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過去からの襲撃者

 因縁の戦いという言葉を度々耳にすることがあるだろう。

 因縁といえば、前世から決められた定めとも言われるものだ。


 しかし、実際に耳にするのは、何かがあった後に使われる事が多い。

 スポーツや格闘技などでより顕著に使われており、大体は何度も戦っており、その結果が均衡している場合が多い。


 その因縁も元を辿れば、1つの思いから始まっているとも考えられる。

 前世などではなく、現世で。人よりも勝りたい、その思いがあって因縁の戦いに結びつくのではないだろうか。


 最初の思いが一緒であっても、人は戦わざるを得ないのか。

 そうでもない言葉がある。昨日の敵は、今日の友。例え、敵対していても心が分かり合えれば、因縁の戦いは終わる。


 だが、それも形上でしかない。本当の心は分からない。

 今日の友は、明日には敵になりかねないのだ。そこから、また因縁の戦いが始まる。


 同じ志を持っていても、それが分かたれてしまえば因縁は生まれる。

 分かり合えなくなれば、その心は離れて行く。そんな生まれてしまった因縁に相対した男の話を今回はしよう。


    ・   ・   ・


11月上旬

 祐はプレシャス・タイムでコーヒーの香りを楽しんでいた。


 「いやぁ、やっぱり仕事終わりのコーヒーは良いねぇ」

 「なんや、上機嫌やないか? 楽しい仕事やったんか」

 三善が言うように機嫌が良いのは、先日の入れ換わり事件で依頼された案件が終了したからだ。

 結局は金に目が眩んだ女から娘を救出できたのだ。一番望ましい結果である。


 「なるほどなぁ、あの後の仕事が片ついたんか。そら上機嫌にもなるわな」

 「まあ、大体の証拠も揃ってたし、あとは弥生ちゃんに任せたから完璧さ。頼れる友人がいると助かるよ」

 今回の件の後始末の責任で、弥生の愚痴に付き合うのなら喜んでと思った。


 「お前……。ちゃんと天ちゃんに言うとけよ。また愚痴に付き合わされるのが目に見えるわ」

 「ああ……。俺も懲りたよ……。やましい事はないし、気持ちもない。ただ、やっぱり嫌なのかもね」

 自分が天の立場だったら、どうだろうか……? やはり良い気持ちはしない。

 そんな事に気付かない俺のバカさ加減と言ったら。


 「なんや、また暗うなっとるで。ま、ええお仕置きやな」

 「ああ、ホントに勉強になったよ。三善や幸ちゃんには話せるんだけどねぇ……」

 「お前のことや、変に心配させたとおないシステムが動いとるんやろな。それはそれで不安になるんとちゃうか?」

 三善の言う通りだろう。知らないからこそ、心配になる事がある。

 なのに俺は言わない。心配かけたくないからという身勝手な気持ちで……。


 「ありがとな、三善。俺も向き合うよ。やっぱり知ってもらいたいし、教えて欲しいからさ」

 「なら、ええ。もう、昔のお前とちゃうんやから……。話せる子ぉが増えたやろ? ちゃんと教えとき」

 三善の言葉に大きく頷く。知っておいてもらいたい人がいるのだ。


 「そういや萌香ちゃん、なんちゅうかキリッとなったなぁ。あん子も成長したんやなぁ……」

 「ホントに成長著しいから。今じゃ、処分屋としてはメインで、俺はサブな感じだぜ。

 …だから、俺も禍ツ喰らいだけじゃなくて、他の戦い方を身に付けている最中だよ。やっぱり並びたいからさ……」

 先日、一緒に確認した思いに刺激される。萌香も頑張っているなら、俺も頑張る。それ以上に……。


 「ありがとな三善、勇気を貰ったよ。んじゃ、俺は特訓もある事だし帰るよ」

 三善は目を閉じて軽く頷いてくれた。本当に頼もしいし、ありがたい友だ。


 「祐さん、何を特訓しているんですか?」

 わぉ! 俺の心に散々ハートの矢を打ち込んだ天使が降臨した。


 「うん。まあ、護身術みたいなもんかな。やっぱり探偵だから、そこら辺はできないとね」

 「さすがですね、祐さん。確かに危ないこともあるかもしれませんもんねぇ。頑張ってください、ファイトー、です」

