暗黒時代から……
人は過去には戻れない。
人生は果てしなく続く夜の砂漠のようだ。
後ろを振り向けば、自分が歩いてきた足跡がある。
その足跡からは、良い悪いは別として思い出が見えてくる。
そんな足跡もいずれは消えていく。強く残った足跡以外は……。
その足跡は綺麗な思い出、楽しい思い出、悲しい思い出……。色々あるだろう。
しかし、その強く残った足跡は消えない思い出にする為に、何らかの思いで自ら強く踏みしめた思い出だろう。
そんな思い出を振り返って見れば、自分に何かを与えてくれる。
しかし、過去には戻れない。思い出は嬉しくとも悲しくとも思い出である。
人は夜の砂漠の中で光る星を目印に歩くしかない。
それが正しいか間違いかは分からない。進んでから分かるものである。
幸い、進む道が違っても人は違う星を頼りに歩んで行ける。
過去には戻れないが、前にはまっさらな砂漠……。自分だけの道…自分が選んだ道を進めるのだ。
過去は過去。その思い出は時に力をくれる。たまには振り返るのことも必要だ。
足を止め、振り返り、過去の思い出に浸り、また進みだす。
そんな嬉しい思い出、悲しい思い出を持ち、今を生きる男の話を今回はしよう。
・ ・ ・
3月中旬
祐は今日だけはどんなことがあろうとも、行かねばならないと決めている日を迎えていた。
普段はだらしなく垂らしたネクタイも今日ばかりはキチンと首元まで締め上げる。
萌香が不思議そうにこちらを見ている。珍しいことは自分でも分かる。
「…どちらかに…行かれるんですか……?」
その質問は愚問かもしれない。自分の決めたスタイルと違う格好をしているのだから。
「ごめんね、今日は臨時休業。俺は行く場所があるから、萌香ちゃんは上がっていいよ」
今日は仕事をする日ではない。怒られるかもしれないが、どうしても優先したい日なのだ。
「…あの…、付いて行っても…良いですか……?」
それはどうだろうか。連れて行くのは悪いことではないと思うが……。
「連れて行ってあげたらどうですかぁ? 喜ぶんじゃないんですかぁ?」
幸は事情を知っているからこその言葉だろう。
確かに悪いことではない。むしろ喜ぶだろう、幸の言う通り……。
「じゃあ、萌香ちゃんも一緒に行こうか。楽しいものではないと思うけど」
そう言って、足早に事務所を出ていく。
萌香を助手席に乗せて、車を走らせる。
萌香は普段から口数は少ないが、今日は特に少ない。
こちらの気持ちを察しているのかもしれない。何にせよ、あまり話したい気分ではない。
途中で大型スーパーに寄る。
飲み物を買いに行こうと提案し、お互いが商品を手にしたところで、もう1つの物を買いに行く。
ちょっと大きめの落ち着いた色の花束も一緒に購入する。
また車に乗って目的地に向かう。
「…どなたかに渡す花…ですか……?」
萌香からの質問に、そう思うのが普通だろう、と思った。
「大切な人に渡す花だよ。落ち着いた色が好きなんだ」
そう返すと、萌香は花を少し見て前を向いた。
安幸寺霊園。ここが目的地である。
「…お墓参りですか……?」
一目瞭然ではあるが、そう言っていないこちらが悪い。
口にしたくないという気持ちがあった。
「そうなるね……。まあ、俺にとっては会いに来た。って言う方がしっくり来るかな」
そう言って、駐車場に車を停めて、事前に積んでいたお墓参り用のセットを取り出した。
『光本家之墓』
その前で、足を止める。雑巾を使って綺麗に墓石を磨き、雑草を取っていく。
