こちらエ○フ店員、店は山田のバーよッ! (短編)
「おい、ライオがボウっとして動かねえぞ」
野太い男の声がして、酒場の景色にピントが合う。
洒落た飲み屋と呼ぶよりは、ゲームに出てきそうな古びた酒場に近いこの「山田のBAR」。
今日も満席で、変わった客が集まっている。
「……困りますね。今からこの栄光のリングで『山田流デュエル』の決勝戦をするというのに」
「そうだ、おい、ライオっ! 聞こえてんだろ」
赤いリングの中央に立つ巨漢の男とその対戦者に呼ばれた。
「おう」と答えて反応すると、デカいほう、つまりトロルのマークが首をまわしていた。
体長は2メートル50センチ。体重はおよそ闘牛一頭分ほど。
あまりの重みにマークが今立っている、この俺つまり山田雷男自家製の赤いリングはギシギシと不気味な音をあげていた。
それに対して、バトルの相手は魔族のものではない人間だ。ただこいつは普通じゃない。
数日前まではこの魔界を滅ぼそうと本気で思っていた男だ。
今も緑色の化け物に対抗するように、細い指をポキポキと鳴らしている。
外見は金髪美肌のイケメンという妬ましい限りの生き物だ。
おかげにこいつには「勇者」という肩書きがあるせいで――
「勇者様~!!」
酒場の外にまで及ぶ女性客から黄色い声があがっている。
クソッ。
少し前にこの勇者から魔界を守ったのは俺なんだぞ。それなのになんで当の勇者様が応援されるんだ。
あいつ、もうハーレム出来上がってんだぞ! そこのリング手前! ゴブリン系小娘たちよ。
これ以上、勇者のパーティーには入れねえぞ。
「おお、ライオどの。殺気を感じるのは俺と対戦したいからなのか? 俺はいくらでも戦ってやるぞ」
「勇者のジェーンよ、断る。こういうイケメンと冴えない男のシチュエーションは、どう血迷ったのかわからない腐○子の餌食になる可能性がある。それに俺はただの審判だ」
「フジョシ? いったいそれは何なんだ」
「知らない方が身のためだ。一種の病と思ってくれればいい」
きっぱりと断って、俺はリングの周りの人の波を見渡した。
勇者には負けるけど、俺にだって嫁立候補はいるんだ。
あくまでも俺の好みってだけだがな。――ほら、あそこに。
「――ライオ。初めてやんなよ。あんたが開戦の鐘をいつまでも鳴らさないから、みんな困っているじゃないか」
「おうよ、サアシャ……」
彼女はこの「山田のBAR」の料理長だ。
料理の腕は俺の母ちゃんを超すし、露出されたその黒い肩がどれほどエロいものか。
彼女はダークエルフである。そして、
「ライオお兄ちゃーん!」
ダークエルフの膝に乗る、三つ編みの女の子が俺を呼んでいる。――癒し。
こんな血の気荒いところにいるというのに、まったく人間の子は空気を和ましてくれる。
俺は微笑んだ。
やってやる。
魔王のクソなんて、俺の敵じゃない。
仲間はゼロから百に。知識は無から憶に。俺の異世界ライフは無駄じゃねえ。
俺はこの魔界のどうしようもない支配者を王座から引き下ろしてやるつもりだ。
死ぬかもしれない。
体のどこかは引き千切られるかもしれない。
恐ろしいが、今日はそのためにも酒場を開くんだ。お互いを研磨するためにも。
金の鐘を手に取った。こうこうと光るライトに目が眩む。
「始める前に一言。この酒場のルールは『殺しあいダメ、武器・魔法ダメ、汚臭ダメ』の三本柱な。マーク、ゲップでお客さんを気絶させないように。そして勇者のジェーン、拳を叩き込む度に微小な麻痺魔法を仕込むのも無しな」
「チッ、バレていたか……」
舌打ちすんな、勇者様。
お前が上目づかいになると周りの奴がやけに熱狂的になるんだよ。
ほら、荒い息をしてるオークの女。興奮どころか逆に怖いよ。
「――と、まぁ。これで115回目の決勝戦になるわけだな。まだ4か月半しか経ってないのに。もはや決戦じゃないんじゃない……」
「マークのせいだよ。1日1回はやりたがるから」
足元の小人が囁いてくる。
まったく審判の隣まで客が詰めかけていたとは。この試合平気か?