 「だね。ファイトー、だね。…頑張るよ。一緒に並ぶためにさ」

 円と一緒に右手を上げて言った。

 最後の言葉に円は不思議そうな顔をしたが、俺自身に向けた言葉なので何も言う必要はないだろう。


    ・   ・   ・


 ブレイクタイムを終了して、事務所に戻ってきた。


 「ただいま~」

 「お帰りなさぁ~い、仕事は来てないですよぉ」

 残念というかありがたいというか、時間が空いたことは助かる。


 「んじゃ、俺は帰るよ。特訓しないといけないからさ」

 「あぁ~、萌香ちゃんとだいぶ差が開きましたもんねぇ。ここは頑張り時ですよねぇ」

 胸に刺さる言葉を幸は口にした……。事実なだけに言い返せない。


 「何かあったら、すぐに戻るからさ。電話番よろしくね」

 「お任せでぇす。探偵業務だったら式神ちゃんを作っていただければ大丈夫ですよぉ」

 幸の言葉から、俺は式神作成所扱いという事が分かった。


 「俺だって、式神ができない仕事をしてるじゃないか。それなりに……」

 「最終的には弥生さんの事務所頼りですけどねぇ」

 もはや、ただの中継所にしかなっていないことも気付かされた。頭が重い……。


 「あ、そういえば幸ちゃん。確か萌香ちゃんはしばらく来ないよね?」

 「はい。ゼミの課題で夜まで頑張っているらしいですよぉ? どうかしましたぁ?」

 幸は俺の何かを察したのか、質問を投げてきた。


 「…逃げるのを止めようと思ってさ。今度、萌香ちゃんが来た時に全部を話すよ」

 三善から貰った勇気を無駄にしたくない。分かってもらいたいから……。


 「……それは禍ツ喰らいの件ですか? 必要かもしれませんが……。祐さんは大丈夫なんですか?」

 「言っただろ、逃げないって。最悪なケースを知っておいてもらいたい……。

 もちろん、そんな事にならないようにするよ? ただ、隠し事をするのはパートナーに悪いと思ってね」

 「…祐さんが決めたのなら、良いと思います。彼女も昔とは違います。受け入れてくれると思いますよ」

 俺の事を幸も後押ししてくれた気がした。つくづく俺の周りには俺の事を分かってくれる人が多い事に気付かされた。

 幸は知っているが萌香は知らない。同じ仲間…、同じ道を歩む者として隠すことではない。


    ・   ・   ・


 家に帰り、必要な退魔用装備を取り出すして訓練の準備をした。

 シュタルクは寝ている時間なので、1人での訓練になる。


 だが、地道な反復練習こそが、実践での反射的な攻撃に繋がる。

 ワラベエも訓練中は近くで、車のおもちゃに乗って庭を回っている。


 自分の前にシュタルクがいるイメージをしナイフを振るう。

 イメージなのに的確に突いてくるのを、避けてはさばくので精一杯だ。


 流石は怪異の頂点だ。それでも、そこを乗り越えなければ辿りつけないのなら、乗り越えてみせる。

 そんな事を考えていた時、何者かの気配がしたのでそちらを向いた。


 そこには長い茶色のフード付きのコートを着ている男がいた。

 フードがかなり大きいため、顔がハッキリとは見えないが端正な顔立ちをしているように見える。

 頬は若干こけている? 唇は細く良い感じに引き締まってて、肩までつく金髪も見えた。


 「…ここに金髪の女と男がいるだろう? 出してもらおうか」

 なかなかにいい声をしていると思った。ただ、それ以上に恨みめいた声にも聞こえた。


 「いや。家には俺とそこにいる子供しかいないぜ。訪問する家を間違えてないか?」

 何も言わない……。何を考えているのか……。いや、1つだけ分かった。こいつ、鼻で匂いを嗅ぎ取っている。


 「お前の匂いから、知っているやつの匂いがする。隠し立てするのなら、押し通るまで……」

 男の言葉に身構えた瞬間、男が視界から消えた。


 殺気!? 下から! 顔に向けて突き出された剣を左手のナイフでさばき、右脚で屈んだ姿勢をしている男の顔を目掛けて蹴る。

 が、ギリギリの所で避けられた。蹴っている時に見えたのは、また顔を目掛けての突きに入るモーションだった。

 

