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やすらぎの場所

 家。人の住む場所であり、談話、食事、睡眠など、住む人間の様々な世界を作る場所。


 家には特別な思いが未だに持たれている。

 地鎮祭や風水など、家を建てるにあたり多くの呪い(まじない)が行われている。


 家は外敵から身を守る場所でもある。住む人間を守るための盾となるのだ。

 だが住む人間を失うと、どうなるのだろう。家の中にあった世界がなくなるのだ。


 家に心があれば、悲しむのか、それとも静けさに喜ぶのか。

 人にとって安住の場所たる家。そんなある家について、今回は話をしよう。


    ・   ・   ・


11月中旬

 祐は都家にてアフターケアを行っていた。


 萌香のお腹に手を当てながら、霊力を感じ取っている。それは前より確実に上昇していた。

 足立 加奈の怪異を処分するまで近づかせずに済めば良かったのだが……。

 あの戦いにより宙に散った霊力の残滓が、彼女の霊力を刺激を与えてしまったのだろう。


 「…あの…祐さん……?」

 萌香が気にして話しかけてきた。今は治療の最中だったことを思い出した。


 「ごめんごめん。もうすぐ終わるから」

 いつもの方法で霊力を鎮めようとするが、昂った霊力にはあまり効果が見られなかった。


 「…やっぱり…学校での事が……」

 萌香も薄々感づいている。恐らく、もう見えてはいけないものが見えている。


 「隠すのも卑怯だから、はっきりと言うね。君の霊力は高まってしまっている」

 口にしづらい言葉だが事実だ。萌香は俺の視線を避けるように少しだけ顔をうつむかせた。


 「霊力を鎮める方法はまだあるから。だから心配しないで任せてちょうだいよ」

 ここは明るく言って、少しでも不安を和らげるしかない。


 「…あの…祐さんの元で…働けない…でしょうか……?」

 萌香はうつむいたまま、思わぬ言葉を口にした。何でその発想に至ったのか分からず困惑する。


 「…なんとなく…わかります。…多分…治療は難しいことが……」

 心を見透かされてしまったようで、危うく驚きが顔に出そうになった。

 確かに、今までのように簡単ではないし、もっと強力な治療になる。本人に負担が掛かるほどの……。


 「もし、仮定の話だけど、俺と働いてしまうとしたら、どうなるか想像できるよね?」

 少しの沈黙の後、萌香が顔を上げて俺の目を見つめた。

 「…分かってます…多分、怖い思いも…いっぱいする。…でも、目を背けたら…ダメだと思って……」


 この結論のきっかけは間違いなく、足立 加奈の件によるものだろう。

 足立 加奈は、天野原中央病院に入院している。何か所も骨折していたためだ。


 『鬼気狂い』によって身体能力が上がったとしても、元は生身の人間。

 鬼の鎧の中にいても無茶な力を出させられれば、肉体に負担がない訳がないのだ。

 そんな彼女を見て、力を持ちつつある自分のやるべきことが、これだと考えたのだろう。


 「君の気持ちも分かるけど、ご両親のことを考えたらどうだい? 危険な目に会うのを許しはしないと思うよ?」

 努めて諭すように、ゆっくりと話した。だが、俺を見る萌香の目に変わりはなかった。


 こう言うとなんだが、女の子にはめっぽう弱い。真剣な眼差しで頼まれたら、断りづらくてかなわん。

 「とりあえず、この話は保留だ。今の治療では完治は難しいことを俺からご両親に伝えるから」

