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呼ばれなかった者達の同窓会

 古くからの友人たちと過ぎた年月を埋めるように語らいあう場所、同窓会。

 同窓会は学校、クラス、部活動など、交友関係のあった者たちの繋がりによって開かれる。


 交友関係は少なからず、何かしら、どこかで出来上がっているものである。

 関係があればその繋がりから様々な集まりがある。


 しかし、誰とも交友関係のない者も少なからずいるのかもしれない。

 もし、人との繋がりがなければ、その存在は誰にも知られない。


 交友関係があっても、悲しいことに人は忘れていく生き物である。

 交友関係が少なく、その全てから忘れられてしまえば、それはその者にとって死ではないのだろうか。


 記憶から消えていくのが死ならば、我々は少しづつ死んでいるのかもしれない。

 そんな忘れられていた存在、忘れられていった者達の話を今回はしよう。


      ・    ・    ・


1月上旬

 元旦も過ぎて、三が日が終われば街のお祭りムードも治まり、年末から続いた休みから、いつもの日常へと戻って行った。

 しかし、街が通常営業になっても、守屋探偵事務所には抱えた仕事がなかった。


 「もう街の皆さんは仕事に出てるのに、事務所は年末のままのようですねぇ」

 幸の妙に的を射た言葉に、苦し紛れの返しをする。


 「まぁ、年明けを迎えるための行事をこの事務所はしてないからねぇ。住んでいる人が年が明けるのを嫌がっているのかなぁ」

 自分の思っていたことでもあるが、嫌味を込めたのも間違いない。


 「いやぁ、人間、歳は取りたくないですからねぇ。年明けをお祝いするのもどうかと思いましてぇ」

 そんな悪あがきをしても、嫌でも歳は取る。まあ、ただの言い訳だろうと思い新聞に目を通す。

 仕事になりそうなものがないか調べる。営業も必要になるかもしれない。


 携帯が電話の着信を知らせた。ディスプレイを見ると電話暗号しか表示されていない。

 とりあえず間違い電話にしろ、初めての番号なので通話ボタンを押す。


 「守屋です。どちら様でしょうか?」

 平均的な電話の取り方をした。相手の出方を待つ。


 「守屋 祐くん? ああ、急にごめんね。覚えてるかな、河野だよ。河野こうの はじめ

 電話相手の名前を聞いて思い出した。高校での同級生だ。


 「お~、久しぶりだなぁ、河野くん。何年ぶりかなぁ。今、何してんだ?」

 思い出したことにより、急に懐かしさと、相手の近況に興味が湧いた。


 「僕は都内でシステムエンジニアをしているんだ。守屋くんは?」

 なんと堅気な仕事をしているんだろう。これには返事しづらい。


 「まぁ、自営業かな。自分のペースで仕事ができるからね」

 半分本当で半分嘘。まあ、大丈夫だろうと考えた。


 しばらく、昔話に花を咲かせていると、ふと思い出した。

 「河野くん。栗山くん、栗山 賢介くん(くりやま けんすけ)は元気にしてるか知っている?」

 高校時代の数少ない交友関係があった同級生だ。

