招かれた鬼
節分。通常は2月3日に行われる行事である。
昔は宮中の行事とされていたが、現在では一般家庭にも広く取り入れられている。
節分は邪気を払うものとして行われており、炒った大豆を、鬼は外、福は内と言いながら、鬼を家の中から外に追い出すように豆をまき、福は家の中にまく。
そして歳の分だけ豆を食べる。これは1年の無病息災を祈ってのことである。
食べることに意味があるのかは分からないが、豆まきは重要だ。
家に巣くう邪気、家の周りにたむろしている邪気に対して、豆をまくことで自分たちの周りから追い払う儀式なのだから。
邪気がなくなれば、良い環境となり幸せな家庭環境になっていきやすい。
昔から行われていることには少なからず、その行為自体に力を持つことが多い。
では、もし家に鬼を招くようにこの行事を行ったとしたら?
鬼は内、鬼は家へ……。鬼を歓迎する行為をしてしまったら、どうなるのだろうか。今回はそんな話をしよう。
・ ・ ・
2月初旬
『スカルフェイス』との死闘を終えてから、2週間以上経った。
祐は疲れがまだ残っている中、車の中で浮気調査を行っていた。
三善と共に死力を尽くしての戦いは2人を疲弊させた。
三善の回復はまだ早かったが、自分の力は反動が強く、禍ツ喰らいの力を使うのは危険と判断したため、大事を取って2週間ほど事務所を閉店させた。
萌香にも閉店させた旨を伝えてある。
これから追い込みの時期だろうから、彼女には受験が終わるまでは助手の仕事は一旦休止と伝えた。
事務所を再開すると、早々に浮気調査の依頼が舞い込んできた。
あまり気が乗らなかったが、久しぶりの仕事で体の鈍りを取り除こうと考えた。
いつも通り、式神を複数体呼び出し。調査するべき所に配置をしていく。
しかし、最近式神の調査能力がドンドン上がってきている。
基本、術者の力が反映されるものだが、技術を吸収したのか、俺の技術が上がったのか分からないが、このままではお役御免になる日も近いのではないかと思ってしまった。
調査を進めていると、携帯が振動し、電話の着信を伝えてきた。
ディスプレイには福空 幸の文字が表示されている。
電話に出ると、幸は開口一番に仕事の依頼を言ってきた。
「今回の依頼主ですがぁ、家族で来たいそうなので事務所に呼びましたからぁ。
祐さん、至急、お戻りくださぁい。あとは式神ちゃんたちがバッチリしてくれますよぉ」
もう通常の仕事について、幸は俺に期待していないように聞こえた。
早速、事務所に戻ると依頼主が家族で応接用のソファに座っていた。
家族構成は父親と母親、あとは幼稚園高学年か、小学生低学年かの男の子が父と母に挟まれるように座っていた。
彼らの目の前に座り、自己紹介をしながら、名刺を差し出す。
父親が自分のことを畑野 美紀隆と自己紹介した。
「おそらく同業者からの紹介と思いますが、どのようなことが起こっているのですか? 何度も説明しているかもしれませんが、教えてください」
もう何度も話したかもしれないが、本人の感じたことを伝えてもらいたい。
「霊能力者の方から、あなたをご紹介いただきました。
依頼の経緯ですが……。この子が…私達には見えないのですが、友達が家の中でできたと言うんです。
健太が指をさすんですが、私たちには全く見えなくて……」
子供にだけ見える怪異……。ないことはない、よく聞く話しだ。
寂しい思いを持つ霊などが、同じように寂しい思いをしている子供に話しかけ、仲良くなる。
「その…お友達が現れたのは、健太くんが友達ができたと言い始めたのは、いつ頃なのでしょうか?」
現れた時期。それが、いつ頃なのか……。生まれて7歳までは神と呼ばれる。
そう言われるのも地域差はあるが、子供の頃には見えないものが見えることが多い。
何かの切っ掛けがどこかにあるはずだ。何かのひょうしで現れたのか。
それとも子供を狙って現れた、もしくは追いかけてきた怪異なのか……。
しばらく悩んだあと、健太の父親が伝えてきた。
「多分なのですが、2月の頭以降…から言い始めたと思います」
妻にも話しを聞くと同じ時期だと言った。
2月の頭。節分があるな……。節分は、邪気や鬼を追い払う行事だ。
今では家族だんらんのパーティーみたいなものになっている。
父親が鬼のお面を被り、子供から炒った豆を投げつけられて、鬼のお面の父親が逃げ回り、最後は外に追い出す。
それで家から邪気を追い払うのだ。邪気扱いされる父親が可哀想にも思うが。
これは大事な行事、儀式なのだ。できるのなら、家族で楽しむことが大事なのだ。
家族の幸せは家を通して、邪気、怪異を追い払う力があるのだ。
しかし、その行事以降に怪異と思われるものを子供が見えだしたとしたら……。
なぜか……。思いついてしまった、家族だんらんの時がなかったのでは?