 何とか折れずにすんだ。しかし、こんな話をされる親御さんのことを考えると頭が痛い。


 丁度、休みの日だったのか、父親と母親の両方が揃っていたので治療の話をする。

 こちらの落ち度で治療が難しくなったこと。代替の治療法もあるが本人に負担が大きいこと。

 謝罪をし、頭を下げたまま父母の反応を待つ。父親の悩む声が漏れていた。


 「いきなりの話で申し訳ありませんが、今は何とも言えません……。

 ただ、治療が難しくなったのは例の学校での集団昏倒事件ですよね?」

 あまりのことに頭を上げてしまった。どこまで話しをしているんだ!と、萌香に言いたくなった。

 そりゃ家族関係の修復のため、良く話し合えとは言ったけども。


 「萌香からだいたいの事は聞いています。守屋さんにまたご迷惑をかけたようで」

 父親が頭を下げてきた。頭を下げたいのはこっちだ。


 「同級生を助けるためにあなたを呼んだこと。あなたの言いつけをやぶったこと。

 でも、今まで自分の話をあまりしてこなかった娘が話してくれたことが、少し嬉しかったんです」

 はあ。と、つい生返事をしてしまった。ただ、そんな些細な事が嬉しかったのだろう。


 「娘とよく話し合います。結論が出ましたら、お電話いたしますので」

 父親も萌香からの話を聞いて察しがついたのだろう。母親も分かった上で悩んでいる顔だった。


 父母に玄関まで見送られて都家から外に出た。萌香の部屋を見ると、いつも通り窓から軽く手を振っている。

 都家の空気はとても綺麗で快適なものになっていた。そんな環境に、この件が火種となり、また殺伐とした空気になってほしくない。

 危険の少ない方を選択して欲しい。そう思い事務所に向かった。


    ・   ・   ・


 「ありゃりゃ、人がふえるんですかぁ?人件費がかさみますねぇ」

 幸は本に目を向けたまま、さも他人事のように返してきた。


 「増えること前提で話すなよ。できれば、別の治療を選んで欲しい……」

 「でも体に負担が掛かるんでしょお? それなら祐さんが四六時中、見張ってあげた方がいいんじゃないんですかぁ?」

 更に幸は他人事のように言ってきた。いやいや、俺の体は1つしかないんだぞ。


 幸との実りのない会話を終えて、下の喫茶店に行くことにした。

 「いらっしゃいませ…って、またお前かいな」

 相変わらず、前半の執事のような甘い声から、後半の雑な声へと三善は変貌させながら言った。


 「お前、何度も言うが客だぞ。キッチリ金も払ってるぞ」

 貧乏事務所でも倹約家の自分はそれなりの貯金を持っているのだ。


 「でも、幸ちゃんがツケで買うていったで?」

 三善が目の前に手を出して金を要求しているので仕方なく渡した。


 「なんやぁ、うかない顔やな。不景気か? そりゃ辛気臭くなりますなぁ」

 茶化した物言いはいつものことだが、他の客との接し方とのギャップが凄すぎる。


 だいたいのことは三善には話している。

 友人の期間も長いし、軽そうに見えるが真面目で信用のおける人物だ。

 ただ、顔は甘く、目元が優しくて、爽やかさが溢れ出ているイケメンである。

 背の高いのも気に食わない。爆ぜてしまえ。


 「なるほどなぁ。難儀なことを背負い込んだなぁ、お前」

 流石は三善、理解が早い。そもそも三善も霊能力があるから分かることだろう。


 「でもな、幸ちゃんの考えも一理あるんやないか?」

 その言葉にビックリして、飲んでいたコーヒーをこぼしてしまった。


 「いやな、お前は3つも他の人が持てへん力をもっとるやないか? 大抵の怪異なんて目やないやろ?

