髑髏は笑う
髑髏、人間の頭がい骨。見るものに不吉さを与える。
その不吉さを利用し、海賊などは好んで旗に髑髏のマークを塗っていたという。
髑髏は一般的に死の象徴として恐れられている、死神などを描くときも大抵は髑髏の顔をしている。
しかし、最近のヒーローものなどでは骸骨をモチーフにしたキャラが正義の味方となっているときもある。
人々にとって、髑髏とはなんなのか、悪が転じて正義となるのか。
そのまま死を運ぶ者なのか。そんな髑髏と対峙する者達の話をしよう。
・ ・ ・
1月中旬
多くのビルのネオンに照らされて、街中が明るく彩られている。
上を見るものはなく、それぞれの目的となるであろう看板が一際光を放つ。
そんな光の世界から微かに照らされる、ビルの屋上では人ならざる者達が対峙していた。
祐はやっと目の前に、捕まえることができる距離にヤツを捉えることができたのだ。
「もう逃げ回るのは止めにしないか? とっとと終わらせようぜ、『スカルフェイス』」
目の前のヤツにそう呼ぶのは初めてだ。俺たちにとって、伝説級の存在なのだから。
「ん~、それも悪くはないけどねぇ…。君とはもっと話しがしてみたいんだよ。
禍ツ喰らいの守屋 祐くん。その血も、その手も、その体も…実に興味深い」
『スカルフェイス』は顔こそは骸骨ではあるが、表情というか雰囲気でなんとなく分かる。
こいつは俺に対して、全くと言っていいほど脅威を感じていない。禍ツ喰らいの力である群青百足を見せているのに。
それなら、恐怖を味あわせてやる。そう決意し、ジャケットを脱ぎ捨て群青百足を変鋼させる。
「緑青白百足!」
群青百足が体に戻ると、肩、背中の真ん中、腰からそれぞれ一対の白色を基調として緑色のラインを持つ、百足が姿を現した。
「ほお…変態…いや、変鋼と言ったところか。ふむ、相手をしてみたくなったねぇ」
『スカルフェイス』がまるで研究対象を見るように言ってきた。
相手に向かって走りだす。『スカルフェイス』は真っ向から受けて立つようだ。
それならばと腰の2本の百足を使い、地面を殴らせて加速し『スカルフェイス』に肉薄する。
雄叫びを上げながら、6本の百足の伸縮による高速攻撃を叩き続けまくる。そして分かった。
当てるたびに、柔らかく粘度の高い物を殴っている手応えしかなく、殴った後には元の形に戻っている。
「早いなぁ。手数で押し切れるし、威力もなかなかだ。さっきの百足は一対一には向かないねぇ」
まるで研究結果を報告するように『スカルフェイス』は言った。
しかし、ノーダメージのように見える。いや、少しはダメージがあるのか……?
「さっきの攻撃、素晴らしいものであったけど、私には効かないよ。
まあ、種明かしをすると、全身をスライムのようにして相手の攻撃をなかったことにするんだ。
術中は動けなかったり、刃物で切断されるとダメージを受けるなど、失敗作だ。ではあるが、物は試しだよ」
そんなバカげた魔法があるのか? いや、魔法は霊力を使い、自然から溢れるものを操ったり作りだすものだったはず。
今のはこいつ自身の体を魔法でどうにかしたということなのか?