「畑野さん、もしかして、節分をやらなかったのではないですか?」
ここは重要だ。家族で楽しむ、家を幸せな笑顔で満たす行事なのだから。
「えぇ、その日は仕事で……。妻も町内会の集まりがあり、子供には申し訳なかったのですが……。留守番をしてもらいました」
なるほど。怪異に付け込まれる隙を作ったのは間違いなさそうだ。
「とりあえず畑野さん、あなたの家に伺って中を見せていただけないでしょうか?」
先ずは見てみること。現場を見なければ始まらない。
畑野家に到着し、まずは家の外観を見渡す。悪い雰囲気は感じない。
やはり中にいると考えるのが普通か。
畑野に家に入りたい旨を伝え、中に入ってみる。確かに少し悪い気は感じる。
だが、怪異と言えるほど、まとまった力を感じない。
それほどの力を持っていない怪異か。それであれば、同業者が処理できたはずだ。なのに処理できなかった。
子供の妄想と考える線もあるが……。
果たして何をするのが良いのか。あまり得意ではないが、健太から話しをしてもらうしかない。
「健太くん、少しお兄さんとお話ししてくれるかな?」
お兄さん? と思いながら、慣れない笑顔で話しかける。
思った通りだ。全く持って無反応。
これを体験する度に、心が若干傷つく。子供に罪はないが、俺にも罪はないと思う……。
顔が子供受けしないのは、罪ではないはずだ。
健太の父、美紀隆も健太に対して、こちらに話すように促した。
しかし、それを拒むように、口を閉じる力が強くなるのが見えた。
とりあえず今の状況では解決できないことを伝えると、畑野は気落ちしたのが分かるぐらい、残念そうな顔をしている。
「病院にも行ったし、カウンセリングにも行ったんです……。それでも、症状は変わらなくて……」
「カウンセリングも一度や二度では効果は少ないでしょうし、何度か通うことで、解決するかもしれません」
今のところ怪異の存在を感じないし、その手掛かりすらもないのだ。お手上げ状態である。
諦めた表情で天を仰いでいると、畑野から驚くような提案をされた。
「すいません。時間がある時で結構なので、健太と遊んでいただけませんか?」
・ ・ ・
事務所に帰ると。幸からお迎えの言葉をもらった。
「おかえりなさいでぇす。式神ちゃん達、マジではんぱねぇっすよぉ。うかうかしてますとぉ、式神探偵事務所になりますねぇ」
サラッと、恐ろしいことを言ってくる。まさかの下剋上は勘弁である。
「幸ちゃんさぁ、子供との遊び方とか分かる?」
幸は本から目を放し、こちらを見つめて言った。
「私が子供を好きそうに見えますかぁ? 子供の幽霊ならまだ考えますが」
ですよねぇ、と思った。幸の性格からとてもではないが、子供と仲良く遊んでる光景が想像できない。
「俺さぁ、子供と深く関わらなくちゃならなくなったんだ……」
絶望的な声で、この緊急事態を幸に話した。
「うわぁ、最悪ですねぇ、子供の方がぁ。怖い顔のおじさんと接しないといけないなんてぇ」
酷い言い方である。そこまで酷く言うかぁ? と幸に恨めしい目を向けた。
「祐さん。子供は好きなのに、人相が子供受けしないし、声も低いから、仲良くなるには相当な根気がいりますねぇ」
もはや完全に他人事だ。まぁ、子供に対する俺の欠点を適格に教えてはくれたが。
しかし、依頼されてしまったからには断れない。
怪異絡みだったら、取り返しのつかないことになるかもしれないからだ。
トラウマが増えるかもしれないがやるしかないか。と心の中で諦めと決意を固めた。
・ ・ ・
畑野家にお邪魔する。母親と少しだけ、健太について話す。
どうやら健太は内向的で、これといった友達がいないとのことだ。
家で1人遊びやゲームをしていることが多いそうだ。
友達がいない…。そんな子供に怪異は近づいた?
