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恋の大三角形

 恋。昔から人は異性、または同性に対して愛情を持つ。

 恋に焦がれるという言葉もあり、恋をしたものを一途に思うがあまりひどく悩むことがある。


 そんな誰かを恋することを素敵なことだと皆は言う。

 確かに、そうだろう。しかし、恋のすべてが上手くいくものではない。


 ただ一途に思うだけでは、恋した相手を射止めることはできないのだ。

 だから人は色々な手を使って、恋した相手の気を引く。

 自分に対して良い感情を持ってもらうために……。


 褒める、優しくする、プレゼントをする、思わせぶりな態度をとる……。色々な駆け引きをする。

 しかし、これらが効果的に発揮するのは、あくまで恋した相手がこちらに対して悪い感情を持っていないことが前提である。


 結局、恋をした者は恋を実らせる為に、自分に少しでも相手の関心が向くように多くの努力をする必要がある。

 例え、その時は恋が実らなくとも、相手の心は分からない。何年先か分からないが、その恋が実るかも知れないのだ。


 人は恋に振り回され、恋に素敵な幻想を抱き、相手の言動に一喜一憂する。

 そんな恋、愛情を抱いた者達の悩み、苦しみの話。


 怪異とは全く関係もなく、男は盗み聞きをし心を乱される。今回はそんな話をしよう。


   ・   ・   ・


5月上旬

 祐はプレシャス・タイムで、なぜか倉庫整理を手伝わされていた。


 休みのビジネス街近くで、客も少ないと思ったので三善と話そうと思ったら……。

 「なぁ、三善。俺はなんでこんなことをさせられているんだ? お前は店長で、俺は客だ。客に手伝わせるか普通?」

 そう言いながらも、指示された倉庫整理の手を止めない。


 「まあまあ、ええやないか。ゴールデンウィークでお客も少ないし、みんなシフトに入れんみたいやから、わいが注文取らなあかんのや。

 そうなると、倉庫整理がでけんやろ? 今日だけや、終わったらコーヒーおごったるから」

 「コーヒーとケーキな。それぐらい貰わないと、割に合わん。…そうそう、三善に話しがあるんだけど」

 その言葉に三善が反応したと同時に、店のドアベルが鳴り響いた。

 女子3人組が店に入ってきた。萌香に加奈、天だ……。何か嫌な気がしてきた。


 「いらっしゃいませ、皆一緒に来てくれたん? なかなか集まる時間もないやろうけど、お客も少ないことやし、ゆっくりしていってや」

 お冷をそれぞれに渡しながら話しているようだ。顔を出すなら今がチャンスだが……。


 「おい。何、こそこそしとるんや? 出て行って挨拶ぐらいしたらどうなんや?」

 戻ってきた三善がカウンターの裏でコソコソしている俺に言ってきた。

 自分の口に指を一本当てて、静かにするように伝える。察しが良い三善なら分かったであろう。


 「あっ……。なるほどな。盗み聞きってどうなんや? 気になんのは分かるけどな……」

 分かってくれた、三善。さすがは我が友。盗み聞きではある…。分かってはいるけど……。


 何やら、楽しそうにしている。これなら、大丈夫なのか?どうやら自分の杞憂で済んだようだ。


 「三善、大丈夫そうだから、俺、こっそり帰るよ」

 カッコ悪いことではあるが、バレないように静かに去るとしよう。


 「祐、ちょい待ち。なんや、あの雰囲気はまだ何かあるようや……。探り合いっちゅう感じか……」

 探り合い? いや、三善の言うことは信用できる。何かを感じたのだ。どうするか……。


 式神を呼び出す。必要なものを持ってきてもらうためだ。

 「お前、何を考えとるのかだいたい分かるが…大丈夫なんか? 相当、痛いで?」

 お前が言ったことだ。この先に何があるのか。見届ける必要がある。聞き届ける必要か……?