 それにお前のこと信用してくれてんのなら尚更や。信用してくれる女の子を守ってやんのが男やと思うで?」

 三善の言った事に返す言葉がなかった。コーヒーを飲み干して、プレシャス・タイムを後にする。


 家に帰り、床に着く。頭の中に三善の言葉が重く圧し掛かってくる。守ると言われても……。

 守りたいのは自分が一番分かっている。ただ、この世界に入って欲しくない。

 自分のわがままかも知れないが、そう思っている。そんなことを考えながら、何度も布団の中で寝返りをうった。


    ・   ・   ・


数日後

 依頼を受けた浮気調査が早々に完了し、報告書を作成をしていた。


 浮気のメールのやり取りなど、依頼主である妻が抑えていたことから、夫の決定的な写真があればOKだったので、結構早めにケリがついた。

 気分が良い物ではない仕事を進めていると、電話が鳴った。


 「はい…守屋探偵事務所」

 少し気取った言い方をする。幸の目が少し痛い気がする。


 「守屋さん、都 純一です。」

 遂に来たか……。どちらを選んでも大変な選択である。気が重くなってくる。


 「守屋さん、家族でそちらに伺ってもよろしいでしょうか。」

 純一の気持ち、と言うより家族の気持ちを伝えたいのだろう。

 この提案を了承し、お待ちしております、とだけ伝えた。


 それほど時間が経たず、都一家は事務所に到着した。

 ノックの音がしたので事務所に招き入れる言葉を言った。

 「いらっしゃいませぇ~」

 幸ののんびりとした声に合わせたかのように都一家は入ってきた。


 応接スペースに通した一家を見渡すと、父母は神妙な面持ちをしていた。萌香はいつも通り伏し目がちであった。

 「なんらかの答えが出た、と考えてよろしいでしょうか?」

 沈黙を破ったのは俺からだった。


 「はい……。その、私たち夫婦にとっては苦渋の決断なのですが……。萌香を、娘をこの事務所に置いていただけないでしょうか」

 本当につらいのだろう。純一の言葉と、その表情から心境を察することが容易にできる。


 「あまり好ましい回答でなく、少し困惑しております。もちろん、その可能性も考えてましたが…」

 本当に好ましくなかった。怖い思いをわざわざ体験しにくるようなものだ。


 「ただ、娘さんをそのまま事務所に置き続ける訳にもいきません。彼女には自立してもらう必要があります」

 萌香はこの言葉には気持ち頭を上げた。もちろん父母の驚きの方が大きい。


 「話を続けさせていただきます。自立とは、自分で自分を守れるようになってもらうことです」

 一家とも理解したようだ。いつでも、いつまでも俺が守ることができる訳ではないことを。


 「具体的には、どのようなことをするのでしょうか? 怖い思いをするのでしょうか?」

 母親からの質問だった。そう思うのが普通だろう。質問には嘘をつかず回答をする。


 「基本的には、霊力を高める修行をしてもらいます。単純に言えば免疫というか抵抗力をつけてもらいます。

 それ以外にも自分を守るための能力を磨いてもらいます」

 できるだけ分かりやすく伝えたつもりだ。誰からも質問がないので、話を続ける。


 「怖い思いについてですが…、間違いなくします。ただ、怖い思いをしなければ自分を守れないのも、また事実なんです。

 要は経験をすることで効果的な対処法を学んで行くのです」

 母親だけでなく、父親も理解しつつあるようだ。何度も小さく頷いている。


 「では、守屋さんは娘を守りつつ、その修行をして下さると? 怖い思いを経験するために、守屋さんと一緒に行動をする、ということでしょうか?」

 父親は自分の願望も含めた質問を投げかけてきた。


 「その通りです。娘さんには、できるだけ私と共に行動をしていただきます。

 学校にはそのまま通っていただきますし、私と行動するのは基本的に学校が終わってからの数時間です。

 休みなどで自由な時間があれば、基本的には私の助手といった形で行動していただきます。

 帰りが夜になりそうなときには、家までお送りいたします。夜だと怪異…、怖いものが出る可能性が増しますので」

 とりあえず俺の考えを全部伝えた。一家の反応を待つしかない。


 「…私は…それで構いません……」

 萌香の言葉に父母は諦めた顔をしていた。


 「本当にそれで良いんだね?」

 この問いに萌香は頷いた。顔を上げてこちらを見つめる目には強い意志が感じられた。


     ・    ・    ・


 萌香が、今日からでも助手として働きたい、と言って聞かないので、父母には帰ってもらった。

 とりあえずは応接用のソファに座ってもらっている。


 「君用の机を用意しないとね。さて、どこに置こうかな」

 少しだけ目を動かし、幸の書棚とソファベッドを見る。


 「都 萌香さん、福空 幸でぇす。よろしくお願いいたしまぁす。あ、ここは私の書斎件寝床でぇす」

 幸は俺の考えを先読みするがごとく、自分のスペースを確保した。


 仕方がない。俺の机をぎりぎりまで端に寄せれば入るだろう。

 レイアウトを考えていたとき、電話が鳴ったので出る。


 電話の内容から、近場であることと怪異絡みと思われることから、萌香と一緒に車で向かうことにした。


 「…どんな依頼内容…だったんですか……?」

 そうだ。急いで支度していたので、説明してなかった。


 「うーん、掻い摘んで言うと、家の除霊のような感じかな。話では解体作業をしようとすると、原因不明な事故が起きたり、怪我が絶えず、女性の悲鳴のようなものが聞こえたりするんだってさ」