「えーと、尻が地面についたり、リングから外に足がついた場合は負けだからな――えっと、巨漢のマークVS勇者のジェーン。第115回目の山田流デュエルを始める!」
キーンと鐘を鳴らして、試合開始の合図を出す。
正直、格闘技のルールは知らないからすべてがオリジナルなんだけど、これはこれで血の気荒い奴らには十分だよな。
店の奥から狂戦士マークぐらいにデカい店長が出てくる。
エールを観客に渡しているみたいだけど、危ない匂いがプンプンするぞ。
「勇者! 恨みはねえけど、骨の一歩、折らせてもらうぜ!」
勇者に目掛けて突進。
トロルのマークはいきなりアタックを出したわけだが、勇者はそれを両手で受け止める。
恐るべし怪力だ。
そして双方は後ろに散って、宙へジャンプした。
「勇者様~」
叫んだのは勇者のパーティーの内の一人だ。
この店に入ってきた時に俺が二度見をしてしまったほどの、かなり可愛い白髪ロングの魔法使い。
彼女は勇者に向かって、手元に持っている白い花束を投げた。
「私の気持ちです。受けっとって」
まさかの告白。
リング外の者どもは皆で白目になったぞ。いや、マジで。
俺の足元にいる小人以外は、この世の終わりを見るかのような目でその子と勇者を眺めたんだからな。
しかし勇者はさして動揺することもなく、宙でその花束を口に咥えてみせるときた。
マークのパンチをよけて、リングの網の上に立つ。
「君が僕のことを思ってくれていただなんて――」
よそよそしく目線を泳がした後に彼女を直視。
はい、きたよ。このプレイボーイめ。久しぶりに勇者をかち割りたくなった。
でも白肌の女の子は見事に惚れてしまったようで、頬を赤く染めたと思ったら隣の姉さまに顔をうずめている。
「ハッピー。今、ハッピーだよね。あの子と勇者はハッピー!!」
下の小人が騒がしい。手をバンザイして、足ではスキップを踏んでいる。
おい、こんなに暴れたら手に持ったエールが――あ、やっちまった。
小人が足を滑らせて、エールを投げ飛ばす。
宙を二、三回飛んだ木樽のジョッキはそのままリングの方へ。
緑色の肌をしたマークが飛んできたジョッキを掴み取った。
「俺は花より酒だぁ。面白い。こいつ、強い!」
だんだん試合にも熱が増していく。
思えばマークの戦闘狂は日常になりかけていたけれど、これも魔界の奴だからなんだよな。
日本にいた頃じゃ、こんな生活を想像することもなかった。
「――ねえ、審判。ここじゃない所からきたんでしょ。どこからきたの? どうしてここにいる?」
小うるさい、小人め。
まだ試合が途中であることを知っての質問なのか?
足で追い払ってやろうかと思ったが、「お客様は神様」という日本人の血に逆らうことはできない。
俺は「後で教えるから」と囁いて、リング外にも繰り出されたマークの横蹴りを避けた。
リングに近すぎた客が多数、マークの蹴りに赤い液体を流している。
「異世界トリップねぇ」
世にも奇妙な体験なんだろう。
この世界に来てからというものの、毎日が文化祭のようだ。
平和でいつも変わらない高校生活とはまるで違う。
一体、どうしてあんなことに巻き込まれてしまったのか。やっぱ、あれかな。
異色の廊下。
まだ俺が外見も人間だった時だ。なに、話は単純。
俺こと山田雷男は財布を忘れて、それをとりに教室へ戻った暁に、世にも奇妙な廊下を見つけたのさ。
――『どうしたの、こんなところで?』
あそこにいた金髪碧眼の魔女――こう尋ねてきた彼女は今、何をしているのだろうか。
俺の地球で幸せは掴めたのだろうか――。
煌々と光るライト、時とともに盛り上がっていく戦友たちを眺め、俺は息を吸う。
今日も店は上場で、外では夜空が俺たちを祝福するかのように包みこんでいた。
「今夜は少し寒くなるよ」
「そうだな」
肩の上に掴まっていた液体が囁いてくる。
黒い大きな目にエルフの俺を映して、スライムは笑った。
「仲間がこんなにも増えてよかったな。肌を黒く塗ってんのもバレてないし」
「まぁな! 明日からもエンジン飛ばしてやっぜ。なんたってここは俺の店なんだからよ!」
夏の終わり。
魔界入口、ダンジョン上にて、人は集う。
ここに笑いあり、福があり――と口々に伝えられる酒場を魔族や人はこう呼んだ。
こちとら黒エルフが走る、「山田のBAR」と――。
ご愛読ありがとうございます。
でもこれ、読みきりです。(´・ω・`)
作者のマインドやハートがhp0にならないよう、評価もどうぞよろしくお願いしまふ。