心の隙間を狙ったのか? それなら友達を作れば良い。
隙間を埋めてしまえば、怪異は離れていく可能性が高い。
でも怪異が健太との繋がりに固執したら……。その時は俺の出番だ。
家に帰ってきた健太を母親とともに笑顔で迎える。
相変わらず健太は無表情だ。ここまで頑なになっているとなると……。
しかし、やるしかないのだ。健太を見つめると、目を逸らされた……。
健太は家に帰ると、リビングでおもちゃを使って1人遊びをしていた。
例のお友達は近くにいないのか?
「健太くん、あのお友達は近くにいるの? いたら教えてくれないかなぁ?」
この問いにも全く答えない。無視して1人遊びを続けている。
あぁ、もうまだるっこしい! 健太の手を引き、母親に外に行ってくると告げる。
しっかりと暖かい格好をさせて、モフモフな体系になった健太と寒空の下を歩く。
しかし、まだ太陽は高く、陽だまりにいると寒いながらも心地よい暖かさを感じる。
健太と手を繋ぎ、公園に向かう。石焼き芋屋がちょうど通ったので、2人分を買う。
自販機で飲み物を買ったら、ベンチに座った。
焼き芋は熱くてすぐには食べれず、手を温めるために握っていた。
健太も同じく、手に持っているだけだった。
分かるか…届くかどうか……。
でも、自分の話が少しでも健太にとって、心の隙間を埋めるものになるのであれば……。
そう思って、重い口を開いた……。
「健太くん、俺にはね、お父さんがいなくてさ……。お母さんは5歳ぐらいの頃に、俺を孤児院に置いて行った……。
何年後かに死んだって聞いた。俺には両親がいないんだ……」
健太の表情は変わらなかった。でも言っておきたいことがまだある。
「俺は、そんな境遇が寂しかったよ……。
他の子達が家族で楽しそうにしているのを見る度、辛い思いがこみ上げてきたんだ。
家族のいない寂しさ……。それが余計に俺を1人ぼっちにさせていった」
あの時の記憶が蘇ってくる。あの孤独感…俺に家族はいなかったんだ……。
「そんな1人の俺を誰も相手にはしてくれなかった。避けられただけだった……。
俺にはそれを…そんな状況を変える勇気はなかったんだ。
自分から関わらないようにして……。そうしてると、誰も周りにいなくなった……」
焼き芋を割って食べ始めた。健太もそれを見てならうように焼き芋を割って食べ始めた。
「1人が良いなんてカッコつけてたけど、本当は1人が寂しかった。誰かと学校で、公園で、外や家の中で…遊びたかったんだ……。
高校生になった頃……。まだ健太くんには遠い先の話だけど、そこで友達ができたんだ。なんてことはない。話しかける勇気を持ったんだ」
健太が焼き芋を食べる手を止めて、目をこちらに向けていた。俺も健太の目を見つめる。
「最初は怖かった。断られたら、嫌がられたら、逃げられたら……。やっぱり、最初はうまく行かなくて…避けられたりもした。
でも、そんな中で俺と話して笑顔を向けてくれたやつもいたんだ。そうして少しだけど友達ができたんだ」
そう言うと過去に思いを馳せる。高校時代の友人の笑顔が過ぎる。
「健太くん、周りに見えない友達がいても良いかもしれない。
でも、健太くんが勇気を出せば、もっと多くの友達と笑顔になれるんだ。
最初は怖い、震えると思う……。でも何度も頑張ってみるんだ。
多くの友達が健太くんの世界を広げてくれる。そして健太くんも友達の世界を広げるんだ。
君の世界は周りから見えない友達との、閉じた世界で終わらせちゃダメなんだ!」
分からないだろう……。健太には難しい言葉だ。こんな話は届きなんてしない……。
「…甲殻戦士ダイバーみたいな……?」
健太が俺を見つめたまま聞いてきた。初めてその声を聞いた。甲殻戦士ダイバー……。子供に人気の特撮ものだ。
今はダイバー ボルテージという名前で放送されていたはずだ。
「ボルテージはね。同じダイバーから嫌われてる……。
ボルテージの電気が皆の弱点だから近寄られたくないんだって……。
でも…ボルテージは同じダイバー達がピンチだと、絶対に助けに行くんだ。嫌がられているのに……」