 正直、依頼主自身も半信半疑な感じだった。ただ、除霊の依頼は3度目とのことだった。


 場所は天野原市の郊外に位置する、自然に近く森の息吹が感じられるような場所だった。

 「守屋さんですか? 私は不動産会社の田所と申します。」

 車から降りるとすぐに近寄ってきた、細見の男性が依頼主の田所だった。

 名刺の交換をし、足早に家に向かいながら話を聞く。


 「私を除いて2度除霊を依頼されたそうですが、どんな状況でした? どんなことを言ってました?」

 まがい者なのか、本物なのか、話の内容から判断したい。除霊の参考になるからだ。


 「1人目は解体作業者の知り合いの霊能力者と聞いています。

 家全体が呪われているとかで、家に入って清酒を撒けば大丈夫とのことでしたが、家に入った作業者が急に痙攣を起こして倒れたそうです」

 1人目はまがい者か、確かに清酒には邪気を払う力はあるが、振り撒くだけでは意味がない。


 「2人目については同業者から紹介された方なんですが家を見るなり、家が拒んでいると言ってました。

 そう言うと、自分には難しいと言って帰られてしまいました」

 2人目は当たりか。除霊も案件によっては得意、不得意があるから下手なことになる前に逃げるのが正解だ。


 家の前に、解体作業員が所在無さげに立っていた。

 その人達がこちらに気付くと、ガタイの良くて浅黒い肌をした熊のような人物が近づいてきた。


 「もう何日この状態なんだよ! 早く仕事を終わらせねぇと、次の仕事に行けねぇだろ!?」

 田所に向かって、まくし立てる。田所は頭を下げるしかないが、この熊には死んだふりがしたくなるだろうな、などと思っていると、熊が俺に気付いた。


 「あんたが除霊屋か? 真っ黒なスーツにだらしねぇネクタイ。あんた葬儀屋じゃねぇのか?」

 訝しがるのも仕方がないことだろう。神主や霊能力者のような仰々しい格好じゃないのだから。

 「葬儀屋っていうか、処分屋です。ま、どっちもお見送りすることには変わりないですが」


 熊のような男は橋口といい、現場の責任者だと口早に言われた。どうやら悠長な名刺交換は省かれたようだ。

 「今まで2回も騙されてる! こっちは何人も怪我人が出ているんだ!今度こそ本物だろうな!?」

 橋口は田所に詰め寄るが、多分俺にも言っているのだろう。


 「だいたい女連れでくるような、こんなヒョロっこいやつ信用できんのか!?」

 うっかりしてた、萌香の紹介を忘れていた。後ろを見るとぴたりと付いていた。


 「こちらは助手の都 萌香です。じゃあ、早速、家の敷地内に入りましょうか」

 橋口が何か言いたそうにしているが、無視した。


 家は北欧風をベースにしたような感じで作られていた。自然の温かみを感じさせる木材がふんだんに使われている。

 庭にはガーデニングの跡が見える。人がいた時には異国を感じさせてくれる素敵な家だったであろう。


 門をくぐると、嫌な気とまでは言わないが、押し返してくるような力を感じる。

 萌香も眉間にしわが寄っている。ということは、この力を感じているのだ。


 「2人目の方の見通しの通りですね。我々を拒んでます。理由が分からないと……」

 田所と橋口にそう言って、玄関の戸を開ける。

 家の周りで感じた以上の力を感じる。中に入るための、一歩を踏み出すのが辛いくらいだ。


 「お2人は何か感じませんか?」

 田所と橋口は少し気持ち悪そうな顔をして返答しない。

 萌香はどうだ。2人と同じく気持ち悪そうだが、汗もかいて、息苦しそうだ。


 玄関から見るに、一階建て、右手が書斎か? 左手に洗面所、その奥にトイレ。

 奥の方には左手に寝室と、右手にリビングがあるようだ。


 気になったのは、廊下の間仕切りになっている所から見える大黒柱だ。

 丁度、家の中心に当たる部分だが、木材が多いこの家で加工していないものはこの1本だけだ。


 もう少し近づいて、あの木に触れて見なければ。

 足を進めると、あとちょっとの所で、耳をつんざき、脳まで響くような悲鳴が聞こえた。


 若い女性の悲鳴のような、老婆の奇声のような。それを、延々と発してくるのだ。

 ものすごい不快感と頭痛にめまいがする。その状況であることに気付いたことで、その苦しさが吹っ飛んだ。

 萌香は大丈夫なのか!?