 河野は電話口からでも分かる少し話しづらそうな感じをさせていたが、教えてくれた。


 「栗山くんは…、高校卒業してから、事故に遭っちゃって…それで少し障害が残ったんだ。

 それからは家に引きこもっちゃって……。でも、実家に帰るときは顔を出すようにしてるよ」

 交友関係のあった人物が大変な目にあって、悲しい現状を聞くと寂しくなった。


 「そっか…そんな大変なことがあったんだ…。俺が顔を出しても喜ぶかな?」

 少しでも、そう少しでも何か彼にできないかと思った。


 「守屋くんが来たら、絶対に喜ぶよ。怖い顔だけど、すごく優しいし、楽しい話しもできるから」

 怖い顔。確かに釣り目だし、声も低いから子供からは怖がられるが、と少しへこんだ。

 でも、良いイメージを持っていることが分かったのは嬉しい。


 「そっちに行く予定がないからなぁ。仕事で近くを通れれば良いんだけど」

 無理して行けないこともないが、やや距離がある。ちょっと、行くことに躊躇ちゅうちょしてしまう。


 「無理して行く必要もないよ。もし良ければ休みが合ったら、一緒に行かない?」

 それは嬉しい話だ。1人で訪ねるより、2人の方が気楽だし、盛り上がるだろう。


 河野と休みの予定が合わないか確認するが、河野も年明けでシステムの突貫工事をしないといけないらしい。

 しばらくは行けそうにないことが分かって、また連絡しようと話して電話を切った。


 一連の話しを聞いていたのか、幸がこちらを向いていた。

 「1人で行けば良いじゃないですかぁ? 行けない距離じゃないんでしょお?」

 当たり前の話しである、ただ、1人で行くのには少し勇気がいる。


 「幸ちゃん、俺は高校時代、今電話したヤツともう1人とで仲良くしていた時期があるんだ。

 俺は休みがちだったし、河野はパソコンが友達みたいな感じだし、栗山は読書が好きで、それぞれクラスでは幽霊みたいな存在でさぁ……」

 黙って聞いている幸が少し珍しかった。高校時代の話しを滅多にしなかったからか。


 「そんな3人が何の縁か一緒にいることがちょいちょいあったんだ。話すことなんてバラバラでさ。

 でも、なんか居心地が良かった。そんな3人で自分達を『ファントム・ガイズ』とか言い始めてさ」

 思い出に浸りながら話していると、幸が途中で少し笑って言った。


 「3人が集まるまでは良い話しですけど、…『ファントム・ガイズ』って」

 最後は吹き出しそうになりながら言い終わった。


 「うっせぇ。まだガキだったし、なんかカッコよかったんだよ!」

 それに俺が霊能力持ちであることを伝えた数少ない友人なのだ。

 そのせいもあっての名前かもしれない。


 高校時代の話しを人にするのは久しぶりだ、と思った。

 いや、幸にたいして良い思い出はなかったとだけ言った気がする。


     ・      ・     ・


数日後

 事務所に俺と幸、萌香がいた。とは言っても、俺だけ手持ちぶたさだった。

 そんな時間を過ごしていると、ドアをノックする音が聞こえた。


 事務所に招く言葉を言うと、スーツを着た男が入ってきた。

 爽やかな顔で、髪を短く切って、清潔感が漂う男性だった。歳は俺と近い感じか?