 式神はすぐに持ってきた。そう集音性ガンマイクだ。

 これなら、多少遠くても聞こえる。調整をし、バレづらい所に設置する。


 「うわぁ、ごっついもん持ってきたなぁ。お前、本気に悩んでるのは分かるけど、卑怯や、」

 調整を終えたため、イヤホンの片方を三善に差し出すと黙って耳に入れた。やはり興味があるのだ。


 聞く感じでは、今日の買い物の話や、大学での話、サークルに入ったかなど、生活が変わったことについての会話が多い。


 しかし三善の話だと、これはあくまでも前哨戦である。

 まだ本戦が備えているのか……。三善も真剣な顔をしている。よく考えれば、男2人で盗み聞きか……。


 何をやっているのだろうか。

 プライベートを盗み聞きするようなことをしてまで、知るべき事なんてないのではないか?

 イヤホンを外そうと思ったとき、本戦が始まった。


 口火を切ったのは、天だった。

 「加奈ちゃんはさぁ、祐さんのこと、どう思ってる? 特別な感情とか持ってたりするの?」

 ストレートな質問をする。天もなかなかに容赦がない。しかし、これで特別な感情があるなんて言われたら……。


 「ん~、助けてくれたから、良い人かなぁって感じかな。優しいし、やっぱり良い人だねぇ」

 加奈…良い人なんて嬉しいことを。加奈の言葉を聞き、三善はこちらを見て意地悪な笑顔をした。

 「祐~、良い人っちゅうのは、どうでもいい人っちゅうことなんやで。悲しいかな、そういうもんや」


 天はどうやら、加奈に対しての突っ込んだ話はそこまでのようだ。

 しばらくは、俺の笑い話になっている。これはこれで寂しい。三善が笑いを堪えている。


 「ねぇねぇ、萌香ちゃんは? 祐さんといっしょに仕事してるけど、どうなの? やっぱり好きになったりするの?」

 天の直球に俺も三善も顔が引き締まる。萌香の言葉がすごく気になる。


 「…どうかなぁ…よくわからない。でも、」

 「あ、皆、揃って見るの久しぶり~。大学は楽しい? 一年だからまだまだ、色々楽しいことがあるよ」

 まさかの円の登場である。萌香の言葉が遮られてしまった。そこが一番大事だったのに。


    ・   ・   ・


 円の突然の襲撃と萌香の言葉が遮らたことで、頭が混乱しそうになった。


 「三善、すまん。円ちゃんにこの姿を見られるのは不味い。

 今日、バイトじゃないんだろ? 何とかこっちに来ないように引き留めてくれ」

 緊急事態ということを三善に伝えた。若干、引いた顔をしながら円の水を用意して4人の所へ行った。


 「円ちゃん、お疲れ様。今日はどないしたん? バイトは休みやったと思うけど?

 あ、せっかくやからお茶飲んでく? 大学の先輩として色々話してみたらどうや? なぁ、皆?」

 流石は三善。完璧な対応だ。円をそこに引き付ける、それが出来るなら撤退の時間稼ぎになる。

 戻ってきた三善は円に出す飲み物を作ってくれている。ここが引き時、そう考えて動こうとした。


 「円さんは祐さんのこと、どう思います?」

 !? 天の言葉に引こうとした体が止まってしまった。円がどう答えるのか……。

 これを聞かずして帰る訳には行かない。


 三善は円に出す飲み物をまだ作っている。

 緊急事態だ、三善。円が話に入ってきたんだ。こちらの思いが届かないのがもどかしい。


 「祐さん? そうだねぇ…すごく良い人じゃないかな。

 話しも面白いし、店長と話してるのを何度も笑っちゃったし。

 真面目な店長と祐さんも楽しそうに話しているのを見ると、そう思うかなぁ」

 円はやっぱり、天使。俺の前に舞い降りた天使としか思えない。

 そんなことを思っていると、三善が作り終わったのか、4人の元へ向かう。


 「あ、店長。ありがとうございます。店長は祐さんの事どう思います?

