか?」


「いや、画家ではないよ。昔の夢だったんだ」


「そうですか。それで?」


「うん。この空ぐらい綺麗だった」


「どうして1度だけしか描かなかったのですか?。何度も綺麗な空は広がっていたのに」


「それは描いた次の日からなんだ。僕が空を見上げなくなったのは」


「どうしてですか?」


「夢を叶えるのを諦めてしまったからだと思う。絵を描いていたのを思い出すのが嫌で見上げないようにしていたのかもしれない」


「なぜ夢を諦めたんですか?」


「僕の親は僕が医学部以外に行くのを認めないんだ。だから学びたくても絵について学べないからね。諦めざるをえなかったんだ」


「そうですか」


「うん」


そうしてまた2人の沈黙は始まった。僕達は最初に比べると長い時間、話すようになったけど沈黙の長さは変わらなかった。


5時ぐらいになった頃だったと思う。突然、彼女が立ち上がり、


「もう部屋に戻りますね」


と言った。僕は頷きさようならと言った。彼女は僕に挨拶を返すと病院の方へと歩いていった。


僕には3時間もの時間が残されることになった。結局、その日もゲームセンターやファミレスへ行って時間を潰すことになった。


次の週の平日は僕は毎日、塾に通った。本当は行きたくなかったのだけど少しでもばれないようにするにはこういう努力が必要だった。


そして土曜日。僕は病院へ向かうことにした。日曜日に行くつもりだったのだけどさすがに6日連続、塾へ行くのは嫌気がさし止めることにした。


病院につくと、今までと同じようにすぐに彼女を見つけた。そしていつも通り彼女の方に近づいた。彼女の僕に気付き前回と同じように挨拶をしてくれた。


僕は隣に座っていいかと尋ね彼女はどうぞと答えた。そして、そのまま沈黙が始まった。


「親の言いつけどおりに医学部に行くんですか?」


彼女が突然、そう言った。前回の話の続きのようだった。


「多分。そうなるんだと思う。不本意だけどね」


「じゃあ嫌だと言ったらどうですか?夢があるんでしょう?」


「そんな話が通じる相手じゃないから」


「結局それは言い訳じゃないんですか?」


僕は驚いた。今までの彼女の口調とは明らかに違っていた。


「言い訳?」


「はい。夢を追って叶わなく親に責められたりするのが恐いだけなんじゃないんですか?」


「・・・・・・・・」


「だから予め夢を諦めそれを他人のせいにしてるだけじゃないんですか?」


「・・・・・・・・」


「夢というのは努力する人が使うべき言葉です。あなたみたいな人が使ってはいけません」


「・・・・・・・・」


何を言えなかった。彼女の言ってることは全て正しかったから。


本気で親を説得すればどうにかなったかもしれない。それが駄目でも家を出て行けば自分の志望校へ行けたのかもしれない。でも結局、僕はその道を簡単に捨てた。恐かった。失敗するのが恐かった。だから逃げて夢を諦めたことを親のせいにした。そうでもしないと自分の心がおかしくなってしまいそうだったから。