 ならば! 蹴りの勢いをそのままに、背中を見せながら地面に倒れ込むようにし、突きを避ける。

 右手を地面につけて、回転の力を乗せて低空の足払いをやつの左足に叩きこむ。


 「むっ?」

 姿勢が崩れたためか、やつは少し声を出した。


 続けて蹴った右足を地に着け軸にし、体をひねりながら左脚を相手の頭へ目掛けながら、右足に力を込め飛びあがった。

 左足の踵が思いっきりやつの顔面に入ったことを確認し、素早く体勢を整え、数歩後ろに下がった。


 「…なかなかやるな。体術も色々な進化を遂げているものだ」

 結構良い当たりだと思ったが、それほど効いている感じがしない。


 「まあな。あんたみたいな不審人物が入って来た時の為さ。さ、お帰り願おうか」

 大体の戦い方は分かった。不死の体を活用し、やつに肉薄できれば善戦できる。

 リーチが違うため、できるだけ踏み込む。やつも体術には警戒している。

 下手をしたら、そこからのナイフ攻撃もあるからだ。


 「ああ。あと、こんなものもあるんだ。拳銃…撃たれたくないだろ。あんたも銃刀法違反だ。ここらで手打ちにしないか?」

 近くに置いていた回転式拳銃を取り出すと、やつに向けた。


 「…その装飾、貴様ハンターか?」

 ハンター? 退魔士などではなく、ハンターと言ったのだ。

 目の前の男の言動から推測できるハンターは……。


 「どうだろねぇ? ま、お友達は多いから、皆で揃ってパーティでもするかい? あんたがヴァンパイアだと知ったら、そりゃあもう大盛り上がりさ。

 皆こぞってバーティーグッズを持ってくるぜ、お前の首を落とす為のな……」

 反応はどうだ……。俺をハンターだと思えばやつは高確率で逃げる。

 下手に戦いになるのは避けたいところだが…。


 男が低く笑いだした。意図が見えない内は、相手の出方を待つか。

 「ハンターを相手にするのは得策ではないな……。しかも、昼だ。これでは本気は出せん。

 だが……、お前が追っている、もしくは知っているヴァンパイアの情報は必要だ。それを教えろ」

 ありがたい事にハンターと思ったようだ。さて、どう交渉したものか……。


 「…分かった。あんたを1人でやるのは難しそうだし、ヴァンパイア用の武器も家の中だからな。

 ただ、俺も接触したのか正直分からない。でも、俺達の仲間の情報網には入っているかもな……。

 そこを確認しない事には始まらないんだが……。すぐに全員に確認できるかは分からないんだよなぁ」

 時間が欲しい……。ヴァンパイア用の装備は持っていない。ハンターの装備はエグイものが多いから風間の所にもなかった。


 「いいだろう……。では、何日でその情報が分かるんだ? 最悪、お前を半殺しにして聞き出しても良いのだが?」

 「おいおい。分かってるとは思うが、俺達はヴァンパイアを恨んでいるんだぜ? 半殺し程度で吐かないし、もし殺されれば、すぐに他のハンターに狙われるぞ?」

 なかなかしぶといな……。とっとと帰ってもらいたいところなのだが。


 「分かった。3日やろう……。もし、ハンターの気配を感じたら俺は行方をくらます。そして、必ずお前を殺す……」

 「OK、3日だな。話す場所は? 俺の家ですんのか? それは勘弁だぞ」

 「お前の家の近くは空き地であろう? 3日後の夜に、そこで話をする。広いからハンターが隠れても見つけやすい」