 萌香は立ってはいたが、今にも倒れそうになっていた。

 田所と橋口も萌香よりはマシだが、今にも戻しそうな顔色をしていた。


 一旦、退散して敷地の外まで出る。萌香は一先ず車の助手席で休ませておく。

 俺も頭痛がなくなり少し落ち着いた。不死の体なのに、頭痛に悩まされるとは。


 門の前では田所に食って掛かる橋口の姿が見えた。

 口論の内容なんて、どうでもいい。なぜ家があそこまでの力を出せるのか。

 悪霊の住家なら、外から見てもおどろおどろしいし、中に大抵は浮遊霊がいる。


 口論が落ち着いたところで、気になった大黒柱のことを橋口に聞いてみた。

 「あぁ、ありゃあ、樫の木だ。大黒柱にしているかは分からんが、かなり立派な木だな」

 樫の木…何かあった気がするが……。そうだ、こんなときのためのアシスタントがいるじゃないか。


 出歩かないのに携帯を持っている幸に電話を掛ける。

 「はぁい。祐さん、どうしましたぁ? 萌香ちゃんに逃げられましたぁ?」

 「逃げられるようなことは何もしてない! …聞きたいんだけど、樫の木って何か話しなかったっけ?」

 幸は、俺のことを性欲の塊とでも思っているのか、と言いたい気持ちを抑えて聞いた。


 「あぁ~、木に関しては専門外ですが、樫の木を信仰の対象としていた宗教がありましたねぇ」


 幸の話をまとめると、イギリス辺りの古い土着信仰のようなものが、樫の木を神聖視し、崇めていたとのことだった。自然信仰のようなものだ。

 それに対し、樫の木は生命や活力などを与えてくれるものだった、という。


 「幸ちゃん、ありがとう。だいたいの解決方法が見えてきたよ」

 「どいたまで~すぅ。頑張ってくださいねぇ、私のためにぃ」

 最後のやり取りは人から見れば新婚夫婦のようにも聞こえるかもしれないが、人のことをATMか何かと考えているに違いないと思った。


 萌香が近づいてきた。顔色も良くなって安心した。

 「萌香ちゃん、大丈夫? 解決の糸口が見つかったから、俺はもう一度家に行ってくるよ」

 萌香は頷いて、そのまま付いて来た。


 万策尽きたような雰囲気を漂わせていた。そんな方々に朗報を授けよう。

 「解決方法が見つかりました。皆さんの力が必要なんです。力を貸してください!」

 思いっきり頭を下げた。これは1人では解決できないのだ。


 「その方法とやらを聞かせちゃくれねぇか。内容次第では若い衆総動員してやるよ」

 橋口は真面目な顔をして聞いてきた。


     ・    ・    ・


 家の敷地内のそこかしこから、作業員の声が聞こえていた。


 「ここら辺の雑草を取ればいいんすよねぇ?」

 「植木もぼっさぼさだなぁ。大将、だいたい綺麗に刈っとけば良いんですね?」

 「ガーデニング? ボロボロになってるなぁ。とりあえず雑草とるか」


 自分もジャケットを脱いで、外を綺麗にする。

 橋口も伸びきった芝生をどこからか持ってきた機械で、短く刈っていた。

 萌香は小さなはさみで植木のとび出した部分を切っている。

 田所も箒で、散ったごみを集めたりしている。


 「で、これが本当に解決につながんのかよ、先生さんよぉ?」

 橋口が作業がてら、尋ねてきた。


 「ほぼ間違いないはずです。皆、体を動かしてるから感じないかも知れないですけど、敷地内で感じていた嫌な感じがなくなってきています」