好きな番組なんだろう。少し難しい言葉も覚えているのか、健太は話した。
「ボルテージは何でそうしたのかなぁ?」
健太が問いかけてくる。まだ途中までしか放送されていないから結末はわからない。
「多分、見過ごせないんだよ、仲間が……。きっと友達になれる存在がピンチなのが。それが勇気なんだよ……。
例え避けられようと、嫌われようと…分かってもらえるまで、何度でもボルテージは立ち向かうはずさ……」
離し終えると、2人共、焼き芋を食べ終わっていた。
健太に何か届いたか分からない。ただ、何か分かったような顔をした健太の顔を忘れない。
あとは彼次第だ。ダメなら何度でも行こう、ボルテージのように……。
・ ・ ・
畑野家に行くと、両親と健太が待っていた。
一緒に公園に行こうと、電話で誘っていたからだ。
「すいません。こちらのわがままで、健太くんだけじゃなく、ご両親まで連れ出してしまって。申し訳ありません」
とりあえずお詫びの言葉を並べる。どうしても両親にいてもらいたかった。
「いえいえ。守屋さんとボルテージ? の話しができて楽しかった、と自分から言ってきたんです。
内向的な子ですから、問いかけてもあまり返事をしてくれなかったあの子が……。守屋さんのお陰です。ありがとうございます」
歩きながらなので、畑野は少しだけ頭を下げてお礼を述べてきた。
「いえいえ、それはまだ前段階ですよ。これからが本番になります」
そう伝えると、何かを察したのか、畑野は少し表情が強張った。
寒空の下で遊ぶ子供も減ったとはいえ、意外に公園は賑わっている。
天気が良いからか、ベンチで語らうカップルや、ブランコに子供を乗せて揺らしている親。
そして柔らかいゴムボールで遊んでいる子供たちの姿が見える。
「あ! あの子、健太と同じ組の子です。ほら、健太も遊びに行ったら?」
母親が遊びに加わるよう促している。健太はうつむいて、動かなかった。
「健太くん、ボルテージはどうした? まだ皆から避けられる前なんだよ、君は。
ボルテージは最初、人と、自分と同じ人間と仲良くなるために話しかけたじゃないか。
君は始まっていない……。今から君が、ボルテージと同じく勇気を出して物語を始めるんだ」
健太の目線の高さに膝立ちして、目を見て話した。
見つめ返してきた健太の目は、動きだそうとした目だ。
俺から視線を外すと、ゆっくりボール遊びをしている子供たちの所へ歩いて行った。
そう…、初めての勇気を後ろから見ていた。
しかし、現実は甘くない。どうやら断られているような雰囲気だ。
粘れるのか、帰ってくるのか。君の中のボルテージは何と君に言うのか……。
こちらに向かって健太が戻ってきた。それを見て母親が迎えに行こうとしたのを遮った。
彼は勇気を出した、しかし負けてしまった。でも、終わりじゃない……。
振り返り、健太の目を見つめる。父親も真剣な眼差しを健太に向けていた。
嫌われても、避けられても、向かっていくヒーローの姿を思い出せ。
君の中に眠る、勇気と言う名のヒーローを呼び覚ますんだ。そう願うしかなかった。
健太が立ち止り、こちらを見ている。俺は頷いて問いかけた、まだやれるな、と。
その問いに健太も大きく頷いた。彼の中のヒーローが目覚める瞬間を見た。
渋る子供に、食らいつくようにお願いする。
その姿は、やられてもやられても立ち上がるヒーローのようであった。
何度、お願いしただろうか。健太が遊びの輪の中に入っていく。
その姿に胸をなで下ろした。両親もそうであろう。
時には子供自身で何とかするように、厳しく接する必要もあるだろう。
小さな世界に閉じ込もらないようにする為に……。
健太が笑いながら、他の子供たちとボール遊びに熱中しているのを眺めていると、畑野から話しかけられた。
「ありがとうございます。あの子に、こんなことができるなんて……。
今まで甘やかしすぎていたんでしょうか。今度から厳しくすべきでしょうか?」
聞かれても困る内容だ。自分には子供の頃の両親の記憶なんてほとんどないのだから。