「これで終わりかな? せっかく2人きりで話せるよう、お膳立てをしたのに」
とてもそうは思えない。どうせ俺の力に興味があったから、俺にわざと見つかったのだ。
「もし、まだ力があるのなら、見せて欲しいんだけど、どうかなぁ? ん~?」
見せる気は毛頭ない。今の力で何とかする方法を考えるんだ。
「仕方がない…気が進まないが、少々痛い目を見てもらおうか……。漆黒刺刻……」
『スカルフェイス』がつぶやくと、俺の周りを四方八方から小さな魔法陣が取り囲む。
気付くと魔法陣から黒い槍のようなものが勢いよく射出されてきた。
「ぐぅぅぅぅぅぅ……。何だよ、これぇ……」
体を貫く痛みに耐えられない。苦るしい声を上げて愚痴をこぼした。
槍がギザギザで刺さった部分が切り刻まれている。
痛みを堪えて百足を使い、一旦距離を取る。
「ふっっぐぅぅぅ…あぁぁぁ、くっそぉぉ!」
体中が嫌な汗で包まれた。
槍を引き抜くとギザギザな部分が返しになっていて、肉という肉をズタズタにしないと抜けなかった。
突き抜かれるのも相当な痛みだったが、引き抜くのは痛みだけでなく、自分を傷つける勇気が必要だった。
「おお、すばらしい。刺さって悲鳴を上げると思ったが、多少の声は上げても耐えきる体。
そして引き抜く際に自分で自分を痛みつけることを厭わない精神力。
これはサタンから与えられた力ではない! 君自身が築き上げた力だ!」
大げさに褒めてくれて、どうも。と言いたいが、力の差があり過ぎる。
「ちなみにさっきの槍だが、そのままにしていると吸血するので、君のように思い切りが良くないと、失血死しちゃうんだよ。
まぁ、君には関係ないことだがね」
怖いことをサラッと言いやがる、と苦々しく思う。
「さっきのでダメなら、もっと君を追い詰めなければならなくなったなぁ……。
さっきの魔法はお気に入りだっただけに、あれで終わりにしたかったんだけどねぇ」
こちらが体の再生を待っている間に、ヤツはそう言いステッキを向けてきた。
「重圧加圧……」
何だ? 急に体が重くなった…だけじゃない……。上から何かが押し付けてくる。持ちこたえられない。
体がビルの屋上の床に押し付けられた。不思議と床にヒビなど入っていない。
全身の背中の筋肉、骨、脳みそまでが押し付けられる……。
苦痛による苦痛で体が麻痺してきたのか、目が重くなってきた。
このまま、寝てしまいたい…遠くから、楽しそうな『スカルフェイス』の声が聞こえる。
「どこまで耐えきれるかなぁ。破壊と再生を繰り返す。まるで世界の縮図のようだ。さぁ。君の力を見せて……」
・ ・ ・
数時間前
刑事の神尾 誠治から電話があった。奇妙な自殺体が発見されたから、見に来てほしいと。
報酬さえあれば、いつでも、と言い。事務所を出た。
萌香も居たが、流石に自殺体を見せるのは気が引けるし、受験前のシーズンだ。
この話しも耳に入らないようにしようと思った。
現場はあまり綺麗とは言えないアパートの一室のようだ。
そこがブルーシートで覆われている。
規制線の一番前にいると、見たことがある顔が近づいてきた。立花 新一郎だ。
「ど~も、守屋さん。お疲れ様です。って、まさか1か月の内で2回もお願いすることになるなんて、物騒ですよねぇ」
軽い感じの立花が、最後に乾いた笑い声を出した。
「神尾さんは中にいるので、案内しますよ。今回もすごいっすよぉ」
もはや持ち味と思い始めてきた軽いノリに曖昧な顔をするしかない。
「神尾さ~ん、お待ちかねの守屋さんが来ましたよぉ」
軽いノリの紹介、どうも、と思いつつ、現場に近づく。
この自殺者は……。
「守屋さん、すいません。お呼び立てしてしまいまして。こんなに頻繁にお願いしてしまい、申し訳ありません」
相変わらずのキチンとした格好にキリッとした顔が折り目正しく頭を下げてきた。
「いえ、たまにはあるでしょう、こんなことも。しかし、これはすごいなぁ」
自殺者は顔の表面をはぎ取ってから、自分の腹を何度も刺して死んだようだ。
「神尾さん、自殺者がはぎ取った自分の顔、見つかってないんでしょう?」
当然、自分が呼ばれたからにはそうだろうと思ったが、聞いてみた。
「仰る通りです。他に誰か入った痕跡もないことから、顔を剥ぎ取って、自殺したものと思います。
ただ、特に麻酔や麻薬のようなものもないのに、そんなことができるんでしょうか?