 爽やかな男が人の顔をまじまじと見てくる。その気はないが、照れくさい。

 「あの守屋 祐…くん、だよね。いや、守屋さんって言った方が良いかなぁ?」

 俺のことを知っている感じで話しかけてきた。

 顔を見ても、誰か分からない。誰であるか、自分から言わないのはどうかと思うが。


 「はい、守屋 祐で間違いないです。あの…どこかでお会いしましたか?」

 「俺だよ~、工藤くどう 隼人はやとだよ。覚えてない? 高校で同じクラスだったじゃん。あんまり絡まなかったからかなぁ」

 ダメだ。思い出せない。しかし、何のために来たか確認する必要がある。


 「申し訳ない。正直、思い出せない。単刀直入に聞くけど、依頼?昔話に花は咲きそうにないけど」

 高校の同級生からは下に見られていたから、彼と語らう昔話はないと言っていい。


 「お前、変わってないなぁ。なんか人を嫌うというか、拒絶するというか。とっつきづらかったよな」

 全くもって、どうでもいい話だ。人を下に見る人間と仲良くお手て繋いで遊ぶ気にはならない。


 「要件を話して欲しい。昔話なら、今はしたい気分ではないかな」

 要件にしか興味が持てない。彼との繋がりなんて、元々ないのだから。


 「きびしいなぁ、お前は。依頼だよ。実は正月の連休中に3年4組の皆で同窓会をしたんだ。

 そのとき誰かが、知らない人がいるって言って、怯えちゃってさ。

 でも、それだけじゃ済まなくて、他のやつらも同じようなことを言い始めて。終いには倒れるやつも出てきたんだ」

 黙って聞く。話しが端的でないのは工藤が信じたくなくて、頭が混乱しているのだろうか。


 「そんなことになると、もう同窓会どころじゃないだろ? で、お開きにしたんだけど、その誰かを見たと言った人間がその後も次々に倒れちゃって。

 目を覚ますたびに、誰だ!? 誰だ!? って何度も言った後に抜け殻みたいになるんだよ。これって怪奇現象だよな?」

 工藤の話しは終わったようだ。同窓会があったのか…行くことはないだろうが。


 こちらの回答待ちになっていることに気が付いた。

 「まあ、君が言う、怪奇現象。俺たちは怪異と言ってるが。おそらくはそうだろう」

 工藤の顔が強張っていく。どこかで信じたくなかったのだろう。


 「善は急げだ。早いうちに向かおう。工藤くん、君の予定に合わせるから、教えて欲しい」

 工藤はスケジュール帳を開き、3日後ならば数日休みが取れると言ってきた。


 「じゃあ、3日後に一緒に行こう。工藤くんが準備するのは服ぐらいでいいよ。それじゃ、3日後に」

 話しを早々に打ち切って、追い返すように工藤に今後の予定を口早に伝えて事務所からお帰りいただいた。

 これ以上、あまり話したくない。


 萌香がこちらを見ているので、何かあるのか気になったので話しかけた。

 「萌香ちゃん、ごめん。勉強の邪魔になったかな?」

 萌香は首を横に振って、またいつもの伏し目がちに戻った。


 「ごめん…ちょっと苛立ってしまって。やっぱり好きじゃなかった人と話すのはちょっと辛くてね。

 まあ、バカにされていたのもあって尚更かな」

 自分の気持ちの素直に伝えた後に、ちょこっとだけおどけて言った。


     ・      ・     ・


3日後

 工藤達の実家のある街へと俺と萌香、工藤の3人で向かった。よりにもよって、俺の車でだ。

 電車で向かうのも手ではあったが、それほど時間差がないのと、街の中を移動することになると思い車で行くことにした。


 「守屋、結構いい車に乗ってるんだな。スポーツ仕様のセダンって高かっただろ。儲かんの探偵って?」

 車を褒められるのは嬉しいが、探偵を低所得者層のように言われた感じがした。


 「いや、車は趣味。ローンで買ったし、いい稼ぎってもんでもないよ」

 最低限の返事をして車のアクセルを気持ち踏み込んだ。工藤は聞いてもいないことをべらべら喋る。


 大河市、市と言うが人口9万人と天野原市に比べると人口も少なく、面積も狭い市である。

 「とりあえず、被害者の何人かは入院しているんだよね? 場所、分かる?」

 まとめて何人か見ておいた方が、手間が省けるかもしれないと思ったからだ。


 「ちょっと、待ってくれな。大場に聞いてみるから。」

 大場? また覚えがない名前だ。本当に興味がなかったのだろうと思った。


 「山里記念病院ってところに集まっているらしい。他は実家で療養中みたいだな」

 場所をカーナビに入れて、早速向かう。


 病院に行き、お見舞いに来たと言って、病室を教えてもらった。

 厳密に言うとお見舞いではないのだが、治療になるかも知れないので、勘弁してもらおう。


 「ここが病室だ。とりあえず、皆ここの病室に集められているんだ」

 病院も同じような症状をしているので、固めておきたかったのだろう。


 病室のドアを開ける。特にこれといって悪い感じは漂っていない。

