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処分屋の苦悩

 諸説はあるが、子供は7歳まで神であると言われている。

 このことについては以前簡単に触れたが、神であり続ける者もいる。


 個人差はあるが神の時に持っていた霊力のまま、成長を続けていくことになる。

 その力が強ければ強いほど、見えてはいけないものが見えてしまう。

 人ならざる者、怪異に囲まれて、生活を送る……。とても正気ではいられない生活を。


 強い霊力を持ち、対抗する手段を持たぬものにとっては、丸裸で腹を空かせた猛獣のいるサバンナに放り込まれるようなものだ。


 ではその霊力をコントロールできるようにしたら良いではないかと思うだろう。

 しかし、事はそんなに簡単に行くものではない。


 コントロールをする。言うは簡単だが自分の思った通りにできるものではない。

 多くの努力を積んでこそ、自分の思い通りにすることができるのだ。


 強力な力を持ちコントロールができない者に対して、男は何ができるのであろうか。今回はそんな話をしよう。


     ・     ・     ・


3月中旬

 守屋探偵事務所がお祭りムードに染まっていた。


 萌香、加奈、天、それぞれが志望校に合格したからだ。

 努力していた3人の姿を見ていた祐にとっては、我が子のように喜ぶのも無理はなかった。


 「私と萌香ちゃんは同じ大学なんですけど、加奈ちゃんは違う大学なんだぁ」

 天が残念そうに言う。できれば3人一緒の大学に行きたかったのだろう。

 しかし、その人の進もうとする道を大きく決める大学だからこそ、加奈は別の大学に進学したと思う。


 「そういえば、3人の希望学科というか夢って話したことなかったね」

 くだらない世間話はしても、その人の深い所に入るのを拒んでいたのかもしれない。

 聞きやすい良い機会だと思って聞いてみた。


 「そうでした。祐さんに話してなかったですよね。私は教師を目指してます!