萌香も俺にならってか、手伝ってくれている。
掃除が終わって、お花を添えて綺麗になったお墓を見る。
流石にここまで来て萌香に何も言わないのは、不義というものであろう。
「ここはね……。ここに眠る人、光本 秀一さんっていう人に今日は会いに来たんだ」
そう言うと、萌香は俺を見た後、墓標に目を向けている。
「秀一さんは何年も前に亡くなったよ。俺が高校卒業して、3年ぐらいしてかな」
つい過去に思いを馳せてしまった。昔話よりも先ずは線香をあげよう。
お墓に線香をあげて、俺の近況と思いを伝える。
今年は助手を連れてきたこと、女の子と接するのがだいぶマシになったこと等など……。
話したいことを色々言った。これぐらいにしておこう、ずっと喋られても困るだろうし。
萌香もならって、線香をあげてお参りをしている。
何を話しているのか分からないが、悪いことは言わない子だ。
俺の知らない一面を教えてくれているかもしれない。秀一も喜ぶはずだ。
お参りを済ませて、改めてお墓の前に立つ。
話した方が良いのだろうか。いや、秀一なら、話してあげたら、と俺に言うだろう。
微笑みを絶やさない、優しい目にメガネが似合う秀一……。お父さんの顔を思い出す。
「萌香ちゃん、ここからは自分語りになるけど、君に知っておいてもらいたいから話すね。
きっと秀一さんもそう言うと思うし」
萌香に向かってそう言うと、萌香は真っ直ぐこちらの目を見返してきた。
少し恥ずかしくなったが、話すことにした。
「俺はさぁ…父さんの顔を知らないんだ。母さんは俺が5歳の頃に俺を孤児院に預けて、どこかに行ったんだ。何年後かに死んだって話しを聞いたよ。
孤児院での生活は良いものではなかったよ。物の取り合いやケンカもしょっちゅうで、しかも幽霊や怪異が見えることもあって、いじめの対象さ……」
どうしても遠い目になってしまう。あんなに辛かったはずが、口にしてもどこか他人事のように感じる。
「小学校でもそんな変なやつは、避けられるか、いじめられるかの二択だったよ。
俺から近づく勇気もなかったから、尚更さ。異物は排除される。ってのを学んだよ……」
そう言って萌香を見たが、先ほどと変わらず真っ直ぐな目をしている。
「でさ、誰かが先生に言ったんだろうな。俺が変だって……。俺も子供だったんだ。
怖いのを我慢できない時もあったんだよ。周りからみれば奇行だよね……。
そんなこんなで、俺は精神病棟に入れられた。まあ、厄介払いだろう。
そこでもいるんだよ、やつ等は。俺にすがってくるもの、話し掛けてくるもの、何もせず俺をじっと見つめてくるもの…千差万別さ。
お陰で怪異のいる牢獄に入れられてしまった訳だ」
ここら辺は本当に辛かったように思える。人間と関わる機会が少ないのだから……。
「怖さを訴えれば精神安定剤を飲まされる。
朦朧とする中で、やつらの顔を見せられるんだ。まあ、気持ちが悪いもんだったよ……。
そんな時、慰問できた人がマジックを見せてたんだ。
遠くから見て分かったんだ。マジックじゃないのがあるって」
だいぶ話したな。喉が渇いたので買ってきたお茶を飲む。
「まだ聞く? ここに立ったままで聞くのも疲れたんじゃない?」
一応、悲惨な時代は話した。面白い話ではないと思っているのではないのかと気になった。
萌香は首を横に振った。どっちに対してだろうかと悩むと、萌香が口を開いた。
「…聞かせてください。…できれば…ここで……」
そう言いながら萌香はお墓を見た。秀一にも聞いて欲しいからか……?
