皆の想い
お城を出て、雪が降る道を歩いていた青年は、ベアについてこう思っていました。
このベアと呼ばれている子は、正義感が強くて、優しい子だな…。
僕なんかとは、大違いだ…。
『ねぇ、あなたのお名前は…?』
ポシェットの隙間から、顔を覗かせてベアが青年を見つめていました。
『…僕は、クリスと申します。あなたは、ベアさんですよね…?』
『うん。皆は、ベアって呼ぶんだけど、本当はFloral Bearというんだよ。あと、敬語じゃなくて、良いよ。』
『…あっ、分かった…。Floral Bear…。良い名前だね。』
『私は、春ちゃんと二人で春になったら、お花を咲かせるの。皆は、私の事を普通のぬいぐるみだと思っているけど。お話が変わるんだけど、クリスの目って、とても綺麗ね…。それに本当は、優しい人でしょ。』
ベアの澄んだ真っ黒な目に見つめられて、青年は恥ずかしくなりました。
こんなに、人の事が分かるぬいぐるみがいるのを見るのは、初めてでした。
『…ベア、僕は優しい人じゃない…。雪の女王を傷付けた最低な人間だ…。』
『…そんな事…言わないでよ。皆、あなたの本当の性格を知っているからこそ、“優しい”って言うんだよ。それを、クリスが否定したら、駄目…。』
目をうるうるさせて、青年を見つめるベア。
青年は、自分の間違いに気がつきました。
『ごめんね…。もう、言わないよ…。』
『うん…。あっ、塔が見えてきたよ。』
『ちょっと、走るね。』
『分かった!!』
青年は、塔への道を走り階段も駆け上がりました。
『…はぁ…はぁ…。』
『大丈夫…?』
『…う…ん…。扉を開けるよ。』
そう言って、扉を開くとさっきよりも冷気が襲ってきました。
『…っ…。』
ポシェットのふたを開けて、ベアがぴょんと床へ降りました。
『…冬ちゃん…。』
光を失った水色の目を見ながら、ベアは名前を呼びました。
「…ベ…ア…?」
『そうだよ…。』
さっきの青年と同じように、冬の女王がいる
ベッドまで行こうとしましたが…行けませんでした。
『…氷の…壁だね…。クリス、これを溶かすよ。』
青年は、ベアが何の事を言っているのか分かりませんでした。
『氷の壁…?』
『冬ちゃんが作り出した、心の壁の事…。これがある限り、傍には行けないわ…。』
『そうだったんだ…。』
さっき、僕が行けなかったのも…これだったんだ…。
『冬ちゃん、私とお話しよ…?久し振りに、冬ちゃんに会うんだもの。』
「どうせ、ベアも…私の事…嫌いでしょ…。」
涙を流しながら、冬の女王は言いました。
『嫌いじゃないよ!!私は、春・夏・秋・冬の事、皆好きだよ。冬の真っ白な世界は、ワクワクしちゃうわ。』
「…ベア…。だけど、私は…皆に嫌われているの…。」
ベアは、空中に手をかざしました。
どこかに、氷の壁があると思ったからでした。
『…ここね…。クリスも、一緒に手をかざして。』
『うん!!』
青年も同じように、手をかざしました。
すると、ひんやりとした冷たさが手に伝わってきました。
『こうして、冬ちゃんに話しかけてみて。たぶん、想いは伝わるわ。』
『分かった!!冬の女王、ごめんなさい!!本当は、冬の事…大好きです。すごく…後悔しています…。』
「…あなたの言う通り、私は嫌われているの…。私なんて、いなければ…良かった…。」
その言葉を聞いて、青年の心はズキンと痛みました。
『…っ…。いなくならないで…。あなたには、ずっといてもらわないと困ります!!勝手に亡くなった姉と重ねてしまって、苦しくなって…あんな事を言ったんです…。ごめんなさい…。』
『冬ちゃん!!皆、あなたの事を心配しているわ!!春ちゃんも、落ち込んでいたよ。』
「ベア…、クリスさん…。」
氷が少しだけ、溶けてきました。
冬の女王は、自分の想いを話し始めました。
「…私、夢を見たの…。街の皆に嫌われている夢…。その中に、クリスさんがいたの…。引き込まれそうな程、綺麗な青色の目をした青年…。そんなあなたが、私を嫌い…と言った…。夢から覚めた時、ほっとしたわ…。そしたら、現実であなたがここへ来て…“嫌い”と言ったの…。とても、悲しくて…苦しかった…。」
夢の中だけでなく、現実でも辛い想いをさせてしまって…青年は、申し訳なくなりました。
『…ごめんなさい…。』
青年は、跪いて雪の女王へ目線を合わせました。
『雪の女王、本当は…あなたの事…好きです。冬という季節も、あなたの事も。あなたは、殺されてしまった姉に…よく似ていました。姉が亡くなって、冬が来る度に…苦しかった…。それを、あなたへぶつけてしまって…ごめんなさい…。』
「…クリスさん…。私は、あなたの気持ちを何にも知らず…ごめんなさい…。」
どんどん氷が溶けていき、床には水たまりが出来ていました。
『…雪の女王…!!』
青年は、雪の女王へ駆け寄り抱きしめました。
雪の女王の体は、冷え切っており…青年は凍えそうでしたが我慢しました。
『雪ちゃん、私も好きだよ。』
ベアも、雪の女王を抱きしめました。
「クリスさん、ベア…ありがとう…。」
雪の女王の体は、暖かくなっていきました。
塔の外でも、変化は起きていました。
降り積もった雪が溶けて行き、たくさんのお花が咲き始めていたのです。