 「言われりゃ、普通の家って感じに見えるな。前はもっと暗く感じたのに。綺麗な家なもんだな」

 橋口が遠い目をして家を眺めている。


 「敷地内の作業が終われば一段落…と、言いたいところですが、もうちょっと付き合っていただきますよ」

 橋口の歯をみせた笑顔を見て、快諾してくれたと認識した。


 敷地内の清掃要員を残して、改めて玄関の扉を開ける。

 前のように押し返すような力を感じない。玄関に入ると、大声を上げた。

 「おじゃまします!」

 俺の声につられて、皆口々に家に入る言葉を発した。


 「前みたいな気持ち悪い感じがしませんね」

 田所が部屋に入りながら話しかけてきた。

 こちらは窓を開けて清掃しているのだから、何かしながら話しかけて欲しい。


 「家から信頼されたんですよ。今までは家が自分を守らなければとの思いから拒絶されていたんです」

 掃除の手を緩めず、田所に返した。


 「なるほど。認めてもらう為に、掃除をしてたんですね。なるほどぉ」

 半分正解だが、認めてもらうのではなく、敵ではないことを示したのだ。


 家の掃除も終わった。あとは最後の一仕事、処分屋の仕事である。

 「みなさん、お疲れ様でした。敷地の外で休憩していてください」

 明るい声で言うと、皆口々に疲れた声を上げていた。


 何故か田所と橋口が残っている。

 「田所さん、橋口さん。外に出ておいた方がいいですよ? 助手の萌香もいることですし」

 余計なものを見せない方が良いと思っての言葉だ。


 「最後まで見ておきてぇのよ。お前さんの仕事を」

 「僕もここまで頑張ってくれた守屋さんの、最後の仕事を見たいんです」

 2人共、これが最後の仕事となぜ分かったのか疑問に思っていたら、萌香が顔を背けた。

 おそらく、2人から聞かれて答えたのだろう。


 なら、見てもらうとしますか。左手を樫の木に当てる。

 「今まで本当にありがとう。あなたのお陰で、何人もの人々の生活が守られました。

 でも、もう大丈夫なんです。もう、あなたのお力をお借りしなくても良いのです。

 あなたに守っていただいた全ての人々の代わりに言います。本当にありがとうございました」


 そう言い終わると、少し悲しげな声が響いた。

 分かってもらえたのだ。自分の頑張りを。そして、もう守るべきものがいないことを。


 左手に更に力をこめると、光が溢れ出てきた。

 「天よ。人々の生活を守るために、わが身の全てを捧げたものに祝福を与えたまえ。

 願わくば、この世を愛したものとして、あなたの優しき光で包み込まんことを」

 声に呼応するように、天から導きの光がもたらされた。

 樫の木から優しい光をした人影が吸い上げられていく。


 その時、強い風が吹き抜けたように感じた。

 それに合わせるように、脳裏に色々な光景がよぎっていく。

 様々な家族を上から眺めている風景、あの者が守ってきた人々の笑顔が流れていく。


 気づくと、先ほどと変わらぬ樫の木が目の前に見える。

 終わったのだ。処分が完了したのだ。


     ・    ・    ・


 先ほどの光景を見て、田所と橋口の2人はテンションが高ぶっているようで、色々と話しをしているようだ。


 「…祐さん…さっきの光景って……」

 萌香にも分かったのだろう。あの光景が何だったのかを。