「じゃあ、続けるね。俺はその人に話しかけたんだ。マジックじゃなかったものを。
その人は驚いてたよ。ハッキリ見えるなんて、すごいねぇ、って言ってくれた。
初めてだった。こんな力を持たされて、人から褒められることがあるなんて、って思ったよ。
その人は文通をしないかって提案してきてさ。もちろん快諾したよ。
自分のことを分かってくれる人が現れたんだ。こんなに嬉しい思いをしたことがなかった」
そう、あの気持ちは忘れない。心が救われた気がしたんだ……。
「それから手紙のやり取りさ。最初は俺の恐怖体験や悲観的な話しばかり書いてた。
そんな俺に対して、あの人は親身になって返してくれた。
怖いものへの対処法や、前向きになれるような言葉をくれたよ。
あの人のお陰で俺は少しずつ安定してきて、精神病棟を出ることができたんだ。
でも孤児院以外に行く所がない俺を、あの人は引き取ってくれた」
身寄りもなく、変な霊力を持った子供を引き取るなんて、ホントどうかしてるよ……。
「あ、あの人って言ったけど、女性だよ。真理奈さんっていう人なんだ。
その人の夫がここに眠る秀一さん。2人は俺に家族というものを教えてくれたんだ。
良い事をしたら褒められ、悪い事をしたら思いやりを感じる怒り方をしてくれた。
家族として俺を受け入れてくれたんだ。感謝をしても、し足りないぐらいさ……」
本当にそう思う。暗がりで怯えていた日々に一筋の光をもたらしてくれて、更には家族として迎えてもらえて……。
「まあ、そんなところかな。あとはあんまり話すことはないかも。いや、話したくないだけかも……」
そう言った後に、遠くからこちらに呼びかける人達がいた。
「やれやれ、やっと来たのか。相変わらず朝に弱いんだろうな」
萌香を一瞥して、声のする方へ近づいて行く。
近づいて来る3人を見ると嬉しくなってきた。俺の家族の3人の姿が……。
・ ・ ・
家族と会えることに心を躍らせながら近づいて行く。
「真理奈さん、もうお昼すぎですよ? お参りなんだからもうちょっとオウゥゥ」
股間に激痛が走る。足を閉じて、体が震えてしまう。
「おい、秋斗! いきなり何しやがる!? いてぇだろ」
まだ10歳の元気盛りのスポーツ刈りが似合うのは秋斗。真理奈の息子だ。
「バカ祐が悪いんだろ!? 遊びに行こうって約束したのに、全然来ないじゃないか?
嘘つき祐には、これぐらいのお仕置きを~!?」
真理奈が笑顔で、背後からは鬼のオーラを放ちながら秋斗を持ち抱えていた。
「秋斗~? そんなこと教えたかなぁ? 教えてないよねぇ?
お兄ちゃんが痛がってるねぇ? こういう時はどうするのかなぁ!?」
怖い……。この教育を受けてきた自分だから分かる…もはや脅迫だ。
「お母さんごめん。あ、祐にいちゃん、ごめんなさい。お母さん、もう降ろしてよぉ~」
さすがに母の迫力には勝てなかったようで、秋斗は早々にギブアップした。
「お兄ちゃん、大丈夫? 秋斗、こんなことしたらダメでしょ! 本当にごめんね。立てる?」
足が内股で震える俺を心配してくれたのは、真理奈のもう一人の子供、楓だ。
「ありがとう、楓ちゃん。どんどん可愛くなっていくね。今は中2だっけ? 大人になってきたね」
とても真理奈の子とは思えない、優しく良い子だ。
優しい目をして柔らかい笑顔がよく似合っている。肩までつく綺麗な黒髪とマッチして清楚だ。実に可愛らしい。
将来、変な男が寄り付かないように厳しく教えなければと思う。
「うん、14歳になったよ。次はもう3年生になるんだ。お兄ちゃんも、元気そうで良かったぁ」
何とできた妹だろう。間違いなく秀一の血だ、と思った。
「真理奈さん、相変わらず賑やかですね。懐かしくなりましたよ」
綺麗な艶のあるロングの黒髪が似合う、笑顔が眩しい美人だ。見た目は最高だが、怖い、ひたすら怖い。
「祐~、あんたもたまには家に来なって。
秋斗はあんなんで手が掛かるし、楓は思春期だしで大変なんだから。
楓はあんたには懐いているから、色々と話しを聞いてあげて欲しい訳よ」