 本人たち自身が怪異に憑りつかれたり、同化しているわけではなさそうだ。


 「何か分かるか? みんなこんな感じで寝てるけど、急に起き上がって誰だ!? 誰だ!? って言うんだよ」

 聞くのが早いし、前にも聞いている、と思いながら寝ている同級生? に手を当てる。

 何かを感じるのは確かだが、悪意のようなものは感じない。なら何でか、少し唸ってしまった。


 「…祐さん…悪意…悪い気持ちがしません……」

 萌香もそう感じたのか。良いセンスだ、と言いたくなったがあまり褒められたものではない。

 「俺もそう思った。何かはいるが、悪い感じではない。では皆に何をしているのか……」

 何が、何を、何の為に……。そう思っていると、横から大声が聞こえた。


 「結局、分からないってことなのか!? 何とかできるんじゃなかったのかよ!? 」

 工藤がこちらを叱責してくる。これだけで何とかできると思うほど俺を知っているのかと言いたくなった。

 萌香も工藤の声に、少しイラついたのか、いつもの表情より少し硬い表情をしていた。


 「警察の捜査だって、現行犯じゃなければ、色々と調べて見つけるだろ? 先ずは情報収集だよ」

 工藤の苛立ちも分かる。もしかしたら、自分もこうなるのかも、と考えているんだろう。

 「とりあえず、自宅療養中の人の家と…、同窓会に来たメンバーが分かるものがないか?」


      ・     ・    ・


 病院の清潔感のある待合室で俺と萌香は工藤が戻るのを待っていた。


 工藤はまた電話を掛けている。1回では分からないらしく、何人にも電話を掛けていた。

 そんな工藤が苦心しているのを横目に見ていると、白衣を着た長身で落ち着いた雰囲気の人物に声を掛けられた。


 「もしかして守屋か? ああ、高校時代ぶりだからな。柴田しばた 亮平りょうへい、覚えてる?」

 柴田 亮平…思い出した。クラスの中でも勝ち組にあたるグループにいた人物だ。


 「ああ、今、思い出したよ。柴田くん…白衣ってことは、医者になったのか?」

 柴田のことをすこしづつ思い出してきた。勝ち組のグループにいるのに、少しその空気から外れていたような感じがした。

 一匹狼という訳でもなさそうだったが。


 「良かった、思い出してもらえて。あまり話したことなかったから、忘れられていると思ったよ」

 更に思い出してきた。柴田は人を下に見るような人物ではなく、孤高という感じであった。


 「ここに来たのは同級生のお見舞い?…申し訳ない、元気にしたいんだけど……」

 自分の力不足を嘆くように、悔しそうな顔で柴田は言った。


 「できないものは、仕方がない。できることから始めるんだ。

 ある人の言葉なんだけどさ、柴田くんにできることをするのが今一番大切なんじゃないかな?」

 励ましの思いで言った。教えられた言葉を誰かに継ぎたい思いもあったのかもしれない。


 「ああ、そうだな。お前、相変わらず優しいやつで安心したよ。良いところは変わってないんだな」

 あまり柴田とも絡んだ記憶はないが、そう言われておもはゆくなった。


 工藤が依頼していた情報収集を終えて、こちらに向かってきた。

 柴田も工藤に気付き、軽く挨拶してから仕事に戻って行った。


 「悪いな工藤、手間を掛けさせて。ところで、柴田くんとは会っていたのか?」

 工藤が仕入れた情報を書いた紙を見ながら問いかけた。


 「ああ、実家に帰った時なんかに、ちょいちょいな。あいつも同窓会に来たんだぜ」

 なるほど、それであの簡単な挨拶で済ませたのかと思った。そういえば……。


 「工藤が同窓会の幹事だったんだよな? 誰に出したとか、覚えてるか?」

 同窓会のメンバーの中に犯人がいるかも知れないが、いない人物も重要だ。


 「家に帰れば、クラス名簿に出したヤツに対してチェック入れたものがあるぜ」

 得意気に言った工藤、その顔を見て思う。俺に出していないことを忘れている。


 とりあえず、何名かの家を回ってみるが、病院と感じたこと以上のものは感じなかった。

 他にも何かないか確認してみたが、空振りだったようだ。


 「やっぱ、みんな同じなんだな。結局、ここでも手掛かりなしか……」

 心の中で思っていたことを、工藤が言うと少し頭に来る。


 「あとは出席者リストと、同窓会への出席確認を出した人のリストだな」

 車のアクセルを踏みながら言った。これが手掛かりとなればと祈るしかない。


 先ずは工藤の家に寄り、同窓会への出席確認を出した人のリストを受け取る。

 ざっと見ると自分の名前が目についた。やはりと言うかチェックがついてない。

 それに気付いたのか、工藤が言い訳がましく言ってきた。


 「いや、守屋って、そもそも住所変わってたじゃんか? 他のヤツに聞いても知らないって言うしさ」

 そもそも出す気はなかったのだろう。逆に取り繕う感じがして、嫌だった。

 