 あ、同性としてじゃなくて、異性として考えてくださいよぉ」

 「円ちゃん、急やなぁ。祐かぁ…まあ、アホやし、すぐネガティブになるし、ヘタレやし、女々しいかなぁ……」

 三善、的確に俺の悪い所を挙げてくれて感謝しかできない。いや、恨みの気持ちしか湧かない。


 「でもな、あいつの優しさはホンマもんやし、誰かのために本気で動けるやつや。

 悪い所も見ようによっては良い所……。良いヤツやから未だに一緒に仲ようできるんやと思う」


 三善が戻ってきた。

 こちらの顔を見て若干引いているが、気持ちが伝わったのか軽く笑ってくれた。

 今度は俺から褒めよう…きっと…多分。


 「ほら、店長があんな風に思っているってことは、本当に良い人なんだよ。

 それに店長が結婚するなら祐みたいなヤツが良いんじゃないかって言われたけど、そう思ったなぁ」

 改めてイヤホンを耳に入れた三善が俺を見て笑う。余程、俺の顔が面白いのだろう。事実、小躍りしたいぐらいだ。


 「じゃあ、円さんは祐さんのこと、好きなんですか? 異性としてってことですか?」

 聞き方は柔らかいが天の言葉は、回答次第ではこちらにかなりのダメージを与える。


 「ん~。好きと言えば好きになるのかなぁ。

 でも、深く話したこともないから、良いイメージが多い感じから好きって言えるのかなぁ」

 悪いイメージではないことは分かった。ただ好きというのも、人としてって事なのだろう。

 それを分かってか、三善が俺の肩に手を置いてきた。


 「あ、天ちゃん、もしかして祐さんに対する皆の気持ちを確認してるの?」

 円が真を突く言葉を発した。こちらもそれを知りたいと思っていたことを再認識させてくれた。


 「えっと、それはその……。いや、皆で知っている人が祐さんしかいないから。

 男性を見る目が、皆はどうなのかなぁって。三善さんともそんなに話してないし」

 苦し紛れの言い訳に聞こえるのは、俺がその気持ちを知っているからだ。

 天は周りを気にしているのだろう。俺が決めきれないことから……。


 「なるほどぉ。天ちゃんは祐さんのこと好きだもんね。周りの人がどう思っているのか気になったんでしょ?」

 鋭い。円はそういう子ではないと思っていたが、やはり女の子にしか分からない何かがあるのか?