 なので教育学部に行きました」

 天が教師のところを強調して言った。なるほど、それはありかもしれない。

 彼女の天使の力が大いに役に立つ。


 それに今の天なら生徒を自分のわがままで笑顔にしそうな、そんな力も感じる。

 ただ、身長が頼りないのでは……。


 「祐さん、どうかしましたか?」

 ちょっと考え込んだせいか、天が気にして顔をのぞきこんできた。


 「いや、天ちゃんの教師っぷりを想像してね。とても良い感じだね」

 そう言うと、天は満足そうに笑顔になった。さすがは天使だ。


 「加奈ちゃんは?」

 そう質問した後に思い出した。普段は物静かなので、相槌や笑っている事が多い。

 それもあって、あまりキチンと話した記憶がなかったことに。


 「私は心理学科にしました。将来はどうなるか分かりませんが……。

 色々な人の気持ちを知って、それを活かせたらなぁって……。

 なんか漠然としてますよね。こんな気持ちじゃダメなんでしょうけど」

 加奈の言葉を聞くと、おそらく自分の体験からそう考えたのかもしれない。


 天が少し心配そうに見ている。最後の言葉辺りが気弱になったからだろう。

 「加奈ちゃん、将来なんてそんなもんだよ。

 どうなるかなんて、すぐに決めるものじゃないし、決めても思い通りに行かないことなんて、しょっちゅうあるよ。

 だから、その気持ちは大事に忘れないようするべきだよ」

 この言葉に少し安心したのか、さっきの少し暗くなった表情が明るくなったように見えた。


 「だいたい、俺も渋く決めよう、っていっつも頑張るけど、大抵は三枚目だよ? お笑い担当だよ? で、三善にいじられる。

 でも、それも悪くないと思ってる。皆が楽しい気持ちになれるなら、誰かが楽しい気持ちになれるなら、それでいいと思ってる」

 自虐ネタを入れつつ、伝えたかった。

 思い通りに行かなくても、納得できるものがあるんだと……。


 「で、とりの萌香ちゃんはどうなのかなぁ?」

 ちょっと意地の悪い言い方で聞いてみた。これぐらいしないと反応がなさそうで。


 「…私は理学部で物理学を……。将来は…分かりません……」

 ああ、そういえば物理の勉強しているときはなんとなく楽しそうな雰囲気が……。

 あったか? まあ、狙った所に入ったんだ。やりたいことは自ずと見つかるだろう。


 「将来は分からないよなぁ。加奈ちゃんにも言ったように、よく分からないぐらいがちょうど良いんだよ」

 その言葉に対して、萌香は頷くだけだった。表情が変わるかと思ったが、あまり響かなかったかな。


 「さて、この狭い事務所ではなんだから、プレシャス・タイムでお祝いしよう。今日は俺のおごりだ」

 その言葉に女子高生3人組が和気あいあいと事務所を出ていった。


 「幸ちゃん、留守番よろしくね」

 先ほどの会話に全く参加しなかった幸にお願いをした。


 「はぁ~い、おまかせぉ~」

 人が多いのはまだ少し苦手なのか? そう思った。


 遅れて店に入ると、テーブル席に座っている女子高生3人組と三善、円がいた。

 「あ、祐さん、こっちです。こっちぃ」

 天が俺に気付いて、声を上げて手を振っている。


 早速招かれた席に座り、注文をする。

 「祐~。皆、志望校に合格したんやてなぁ。皆の頑張りみてたから、わい涙が出そうやわ」

 三善が泣きそうなマネをしながら言った。まあ、こいつも心配していたから気持ちは分かる。


 「ほんと~に、良かったですねぇ。よく皆で黙々と勉強してたから、頑張れ~って、ずっと思っていたんです。皆、本当に良かったね」

 三善と違って、本当に泣き出しそうな顔で皆を祝福している円を見て、やっぱりマジ天使、と思った。


 「とりあえず、祐のおごりなんやろ? 皆、美味しいケーキ仰山あるから、腹がパンパンになるまで食うたってや。

 あと飲み物も値が張るもんバンバン頼みいや」

 恐ろしいことを三善が3人組に教えている。

 まぁ、今日みたいな良い日はそれぐらいしてもお釣りが来るぐらいだ。皆で楽しもう。


    ・    ・    ・


翌日

 財布の中身を確認すると、お札入れが悲鳴を上げるように空っぽだ。


 昨日の楽しい時間は、彼女たちにとって夢のような時間だったことだろう。

 しかし、夢から覚めた自分に突き付けられた現実はあまりにも厳しい。


 仕方がない、運営資金から少し借りようと、金庫を開けてお金を取り出す。

 「あれぇ? 運営資金のお金を私欲のために使っていいんですかぁ?」

 幸が目ざとく、こちらの動作に気付いたようだ。


 「このお金の補充も運営に欠かせないものなの。決して私欲のためじゃない」

 勝手に運営資金を本の購入に充てる、幸には言われたくない。


 「もう、祐さんも自分に正直になった方がいいですよぉ」

 幸の言葉に、君はもう少し謙虚になりたまえ、と言おうとしたとき、事務所のドアが開いた。


 「…おはようございます……」

 萌香であった。