 次は出席者リストを借りに行く。これと出席確認を出したリストと付け合せれば何か見えてくるかもしれない。これ以外の手掛かりがない。

 リストを見てみる。同窓会があることを知っており出た者と、出なかった者。ここにヒントはないか。


 萌香も覗いている、その後ろから工藤も覗いている。

 出席者と欠席者。ここから導き出せないか。だが、欠席者はご丁寧に、欠席理由を書いてきたそうだ。


 もし怪異や呪いを掛けるのが目的なら、別に返信しなくても良い。全員倒れたなら欠席者が犯人かもしれない。

 しかし、倒れた者と倒れなかった者の関連性がないのだ。


 仲が良い者同士の複数の集まりなのか、近況報告ついでに欠席の旨を伝えてきた者も多いと工藤は言った。

 それを工藤は出席する仲が良いグループの者にも話したらしい。


 しかし、工藤が話したグループでも、倒れた者に規則性はなかった。

 ならば、グループなど関係なく、バラバラに散った人間が集まる同窓会を狙った犯行としか思えない。

 そうなると出席した中に犯人はいるはずだが……。


 その時、萌香が何かに気付いた顔をした。

 出席者のリストを指さし、次に出席確認を出したリストを指さす。

 その名前は、河野 一だった。同窓会があることを知らせる手紙が来ていないのに同窓会には出席しているのだ。


 「工藤、誰かが河野くんに連絡して同窓会に来たのか? 知る方法はあったのか?」

 工藤は悩んだ顔をして、考えていた。


 「すまん、分からん。誰かから聞けば、出ることはできるけど……。でも、河野と仲良かったのってお前達じゃね?」

 その言葉を聞いて思い出したことがあり、河野に電話を掛ける。


     ・     ・     ・


 河野は家にいると言うので、伺う旨を伝えて車を走らせる。


 河野家に到着して、玄関のチャイムを鳴らす。河野 一が顔を出した。

 河野は俺の顔を見て笑顔になったが、工藤と萌香を見て表情が少し硬くなった。


 「とりあえず、中に入って。寒いでしょう?お茶を入れるね」

 久しぶりに顔を合わせたが、変わらない癖っ毛に、相変わらず柔和な顔をしている。

 優しさが溢れ出ているようだ。


 客間に通されて、河野が来るのを待つ。

 「おまたせ。ちょっと熱めに入れているから、気を付けて飲んでね」

 気遣いのある言葉を河野は口にし、お茶をそれぞれの前に出してきた。

 河野がお茶を出した後、一つの座布団に座った。


 「早速でごめん。これからいくつか質問する。言いたくないことも聞くし、聞かれたくないことも聞く…。それが俺の仕事だから……」

 そう、できれば何もなければ良い。悪いものにさいなまれている人には申し訳ないとは思う。

 できれば聞きたくない。ろくに良いこともなかった高校時代で、数少ない輝いた思い出に影を落としたくない


 河野観念したような顔をしているが、本人の口から聞かなければならない。

 「まず、1つ目。君は休みがしばらくない、と言っていたけど、何で実家に帰ってきているのか?

 そして、2つ目。何故、同窓会の開催通知が届いてないのに同窓会に出たのか?

 最後に、何故、事件を解決するために、俺に依頼するように工藤に話しをしたのか?」

 そう、車で大河市に行く間に、工藤が河野から俺に依頼したらどうかと話があったと言ってきたのだ。

 工藤には解決方法を知ると思われる者を教えてくれた人物が、事件に関わっているとは思わなかったのだろう。


 「正直に答えるね。君に嘘をつきたくないし、彼も望まない……」

 彼とは? 疑問に思ったが、話しを遮る訳にはいかず、河野の話しを聞く。


 「何で、ここにいるかって。君たちが来たのを知ったから。探偵さんに事務所を見張ってもらっていたんだ。

 次は、同窓会に出た理由だっけ? それは同窓会で確認すべきことがあったから。

 最後は…、彼からのお願いだったから。君に終わらせてもらいたかったから」

 河野は質問について、全て回答してくれた。


 ここまで聞いて萌香が口を開く、

 「…あなたに頼んだ…、彼とは? …その方が今回の…事件を? …何のために……?」

 そう、誰が何のために、こんな事件、怪異を使ったと思われる事件を起こしたんだ。

 「守屋くん…。君のよく知っている人だよ。栗山 賢介くんからのお願いなんだ」


 なんで、栗山が? あいつが何で? 物静かで、読書が好きで、優しい笑顔の栗山が?