 かなり用心深い相手だな……。しかし、単独で動くヴァンパイアか。

 大体は徒党を組む等してハンターとの戦いを有利にしようとするのだが。


 「了解。ただ、その前に俺を殺すなよ? 速攻でハンターが動くように準備しておく。

 情報を伝えたら、そこでお別れ。その後はどうなるか知らないけどね……」

 「ふん、自分の命惜しさに情報を渡す。そんなお前のその後も気になるがな。忘れるなよ、3日後の夜だ」

 そう言って、男は素早く庭から去って行った。


    ・   ・   ・


 流石に不味いことになった。敵意むき出しのヴァンパイアが襲ってきたのだ。

 ワラベエも男がいなくなってから、震えながら俺の足に掴まっている。


 何にせよ、ヴァンパイアが起きるのを待つしかない。しかし、あの武器。シュタルクの剣と一緒だった。

 それに探している人物も金髪の女と男……。リリエールとシュタルク以外に考えられないが……。


 では、マゴロクはどうなんだ? 彼も戦国時代か、そのちょっと後にヴァンパイアになったのだ。

 それ以前の知り合いという事なのか……。結局、聞くしかないか。夕方になるのを待とう。


 最初に夕方に起きるのはシュタルクだ。しかし、全員が揃って話をするのが良かろうと思い世間話をする。

 台所兼調理場にマゴロクと、まだ眠そうなリリエールが入って来た。

 全員で食事を食べ、血の補充をしていたときに本題に入ることにした。


 「皆さん、聞いてください。大変な事態になったかもしれません」

 3人とも俺の言葉に目を見開いた。


 「どうした化け物人間? また女子にあらぬ疑いでも掛けられたのか?」

 リリエールの言葉に、マゴロクは笑い、シュタルクは苦笑いをしている。だが、本題を言わなければ……。


 「私は今日、ヴァンパイアに襲撃されました」

 この言葉に3人とも固まってしまった。理解ができないのであろう。細かく言わない俺も悪いのだが。


 「祐さん、それはあなたを狙ってですか? それとも他の誰かを狙って?」

 シュタルクが良い質問をしてくれた。これで話がし易い。


 「ヴァンパイアは言いました。ここに金髪の女と男がいるだろう? と。もちろん私はすっ呆けました。

 ありがたいことに私をハンターの1人と思ったようです。ただ、あなた方を売るような話はしていません。

 3日、時間を稼ぎました。その間に装備を整えて皆さ、」

 「化け物人間! そいつはどのようなやつじゃった!?」

 リリエールが大きな声を上げた。あまり見ない事に少し驚いた。


 「長いフード付のコートで、フードを目深に被っていましたら人相までは……。

 ただ、髪は金髪で、引き締まった唇に端正な顔立ちをしてそうな気がします。あと、武器は…シュタルクさんと同じレイピアでした」

 俺の言葉を聞いてか、また沈黙が訪れた。過去に何があったのか細かく聞いたことがない。

 それができなかった自分がいた。できれば教えて欲しいし、自分のことも話したい。


 「そやつはわしらの同胞ではあるが、たもとを別った者でもある。残念ながらな……」

 リリエールの寂しそうな表情からなんとなく察しができる。


 「…あの、話したくない事かもしれませんが、皆さんの過去を教えてもらえませんか?