 「あれは、樫の木に宿っていた精霊の記憶だよ。樫の木は神聖なものとして崇められ、愛されてきた。

 おそらくあの木には色々な人の愛が込められて、その思いに応えて守っていたんだ」


 その守るべきものが、いなくなった。

 守るべき者の帰りを待ち続けて、他者が入ってくるのを拒ぶようになったのだろう。


 帰ってこない者達を待ち続けるのは本当に寂しいことだろう。

 しかし、今日多くの人からの愛が、少なくとも自分からの愛が届いたと思いたい。


 まだ夕方だ。仕事上がりの一杯と行きたい気分だった。

 「萌香ちゃん、今から事務所の下の喫茶店に行くんだけど…君もどうかな?」

 言った後に思った……。断られたら嫌な記憶として夜に悶絶してしまう。


 「…行きたいです……」

 萌香の顔色は変わっていないが、ホッとした。


 プレシャス・タイムのドアを開け、ドアベルが来客を知らせる音を鳴らした。

 「いらしゃいま、ってお前っ。あ、いらっしゃいませ」

 「いや、この子は俺の連れだから。女の子には甘い声出しやがって」

 三善の俺への扱いに、率直な不満をぶつけた。


 「いやいや、お前が女の子連れて来るって、あかんやろ?」

 「いやいやいや、女の子連れて来ることもあってもいいだろ?」


 「あ、祐さん。いらっしゃいませぇ」

 ウェイトレスのまどかがご自慢のポニーテールを揺らしながら、俺の姿を見て声を掛けてきた。

 相変わらず愛らしい笑顔を見るとテンションが上がってきた。


 「円ちゃん、きぃつけぇや。祐が遂に犯罪に手を染めてしもたんや」

 三善、冗談でも本当に止めて欲しい。こんなに可愛い円の前で言うと……。


 「えっ!? 祐さん、そうなんですか!? 早く自首してください!」

 ほらみたことか。円はすぐに信じてしまう。すごく純粋なのだ。…でも、そこが可愛いのだ。


 「違うから、もうホント違うから。とりあえず、ホットコーヒーをブラックで。萌香ちゃんは?」

 笑いを必死に堪えて、震えている三善に注文をした。


 「…ホットココア…お願いします……」

 萌香の注文を聞いて、女の子らしい可愛い物を頼むなぁと思った。


 ひとしきり三善とのコント、むしろイジリを受けたところで店を出た。

 12月のこの寒空の下で、女の子を1人で帰す訳にはいかないと思い、萌香を家まで送り届けた。


 仕事はなかったが、自宅に帰る途中に事務所があるので事務所に向かった。


 事務所に入ると、中が暖かい空気に包まれていた。ヒーターが点けられていた。

 「寒かったので、ヒーター出しときましたぁ。もう12月ですもんねぇ」

 「うん。あ、今日はありがとね。助かったよ」

 素直にお礼を言った。幸のアシスタント能力には毎度ながら助けられる。


 「いえいえ~、アシスタントですからぁ。まあ、もっと悪魔的なものが良かったですがぁ」

 「怖っ! そんなのが出てきたら絶体絶命の状況かもしれないだろ?」

 相変わらずの幸とのやり取りをした。


 ここは家ではないが、とても暖かい場所だ。

 室温ではない、ぬくもりのようなものを感じる。

 ここは俺にとっても大切な家なのかも知れない。


 そうだ。誰かさんが居座っていることを忘れていた。

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