「今からでも遅くないと思いますよ」


彼女は今までの口調に戻っていた。


「うん」


僕の返事を合図に沈黙が始まりこの日、僕達はこれ以上口を開かなかった。


次の日。僕はまた病院へ行くことにした。土日の塾を連続で休むのはとても危ないことだったけどどうしても彼女に会いたくなっていた。


病院へ行きいつもの場所で彼女を見つけ近付きいつものやりとりをしてから僕は彼女の隣に座った。


その日の空も綺麗な空だった。彼女と2度目に会った日と同じような綺麗な空だった。


「昨日はありがとう」


僕はそう言った。彼女はそれを聞いて笑顔を見せてくれた。それにつられて僕も笑顔になった。


「そういえばさ君は夢はないの?」


僕はいきなりその事が気になったので聞いてみた。すると笑顔だった彼女の顔に少しだけ曇りがかかったような気がした。


「あるよ。でも私の夢は多分、叶わない」


「え?」


「私はお嫁さんになりたい。そして幸せな家庭を築きたい」


僕はそれを聞いた瞬間、悟ることが出来た。どうして彼女が私の夢は叶わないと言ったかを。


「大丈夫。きっと叶うよ」


「え?」


彼女は驚いたような顔をしていた。


「きっと叶うよ。君の夢。叶わなかったら僕が叶えてあげる」


彼女はきょとんとした表情をしてから笑顔になった。


「あなたが私の旦那さんになってくれるの?」


「もしも君の相手がみつからなかったらね。そんな事はないと思うけどね」


「じゃあ私は安心してもいいみたいね」


「そういうことだね」


僕達はお互い笑いあいながら見つめあった。初めて見る彼女の目をとても透き通っていて儚い色だった。


僕は彼女の唇に自分の唇をゆっくり近づけた。彼女はそれを見てゆっくり目を閉じた。そして1秒後僕達の唇はかるく触れ合った。触れたか触れなかったのか分からないぐらいに。


次の日から彼女が庭に現れることはなくなった。僕は病院の中に入り彼女を探した。名前も知らない彼女の病室を探すのは大変で看護婦さんに尋ねながら30分ほど費やしやっとのことで見つけることが出来た。


しかし、その部屋には入ることが出来なかった。彼女の病気は発病してしまい相当重いものになってたらしい。そんな患者を入れてる部屋に世間から見れば彼女とは知り合いですらない僕が入れるはずがなかった。


そして、1ヵ月後にはその部屋から彼女は消えていた。正確に言うとこの世から。彼女は死んでしまったのだった。夢を叶えぬまま。


僕はその日から2ヶ月の間、無気力になってしまった。何をしてもやる気が出なくまるで鬱病になったように生きていた。


でも、そんな状況から僕が救われる日がやってきた。勿論救ってくれたのは彼女だった。


僕はある日、彼女が入院していた病院へと足を運んでいた。それは無意識で理由なんて分からなかった。多分、彼女の面影を追っていたのだと思う。


僕はいつも彼女と並んで座っていた席に座った。勿論、そこには彼女の姿はなかった。だけどあの不思議な空気だけはまだそこにあった。まるで彼女がそこにいるようにその空気だけはそこにあり続けていた。


僕は長い間、そこに座っていた。次第に彼女が隣にいるんだと錯覚するようになっていた。そして僕は彼女に語りかけていた。


「君に出会えてよかったと思ってる。大切な事を君から教わることができたから。僕は夢を追いかけることにしたよ。でも、動くことができないんだ」


僕の瞳からはしだいに涙が溢れていた。それはとても止まりそうになく頬を伝っていった。


「君は僕の中で大きくなっていたんだ。そう大切な人になっていたんだ。君の旦那さんになってあげる話、本気だったんだ。でも、もう君はいない・・・」


もう僕は声を出すことが出来なくなっていた。涙が止まらなかった。


その時、僕はあの不思議な空気に体全体を包まれたような気がした。そして彼女の声が遠くから聞こえてきた。


「大丈夫。あなたはきっと歩いていける。私は夢は叶わなかったけど最後に大切な人ができたからそれで幸せだと思ってるよ。だから大丈夫。あなたは自分の夢を追いかけて」


僕はその声を聞いたとたん、安心感に包まれたような気がした。そのせいなのか僕は眠りに落ちていった。


目を覚ますと、すっかり日が暮れていた。どうやら長い時間眠っていたようだ。


僕は起き上がり頭を少し振って脳を起こした。そしてある事に気が付いた。


あの不思議な空気がなくなっていた。確かに感じていたあの空気はもうここには存在しなかった。多分、あれは本当に彼女だったのかもしれないと僕は思った。


「ありがとう」


僕はそう言ってから病院を後にした。そしてあれから1度もその病院の訪れていない。





僕は今、芸大の2年生として生活を送っている。あの後、両親を必死に説得して僕は自分の志望校へと進むことが出来た。


今でも時々考える。彼女に会ってなかったら僕は今生きていなかっただろうと。勿論、死んでいるとかそういう意味ではない。屍のように生きていただろうということだ。


久しぶりにあそこへ行ってみようと思う。そして今の僕の状況とお礼を伝えようと思う。彼女はきっと天国で微笑みながら見ていてくれるだろう。



初の短編挑戦です。読んでくれた方ありがとうございました。

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