母らしい苦悩が聞けるのが懐かしく、あの生活を思い出させてくれる。
「すいません。何分、仕事が急に入ることも多いので、予定通りに行けないかもしれなくて。ご迷惑になるかと思って、」
言い訳を並べている時に、真理奈に頭を撫でられた。
「親にとっては子供は子供なんだから、変な遠慮はするな。
行きたいと思ったら来たらいい、予定通りに行かなくても良い。あんたの家なんだ…変に遠慮しなくて良いから」
こういう言葉は卑怯だと思った。自分をまるごと受け入れてくれている。
秀一も真理奈も…なんでこんなに優しくできるんだろう……。
「今日は家に寄って行けるんでしょ? ダーリンのお墓参りが終わったら、ちょっとは寄りなよ。あの子達も喜ぶし、あたしも嬉しいからさ」
真理奈が、楓が、秋斗が迎えてくれる。俺を受け入れてくれる人がいることが、どれだけ嬉しいことか。
「はい。そうさせていただきます」
心から行きたいと思った。家族の元に帰りたい。
「祐にいちゃ~ん、もっと遊ぼうぜ~」
遠くから秋斗の声が聞こえてきた。弟と遊ぶのも兄の役目か。
そう思い、秋斗の元へ向かう。飛び掛かってきたので放り返す。
・ ・ ・
萌香は普段から楽しそうで、優しい祐を見ているが不思議に思っていた。
過去を聞いたからかもしれない。その顔は、いつもと違う顔に見えた。
何が違うのだろうと思っていると声を掛けられた。
「ごめんねぇ、うるさい子供がいて。久しぶりにあったから相当嬉しいみたいで。
あ、あたしは光本 真理奈。祐の育ての母親、っていうか師匠? まあ、そんなところ」
右手を差し出されたので握手をした。その時に気付いた、右手の一部がないことが。
「…あの…私は都 萌香…と言います。…祐さんの所で…助手を……」
もう少しちゃんと自己紹介できたら良いのに、といつも思う。
いつからかは覚えてないけど、自分の言葉を伝えるのが難しくなった。
真理奈が急に笑い出した。どこか面白いところがあったのだろうか?
「ああ、笑ってごめんね。いや、祐がねぇ……。こんな可愛い女の子と一緒に行動してるのが可笑しくて。
あいつ、女の子にめっぽう弱いし、免疫もないから。そんなあの子がねぇ……」
母の微笑みというのだろうか。遠くで弟とじゃれている祐に優しい眼差しを向けていた。
「…とても優しい人です。…勇気があって…人を助けたいと願う人です……」
そうだ。自分の時も、見捨てることもできたはずだ。なのに……。
拒絶される可能性もあるのに、行動してくれた。助けてくれた。
「あいつはバカだからねぇ、いい意味でも悪い意味でも……。
後先考えずに突っ走ることがあるから助手には迷惑でしょ?」
真理奈が少し申し訳なさそうな顔をしている。
慌てて首を横に振った。そんなことはない。
確かにいきなり走り出すこともあるが、善意からの行動だ。その背中は素敵に見える。
そう思うと知りたくなった。祐の辛い過去は聞いた。
でも親から見てどうだったのかを……。
「…真理奈さん…少し伺ってもいいですか……?」
私の言葉に笑顔を見せたから、快諾してくれたのだろう。
「…祐さんは、光本家では…どんな…感じだったんですか……?」
そう質問すると、真理奈はまた楽しそうに低く笑い出した。
「あいつは…祐はね。最初は本当に暗い子供だったよ。
人の温もりすら拒絶しようとするぐらいにね……。
それを変えたのは秀一さんかな……。ここに眠っている人」
真理奈の言葉を聞いて、改めて墓石を見る。祐にとって特別な人……。
「秀一さんは、優しくて、おおらかで、頼りなさげだけど頼りがいがあって…これじゃのろけになるね。
そんな秀一さんは、祐を何度も抱きしめた。
優しくする時も、褒める時も、怒った後にも…何度も抱きしめてた」
過去を振り返っている真理奈に言葉が出てこなかった。
「そんなことを繰り返す内に、少しずつ心を開くようになってきたの。
まあ、家族の中ではね。他人には難しかったみたい。
でも、家族になってきていることは分かった。それがたまらなく嬉しかった……」