 「え!? いや、まあ、そうですね…そうなんです。だから気になるんです。皆の気持ちが気になるんです……」

 深刻な話しになって来た。三善も真面目な顔で聞き入っている。


    ・   ・   ・


 女子4人の会話を聞き、自分がしていることがどういう事かを再認識させられた。


 「三善、ここまでにしよう。俺が悪かった。こんなことするなんて……ずるいよな。引き上げるよ」

 イヤホンを外し、集音性マイクをケースの中に戻す。自分がやったことがどれだけ情けないことか……。

 天は勇気を出して聞いているのだ。こちらも同じか、それ以上に考えないと……。


 「三善、ありがとうな。お前は本当に良いヤツだよ……。こんな情けないことをしている俺に付き合ってくれて」

 思った気持ちは伝えたい。さっき三善が俺のことを4人に伝えたように、俺も言わなければと思った。


 「お前、ホンマにアホやな……。まあ、俺も楽しませてもろたからチャラや。帰ってしっかり考えてきいや……」

 そうだ、考えよう。しかし、見つからないように帰らねば……。そんな気持ちを覚ますようにドアの開く音がした。


 「いらっしゃいませ、あっ」

 三善が普段と違う反応を見せたので、ドアの方を見てみる。

 最悪だ……。桔梗の姿がそこにはあった。


 「私としたことが、シフトを忘れてしまいまして。シフトを見に来ました」

 こちらに来る、倉庫の先に事務所がある。確実にこちらを通る。

 何とかして、この状況を打破しなければ……。


 「祐さん、そんな所で何をしているのですか?」

 できなかった……。まだ桔梗は何も知らないはずだ。三善の手伝いをして、今帰るところと言おう。


 「あ……。もしかして、あの4人の話を盗み聞きしていたんですか?」

 なんという洞察力。もはや桔梗の顔を見ることができない。

 おそらく目からすごい光が出ている事であろう。


 どうやら桔梗は4人にバラすつもりはないようだ。

 ただ、確実に言われる、心に突き刺さるような厳しいことを……。


 「とりあえず事務所に行きましょう。そこで話しを聞きましょうか」

 促されるまま、腰を曲げた体制で事務所に向かう。三善は半笑いで俺を見ている。共犯者なのに……。


 「さて、祐さん。女性の話を盗み聞きするのは感心しませんね。

 ですが、あちらはあちらで深刻そうだったので、何か理由があるのでしょう……」

 桔梗の言葉に思わず、顔を上げてしまった。

 分かってくれているなら話は早い。俺の気持ちも伝わるはずだ。


 「とはいえ、許して良いものではないでしょう。

 ここにいたのも店長1人しかいないから、その手伝いでしょうし。

 それなら店長を手伝ってください。女の子の話を盗み聞きした罰です。

 気になる事があったのかもしれませんが、もうこんな事をしないようにしてください」

 怖い桔梗とは思えない、優しさを感じる諭すような声で言われた。

 何かを察してくれたのだろう……。倉庫整理で許してもらえるなら安いものだ。


    ・   ・   ・


 倉庫の荷物や補充用の棚に黙々と飲み物に使う商品を詰めていく。


 桔梗はすでに帰っている。

 4人に声を掛けたのか分からないが、俺は自分のするべきことを続ける。


 三善がちょこちょこ来るが、整理する場所を聞くだけにした。

 これは罰だ。彼女たちへの贖罪にもならないが、せめてこれぐらいはする。


 掃除まですると、いい時間になっていた。三善に終わったことを伝える。


 「祐、すまんな。ここまでしてもろて。お前のことや、あん子等に悪いと思たんやろ? まあ、お前らしいなぁ」

 「桔梗ちゃんに言われたからな。せめてもの罰さ……。それに色々考えることができた……。こっちも礼を言うべきだな」

 半分正解で半分間違いの三善の言葉に、今言えるだけの事を返した。


 三善からお礼に出された、コーヒーを飲む。もう4人は帰ったようだ。

 考えたことを実行する…怖い。正直に言って怖い。コーヒーを一気に飲み干して、外に出る。


 どうなるか分からない。でも、今まで気にしていたことに答えを出したい。

 勇気を出した天のように……。俺もやらなければならない……。


 携帯を取り出し、ディスプレイに電話を掛けたい相手を表示させる。怖い…なんて言われるか。

 でも、それがどうであれ、受け入れるしかない。電話を掛ける。

 数コールなった後に相手が電話に出た。