 嫌であれば構いません。それでも私は皆さんを守る為に戦います。

 どうせ不死の体ですから、陽が昇るまで刺され続けますよ」

 最後は冗談のつもりで言ったのだが、やはり皆黙りこんでいる。


 「祐さん、お話ししましょう。私達は、ある国の、」

 「シュタルク、わしが話す。一番知っておるのは、わしじゃからな……」

 リリエールは神妙な面持ちをしながら、思い出したくはないであろう話を語り出した。


    ・   ・   ・


 ある諸侯の元に生まれた私は親の言われるがまま育った。

 貴族としての振る舞いと、淑女としての教育……。全ては私の為であり、家の為であった。


 貴族の女として生まれた者は、結局政治に利用されるだけだった。

 親の言われるがまま、決められた相手と結婚するしかなかった。


 そんな政略結婚の相手に選ばれた男に出会い、その考えが大きく変わった。

 男は貴族の考えに捕らわれず、むしろ、そのような事を嫌っていた。私に大きな世界の話を何度もしてくれた。


 私の心は結婚相手に惹かれていき、相手も私の事を受け入れてくれるようになった。

 しかし、生まれた世も親も時代も選べない。私の狭い世界が大きな戦争に巻き込まれてしまった。


 戦火は大きく広がり、結婚相手も戦争によって亡くなったと聞いた。

 そして、その流れは留まることをしらず、私達の領地へと雪崩れ込んできた。


 戦争は私の父と母、親族を根絶やしにし、最後には私の命までも奪おうとしていた。

 城の一番上の階まで逃げたが、炎と敵は迫って来ていた。

 辱めを受けるくらいなら死を選ぶ。慕った相手の元に行けるのならと……。


 その時、窓ガラスが割れ、強風が部屋に流れて込んで来たのを感じ、思わず窓に目を向けた。

 そこには誰もおらず我にかえり入口を見ると、今まで迫って来ていた兵士の全てが血を流し倒れていた。


 炎が照らしだす光を背中に受けて立ち尽くす男が私を見ている。

 全身黒ずくめで、マントと思われる物はぼろきれのように貧相だ。


 男は顔も暗く、黒い長髪のオールバックで、口を覆うヒゲも黒々しいものであった。そして、男は不敵な笑みを浮かべた。

 殺されると思った。しかし、男が口にした言葉は私を殺そうとするものではなかった。


 「今のお前の顔は、死を受け入れている顔だ……。生きる意味も知らない、生きる術も知らない、生きる辛さも知らない……。

 どれもこれもを放棄して、ただ逃げる。……お前にとって生きるとは何か。それを考えてもらおう…私の眷属として」

 その言葉を聞き終わると、意識がなくなった。


 気が付くとその男は部屋にはおらず、燃え盛る炎と血の海の中に倒れている兵士しかいなかった。

 何かが私の中で変わったのを感じた。階下から兵士の声が聞こえると、今までの私からは想像できない行動をとった。


 ドレスを破り、死んだ兵士の剣を持ち階下にいる兵士を刺し、斬り、貫き、殺し続ける。

 まるでリズムの激しいダンスでもするかのように、殺しの舞を披露した。


 気が付くと兵士のほとんどが死んでしまい、かろうじて生きている兵士に止めを刺そうと近づくと、思わぬ衝動に駆られた……。

 そいつの血を飲みたくなったのだ。そう思った時には兵士の首筋を食い破り、飛び散る血を顔に浴びて舌で堪能した。


 そんな中、兵士達が下がって行くのが分かった。

 残念だと思い火の手が上がる城の中を歩くと。2人の男がかろうじて生きていた。


 1人は我が国随一の剣士の男、もう1人はよく自分の護衛に付いていた男。

 どちらも私を慕ってくれた男だ。その死に行く姿を見て、また違う衝動に駆られた……。


 今度は優しく首筋に噛みつき、自分の血を与えるように牙から注入した。

 ほどなくして、2人は瀕死の重傷であったにも関わらず何事もなかったかのように立ち上がった。


 城から脱出し、火の手が回った城を外から眺める。

 本当に結婚相手の言った通りだ。彼の言う通り、私は籠の中の鳥だったことが分かった。

 ちっぽけな世界から出て、自分の足で自分の生きる道を探す。そんな思いを持って……。


 人の血を吸い、多くの者を殺していく中で、剣士の男が提案した。

 自分達の為の国を作ろう。眷属を増やし、グールを作り、人間を支配下に置き、差別階級を作る。


 しかし、この男が提案したものは、結局、今までの国と何ら変わらないものであった。

 私はその考えを拒否した。剣士の男は拒絶されたことで、更に頑なになっていった。

 剣士の男は私が国の女王になるべきだと言った。だが、それも拒否した。


 過去の自分の生き方に戻る気はないと告げ、常に従ってくれた男と共に流浪の旅に出た。

 黒衣の男の言った通り、生きるという事が何かを知るために……。


    ・   ・   ・


 リリエールが教えてくれた過去は悲しい過去であった。


 違う世界を教えてくれた大切な人を奪われて絶望し、違う世界で生きる意味を探る旅に出た。

 与えられた力。呪われた力。…つい、自分と重ねてしまう。


 そんな思いを見透かされていたのか、リリエールから声を掛けられた。

 「何も悪い事ばかりではなかったぞ? 多くの者と出会うこともできた。お主のような人間ともな……。

 生きる意味。今、わしはそれを身に宿しておる。ここで失くしたくはないものだのぉ……」

 見つけたのだ、生きる意味を。今、リリエールは自分に宿った子が生まれる事を思ってやまない。ならば!

 決意した時、その思いを消すような言葉を男は口にした。


 「祐さん、助けようと思っていませんか? それであれば不要です。私が戦います…戦うべきなのです!