 受験も終わり合格したことから、今日から修行の再開と助手としての仕事をしてもらうことになっていたことを思い出した。


 こちらも挨拶し、幸も同じように挨拶をした。

 3人が揃うのが何か久しぶりで新鮮な気持ちになった。


 そんな心地よい気分から覚ますように事務所のドアをノックする音がした。

 どうぞ、と声を掛けると、くたびれた感じの顔色の悪い男性が入ってきた。

 折り目の正しいスーツを着て、サラリーマンだろうと思しき男性はそのスーツ姿とは対照的に暗い感じをかもしだしていた。


 「今日はどういったご用件でこちらに来られたのですか? 失礼しました。私はこういう者です」

 座るように促したソファの前のテーブルに名刺を乗せた。

 先ずは用件を聞く。この感じから察するに妻の不貞あたりかな、と思った。


 「実はあなたの同業者の方からの紹介で。…霊能力関係の……」

 そちらで来たのか。良くもまあ、同業者の方々も話を回してくるものだ。

 中には仲介料と言って金を取る者もいる。この同業者がどうかは知らないが、もしそうであれば彼には可哀想な話しである。


 「では、霊関係…私たちでは怪異と呼んでますが、人ならざる者達によって、あなたが苦しめられているのでしょうか?」

 男性の顔色の悪さもあり、そう聞いてみた。


 「いえ、娘が……。幽霊が見えると言って、ずっと怯えているのです」


 話しを要約すると、娘は小学6年生。名前は未来みく

 昔から幽霊を見たと度々言ってきたが、妄想だろうと聞き流していた。

 しかし、年齢を重ねると幽霊が見えたと言うことが増えてきて、今では部屋に塞ぎこんでしまった。


 不登校かとも思い学校に相談したが、いじめ等はないとのことであった。

 娘の友人にも確認したが、いじめはなかったと思うと。


 ここまで来て娘の言ってることは本当ではないかと思い、霊能力者と呼ばれる人を何人も探して、色々見てもらったが解決には至らなかった。

 そして同業者がこの人ならと紹介したのが俺、と言うことであった。


 子供の頃から見えており、それがどんどん頻繁になっていく。

 これはおそらく、通常の人が少しずつ無くしていく霊力が体の成長と共に強くなっていっているのだろう。


 「なんとか娘を救っていただけないでしょうか? 謝礼はもちろん払います。

 娘が不憫で……。暗い部屋の隅で布団に隠れて震えている…そんなことから助けてあげたいんです」

 依頼主は苦しみに満ちた声でそう言った。先ずは娘さんを見てからと話し、連絡先を教えてもらった。


 依頼主は東野ひがしの まさると言うようだ。名前の通り優しい人物のようだ。

 先に東野には帰ってもらい、必要になるであろう道具を鞄に詰めて、教えてもらった住所に萌香と向かう。


 「…今回の…娘さんは…、私と同じような感じ…なんですか……?」

 萌香は自分のときと重ねてしまったのだろう。霊力が刺激されて高まってしまった自分と…。


 「いや、それとは違うよ。萌香ちゃんのは後天的なもので、今回の子は先天的だろう。

 後天的な萌香ちゃんに比べてずっとたちが悪いよ」

 そう言って、考える。


 後天的であれば、急に高まった霊力からのスタートなので、生まれたばかりなため不安定さも少ない。

 霊力の形が柔らかいので扱いやすくコントロールするのは難しくないし、人によるが霊力の上昇もそれほど高くはない。


 むしろ先天的で時間を経てしまうと話しは別だ。

 ちゃんと修行をしてれば別だが、時間が経てば経つほど霊力は高まる。

 コントロールができないため、いびつな形で霊力が定着して大きくなる。


 こうなると、いびつな形なものを先ずは軟化させてコントロールしやすい形にする必要があるが……。

 この手の経験はほとんどない。もっと小さい子供でしかやったことがないのだ。あまり高い霊力でなければ良いのだが。


 悩んでいる顔をしていたのか、萌香が声を掛けてきた。

 「…難しい…ということでしょうか……? 治してあげられない…のでしょうか……」

 やはり自分のことを重ねているのだろう。

 解放された自分が幸せを感じているように、その子にも同じように幸せになって欲しいと考えているのだろう。


 「まあ、善処はするさ。ただ俺も万能じゃない。でも、もっと腕利きもいるんだぜ。俺でダメでもなんとか助けることはできるさ」

 萌香に明るく話した。先ずは見てみるまで、どうかは分からないのだから。


     ・    ・    ・


 東野宅に到着した。呼び鈴を鳴らすと、待ってましたと言わんばかりに玄関のドアをすぐに開けてきたのは東野だった。

 東野の妻であろうか……。こちらをいぶかしい目で見ている。


 玄関でとりあえず2人に挨拶をし、東野の妻に自己紹介をする。

 やはり信用はされていないようで、その目は変わらなかった。


 「先ずは娘さんと会わせて貰えないでしょうか? どのような状況か分からないですから」

 そう東野に伝えると、すぐ部屋に案内された。