 そんな栗山がこんなことをするのか…? 頭が混乱して、考えがまとまらない。


 河野は肩の荷が下りたのか少し寂しそうだが、柔和な顔に戻った。

 「ごめんね、守屋くん。事件のことを全部話すね……」

 頭が混乱している中、河野が事件の全容を話し始めた。


 「栗山くんが事故にあって障害が残ったって言ったよね?

 その障害って、記憶に関するものなんだ。徐々に記憶を失ってしまうらしいんだ」

 そんなことがあったのかと、驚いている自分に気付かないのか話しが続けられた。


 「消えていく記憶に栗山くんは最初は動じなかった。それも1つの人生だって言って。

 ただ、そんなとき病院で柴田くんと会ったんだ。柴田くんは栗山くんのこと覚えていて、柴田くんはすごく悩んでたんだ。

 記憶が全てなくなれば、周りの事だけじゃなく自分のことも分からなくなったら……。それは死んだようなものなんじゃないかってね」

 亀寿島 天と似た話だが、栗山は自分の記憶が消えることに恐怖したのか……?


 「僕たちの話しを聞いていたのかも知れない。少ししてから、栗山くんは必死に色々な本を読み漁っていたみたいなんだ」

 記憶が消えていくことへの対処方法を探してなのか、河野が話す。


 それでは、栗山は何のために……。そうか!誰だ、と叫んだ相手は栗山のことだったんだ。

 「河野くん、栗山くんは自分のことを覚えている人は何もしなくて、覚えていない人に、自分のことを覚えていてもらうような呪いを行ったんじゃないか?」

 河野は、うつむきながら自供するような、諦めた顔をして言った。


 「僕も共犯だよ。同窓会に出て、皆にそれとなく栗山くんの事を聞いて回ったんだ。

 そこで、全く覚えていない人を紙に書いて栗山くんに渡したんだ。

 栗山くんがそれを持って何をしたのか分からない。でも、会場に戻ると何人も、誰かがいる、って言って倒れていったんだ。

 栗山くんを覚えていた人には見えなかったようなんだけど…もちろん僕も」

 このことから基本的な事件の全容は見えたが、これでは解決にはならない。


 この現象にはだいたいの想像がついた、『想起縛そうき しばり』。

 ある人の過去の記憶の中の自分を忘れないように、過去の記憶に自分がいたことを思い出させ、忘れないようにする呪い、怪異。

 大体、何らかの苦しみを抱えた者がその怒りをぶつける相手に向けて、呪いの念によって現れる怪異だ。


 しかし、栗山は怒りからではないのではないか。

 彼の願いは逃れられない自分が消える恐怖から、自分に関する記憶が人から無くなってしまうことから……。

 自分が生きていたことを誰かに、せめてクラスメイトに覚えていてもらいたいとの思いが強くなっていったのではないだろうか……。


 話し疲れて、一気にやつれたような河野に聞くことがあった。

 「河野くん…栗山くんはどうしたんだ? まだ病院にいるのか?」

 だいたい分かっていた。でも、少しの希望を捨てたくはなかった。

 河野は立ち上がると、部屋の外に出て行った。


 少しすると、河野は右手に新聞を持って部屋に戻ってきた。

 俺の前に新聞を広げ、ある記事に指をさす。


 そこには、男性の自殺記事が小さく乗っていた。

 学校の近くの雑木林で、ひっそりと自殺したのだ。

 自分が記憶をなくし、自分が自分でなくなる前に……。


 「こんな地方紙の三面記事の隅っこに書かれたって、誰にも思い出されねぇよ……。栗山くん…話しをしてくれても良かったじゃないかぁ……」

 自分で涙が抑えきれなくなっていた。思い出す栗山の顔が笑っているから……。


 部屋に沈黙が訪れた。それを破ったのは意外にも工藤だった。

 「栗山が悪いことは分かったけど、死んじゃったんだからどうすりゃ良いんだよ? 墓参りにでも行けって言うのか!?」

 殴りたくなる感情を抑えるために深呼吸をした。感情を抑えるのだ。


 「解決方法は1つ。これは栗山くんの思いが強くて皆を強烈に縛りつけている。

 それは、未だに存在してしまっている怪異がいるからだ。だから、処分するしかない」

 敢えて感情を殺して、どんなに悲しい怪異でも同情などして心に隙を作らないように。