 かつての同胞です。彼が暴走したのは、彼の所為です。ですが、私達の責任でもあります」

 シュタルクが普段以上に真面目な顔をしている。その目の力に押されるように決意が後ろに下がる。


 「でも、シュタルクさん。あの男と1対1は不味いのでは? マゴロクさんと私が入れば、数で圧倒でき、」

 「シュタルクにやらせてやれ。守屋も俺も、お前がやられたら姫さんを守る為に戦う」

 俺の言葉をマゴロクが遮った。でも、もしシュタルクが死ねば今まで一緒にいたリリエールは……。


 「化け物人間、しょぼくれた顔をするな。シュタルクにも、わしにとっても因縁浅からぬ相手じゃ。

 シュタルクが戦いたいのであれば、戦わせる。それを優先させてやってくれ」

 リリエールの言葉に何も言えない。見守ることしかできないのか……。


 「祐さん、大丈夫です。私も今まで研鑽を続けてきました。必ず勝ちます」

 優しい笑顔に戻ったシュタルクに何も言えなくなった。リリエールも悔しいのではないのだろうか……。

 なら、自分は見守る。マゴロクも戦ったように、過去の因縁がある相手との戦いを……。


    ・   ・   ・


 夜空を眺めると、そこには雲が少しだけ掛かっている。


 月明かりを遮るほどのものではない。月明かりと雲が、夜の空にコントラストを描いているように見える。

 シュタルクは祐が情報を提供すると言った場所に1人立っていた。


 この数日間、祐は必死に堪えているようだった。助けたいのだろう。

 本当に優しい人だと、不謹慎ながら思ってしまった。


 今は家の庭の影から、私を見ている事だろう。何かがあっても2人なら、あの方を助ける事ができるだろう。

 あまり想像することではない事を思っていた時に、月明かりが届かない闇から1人の男が現れた。


 「ほう、ハンターがお前を誘き出した、という訳でもなさそうだな。やはり隠していたのか……」

 コートを脱ぎながら男は言った。その顔は間違いなく、自分と共に歩み、袂を別った男だ。


 「さあ、どうでしょうね? 私を餌にしてハンター達が狙っているかもしれませんよ?」

 挑発的な態度もどうかと思うが、この男には効果的だろう。


 「お前の事なんて、どうでもいい。姫様はどこだ? まあ、あの家にいるのだろうが……」

 「そうだとしても、あなたに会うことはないですよ。ここで、あなたを倒します」

 この言葉を聞いて男が大きな笑い声を上げた。


 「剣術の稽古で、お前が俺に勝った回数なんて数える程しかないだろう?

 だが、今までのよしみだ。姫様と共に来るのであれば命は取らん。王国を築くには必要な力だ」

 この男は時代から取り残されている。未だに過去の妄想を忘れられないのだ。


 「断ります。姫様も望まなかったように、私もそのような国を望みません」

 この言葉に、男は怒りがこもった表情に変わった。


 「なら、お前は不要だな。姫様さえいれば、姫様さえ、姫様さえ、姫様さえ……」

 何度も呟きながら、男は剣を抜いた。それに応じるが如く、剣を抜く。


 同じタイミングで己の左手の掌に剣を当て、勢いよく切り付けた。

 血が剣にまとわり付き、真紅の剣を作り上げた。

 男の剣も分かる。その切り付けた掌から1本の真紅の剣が現れた。レイピアの二刀流だ。


 この月明かりでは真紅の剣も、ただの黒い剣にしか見えないだろう。

 しかし、ヴァンパイアには分かる、その色が。そそられる赤い色、自らが欲する血を使っての力。


 右腕の肘を少し曲げ剣を突き出し、体を剣と並行になるように構えをとる。

 対して男の構えは異形だ。体勢は同じだが、右腕は剣を突き出すように真っ直ぐにし、左腕は真っ直ぐ上に伸ばし剣を自分の顔の前に垂らしている。


 どちらも動かない。いや、私が押されている。見えない何かに押されているような……。

 前に押されてしまえば楽になれる。そんな気さえする。

 だが、ここで押されるようではダメだ。この向い合う形自体も戦いなのだ。


 動かない戦い。幾度も剣を打ち込むイメージをするが、いなされて刺されてしまう。

 お互いにヴァンパイアだ。首を切られなければ死ぬことはない。その思考を断つように男が動いた。


 右手の普通のレイピアによる突き! 体を後ろにスッテプさせ避ける。

 踏み込んでからの左手の真紅のレイピアによる斬撃! たまらず剣を振るい弾く。

 また右手の突き! 避けきれない!? 痛みが走る。脚を大きく貫かれた。

 逃げるように大きく後ろに下がる。やはり、剣技では一歩劣る。

 

 「少しは上達したようじゃないか? それでも俺には届かないがな」

 男はまた同じ構えに戻っている。遅れて構えをとる。


 「どうでしょうね? あなたの二刀流は変幻自在ですが、ヴァンパイアと対峙したことはないでしょう?