 「未来? 未来を治してくれる先生が来てくれたよ。部屋に入るからね」

 そう言うと東野は娘の部屋のドアを開けた。


 部屋はカーテンが閉め切ってあり、隙間から光が入ってこないように、ダンボールで窓を塞いでいる。

 光は開けたドアから差し込む分しかない。


 「未来ちゃん、俺の名前は守屋 祐。お兄ちゃんと呼んでくれても構わないよ」

 とりあえず明るい口調で話し掛ける。しかし、反応はなかった。


 「部屋、暗くしているね……。目に映らないように、こんなにしたんだね。

 でも、これだけじゃ不十分だ。声は聞こえ続づけているんでしょ?」

 そう未来に話しかけながら、部屋を見渡す。護符やお守り、部屋の隅には盛り塩。

 どれも怪異には効果的だが、重ね掛けしすぎると効果が打ち消し合うこともある。


 こちらの言葉に少し反応するように、布団にくるまった体が動いたように見えた。

 「とりあえず、未来ちゃんが見てきたもの。見えていた怪異をお父さんとお母さんにも、見てもらおうか? ちょっと待ってね」

 そう言うと、萌香に持ってもらっていた鞄から香とろうそくを取り出した。


 萌香のときと同じく、香を焚き、ろうそくに火を灯して、部屋のドアを閉める。

 ろうそくの炎だけが揺らめいている。


 「あと少ししたら、娘さんを苦しめているものが見えてきますよ」

 そう言っている間に部屋に香の匂いと、煙がうっすら漂い、部屋に広がって行った。


 最初に気付いたのは東野だった。見ている方向からして、人の幽霊だろう。

 浮遊霊。主に天に昇れるのに何らかの未練から、この世に残った存在。

 人の形をしたままだが、自我はもうないだろう。


 そんな浮遊霊が、部屋に5体いる。彼女の前に座り込んで、自分の願いを言い続けている老人、彼女のベッドで体操座りしている子供。

 部屋の真ん中で上を眺めている男、部屋の隅で背中をこちらに向けている女性。ドアの前に立つ男……。


 そして、彼女の周りを取り囲む黒い霧のようなもの……。これは怪異だろう。

 形が固定できていないことを見ると、細かいやつらが集合したようなものか。


 東野は震えだし、妻はうまく呼吸ができないほど動揺しているようだ。

 「どうです? これが未来ちゃんが見えていた世界なんです。

 この世の見えざる世界と言えば良いのでしょうか。子供には酷な世界でしょう?」

 理解してもらいたかったから、少し挑発するような物言いをした。


 「何とかできないんでしょうか? このお化けを、なんとか……」

 もうはっきりと見えているのだろう。それぞれの浮遊霊の方を見ながら、東野は懇願してきた。


 「まあ、追い払うのは簡単です。少し眩しいですから、目は閉じられた方が良いかもしれません」

 そう言って、左手に力を込め、聖なる光を集めた。

 これに反応したのは怪異だけだが、その程度の力ではこちらには近づけない。


 「天よ。ここに留まりし者達に救いの光を、そして不浄なるものを浄める力を与えたまえ」

 この言葉に呼応するように、強烈な光が部屋を満たした。

 光はそれほど長くは続かず、消えたあとにはろうそくの灯火だけが部屋を照らしていた。


 「未来ちゃん。どうだい? 変な声が聞こえなくなったろ? 気味が悪い感じや寒気もなくなったんじゃないかな?」

 多分、いまの状況ならそうであろう。天の光によって浄化したのだから。


 布団から顔を出した未来は、周りを見回した。

 信じられない顔をしているが、今この部屋はとても温かいように感じているだろう。


 「いなくなった……。いなくなっだ~……」

 最後には泣き出してしまった未来の言葉から、どれだけ恐怖を感じていたか想像するのは難しいものではない。


 母親が未来をの元に行き、抱きしめているのを見る。

 このぬくもりだけでも、部屋に閉じこもっている時に与えられたら、少しは気持ちが楽になったかもしれないと思った。


 「東野さん、とりあえずこの家に他の怪異などがいないか、確認する為にそれぞれの部屋などを見てもよろしいでしょうか」

 こう言ったのは、少しでも未来に明るい世界を見せたいと思ったからだ。


 「ええ、どうぞ。というか、お願いいたします。私は未来といたいので、こちらに残ります」

 そう言うと、未来に近づき謝っていた。


 「萌香ちゃん、俺よりも先に部屋を見てみて。何か見えたら教えて」

 そう言うと萌香は頷き部屋を出ていった。それに続くように部屋を出る。


 結果として、小さな浮遊霊というか残りカスのようなものはいたが、わざわざ浄化や、喰らわせるようなものはいなかった。

 しかし、萌香は的確に何がいるか教えてくれた。少し霊力が高くなり過ぎてはいないかと危惧した。


 未来の部屋を開けて、東野に伝える。

 「とりあえず、この部屋以外はいなかったみたいですね。全て未来ちゃんにすがってきたきたやつらでしょう。しばらくは安全と思います」

 すぐに怪異などが集まってくるほどの霊力は発していないから、そう言った。

 