おそらく痛みによって気絶する方が間違いなく早いでしょう」
そう。痛みがあれば、そうなるはずだ。でも薬などを使わずに痛みを無くすことが……。
「ここは少しアシスタントを頼りますので、ちょっと外に出てきます」
そう言って外にでた。現場と違って空気が新鮮なのが心地よい。
「ふっあ~…幸でぇす。どうかしましたぁ」
昼間から良い御身分ですね、と言いたかったが早速聞く。
「寝起きのところ悪いけど、ちょっと調べたいんだ。人面疽って怪異があったよね。
自殺で狙った相手に人面疽を出すって話しある?」
しばしお待ちを、との幸の声にとりあえず待つことにした。
「おまたせしましたぁ。普通はその人の罪が引き金ですねぇ。自業自得の結果、人面疽に憑りつかれます」
自業自得。それであるのなら、顔を剥ぐ必要はない。その行いから何も得られない。
「幸ちゃん、ありがとう。また何かあったら、電話するよ」
そう言って、早々と電話を切った。
現場に戻ると、待ってましたと言わんばかりの顔が2つあった。
「結果からもうしますと、不明。となります」
肩を落とす2人を見て、もう一つの話しをする。
「私はこれを怪異だと早々に決めてしまいました。しかし、よく見てもその感じがありません。
これは何者かが、自殺者に命じて顔を剥ぎ、死んだものかもしれません」
この話を聞き終えてから、神尾は鋭く質問してきた。
「怪異ではないのは分かりました。では、なぜ被害者に顔を剥がさせたのでしょうか?」
そこが重要なのだ、先ずは何者かではなく、なぜ、の方を解決する。
「おそらくは呪いの一種。顔を剥がして、絶命することで成り立つものです」
その言葉を聞いて、神尾が何かに気付いたようだ。
「立花、この自殺者に対して、たしか何度か被害届が出されてなかったか?」
「え~っと、すいません! 確認してきます!」
立花は知らなかったようだ。いや、そこまで覚えている神尾がスーパーマンなのだ。
立花が戻ってきた。表情が明るいということは、おそらく何かあったのだろう。
多少、不謹慎ではあると思ったが。
「この被害者、特定の女性をストーキングしてたみたいでしたね。
何度も警察に相談していたみたいで、終いには接触禁止令が下されたようです」
立花の報告により、ターゲットは分かった。ならば、呪いは発動しているのか、それともこれからなのか。
そもそも呪いでなければ良いのだが……。
立花はしっかりとストーキングされていた女性の住所を調べていたので、早速、神尾と立花の3人で行くことにした。
女性宅に到着するがオートロック付の女性用マンションであった。
女性宅の部屋を何度も呼びだしするが、応答がない。
管理人に電話をするか少し悩んでると、配送業者が入っていくので便乗させてもらった。
「これって良いんですかねぇ?ま、人助けのためですよね」
立花は自分で自分を納得させたようだ。神尾は命を救うためか、そんなことは考えてない。
女性の部屋の前に到着し、玄関のチャイムを押すが、先ほど変わらず返答がない。
神尾が俺をじっと見てきたので、仕方なく開けるとする。
百足を透過させ、鍵の部分に触れる部分だけ実体化させて鍵を開ける。
扉が開いた先はまっくらで中には玄関からの光りしかなかった。
「えっ、鍵、どうやって開けたんですか?」
疑問に思っている立花を差し置いて、神尾と中に入る。
暗闇に包まれている部屋の途中まで入ると、低い声の怒鳴り声が響いて来た。
「来るな!来るんじゃねぇ!もう俺たちは離れられない運命なんだからよぉ!」
少しくぐもった声だが、男性の声。しかし、女性のマンションだ。
神尾が躊躇なく、リビングの電気をつけた。そこにはソファでうずくまる女性の姿があった。
いや、違う。うずくまっているのではない。何かの手が頭を掴んで、腕に押し付けられているのだ。これで声が出せないのか?