 処分屋として…、栗山の元にいかなければ。


     ・     ・     ・


 車に4人で乗り込み、目的地へ向け出発した。居場所が分かるのか、との工藤の問いに頷いた。


 車で到着したのは、西城高校。我らが母校である。

 夜の学校とは不気味なものだが、古いこの高校は余計に不気味さを高めている。

 門をよじ登ろうと思ったが、萌香がスカートなのを忘れていたので、低いフェンスを見つけ、そこから入るようにした。


 向かう場所は1つしかない。3年4組だ。学校のカギは百足で開けていった。

 工藤や河野が何か言いたそうだったが、無視して足早に進んでいった。


 3年4組、どことなく懐かしさを感じる。掛かっている鍵を開けてドアを開ける。


 すぐに分かった窓際の席に彼が、彼の思いを持った怪異がいた。

 黒い影のように揺らめきながら、本を読んでいるように肘を机に置いている。もちろん、本はそこにはない。


 おはよう、と一声かけて、かつての自分の席に座る。

 つられるように、河野、工藤、萌香も挨拶して座った。萌香は適当な席に座ったのか。

 おもむろに席を立ち、栗山の元へ向かう。


 「よっ。今日の本は面白いやつか? 面白かったら内容教えてよ」

 怪異に話しかけた。さも、栗山に、高校時代の栗山に話しかけるように。


 それに合わせるかのように、河野も近づいてきた。

 「いや、守屋くんも本を読みなよ、面白い話しの所だけ栗山くんに聞かないでさぁ」

 河野がかつての俺とのやり取りを彷彿とさせるように話す。


 「いや、俺は栗山くんから聞きたいんだよ。話の要点を分かりやすく教えてくれるしさ」

 ちょっとぶっきらぼうに、でも少しおどけた声で話した


 「それがダメなんじゃないか。PCのプログラミングだって一から作らなきゃならないんだよ」

 河野もまるで、高校時代に戻ったように感じた。


 「またPCかよぉ。あれは訳が分かんないんだよなぁ。河野くん、すげぇよ」

 もう高校時代だった。物静かな栗山が喋らないことを除いては。


 怪異が動いた。本を閉じる動作をした。怪異が喋る。

 「守屋くん、今回のは君の好みじゃないかなぁ。どっちかと言うと河野くんに合うかも」

 それは間違いなく栗山の声だった。


 「河野くんの好みとは合わないからなぁ。女の子の好みも含めてな」

 河野をいじるように話す。これも変わらない日常だった。


 「年上の女性の良さが分からない守屋くんがおかしいと、僕は思います」

 この返しこの返し。世界が変わっていく。あの頃、つまらない高校での小さな楽しい思い出。


 「僕は、自分と雰囲気が合う人が良いなぁ」

 怪異が…栗山が話す。


 「お前、大人の意見みたいなことを言って。若さが足りないね」

 この言葉に皆が笑った。『ファントム・ガイズ』がまた揃った。

 でも、名残り惜しいけど終わりなんだ栗山。ここで終わりなんだ……。


 「…守屋くん、河野くん、ありがとう。2人に会えて、僕は高校生活に楽しい思い出ができた。

 そして、河野くん…ごめん。僕のわがまま、罪に巻き込んでしまって…本当にごめん」

 河野は泣き出して、栗山の名前を何度も呼んでいる。


 「守屋くん、君は相変わらず優しいね。僕を消しに来たんでしょ? なのに僕が話せるようになるのを待ってくれて。

 本当にありがとう。3人でずっとこうして話したかったなぁ……」

 黒い影が少しづづ、栗山へと変わっていった。


 「守屋くん、僕はこんなに悪い事をしたんだ。きっと地獄行きだよね……」

 腹はくくってはいるが、心配なんだろう。栗山の声に寂しいものを感じた。


 「バカなこと言うなよ。この程度の事で、お前みたいな優しいやつが地獄なわけないだろ。間違いなく、天国へ直行だ」

 この言葉を信じたのか、栗山は優しい顔に戻った。


 「さてと、栗山くんには、先に行っててもらおうかな。んで、俺たち好みの女の子を用意しててくれ。そんなに待たせないからさ」

 笑って言うと、栗山も河野も笑った。そう、また会えるかもしれないのだから。


 栗山の頭に手を置き、力をこめて天の光を出す。