 「本当にありがとうございます。ありがとうございます」

 何度も頭を下げながら、東野がお礼を言ってくる。しかし、これは前段階に過ぎない。

 このまま治療する前にするべきことがある。


 「未来ちゃん、お風呂に入ってきたら? 怖くてあまり入れなかったでしょ? お風呂に入ると気分が軽くなるから」

 そう言って、東野の妻にお風呂の準備をしてもらうようお願いした。


 未来がお風呂に入っている間、夫妻ともに何度もお礼を言ってくる。

 それを遮るように今からすべきことを伝える。


 「今、未来ちゃんには体を清めるようにお風呂に入って貰いました。本当の清め方とは違いますが、それなりに効果はあります。

 まあ、治療前のリラックス効果も含めてもあります」

 夫妻が真剣に聞いているので、続けることにした。


 「治療と言いましたが、彼女の霊力はおそらく相当のものでしょう。

 自ら発するのではなく、自分の器から漏れ出しているのです」

 誰も話さない。一応イメージは伝わったと思うが……。


 「できる治療としては、漏れ出しているのを止める…ぐらいしかありません。これを繰り返すしか……。

 残念ながら、今の私にはそれぐらいしか方法がないのです」

 悔しいがこういうしかできない。


 ここまで聞いて、東野が質問をしてきた。

 「なんとなくイメージはできました。漏れ出さないように消費する、と言う方法はないのでしょうか」

 良い質問だ。こちらから話をするより、理解してもらいやすい。


 「霊力は減っても時間が経てば回復し、今のままではまた満ちて漏れ出します。

 それに霊力の消費ですが、然るべき所で修行を積まねばなりません。

 おそらく彼女の霊力はいびつな形で成長しています。

 これを柔らかくし、彼女や霊能力者がコントロールしやすいようにしないと、修行をしても霊力の消費は難しいでしょうね」

 そう言って思う。自分の力でどこまでできるのか、と。


 仏間があったので盛り塩をしておく。お風呂から上がったら、こちらに来るようにと東野に伝えてある。

 鞄から聖水入りのスキットルを取り出す。あとはお札とお守り、数珠……。


 そうこうしていると、新しいパジャマに着替えた未来が入ってきた。

 まだ小学生と言った顔立ちだが、頬のこけ方、目の下のくまが酷いことから、今までの生活の辛さが痛いほど伝わってくる。


 「それじゃ、未来ちゃん。悪いんだけど、ちょっとパジャマに手を入れたりするね。

 少し冷たいかもしれないけど我慢してね」

 そう断りを入れて、手に聖水を少したらして掌になじませた。


 人間を前から見て真ん中に線を入れた所に、エネルギーを溜めたり、発生させる場所が多い。

 霊力の集中する場所に聖水をあて呪文を唱えて効果があれば、OKだ。


 聖水をなじませた手を、腹部の上あたりに当て、呪文を唱える。

 すぐに違和感を感じて手を放してしまった。

 手が熱い、やけどしたように赤くなっている。


 他の場所も同じように試してみるが、同じ結果しか出ない。

 それだけ霊力が高いのだ。聖水を沸騰させるほどに高い霊力……。


 ダメ元で、お札、お守り、数珠、十字架のネックレスなど、試してみた。

 だが、お札は文字がくすんでしまい、お守りも中の霊木から作った札もくすんでしまう結果だ。

 数珠や十字架のネックレスは、つけて少しすると弾けた。


 ダメだ……。自分の持つものでは抑えることができない。

 ここまで強い力を抑えることができる者はそうはいない。