こちらが考えている隙に、神尾が何かの手を掴んで、女性から離そうとしていた。
しかし、びくともしないようで、神尾の額から汗が流れた。
これは自分の仕事かなと思い、群青百足を呼び出し、片手づつ噛みつかせた。
男性と思われる声で気色の悪い悲鳴をあげた。そこで何かの正体が判明した。
「お前は自殺体で発見された……」
神尾は困惑の色を隠せない声を上げた。今日発見した自殺体の顔がそこにあったのだ。
「俺は心身共に、この女と一生添い遂げるんだよぉ」
上半身だけ彼女の腕から生えた気持ち悪い物が、口から長い舌を出して、女性の顔を舐めた。
女性はこの行為によって、更に恐怖に襲われた顔をしている。
「やめろ! その女性から離れろ!」
神尾の声に、腕から生えた男が拒むような顔つきで、相変わらず女性を舐めまわしている。
腕の男がニヤニヤしていると、舌が彼女に届かなくなっていることに気付いたようだ。
その行為に堪えきれず、群青百足で彼女の腕から喰いちぎってやったのだ。
うるさい叫び声を上げて、ジタバタもがく、百足を何度も殴るがその程度ではまったく効果はない。
「神尾さん、これで一応は終わりのはずです。女性の腕の傷を見てあげてください」
神尾に女性のケアを任せておく。イケメンに慰められた方が多少はマシだろう。
「さて、上半身くん。君の出所は知っているが、どうしてそうなったかを教えてはもらえないだろうか」
噛み切った後は動けないように締め上げている。
「言う訳があるか、バ~カ。てめぇ、さっさと彼女の所に戻しやがれ! 俺の女だっ」
もっときつめに縛り上げる、とりあえず呼吸はしているようなので、息ができないぐらいにしておく。
ひとしきりもがかせたあと、すこし緩めてやる。
「ちょっと待て、待ってくれ。なぁ、仕方がなかったんだ、これ以外に方法がっ」
また締め上げる。いっそ百足に喰わせようかと思うぐらい面倒だ。
また緩める。どんどん元気がなくなってきている。宿主から離れたせいもあるのかもしれない。
「これで最後だ。あまり気は長い方じゃなくてね。…誰がお前をこうした!?」
そう言い百足の口を近づける。上半身だけの男は震えた目をしていた。
「分かった、分かった、言うよ……。顔が髑髏のようなヤツさ……。俺に彼女と一緒になれる方法を教えてくれた。
痛みも取ってくれたし、彼女に俺を付けてくれたのも彼のお陰さ」
ヤツが、『スカルフェイス』がこの街にまた来たのか?
いや、今はそれよりも先ずこいつの処分だ。祝福の手で何とかなるか? 怪異もどきだから喰わせる方が早いか……。
迷っていると、神尾が近づいてきた。
「こいつをどうされるか悩んでいるのでしょう? 百足で始末するのが良いと思います。天に帰す必要もないようなゲス野郎です」
神尾が珍しく怒りをあらわにしている。だが確かにそう思い、懇願する声を無視して、百足の胃袋に消えてもらった。
・ ・ ・
神尾と立花が女性を保護したことを確認し、念のために病院へ連れて行くと言い、
救急車を呼ぶとのことだったので、処分屋の仕事は終わりました、とだけ言ってその場を去った。
やらなければ、知らなければ、確認しなければならないことがある。
外に出て空気を吸う、目を凝らして街を眺める。どこかに、この街のどこかにヤツが……。
事務所に帰ると、幸と萌香がいた。
「おっつかれさまでぇ~す。意外と早かったですねぇ。警察の協力は実入りがすくないからやる気も、」
「萌香ちゃん、今日はもう上がっていいよ。早く家に帰るといい」
幸の話しは後でも良い。先ずは萌香を家に帰す、被害に遭うのだけは避けたいからだ。
「…まだ早いですし…ここにいては…ダメですか……?」
こんな時にわがままを言うか……。君に何かあって欲しくないからなのに……。
「とにかく今日は上がり。事務所も閉店。俺は帰るから、皆も気を付けて」
萌香が何か言いたそうだったが、それを遮るように帰宅の言葉を告げた。
街中に出る。ヤツがいれば、あの不快な感じがするはずだ。