「どっちに片寄ってもダメなんじゃないんですかねぇ。
キチンと話しを聞いて、どちらが良いか考えて……。間違ったら、子供に謝って…もう一度、どうするか話し合う。
そんなので良いんじゃないでしょうか。子供だけでなく、親も成長しないとですね」
そうだと本当に思う。そんな風に俺に接してくれた人達がいたから。
子供達が遊び終わり、お互いに手を振りあっている。これでほぼ完了のはずだ。
・ ・ ・
一日中公園にいたせいか、英気を養った気がした。
事務所に帰って報告書に目を通しながら、幸に今日の件を報告する。
「ほ~お、祐さん、頑張ったんですねぇ。えらいえらい」
本当に思ってない。思っていないだろうが、ありがとう、とだけ言った。
机の上に置かれている報告書の出来ばえ、バッチリな証拠写真……。本当に事務所が乗っ取られる気がした。
「祐さん、とりあえず先日から報告いただいた内容から察するに、今回の怪異はこれです」
幸が本棚を漁っていると思っていたら、探した結果を報告するために動いたのか。見せてきたのは古文書のようだ。
「まぁ、他にも記述がありましたが、こちらが分かりやすいかと」
昔の日本画調で描かれた妖怪達の話しが色々ある中で、一つの話しの所で手が止まった。
「祐さん、ジャストです。『孤寒鬼』。主に孤独な人の心の隙間に入り込み、そこを自分の住家にします。
人のぬくもりを栄養にするようです。ただ、それだけでは周りに害はありません。
本当に孤独な人、仙人のような人であれば良いですが、人間、本当に孤独を望む人間は少ないです。
その為、友人などの人間関係を増やしていきます。
そうすると自分の入り込んでいた心の隙間が埋められる。そうなってきた時に実体を表します。
自分の住家を追い出されないように、また宿主が孤独になるように……」
流石は幸だ。だから怪異の反応が感じれなかったのだ。
怪異は健太の心の隙間に入り込み、外に出てきていない状態だったからだ。
寄生虫のような小さな怪異であれば、感じ取るのは容易ではない。
では何故、入り込まれたのか。確かに友達はいないかもしれないが。
まだ健太の心の大半は両親が埋めているはずだ……。1つの考えが過った。畑野はしていないといった節分だ。
・ ・ ・
数日後
父親にも同席してもらいたく、休みを取ってもらい、畑野家で父母と健太が集まった。
「健太くん、どうだい、友達はできたかい?」
最初に健太の様子を聞いてみた。笑顔で大きく頷いた。その顔から楽しい生活になったのだろう。
「また皆さんで公園に行きませんか?」
父母はこちらの提案に何も言わずに付いて来てくれてありがたかった。
説明が省けて済む。これから処分しなければならないのだから。
公園に到着すると、友達を見つけたのか駆け出そうとした。
そんな健太に声を掛けた。ちょっと先にキャッチボールしないか、と。
その言葉に健太は笑顔で頷いてくれた。
健太とゴムボールを投げあいながら、家族、友達、ボルテージ、色々の話しをした。
最後にゴムボールを受け取って健太に言う。
「健太くん、君はもうお父さんとお母さんだけじゃないよ。友達もできた。
そしてボルテージのような勇気も持っている。もう大丈夫だよね? 寂しくないよね」
健太が大きく頷き、そして口を開いた。
「うん。それにお兄ちゃんもいるしね。もう寂しくないよ」
その言葉に涙腺が緩む。ダメだ、心を落ち着けろ。これからが出番なのだ。
健太の言葉に頷き、友達の所に行くように言った。
健太が友達の所に駆け寄ろうと俺の横を通った時、その手を掴んだ。
「残念だが、もう健太の心に隙間はない。住み続けることはできないぜ」
そう言うと、健太の顔つきと目が変わった。父親と母親も気付いたのか、後ずさりした。
怪異が顔を出した瞬間を見たのだ。
「うるさい! この子は寂しい子だ! 可哀想な子なんだ! だから、」
怪異は叫ぶ。健太の声のようだが違う。
可哀想な子……。怪異は健太の寂しさを知っているのだろう。
「だから? 招き入れられたから、入り込んだ?