今の祐からは想像できない。
でも過去の話を聞いたから、光本夫妻が祐と家族になる為に、かなりの努力をしたことは分かる。
「あいつ捻くれてたけど、妙に優しいやつでね。楓が小学生ぐらいかな。
始めから祐のこと、ちょっと怯えてたんだ。人相が、じゃないよ。
雰囲気的に怖かったんだろうね。そんな中、些細なことであたしと楓が喧嘩してね。
楓が家を飛び出しちゃったんだ。夜になっても帰ってこないからさ、心配して探しに行ったんだよ」
拒絶する雰囲気を出していれば、子供は感じ取る。近づき難かったんだろう。
「子供の行く所って大体の検討が付いてたの。
色々回ってるとね、公園のドーム型の遊具の所に祐が座ってたんだ。
何だろうと思って、そっと近づくとね。その遊具の中に楓が立てこもってたの。
楓は祐に向かって、あれが嫌これが嫌って、帰りたくない理由をずっと言ってた」
子供の思いつく場所に祐は気付いていたのだろう。母親より先に動いていたんだ。
「そんなことを一通り聞いてさ、あたしも強く言い過ぎたかなって反省してたらさ。
祐のやつがこんなこと言ったの。
『帰りたくないなら、帰らなくていい。でも、俺は楓のお兄ちゃんだから、楓が帰るまでずっとここにいる』ってさ。
いやぁ、あのときは泣いたね。楓からは避けられていたような感じだったから、あんなこと言うとは思わなくて。
家族と思ってくれてたんだってね……」
変わっていない。祐の優しいところは、昔から変わっていないのだ。
「まあ、それからは楓はお兄ちゃんっ子になったよ。祐も満更でもない感じだったし。
それからは家族で楽しく過ごしたよ。本当に優しいやつに育ってくれて良かった……」
そう言うと真理奈は目を閉じた。おそらく話すべきことを話してくれたのだろう。
「…あの、ありがとうございました…色々教えていただいて……」
深々とお辞儀をする。知ってどうしたい訳でもない。
ただ祐の歩んだ人生を知りたかったのだ。
「気にしないでよ。どうせ祐のことだから、カッコつけて話しゃしないだろうしね。
あいつのカッコ悪くて恥ずかしい話も聞かせようか?」
真理奈が意地悪な笑顔をこちらに向けて提案してきたが、固辞した。
「…その…何度もすいません。…祐さんの師匠…ということは…禍ツ喰らいも……?」
祐が困った人を助けるために使う力。その力は?
「あいつも強情というか……。あたしは簡単な自己防衛と怪異への対処法だけ。
攻撃するための力、禍ツ喰らいはあいつの血の力…呪いの力さ」
祐は自分と同じような修行を受けたのだろう。しかし、血の力とは?
「気になるって顔をしているね。まあ、察しはついてると思うけど、あたしは退魔士をやっててね。
祐を怪異に馴らすために何度も連れて行ったんだ。
あたしの力は手に普通じゃ見えないけど呪文を彫ってあるの。
手に霊力を込めて、使いたい魔法をその彫った呪文を繋げて選択し放つ」
真理奈は自分の右手を見ながらそう言った。
「ただ、その時の怪異が相性が悪くてね。ドジっちゃって、あたしの右手がこんなんになってね。
もうダメかと思った時に、祐が私の前に立ったんだ。
多分、自分でも分かっていた呪いの力、禍ツ喰らいを使った……。
その力に助けられて無事帰ることができたんだけどね……」
そう言うと、真理奈は自分の右手から視線を外して、祐の方を見た。
今は楓と何やら話し込んでいるようだ。
「まあ、片手がこんなことになったし、家族を優先したかったからいい潮時と考えてね、退魔士を辞めた。
祐はそれを継ぐように、退魔士の仕事を始めてね……。
止めても聞かないのは分かってた。あたしがいなくなって困る人を助けたいと思ったんだろうね……」
顔を少しうつむかせて言い終えると、真理奈はこちらを向いた。
「私が話せることは、このぐらいかな? あとはあいつが口を開くのを待ってあげてよ。
…それじゃ、私はダーリンとお話しするから」
そう言うと、真理奈は墓石の前に屈んで、線香を上げた。
祐の歩んだ過去。辛く、悲しい、そして温かい思い出。