 そこに大きな差はあると思いますが?」

 この挑発に、また男の顔に怒りがこもっていく。

 首を刎ねなければ、お互い決着がつかない。だからこそ、今の言葉を口にした。


 また対峙する。だが前のように押される感じはしない。落ち着いてきている。

 男は逆に焦れているようだ。さぁ…来い……。


 来た! 突きではなく、斬撃だ。早い、舞うように切り付けてくる。避けようにも2本の乱舞する剣をさばく事は難しい。

 真紅の剣から複数の刃を出しても、物ともしない2本のレイピアの変幻自在な攻撃に圧倒される。


 白刃と血刃が交互に混じりあい、激流のように襲い掛かって来た攻撃を何とかしのいだ。


 「これでも死なぬか。人と違って、ヴァンパイアとなると勝手が違うものだな」

 やっと一息つける。男はすぐに呼吸を整えたのか、また斬撃を浴びせてきた。


 が、それは前の乱舞するようなものではなかった。

 男が少し屈むと左手の剣を高速で振り上げた。

 さばこうとやや突きだしていた私の剣を、すくうように持ち上げられた。


 分かった。狙いはこれだったのだ。

 あの斬撃の乱舞は、首をただただ狙っていたように見せていたのだ。

 右手の剣が迫ってくるのが見えた。だが……。


 「ぐあっあ! あっぁっぁっぁ!?」

 男の斬撃の前にすでに決着はついていた。

 男の左手の真紅の剣から、男の首に真紅のレイピアが突き刺さっている。


 「アイン…ツヴァイ……」

 真紅のレイピアが棘の様に何本も突き出て、男の首を刺し中に入っていく。


 「ドライ!」

 その言葉と共に真紅のレイピアが輪を描くように飛び出て、男の首が胴体から離れた。


 男の体が少しずつ塵の様に散っていく。

 「種明かしをしましょう。

 私の真紅のレイピアは、自分のレイピアから伸ばしたり、別の刃を作ったりしかできないと思っていたでしょう?

 残念ながら違います。レイピアが触れた血であれば、その中を通り抜けて行けるのです。

 そして、あなたの血のレイピアから私のレイピアが飛び出した……という訳です」

 男に説明したが、すでに顔が半分まで消えているので口を開けたり閉めたりしているだけだった。


 「あなたが私のことを過小評価してくれたお陰です。ありがとうございました」

 ダンスが終わった際に男がお辞儀するような形で、深々と頭を下げた。


    ・   ・   ・


 祐はお辞儀をしているシュタルクの元に駆けだした。


 途中まで気が気じゃなかった。何度も飛び出しそうになった。

 でも、シュタルクなら、とその度に言い聞かせていた。

 事実勝ったのだ。嬉しさがこみ上げてきた。


 シュタルクはお辞儀が終わり、家に向かって歩いて来ていた。

 「シュタルクさん、お帰りなさい。…本当に、お帰りなさい……」

 嬉しさだけじゃない。帰って来てくれた事で抑えていた気持ちが爆発してしまった。


 「祐さん、ただいま帰りました」

 シュタルクの顔を見ると、いつもの穏やかな笑顔をしていた。


 家に戻ると、シュタルクは何事もなかったかのようにお茶を入れ始めた。

 リリエールもマゴロクもいつも通りと言わんばかりに、集まってきた。


 「皆さん、シュタルクさんが勝って帰ってきたんですよ? 何も言わないんですか?」

 この質問に2人は少しだけ笑みを浮かべた。


 「祐さん、大丈夫ですよ。お2人共、私が勝てると信じてくださったのです。

 もちろん祐さんのお気持ちも、すごく嬉しいですよ。心配していただき、ありがとうございます」

 シュタルクの笑顔でこんな事を言われたら、何も言えなくなった。

 でも、皆でお茶を飲む光景、これがまた見れることが本当に嬉しい。


    ・   ・   ・


 祐は萌香が仕事の日に合わせて、天も呼んだ。

 天が先に事務所に来て、萌香待ちになった。


 「祐さん、何で事務所に呼んだんですか? プレシャス・タイムでも良かったんですけど?」

 天は少し気になるのだろう。事務所に来ることはあっても、呼ぶことはなかった。


 「たまには良いじゃない。コーヒーと紅茶、緑茶。全部、安物だけど飲む?」

 「大丈夫です。安物を強調されても困ります。…萌香ちゃん待ちなんでしょ?