 素直にそのことを伝えるしかない。なぁなぁでは未来がまた同じ目に遭う。


 未来には母親と一緒に床についてもらった。一人でない安心感と怖いものがいないことへの安堵。

 良く眠れるだろう。でも、それは仮初めの平穏なのだ。本当の平穏は…今のままでは来ない。


 「東野さん、謝らなければなりません……。私の力ではここまでが…限界のようです……」

 そう言うと、下唇を噛んでいる自分に気付く。

 自分の不甲斐なさを痛感しているのだ。


 東野は目を丸くした表情が、少しずつ曇っていった。

 「ここまでしてくれたのは、守屋さん、あなただけでした。

 少しでも未来の笑顔が見れて本当に良かったと思ってます……」

 涙をこらえるように東野が言う。それだけで良いはずがない。


 一番頼りたくない相手、一番居てはならない場所……。

 だが彼女にとって平穏が訪れる場所を知っている。


 しかし、それは彼女のためになる場所ではない。

 でも確実に彼女を救うにはこれしか……。


 「…祐さん…彼女を救う方法…何かあるんですね……?」

 萌香に言われて、嫌な考えから目覚めた。この子はよく人を見ている。俺の考えを……。

 萌香に向かって頷いて、東野の目を見て話しをすることにした。


 「東野さん、これは確実に彼女に平穏が訪れると思われる方法です。

 しかし、彼女には苦痛を伴い、倫理観もおかしくなるかもしれません。

 ただ、生きる……。彼女が怪異から自分を守れるようになって、生きることができます。

 私はこれが一番効果的と考えます。

 知り合いの高僧の所に預けることもできますが、すぐに彼女の霊力を抑える事ができるか分かりません……。ただ安全な場所ではあります」

 俺はもっとも取りたくない方法を自分から提示しているのだ……。


 「あの……、すぐには決められないので、妻と娘を交えて話しをして良いですか?

 ちなみに未来にとってはどちらが良いのでしょうか?」

 答えづらい質問を東野は投げかけてきた。


 「未来ちゃんにとっては高僧の所の方が気は楽です。

 しかし、かなりの時間、下界との接触を断ち長い修行をすることになるでしょう。

 ただ、霊力をコントロールできるようにはなると思います。

 残念ながら場所はここからでは遠いので、親子の時間は過ごせないと思った方がよろしいと思います」

 最後の言葉が響いたのか、東野は顔がうつむいた。

 よほど子煩悩な父親なのだろう。だから辛いのだ、親子としての時間がないことが。


 「もう一つ……。もう一つの方法はどうなんですか?」

 東野はすがるような言い方で聞いてくる。

 それが更に俺を苦しめ、悩ませる……。


 「これは私の感情論になりますが、最も嫌いで、最も醜くく、最も汚らわしい……。

 しかし、最も力を持つ集団でもあります。彼らは古今東西のあらゆる術を駆使できます。

 彼女の霊力を抑えコントロールするための修行も可能です、間違いなく。

 それに普通に家族とも会えますし、学校にも通えます。

 ただし、先ほども言ったように彼女に肉体的にも精神的にも辛いことがあります。必ず……」

 そう言い終わると、自分でも苦々しい顔をしていることが分かる。


 その日は、そこまでの話しで終わった。決断したら連絡すると言われたので東野家を後にした。


 個人的な感情……。だが彼女を救うことができる者。

 気が重い相手に先に連絡を入れることにした。九条院の元に……。


    ・    ・    ・

 