三善にも協力してもらおうと思ったが、あいつにも守りたいものがある、無理強いはできない。
俺一人でもやれる…やってみせる。
繁華街を集中しながら歩く。繁華街なら、欲望や嫉妬、暴力など、ヤツの喜びそうなものが揃っている。
きっと好きなはずだ、と考えた。
ふいに背中に寒気が走った。寒気どころではない。
巨大な何かに睨まれているような、拷問を待つ囚人のような……。
体が固まって動かない……。それが、ふっと取れた。
急いで振り返る。だいぶ離れた場所に、ヤツが…笑みを浮かべていた。
・ ・ ・
腹に力を込めて、全身で踏ん張る。
背骨は粉砕され、骨盤、頭がい骨も脳だって、体の半分以上はヤツの力で押さえつけられ潰されている。
これじゃ車に引かれたカエルのようだ、と自嘲した。
「おっ、意識を保ったか。一瞬、飛びそうになったのに、すごいすごい。
でもねぇ、そろそろ良いんじゃないかなぁ。禍ツ喰らいの本性をさぁ……」
『スカルフェイス』が楽しそうに聞いてきた。
その時、金属音が聞こえた。錆びつきかかったドアが開く音がする。
「こっんな夜更けに、何を男同士で仲ようちちくりおうとんねん。なんやそっちの気があるんか?」
三善!? 三善 遊人が…なぜ……?
「おやぁ、君は陰陽師の家系の、」
『スカルフェイス』が言い終わる前に何かを飛ばしたのか、フェンスが真っ二つになった。
「べらべらべらべら、喋ってっと! その舌、引っこ抜くぞ、われぇ!」
「ははっ、これはこれは。大物が2人も出て来るとはねぇ。
私にとってまたとない機会が訪れたようだねぇ。いやいや、これは貴重な経験になりそうだ」
『スカルフェイス』は戦いをするではなく、経験と言った。
こいつにとって俺達は……。そんなことを考えていると、突然、重圧から解放された。
「さすがに彼を相手にするのに、重い魔法を使いながらではとてもとても」
三善の力を知っている? 本気で対処しなければとの考えからか、俺への重圧を解いたのか?
「祐、どんぐらいで完治するんや?」
『スカルフェイス』から目を離さず聞いてきた三善の問いに答える。
「おそらく、3分ぐらいは掛かると思う」
「そぉかぁ。カップラーメンが出来上がるぐらいの時間は稼いだるわ」
「ぶっ壊せや…歳殺神!」
三善の声に呼応するかのように、三善の陰から巨人が出てきた。
立ち上がると、4メートル以上の大きさの巨人は、鬼のような面に、兜に雄牛の角のようなものが一対、前に飛び出しており、戦国もののような甲冑をまとっていた。
そんな巨人に対して、三善がヤツの方に手を突きだすような形で命令する。
「歳殺神…久しぶりやろ? 存分にあばれてきぃや!」
その言葉に歳殺神が応えるように、雄叫びを上げた。
次の瞬間、『スカルフェイス』に向かって、渾身の拳を加える歳殺神の姿があった。
しかし、『スカルフェイス』には届いていない。
ヤツの前に魔法なのか淡い光の陣が何重にも重ねられていた。
歳殺神の一撃はその2、3枚を破っただけだった。
さらに畳み掛けようとしたところ、いつの間にか離れた場所に『スカルフェイス』は移動していた。
「なんや、移動魔法かいな、早すぎやろ。しゃあない…歳殺神、破群刀を使えや!」
その声にまた歳殺神が応じる雄叫びを上げる。
歳殺神が腹に手を突っ込み引きずり出したのは刀だ。
大きな大剣、いや蛮刀のようなその刀は刀身から暴れるような電気を発っしていた。
また歳殺神が『スカルフェイス』に飛び掛かる。
次は破群刀による斬撃だった。魔法陣が数枚壊れていく。更に電撃が『スカルフェイス』を襲った。
たまらずか、『スカルフェイス』は後ろに引き下がった。
歳殺神は容赦なく、その刀でヤツを薙いだ。
ギリギリで避けられたと思ったが、刀身から溢れだすように発せらた電撃がヤツを襲った。
ただの刀ではない。破群とはまさに一振りで多数のものを感電死させるものなのだ。
『スカルフェイス』が片膝をついた。いけるか? そう思った。