確かに健太に可哀想なところはあるが、健太はそれを自分の勇気で克服したんだ。
もうお前に健太の中にいる隙間も資格もないんだよ」
そう、最後は自分の勇気なのだ。周りから渡されたのでもはない、自分で掴んだものだ。
「まだ! まだだ! この子を外から守るんだ! 外は怖い! 必ず傷つく! なら、」
宿主を守りたいのか、健太を案じてなのか分からない、が。
「傷付いても治るさ。傷が無ければ痛みにも強くなれない。閉じ込めるだけではダメなんだよ。
さて、ここまで話しをしたのは、少しでも健太の寂しさを癒したことに対するお礼みたいなもんだ。
そろそろ消えてもらおうか」
そう言って左手に力を込めると、柔らかな光がこぼれだす。
健太の頭に左手を乗せ、唱える。
「天よ…この小さき者に寄りすがり、その命の力を吸い取りし邪悪なる者をこの小さき者から取り除きたまえ」
左手がより光を増していく。健太の体から、小さな角の生えた痩せ細った怪異が現れた。
『孤寒鬼』……。そう心でつぶやく前に、群青百足が捕食していた。処分したのだ……。
健太は我を取り戻したのか、不思議そうな顔をしていた。
俺は健太に遊びに行ってくるように促した。
両親の所に行き、怪異を取り除いたことを伝える。
こちらの手の光は見えていた為か、すぐに礼を言ってきた。
謝礼の話と、もしまた何か見えたら自分を呼ぶように伝えた。
やることはやったので、帰るとする。そう思い足を進めると、後ろから声がした。
「お兄ちゃ~ん! またね~! また遊ぼ~ね~!」
振り返ると小さい体で、めいっぱい手を振っている健太の姿が見えた。
前に向きなおり、右手を上げて手を振った。
できれば二度と会わないほうがいいんだよ、とひとりごちた。
・ ・ ・
事務所に帰ると、幸が寝ている訳ではなくゴロゴロしていた。
その体勢のまま、こちらに話してきた。
「おつかれさまでぇ~す。その顔から察するに、あまり芳しくなかったですかぁ?」
その言葉を聞きながら、椅子に座る。
「いや、幸ちゃんの見立て通り、『孤寒鬼だったよ』。本当に寒そうで、悲しい姿だった……」
「古文書でもそんな書き方ですもんねぇ。
この鬼が生まれたのも、寒さで凍死した子供の怨念や、村八分にされた家族が寒さに凍え、子供だけ死んでしまった。
その悲しみから生まれたなんて、話でした。まあ、どちらも悲しいお話ですねぇ」
あの鬼の姿を見ると憐れみを感じえないだろう。処分の際には不要な感情だが。
そういう子供がいなくなることを心から願い、おもむろに口を開いた
「幸ちゃん、今回の真相、なんで『孤寒鬼』が少年に寄生したか聞きたい?」
一応、幸の知識になるものだろうと思い、そう聞いてみた。
「少年が鬼は内、と1人で節分したってところですかねぇ?」
流石だね、と言って、目を瞑った。
寂しさを抱えた少年が鬼を家に招く行為が、寒さに凍える怪異にはどれだけ嬉しかったことだろう。
誰かの中に居ないと寒さに凍え続ける怪異……。
「幸ちゃん、寒いのはどう? 好き?」
何気なく、聞いてみたくなった。
「嫌いです」
またマジな目をしてこちらを凝視してくる。
「いや、ヒーターは切らないよ? 俺も寒いのは苦手だし」
慌てて、そういうことじゃないことを伝える。
「なら、いいです」
それなら問題なしと判断すると、また幸は本に目をやりゴロゴロする。
気温もそうだが、誰かが自分の傍にいる。それが温かく感じる。体だけではなく心も……。
あの怪異もぬくもりだけを吸うのではなく、心を温めていたのかもしれない……。
そんな寂しい怪異のことが、改めて少しだけ可哀想に思った。