 「…祐さん…どうかしましたか……?」

 都 萌香の声が聞こえた。


 「萌香ちゃん、今、ゆっくり話せる状況かな? 忙しかったら、また掛けなおすよ」

 できれば今、話したい。勇気が次に出せるか分からない。萌香の返事が待ち遠しい。


 「…いえ、今は家なので…大丈夫です……」

 少し安心した。あとは自分の気持ちを伝えるのみだ。


 「急な話になるんだけど……。萌香ちゃん、俺のことをどう思っている? 俺は…とても大事に思っている。

 恋愛感情と言うものかは分からないけど、一緒にいたいと思う」

 萌香からの返事がない。考えているのか、言葉が見つからないのか……。


 「…私は…私もよく分からないです……。でも、祐さんと同じです……。一緒にいたいです……。祐さんの背中を…もっと見ていたいと思います……」

 よく考えてくれたのだろう。萌香の言葉から真剣さが伝わってきた。


 「そっか。そこは一緒だね。参ったなぁ……。ご両親には悪いけど、まだしばらくは助手としていてもらいたくなったよ」

 萌香に対する気持ちは恋愛感情なのか、パートナーとしての愛情なのか分からない。なら、パートナーとしていてもらいたい。


 「…私も…もっと助手として頑張りたいです……。色々知りたいです……。祐さんの様に誰かを…助けられるように……」

 助けられたから助けたい……。その気持ちがあるのかもしれない。

 萌香には俺のように縛られてほしくない…でも強情な萌香だ。

 多分、俺と同じ選択をするだろう。それなら、それを守ろう。大事な人だから……。


 「ありがとう。言いづらいことを聞いて、ごめんね。でも、萌香ちゃんのことが少し分かった気がする。改めて、よろしく。頼もしい助手さん」

 「…こちらこそ…よろしくお願いいたします。…あと…色々考えてくれて嬉しいです……。これからも一緒に頑張りましょう……」

 萌香の言葉を聞いて、また事務所で、と言い電話を切った。


 さて、後は天に伝えるだけだ。しかし、伝え方が分からない。電話で言うものでもないと思う。

 何を言えば良いのか。ストレートに、かつ自分の気持ちを伝えるしかないのは分かっている。

 彼女の気持ちに応えたい? そんな気持ちではない。


 自分が天に思っている言葉、それを本当に思っていることが伝わるシチュエーション。

 残念ながら、自分の想像力ではこの程度しか思いつかない。


    ・   ・   ・


数日後

 天に出かけようと誘った。嬉しいことに、すぐに返事をくれた。


 行く場所はネズパにすることに決めた。しかし、天からゴールデンウィークだから死ぬほど人が多いという。

 なら早めに行って長時間待つ。乗るアトラクションは厳選しようと言い、天に任せた。

 そこら辺を主導できないのが情けない。


 いつも通りに天の家の近くにあるコンビニで待ち合わせる。


 今回は負けないと思い、気持ち早めに家を出た。

 俺が早く来ていたことに天が少し悔しそうな顔をした。


 「早く出たのに、もう来ているなんてどれだけ早く出たんですか? 私に対抗したんですか? 何か負けた気がするなぁ」

 笑顔で話す天に、こちらも笑顔で返す。


 「いや、今来たところだよ」

 「…なんか余裕を見せられる感じが悔しいですね。まさか張り合ってくるとは……。負けられませんね」

 結局、終始笑顔での会話だった。それが、ただただ楽しい。


 朝早かったこともあり、ネズパまでは早く着いた。

 しかし、前回と変わらないぐらいの人の長蛇の列ができていた。


 「その顔、やっぱりネズパを甘く見てましたね。誘うならその辺もキチンと予習しておかないと」

 そら見たことかと言わんばかりの顔で、天が腕を組みながら言ってきた。


 「俺、勉強苦手だから、そこら辺は天ちゃんによろしくお願いするよ」

 外人のようにお手上げなときのジェスチャーを大げさにする。


 「それ年上の男性としてどうなんですか?」

 その言葉に、確かに、と言うと2人で笑いあった。

 俺はこんな関係を望んでいたんだと思った。


 結局、今回も天に手を引っ張られながら、園内を回る。

 前に説明されたことを何とか思い出して話をするが、まだまだですね、と何度も言われた。

 ただ、嫌な気持ちになることはなかった。結局、笑って終わるのだ。


 しかし、天の体力に驚かされる。どれだけ力を溜めてきたのだろう。

 楽しくても疲れは来るものではないのか?