「やれやれ、やはりおっかないものを持ってたか。もっと色々出しても良いよぉ」
『スカルフェイス』はまだ余裕があるように言った。
「はっ! お前には、これで十分すぎるわ」
三善の言葉とは裏腹に、突如、歳殺神も片膝を付く。
困惑している俺達に、ヤツが丁寧に解説するように話しかけてきた。
「歳殺神の攻撃は強力だ。がしかし、その力を敢えて受けて、そのまま返したんだよ。もちろんあの魔法陣でだがね。
受け流すだけでは私にも少なからずダメージがあるだろうし」
三善の奥の手が倒れてしまった。
まだ動けるかもしれないが、何度もやられると三善に影響が出るかも知れない。
体は完全に回復した。『スカルフェイス』を倒すには、俺も、三善もリスクが必要だ。
苦々しい顔をしている三善に回復したことを告げ、ヤツを倒す方法を話す。あれを使うと……。
「お前、正気かいな!? 頭がおかしゅうなったんか!? …お前…」
三善もこれしかないと分かってくれたようだ。
「できるだけヤツを引き付けてくれ。バレない程度に攻撃を続けて欲しい」
三善の頷きを確認し、深呼吸をする。大丈夫…自分に言い聞かせた。
・ ・ ・
『スカルフェイス』にとっては、歳殺神の登場には心躍ったが、なんてことはない。破壊の力は転じて己をも破壊するのだから。
まだ続ける気なのだろう、何度も攻撃を繰り返してくる。
防御陣が壊れないと、反射効果がないからわざと受けているが、少々飽きてきた。
今度は破群刀で薙いできたか。この電撃はそれなりに堪える。
防御陣は前面にしか効果がないし、全身を守る魔法となると効果が薄くなる。
電撃から逃げようにも、そのスピードと攻撃範囲によって避けられない。
移動魔法も間に合わないスピードには、さすがは神と言ったところか。
さて、この電撃に耐えて、どんなことをしたら楽しいだろうか。
そんなことを考えていると電撃が体に走った。苦痛、体の自由を奪う痺れだ。
だがそれも時間が経てば…。横から赤い何かが飛んでくるのが目に入った。
・ ・ ・
祐は最終手段に出る為に心を落ち着かせていた。
禍ツ喰らいの血の力を最大限に使う。いや、最大限に引き出す。
血液を沸騰させるようにして、濃縮させる。呪いの血、それを限界まで集中させるのだ。
「お前…本当に後悔はないんか? 確かにヤツは野放しにでけへん。ただ、わいらやのうても……」
三善の心配が本当に嬉しい。やっぱり良いやつだと再認識した。
「でも、そのチャンスはこれっきりしかないかもしれない。見過ごしてしまえば、俺も三善も必ず後悔する」
そう、ヤツに接触できた人は少ない。それほど闇に隠れた住人なのだ。
「ありがとう、三善。お前達との時間、色々と楽しかったぜ」
最後の言葉にしたくはないが伝えておきたかった。
「アホ…死亡フラグ、勝手に立てんなや……」
禍ツ喰らいの血を集中させる。もっと湧き出せ、もっとたぎれ、もっと、もっと、もっと…視界が赤く染まっていく……。
頭の中で色々な声が聞こえてくる……。頭の中を這いずるように、無理やり声を届けようとする……。
もっと喰らいたいもっと、お腹が空いた食べたい早く、浴びるように飲みたい、お前の血……。
黙れ!俺は、俺の血は、俺のもんだ! お前らの事なんて知るかよ! 心の中で何度も叫ぶ。
気付くと黒い血液が溜まった泉に、腰までつかった状態で立ち尽くしている。遂にここまで来た。
前から歩いてくるのは知っている。俺だ……。
「わざわざ、ご苦労なことで。この力はお前が嫌がって、使って来なかったのに」
俺が言う。本心の俺か、血の呪いが作り出した俺か……。
「そんなことはどうでも良い。俺が必要と思えば使う。これは俺の力だ」
「俺の力ねぇ……。そう言われると、返しようがないけど……。
好きにすると良い。ただ覚えておけよ。お前がこの力を使うとき、血が喜んでいることを……」
目が覚めた。多分、時間にしてほんの数秒だろう。
いける! 使うぞ! 覚悟も決めた! あとは、ほんの少しの勇気だ!