それらをすべて含めて、今の祐ができていることが分かって嬉しかった。
・ ・ ・
祐は一通り秋斗と遊び、というか飛びかかてくる秋斗を放り返す感じで、弟との時間を過ごしていた。
「もう。秋斗の時間は終わり。私だってお兄ちゃんと話したいんだから」
楓に追い払われると、秋斗はつまらなそうに、そこらを散策しに行った。
楓との話しは中学生らしい悩みだった。友達と喧嘩してギクシャクしている、受験のこと、クラスメイトから告白されたこと。
友達と受験の話しはどうでもいい…いや良くはない。
ちゃんと話しを聞き楓の意見を聞いて、その中で楓がしたいことを導くように話した。
しかし、クラスメイトからの告白についてはこちらから食いついてしまった。
楓はそんなつもりもないし、適当な考えで付き合う気はないと言ったので、一安心した。
変な野郎に俺の妹に手を出させてやるもんかと思った。
秀一の墓石の前で、真理奈と萌香が何やら喋っているようだ。
ろくでもないことを喋ってなければ良いのだが。
・ ・ ・
秀一へ各々お話しを済ませると、光本家にお邪魔することになった。
出前を取るかとの話しにもなったが、できれば普通のご飯で、と言った。
家庭の…家族の味を楽しみたかったからだ。
真理奈は右手がちょっと不自由なためか、楓も料理作りを手伝っている。
その姿を見て、これは嫁さんになって欲しいランキング1位になるんじゃね?
と、また架空の相手に対して怒りをたぎらせてしまった。
後ろから不意打ちで、秋斗が特撮ものの剣で切りかかってくる。
とりあえず放り返す。何度も繰り返してると、真理奈からうるさいと言われた。
無理に連れてきてしまう形になった萌香はいつもと変わらない。
ただ、なんとなく俺を見る回数が多かった気がした。
早めの夕食が出来上がる。すべてが懐かしい。ここも自分の家なんだと再認識させてくれる。
俺にはどんどん家が増えていき、それに連れて大切な人たちも増えていく。
昔の自分からでは想像できない光景。
こんな光景をずっと守っていきたいと切に願った。
・ ・ ・
楽しい時間は過ぎるのが早い。萌香を家に送らなければいけない時間だ。
そう伝えると、楓と秋斗がもうちょっとと食い下がってくる。
また近いうちに勝手に来ると言って、光本家を後にした。
家が遠くなり、見えなくなると、寂しさがこみ上げてきた。
やはり俺の大事な家…家族がいる場所なんだ……。
「…祐さん…ごめんなさい。…真理奈さんから…色々聞きました……」
萌香は申し訳なさそうに謝ってきた。でも謝る必要はない。
「萌香ちゃん、謝ることはないよ。今の俺がどうしてこうなっているのか、知りたかったんだろ?
過去があって現在がある。その過去を知ることは、萌香ちゃんが少しでも俺に興味を持ってくれたってことだからさ」
思ったことを言った。あの過去がなければ、今の俺はいない。
多くのことを教えてくれた秀一と真理奈には、感謝してもし尽くせない。
「ま、真理奈さんが俺の良い所を話してくれたことを祈るよ」
そう言うと、萌香は少しだけ微笑みながら頷いた。
・ ・ ・
萌香を家に送り、とりあえず事務所に戻る。
「ありゃ? おかえりなさぁ~い。一応、仕事の依頼は来てませんよぉ」
出迎えの言葉と報告を幸は一遍にしてくれた。
了解、と言って椅子に座った。
「どうでしたぁ? 久しぶりのお話しは?」
「悪いもんじゃなかったよ。いつも楽しみにしているぐらいさ。
ただ少し怖くもなるね。辛い過去を思い出してしまう……」
温かな思い出の後ろには、辛い思い出が残っているのだ。
「そうですねぇ。まぁ、辛い過去があるからこそ、強くなれますよねぇ。
温かい過去は心を癒してくれますし。結局、どっちもないとダメなんじゃないんでしょうかぁ?」
幸は本を読みながら、答えてきた。
その通りなのだろう。辛いだけでもダメ、温かいだけでもダメなのだ。
過去を振り返り、良い悪いの思い出を胸に、また前を向いて歩きだす。
そうしながら人は少しずつ強くなっていくのだろう。いや、強くなっていきたい。