 早めのランチを済ませ、またアトラクションに並ぶ。やっていることは同じだ。

 だが、さすがはネズパだ。色々回っても新しい場所に来たように感じさせる。


 今回ももちろん、天のお気に入りのお城のアトラクションに乗った。

 楽しんでいる天を見ると、こちらも楽しくなる。


 名残惜しいけど、そろそろ帰ろうかと、言い天の手を繋ぎ引っ張って行った。

 手を繋いだのだ。その手は柔らかく、温かかった。


 ワンパターンと言われればそうかもしれないが、思い立った時にすぐには良いプランが思いつかなかった。

 途中で寄ったのはもちろん、以前に行った高台である。


 前と同じように夕日に行けるかと思ったが、帰りは混んでいたため、少し遅れてしまった。

 もう夕日が沈んで行こうとしていた。まあ、伝える事はここであれば良いだろう。


 「前に来たときも綺麗でしたが、今日も綺麗ですね。もうすぐ夜になりますね……」

 天が海に目を奪われたまま言ってきた。もう夜になるのだ。それを見てからでも良いか……。

 いや、早く言おう。そのために来たのだ。


 転落防止の柵に手を掛け、乗り越える。

 後ろから声を掛けてくる天を、少しだけ無視をする。

 深呼吸をして、天の方に体を向ける。


 「天ちゃんは前に、ここで苦しい思いを伝えてくれたね。俺の思いを伝えるのもここが良いと思ったんだ」

 そう言った俺に、天はしっかりと目を見て次の言葉を待っている。

 鼓動がうるさい。手が汗ばむ。口が震える…。だからと言って、止めるつもりはない。


 「俺は、天ちゃんを救えて良かった…色々と楽しいことを共有してくれた。俺は光本家でしか味わったことがない…いや、それとも違うかな。

 で、そんな気持ちに……んん~~~! ああ! ………君が好きだ! 一緒にいて欲しい……。笑い合っていきたいんだ、俺と君で!」

 言えた…言えたぞ! 余計に鼓動がうるさい。耳にまで響く。手も握りしめたまま、汗を溜めこんでいる。でも…こんなになっても伝えることができた。


 「相変わらず、ヘタレかと思わせて、決めるところは決めるんですね……。もう…カッコよく見えるじゃないですか……。

 言ってないですよね、私も……。祐さん、好きです……。私も一緒に笑っていきたいです」

 笑顔で答えてくれた天に涙が流れたのを見て、柵を越えて天を抱きしめる。


 「天ちゃん、嬉しいよ。一緒に見に行こう、2人が知っている所に。2人で見つけよう、2人が好きになるような場所を……。2人で……」

 そう言って、抱きしめる手を緩め腰を低くして、彼女の唇と自分の唇を重ねた。長く、少しでも長く、離れるのが寂しくて……。

 名残り惜しさを堪えるように唇を離した。唇から伝わっていた温もりがなくなり、少しだけ心細くなって、また強く抱きしめた。


 「祐さんからキスするのは初めてですね。それにこんなに長く抱きしめるのも……。意外に寂しがり屋さんなんですね……」

 「ああ、寂しがり屋だよ。だから一緒にいたいんだ。これからも多分、いや間違いなく抱きつくよ。離れるんなら今の内かもよ?」

 抱きしめたまま話をする。温かい…こんなに温かく感じるものなんだ。だから、抱きしめたいんだ。天が少しだけ笑った。


 「良いですよ。寂しがり屋な祐さん……」

 夜の風が心地良い。でも今、腕の中にある温かさの方が心地良い。

 空に星は見えないが目が滲んでいるせいか、夜空が少し光って見えた。


 そこからは正直、あまり覚えていない。

 2人で今日あったことを話して、笑って…信号待ちで天を見つめて、笑いながらキモいと言われて。


 そんなことを繰り返しながら、気づけばもういつものコンビニの前だ。

 早いなんてものじゃなかった…そう感じたのは、少しでも長くいたかった世界よりも時の流れが速かったからだろう。


 「天ちゃん、送っていくよ。少し歩きたい気分なんだ……。良いかな?」

 こちらの提案に笑顔で答えてくれた。こちらから手を差し出す。

 一応、汗は拭いたが、また汗はかくのだろう…温もりが嬉しくて、手が泣いているような感じかもしれない。


 「意外に堂々としてますよね、祐さん。もっとこういう事には挙動不審な行動になると思ってました」

 挙動不審…思わず苦笑してしまった。そんな風に思われていたのか。

 まあ、女の子に慣れていないのは事実だし、そうなってもおかしくはなかったか……。