「朱鋼黒百足!」
その声に呼応するように、複数の黒い百足が体に張り付いてくる。
右はほぼ、百足が張り付き、頭部の左側と左腕だけ百足が張り付いていない。
おそらく祝福の手の影響だろう。
黒光りした装甲を基調に、朱色のラインが血管のように光輝き脈を打っている。
頭の右目側の装甲に大きな目が現れる。
この目は多くのものを見通せる。今は透過し、神と怪人の戦いが良く見えていた。
右手を上げて、少し腰を落とす。右手の甲の上の百足が口を開ける。
空気をめいいっぱい吸い込ませる。装甲を流れる熱い血も集中的に右手の百足に送り込む。
右目の透過と合わせて、時の流れを緩めたように見せる。
「三善! 準備はできた! 頼む!」
この瞬間に、今できることのすべてを込める。
電撃の檻に閉じ込められたヤツを狙う……。
三善の歳殺神が飛び上がる瞬間に…今!
百足の口から炎と風が混じりあい、渦を巻いて、一直線に『スカルフェイス』に向かう。
着弾した瞬間を右目で見ていた。ヤツの魔法陣を避ける場所から砲撃したのだ。
炎と風の衝撃と熱風により、横腹に穴が開き、その穴がドンドン広がり、炎の風により体中が焼け焦げ、炭化していった。
ヤツは悲鳴を上げることすらなく、散りと化した。
やった。やったんだ。俺たちは。世界の闇の一部と化したヤツを……。
三善を見ると、信じられない顔をしていた。勝ったんだ、俺達は。
束の間の喜びが恐怖に変わった。ほんの数メートル先に、『スカルフェイス』が立っていた。
何で? さっき確実に死んだのを確認したはずなのに……。
もはや打つ手はない。もう俺も三善も……。いや、今の俺の朱鋼黒百足なら足止めぐらいは……。
絶望と死を突きつけられた。そんな時にヤツは語り始めた。
「実にいい経験をさせてもらったよ。この街に来て、君達に出会えたこと、本当に感謝するよ。
今から君達を殺しに掛かると思っているのなら、残念、そんなことはしない。私はあくまで探究者なんだよ。悪魔的なまでにね……」
殺さない? 探究者? 何を言ってるんだ……。三善も固まってしまっている。
「あれ? さっきのは笑うところだと思ったんだがねぇ。ジョークは難しい……。
あぁ、私が生きていることかな? 簡単だ、時間を私だけ戻したんだよ。
確かに君達の連携プレーで私は死んだ。そこで魔法が発動するのさ」
死んだのに生き返る魔法なんて聞いたことがない。ゾンビになるならまだしも。そんなの神にだって……。
「攻撃を食らったことにより死んだ私を、死んだ私が攻撃を食らう前に戻したのさ。
原因と結果。これを逆転させる魔法を掛けていたんだよ。まあ、因果律を超える無茶な魔法でね。しばらくは大したことはできないんだ。
今だって立っているのも辛いくらいだよ。君達の勝利だね、おめでとう」
めちゃくちゃで、本当に恐ろしいことは分かった。だが、こいつは本当になんなんだ。
「…お前は何がしたいんだ? 怪異もどきのようなもの作りだし、災厄をもたらす存在なのか?」
そう、こいつがいるところに怪異あり、なのだからだ。
「ふむぅ。何度も言うようだが私は探究者だ。やってみたいことがあれば実験したくなる。
その中で最も適しているものを選んで行っているんだよ。試してみたいことを我慢するのはよくないよぉ?」