数日後

 東野から連絡があった。結果は後者を選択した。

 子供との時間を優先しての結果だろう。


 それならばと預け先の住所を教え、そこで落ち合おうと伝えた。

 相手からはいつでも構わないと言われているからだ。


 東京都内の中心部からやや離れた場所に預け先の九条院邸がある。

 遠目から見ても立派なお屋敷に東野一家は驚いているようだ。

 昔ながらの引き戸の門をくぐり、玄関のチャイムを鳴らす。


 すぐに玄関から人が出てきた。守屋であることを伝えると、すぐに中に案内された。

 外観からも分かる通り大きなお屋敷だ。


 「守屋さん、このような立派な所にお預けするのには、いくら掛かるのでしょうか?」

 声を小さくして東野が聞いてきた。


 「ご心配なく。無料で受け入れる、と言ってもらいました」

 そう言うと、東野の顔が驚いたまま固まった。


 廊下の曲がり角から出てきて、こちらに向かってくる、

 笑顔をした老婆というには早い女性、藤原ふじわら 桐恵きりえがこちらの前で止まった。


 「よくぞお越しくださいました。私は藤原 桐恵と申します。一応、当主からこの屋敷を任されております。以後、お見知りおきを」

 深々と頭を下げる藤原に、慌てて東野夫妻も頭を下げた。


 「それでは東野様ご一家には、未来様の住まれる所と、簡単に屋敷をご案内させていただきます。守屋様は別室で」

 藤原のこの言葉に、さきほど玄関から案内してくれた女性が東野一家を誘導していった。


 「まさか、うちを頼りに来るとはねぇ……。禍ツ喰らいの坊や」

 藤原は先ほどの笑みから、冷たい目に変わっていた。


 「俺にもできないことがある。そういうことですよ……」

 その言葉に藤原は低く笑う。邪魔な存在の俺がここに来たのが滑稽なのだろう。


 「当主がお待ちですので、お部屋にご案内いたします」

 まだ少し笑いが残っている顔で言われた。面白いものをみたような顔で……。


 通された部屋は仰々しいものではあるが、全体的にセンスが良いものが置かれている。

 木造の部屋にふさわしい物が多い。金の価値だけで置いている訳ではなさそうだ。


 「どうした? 人の部屋に入ってジロジロ見回すのは失礼ではないのか?」

 人を小馬鹿にした、割と低めの声…九条院くじょういん きょうであった。


 髪は女性のロングヘアーのように長く左側が途中から編み込みになっており、左目だけに色眼鏡を掛けている。

 相変わらず冷たい目をして偉そうな顔をしている。


 「やれやれ、返事もなしか…まあいい。とりあえず座るがいい。助手の君も一緒にどうぞ」

 九条院の言う通りに萌香と共にソファに腰を掛ける。


 「俺を嫌っているお前から相談と聞いて驚いたが……。

 なんてことはない、女の子を助ける為の話しだったとは……。もう少し楽しい話を期待していたのだが」

 相変わらず人を食ったような言い方をする。しかし、こいつの力は強大だ……。


 「…頼む、あの子を助けて欲しい。できることならなんでもする」

 頭を下げながら言った。あの一家の幸せはこいつの匙加減で決まるのだ。

 小さな笑いが聞こえると、どんどん大きくなった。九条院にはたまらなく楽しいのだろう。


 「他人の為に、そこまでするか?