 「天よ。孤独な思いから過ちを犯してしまったこの者の罪をお許しください。そして、あなたのお力でこの者の穢れをお払いください」

 栗山が光に包まれていく。栗山の一部かも知れないが間違いなく、天は受け入れてくれたのだ。

 光の中に溶けて行く栗山を俺たちは笑顔で見送った。


 あとは暴走していた『想起縛そうき しばり』の処分だが栗山の思いがなくなった所為か、だいぶ萎んでいる。

 残す訳にもいかないので、百足に喰わせておいた。


     ・    ・    ・


次の日

 花束を持って、栗山家の墓前に立って目を閉じ、報告をした。


 栗山くん、君の魂は天に昇って行ったよ。

 そこは良い所さ、きっと。誰も戻ってきたのを聞いたことがないから。


 報告し終わって、立ち去ろうとした時、河野と柴田の姿があった。

 「河野くんは分かるけど、柴田くんは? そんなに付き合いあったっけ?」

 栗山と柴田、2人で会話している記憶は皆無だった。


 「たぶん見てないだろうね。図書室で良く話しをしていたから。好きな本が一緒だったりしてさ」

 遠い目をしながら、柴田は語っていた。

 柴田が病院で河野にあんな話しをしたのも、自分のことを忘れられて行く恐怖から、死を連想したのかもしれない。


 「あと、工藤には俺から余計な話しはするなって釘を刺しておいたから」

 河野をちらりと見た。少し半笑いだったが、うるさいであろう工藤を抑えてくれて助かる。


 「守屋くん、もう帰っちゃうの?」

 残念そうな顔で河野が言った、昔話に花を咲かせるのも良いと思ったが……。


 「ああ、もう帰るよ。なんせ、女子高生の助手を一泊させてしまってね。

 親御さんの所に早く帰さないといけないからさ」

 困ったような顔をして言った。実際、心中穏やかではない。


 「あとは工藤から謝礼をいただくだけだが……。後日、事務所に持ってこさせよう。

 車で一緒に帰って、あいつの自慢話を聞かされるのはごめんだからさ」

 笑ってそう言い、墓地を後にした。


    ・      ・      ・


 昼前には都家に着いた。


 何か言われる前に全力で謝ったが、怒られることなく、むしろお礼を言われたことにビックリした。

 多分、萌香が何か言ってくれたのだろう。


 事務所に帰ってきた。まあ、一泊だから問題はなかろうとドアを開ける。

 中を見ると、幸が寝転んで足を宙に上げたり下げたりしている。これは、まさか!?

 幸の前に行くと配達物の箱だろうか、それが開けられている。


 「幸ちゃん、これは…なんなんですかねぇ?」

 「あぁ、これは黒魔術と闇魔術の成り立ちと違い、混成について調べ上げた名本です。

 複製ですが、なかなか世に出回らない本なので見つけてラッキーでした」

 普段の気怠い声ではない、これは……。…いや、気にするところはそこじゃない。


 「幸ちゃ~ん、これはどうやって手に入れたのかなぁ?」

 幸の本を読む手が止まらない。そんな中、返答はキッチリする。


 「闇のマーケットと言えば良いのでしょうか。まぁ、私にもいろいろな伝手がありまして」

 「そういうことじゃなくて、それを購入したお金だよ!お・か・ね!OK?」

 幸が指をさした。その先には閉じられているはずの金庫が開いている姿があった。


 「ん~!NO~!幸ちゃん、あれには事務所の運営費が入っているんだよ!

 そんな本のために運営費を使わないで!そもそも何で番号知ってんの!?」

 思ったことを感情のままにぶつける。お金がなきゃ、ダメじゃないか。


 「そんな本とは失礼ですね。本に謝って欲しいぐらいです。金庫については……

 まあ、細かいこと気にしていると、女の子にモテませんよ?」

 幸に何を言っても無駄と分かり、椅子にもたれ掛った。


 一連の事件を思い出す。『ファントム・ガイズ』、一夜限りの再結成。

 誰からも呼ばれなかった者達の同窓会。これはこれで楽しい夜を過ごしたと思った。


 「なんか楽しそうですねぇ? 面白いことでもありましたぁ?」

 幸の問いに、ちょっとだけ笑って頷いた。


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