 「そうだね。自分でももっとテンパるかと思ってたけど……。繋がりたくて、自分から触れてみたんだろうね。天ちゃんなら、きっと繋がってくれると思ったから」

 「今のこの手のことですか?」

 天は思ったことを口にしたと思う。今の言い方じゃそう聞こえるだろう。


 「いや、手はあくまで接続するための窓口かも。天ちゃんの心と繋がりたくて、手を繋いでるんだ。届かないかもしれないぐらい、小さな思いかもしれないけど……」

 「届いてますよ。祐さん、分かりやすいから。触れ合わなくても、分かる気がします。…そんなんじゃ、浮気したらすぐにバレちゃいますね」

 届いているのなら嬉しい。深く繋がることを、どこかで恐れていた自分が発した信号を拾ってくれる。上手く伝わらないないのなら、伝わるまで送り続けようと思った。


 「浮気か…まずはポーカーフェイス云々より、それをできる根性が必要になるね。努力してまで欲しいとも思わないけど」

 そう言うと、また2人で笑った。こういうやり取りを思い出す。光本家、高校時代、探偵事務所、自分の家、プレシャス・タイム…色々な場所で様々な人と笑い合ってきた。

 でも、それとは違う。何が違うか言葉で表せないから、しないでおく。ただ違うということ、それだけが嬉しい……。


 「家に着いちゃいましたね……。今日は嬉しかったです。…なんて言って家に帰れば良いのか、分かりませんね」

 困った笑顔で天が言う、無理に言葉にする必要はないと思ったが、大人の余裕を見せるチャンスのような気がした。


 「う~ん、そうだね…難しいところではあるけど、先ずは……」

 そう言って、天を抱き寄せて、軽く唇を重ねた。短い時間だけど、今日はこれが最後のふれあいになるだろうから……。唇を離す。


 「…で、またね、良い夢を……。てのはどうかな?」

 「う~ん、悪くはないですねぇ。でも困ります。私の中での祐さんのヘタレ度が下がってしまいました」

 その言葉に思わず笑ってしまった。つられて、天も笑う。


 ひとしきり笑ったところで、先ほど思いついた言葉を2人は口にして天は家のドアを開け、家の放つ光の中へ消えて行った。

 空を眺めても星はたいして見えない。ただ、今日見えた滲んだ光は忘れないでおこうと思った。


    ・   ・   ・


 せっかくだから事務所に戻って、家に帰る前に少しくつろぐことにしよう。


 「ただいま~。ゴールデン・ウィークとは言うけど、すごい人だったよ。あれだけ人がいたからお父さん方はぐったりしてたよ」

 「おかえりなさぁ~い。どうやら良いことがあったみたいですねぇ。どうでもいい事を言うのは、隠したいんでしょうがバレバレですよぉ」

 幸め、相変わらず勘が良い。とは言っても、人の事をベラベラ喋る子でもないのは知っている。

 だからこそ伝えておく必要がある。彼女も大事な俺の仲間でもあるのだから……。


 「まあ、天ちゃんとお付き合いすることになったってところでしょうか?」

 早っ! あの会話から何を推察したのか分からないが、隠し事が通用しないことは分かった。


 「う、うん。そういうこと。あ、もちろん公私混同はしないつもりだよ? ちゃんと仕事はバッチリこなしていくさ!」

 「ん~、祐さんの場合は公私混同しても良いと思いますよぉ?

 大事に思う人が増える度に強くなってますから。そこが祐さんの良いところでもありますよぉ」

 そんな風に見ていてくれていたことが本当に嬉しい。これからは、もっと優しくしよう。


 「どうせならぁ、バンバン浮気して大事な人を大量に作ってみてはどうですかぁ?」

 「良いわけないだろ! 俺のことを変に過大評価するな!」


 結局、天に抱いていた感情と萌香に抱いていた感情を天秤に掛けていたことになる。

 萌香がもし恋愛感情があると言ったら、俺はどうしていたのだろう……。

 ただ、俺の中で明白なのは2人とも大切な人、ということだ。


 萌香は俺の背中を見たいと言った。

 それは追いかけたいということだろう。ならば追いかけても良いと思う。萌香の期待に応えたい。


 天が正面から俺に伝えてきた思いに、こちらから正面に伝えたように……。

 卑怯で、女々しい男だと思うが、せめてもの償いはしたいと思った。

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