それじゃあ今までの被害者は、お前の好奇心の結果による出来損ないってことかよ……。心の中でつぶやいた。
「だいたい理解してもらえたかな? まあ、私は流れ者なのでね。また会うかもしれないし、もう二度と会うことはないかもしれない。
どちらにせよ、今日は本当に楽しかったよ。改めてお礼を言わせてもらおう」
『スカルフェイス』はそういうと少し口角を上げて、笑ったような顔で仰々しく頭を下げた。
気づくと、すでにヤツの姿はなかった。
とりあえず危機は去った。ヤツが離れて行った。それだけで大金星だ。
「三善、ありがとう。助けに来てくれて。お前がいなかったら、どうなっていたか……」
地面にへたりこみながら、感謝の思いを告げた。そんな俺に三善が照れくさそうな顔をした。
「アホか。友達の危機になんもせぇへんかったら、男やないでぇ。それに…女の子からも助けてあげてぇ、言われたからな」
頭に疑問符が出るぐらい、間抜けな顔をしたのだろう。三善が呆れた顔をして口を開いた。
「萌香ちゃんと幸ちゃんからや!萌香ちゃんは分かるけど、あの幸ちゃんがわいに助けを求めて来るなんて、前代未聞やぞ。
まぁ、それもあって街でお前を探しとったんや」
萌香と幸が…。そんなに心配させるような感じだったのか。我ながら演技が下手だと、自嘲してしまった。
「とりあえず、帰ろか。もう、クッタクタや…。はよう、ベッドで寝たいわ……」
三善の言葉はもっともだ。だけど、先に帰らなきゃいけない場所がある。それを伝える。
「ほぉかぁ、まあ、お礼は早いうちがええもんな…。熱い抱擁とかして男女の関係になんなや?」
ろくでもないことを三善が笑いながら言ってきた。変に意識するからやめてほしい。
事務所に着いてドアを開ける。なんてことはなかった、いつもの光景であった。
「お疲れ様でぇす。今日は大変だったんでしょお? ノンギャラなのは痛いですよねぇ」
こちらを見ずに幸は話してくる。いつもの光景だ。
「あの、ありがとね。三善に助けを頼んでくれて。お陰で、生きて帰ってこれたよ」
後半は死ぬことはないと分かっているだろうからの冗談だ。
「私、祐さんが死んだら…死んでしまったら……。もう本が集められなくなるじゃないですかぁ!」
「俺の死より、本か!? 俺の扱いどんだけ低いんだよ」
いつものやり取りをした所為か、急に笑いがこみ上げてきてしまった。
「いやぁ、幸ちゃんはそうでなくっちゃ。ま、自分の欲望のために俺を今後とも助けてくれよ。
有能なアシスタントちゃん。頼りにしてるんだから」
幸は変わらず寝転がって本を読んでいる。返事がないことが少し寂しかった。
「私も頼りにしてますよ。一緒に処分屋を始めてから、怪異や不可思議な現象を2人で乗り越えてきたじゃないですか。今後とも助け合いましょう」
幸が真剣に返事をくれた。そんな風に思ってくれていたのが嬉しくて、少し恥ずかしくなった。
「萌香ちゃんにもお礼を言わなきゃ。大事に思ってくれてるのかなぁ」
「そうですねぇ。祐さんからの修行が終わるまでは、いてくれないとダメですからねぇ」
「…萌香ちゃんはきっと自分の欲望のために動いた訳じゃないよ。多分……」
いつもの光景。
これを守れたこと、守ってくれる為に動いてくれた人がいたことが心から嬉しいと思った。