 そんなに時間が掛からないなら、お茶はその後に考えます」

 このくだらない会話も良いものだと思う。しかし、ここまで来ると言う気が……。


 「…お疲れ様です……」

 「や、萌香ちゃん、お疲れ様。これと言って仕事はないんだ」

 「祐さん、それって事務所としてはどうなんですか?」

 天がもっともな事を言ってきた。ただ、今日は仕事がなくて良かった。


 「萌香ちゃん、天ちゃん、2人に聞いてもらいたいことがある」

 三善から、リリエールから貰った勇気を振り絞り話を始めた。


 「俺は前に禍ツ喰らいが暴走、浸食をしていると言った。あれは第一段階なんだ。その先もある……。

 その説明の為に見てもらいたい物がある。幸ちゃん、お願い」

 「はぁい。ちゃんと準備しておきましたよぉ、どぉぞぉ」

 幸が付箋付きで渡してくれた本、巻物、古い冊子、色々な時代の書物を机に置いた。


 「ここに書かれている事は、日本語の物もあれば、外国語のもある。

 日本のだと、ここを見てもらえれば分かるかな」

 「…これは、禍ツ喰らいですか……?」

 萌香は冊子に目を落としたまま、質問をしたきた。

 冊子には絵付きで解説があり、手から黒い何かを出している人の絵がある。


 「そう。そして、次のページをめくってごらん」

 俺の言葉に萌香が次のページをめくった。……2人とも体が固まったようだ。


 「それが禍ツ喰らいの成れの果て…怪異『禍ツ狂い(まがつぐるい)』」

 冊子の絵には全てが黒に塗られた人型で、黒い口が付いたおたまじゃくしのようなものが体中から、いくつも現れているものが描かれている。


 「これって…祐さん、こうなっちゃうんですか!?」

 「天ちゃん、これはあくまで仮定の話さ。

 もちろん、こうならないように今もお札を張ったりしているし、禍ツ喰らいの力は使っていない」

 不安を与えることは百も承知だ。だが、言わないことで更に不安にさせたくはない。


 「…祐さん、いくつも本などがある…という事は……」

 「流石は萌香ちゃん、察しが良いね。禍ツ喰らいは何年前からかは定かではないけど、いくつもの時代に現れている。

 その時代には基本的に1人みたいだけどね。…その時代、出現時期もバラバラだ。数年ぐらいで出る時もあれば、数十年間出ない時もある。

 ただ1つ言える事は、ほとんどが『禍ツ狂い』になっている。なる前に死んだ人もいるみたいだから、あくまでもほとんど。

 しかし、もし一度怪異になってしまえば……その先は分からない。全て退治されているから……」

 最後の言葉を口から出すのがこれほどまでに辛いとは……。だが、それが事実なのだ。


 事務所が沈黙に包まれた。それはそうだ。そんな危ない可能性のあるやつが、ここにいるのだから……。

 「ま、あくまで仮定の話だ。俺だって最初に聞いたときはビックリしたよ? それでも楽しくやっているからさ。

 今日は無理でも…明日は元気だそうよ。暗くなると俺も寂しいしさ」

 無理して明るく喋っているのも、お見通しだろう。実際、俺でさえ危ないのではないかと思うときがある。

 だが、この話は必要だ。最悪の事態に備えて……。


 暗い顔をした天にできるだけ明るく話し掛けて帰ってもらった。

 「…祐さん、もし怪異になったら……」

 「萌香ちゃん。……処分を頼む。厄介な事に不死の体付きだ。そう簡単に倒すことはできない。

 だけど封印して、その力を抜くことはできるかもしれない。

 そこら辺は魔法協会の相馬さんに相談するといい。バックアップしてくれる。

 ……でも、真理奈さんには……。いや、終わってから伝えるだけでいい」

 処分……。その言葉に萌香も苦しいのだろう。だが、できれば……。


 「…分かりました。でも、祐さんは助けます……」

 思わず目を見開いてしまった。それができれば一番良い。だが…そんな事……。


 「はぁい、祐さんアウトォ。萌香ちゃんが助けるって言ってるんですよぉ?

 それを信じなきゃダメですよぉ。パートナーなんですからぁ」

 幸が笑顔を見せて言った。萌香を見る。笑顔を見せている。皆、決意している……、後は俺だけか。


 「だね。歴史なんてしったこっちゃないよ。新しい歴史を作ればいいんだよな。俺達でさ」

 2人が力強く頷いた。負けるつもりはない。

 過去の因縁なんて関係ない、俺達が勝つんだ。この思いを魂に刻む。

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