 相も変わらず、夢や理想とやらで動いているようだが、その末路がお前の嫌悪する俺に助けを求めることか?」

 返す言葉もなく、九条院から顔を逸らすことしかできなかった。


 「ふぅ……。ま、土下座だな。土下座してお願いすれば、あの一家の娘には可能な限り優しく教育してやろう。

 どうだ? お前の矜持とやらはどうする?」

 未来に対して、苦しみをできる限り減らすことができるのならば……。


 ソファから立ち上がり、ゆっくり九条院の前に立ち正座をする。

 「…お願いします。あの子を、未来ちゃんを助けて、ください!」

 最後の言葉の際に、地面に額をこすりつけた。


 よほど滑稽なのだろう、俺の姿を見てか九条院の笑い声が響く。

 「いやぁ、すまん。あまりの光景に笑いが…失礼、また笑いそうだ。

 自分よりも他人を優先する。いや優先しすぎると言ったところか……。度し難い行動だ。

 まぁ、嫌悪する男にここまでしたのだ。願いは聞こう。それにあの娘、かなりの者になりそうだしな……」

 結局はそれなのだ。九条院の判断は手駒にできるか、敵かしかない。


 「さて、俺も忙しいわけではないが、暇でもないのでお引き取りいただこうか。…守屋、せいぜい頑張るんだな」


 東野一家はまだ屋敷を案内されているのか、車が駐車場に停まったままだ。

 車に乗り込んで一家の帰りを待つことにした。


 「…祐さん……」

 萌香が話しかけてきた。おそらく土下座したことについてのことだろう。


 「大丈夫だよ。仕方がないさ。選んだ中で最良の選択をしたと思っている……」

 萌香の顔を見ず、車のガラスに映る自分を見ながら言った。


 「笑えるよね……。結局、嫌いなヤツに頭下げないと助けられないなんてさ。

 あいつ等は金持ちしか相手にしない。

 同じように金持ちに雇われたやつ等と魔法やら、符術やら、呪術やら、ありとあらゆるものを使って戦いあっている。金の為に……」

 萌香が黙って聞いている。多分、分かったのだろう。未来をそんな世界に関わらせたことを。


 「結局さ、処分屋なんか名乗ったって、この程度のことも解決できやしない。

 助けようとしても助けられない、そんな自分が情けない……。助けたかった……。

 幸せに生きて欲しかったのに! 俺は汚い世界に巻き込んでしまった……。

 こんな…こんな非力な俺で人が本当に救えるのかよ! 1人の女の子も救えないで……」

 言ってることが無茶苦茶だとは分かっている。でも口から溢れ出る言葉が止まらなかった。


 「…祐さん……!」

 自分を呼ぶ声に反応した時、萌香が右手を振りかぶっていた。


 叩かれるも良いだろう。それだけ情けないことを言ったのだ。

 目を瞑って待つと、左頬に萌香の掌があてられていた。


 「…祐さんは頑張りました。…十分すぎるぐらい…頑張りました。…だから…祐さんは…悪くないです……!」

 萌香の言葉を聞いて涙が溢れだした。涙だけじゃなく、声までも溢れだしてきた。

 女の子の前で見せるものではない。でもその時は思えず、ただただ泣き声を上げていた。


 泣き止んでから、萌香と話すきっかけが掴めなかった。

 というより、自分が恥ずかしがっているだけだ。


 東野一家が帰ってきた。車から外に出て、挨拶をする。

 未来は部屋を一室与えてもらったこと、事前に連絡したら、自由に会えること、学校に行けること、屋敷にいれば怪異などからは守られることなど、色々と話しをした、とのことだった。


 「あと、ここのご当主の方から、守屋さんに感謝しろ、と言われました。

 もちろん私共も感謝の気持ちしかありません。本当にありがとうございます」

 そう言って、頭を下げてきた。九条院の言葉は気まぐれだろう、と思った。


 では今日はこれで、と言って。車に乗り、事務所に向かった。

 「萌香ちゃん、その…なんて言えば良いか分からないけど、何か救われた感じがした。ありがとう」

 なんとか素直に言えた。恥ずかしさも、口に出してしまえば引っ込むものだ。


 萌香が首を横に振って言った。

 「…私も…救われましたから…祐さん……」

 萌香の言葉に、そんなこともあったね、と笑顔で返した。

 萌香も心なしか笑顔を見せていた。


    ・    ・    ・


翌日

 東野が早々にお礼がしたいと一家で事務所に押し掛けてきた。

 夫妻ともに何度目か分からないお礼をして、謝礼金を出してきた。


 「これは…受け取れませんね。私は解決できてないです……」

 そう言い、差し出された封筒を返すと、思わぬ人物が喋ってきた。


 「お兄ちゃんのお陰で、嫌なものがいなくなったし、今度住む家は怖いのがいないんだよ?

 お兄ちゃんが助けてくれたんでしょ?」

 怖いものがいないことに落ち着いた為か、未来は明るい口調で嬉しそうに言った。

 その口調と笑顔が浮かんだ未来を見て、女の子に救われてばかりだと思った。


 必要な分だけ頂いて、残りは返した。

 未来が何かと物入りになるだろうから、そっちに使ってほしいと言って。


 一家を見送って、椅子に座る。助けたのか…一時的とはいえ……。

 悩んでいると幸が声を掛けてきた。


 「相変わらず悩んでますねぇ。一時しのぎになってもいいじゃないですかぁ。

 その間が幸せなら。それに祐さん、前に女の子達に言ってたじゃないですかぁ。

 将来はよく分からないぐらいがちょうど良い、って。その娘さんにとって悪い選択ではないかもしれませんよぉ?」

 そうか、必ず悪いことになるわけではないのだ。10年先、20年先は分からない、でも生きることができさえしたら……。

 幸せになれるかもしれない。


 「ありがとう、幸ちゃん。何か最近、人に救われてばっかりだな」

 「いえいえ。辛気臭い祐さんは面倒ですから。さっさとバカになって欲しいなぁと思って」

 「…やっぱ、さっきの言葉、取り消すわ」

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