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狙われし、怪異の頂点(後編)

 『ヴァンパイア』。その名に対して人は恐れをいだいた。

 恐怖の死なない存在。しかし、言いかえれば、死ぬことができない存在なのかもしれない。


 死が人の人生の終着駅だと考えれば、『ヴァンパイア』にその終着駅はない。

 殺される以外には……。


 命を奪われなければ死は来ない。当然の話だ。

 人であれば老衰や病気、不慮の事故、殺人などによって死が訪れる。


 だが、『ヴァンパイア』は殺すことでしか死なない、

 弱点をつかれ、殺されることでしか死を迎えることができない…。


 だから、生きる。殺されたくないため、死を迎えたくないため。

 人であれば考えることが少ないであろう死に、『ヴァンパイア』は常に怯え、それに抗うことで生きている。

 死なない存在であると言われる者達が。


 人が恐れるのと同じように、『ヴァンパイア』も恐れているのだ。死を迎えることを。


 そんな『ヴァンパイア』が死に抗うこと以外に生きる目的があるのだろうか。

 それは『ヴァンパイア』それぞれであろう。


 ただ今回、話しをする『ヴァンパイア』は、人と同じようにささやかな幸せを守りたいと願う者だ。


 狩られる存在の怪異が、人と同じような願いを持つ。

 そのことについて何も悪いことはないはずだ。だからこそ立ち向かった男の話をしよう。


    ・    ・    ・


ある日の夕方

 『ヴァンパイア』は夜型の生活なのであろう。

俺も限界まで寝たつもりだが、昼過ぎには完全に目が覚めてしまった。


 先日の戦いから数日たった。今日、ハンター達を撃退する日と決めていた。

 この日のために敢えて戦い易くなる場所の近辺に潜んでいるような噂を流したのだ。


 これには探偵業の伝手を使った。

 噂は時間が経てば尾ひれがついて、こちらの思惑通りに伝わらない場合が高い。

 数日間ぐらいで伝わるのがベストだった。


 内容は金髪の美女が男を誘い込んでいた、と。

 しかし場所は撃退するポイントから円を描くように、見かけた場所を潜伏できそうな暗い場所や廃屋などにし、探す場所を特定させなかった。

 相手を焦らすのは有効だ。特に熱くなりそうなやつもいたので、空振りが続けば頭に来ているだろう。


 あとは、こちらから出向くだけだ。

 不意打ちも提案されたが、失敗するリスクや場所によってはこちらが援護しづらくなり、相手のメリットになるのを避けたいので、直接対決にしようと決めた。

 本心としては、話し合いで解決できればとの思いもあった。


 それぞれの部屋をノックして起こして回る。

 夕方に起きるのが気怠そうなのはリリエールだけで、シュタルクとマゴロクはすぐに起きて支度していた。


 全員が集まったところで、朝食(夕食?)となった。

 提案した通り、3人に噛まれる。まだこれの方が気持ち的にマシだが、周りから見たら酷い光景だろう。


 「やっぱり、リリエールさんには残ってもらった方が……」

 朝食後のティータイム中に提案してみた。


 「そもそも、やつらの一番の目的はわしの始末じゃ。わしの姿が見えなければ警戒され、逃げられるやもしれぬ。

 …そうなれば、こちらが奇襲を受けかねん」

 もっともな返事だった。気後れするが、仕方がないことだ。

 自分がキッチリ守れば良い話しなのだから。


 談笑という気にはなれず、静かに時が過ぎるのを待つ。

 調べた情報だと、深夜までは捜索しているとのことだったので、一番疲れた時間に登場する予定だ。

 先の事を考えていると、マゴロクがおもむろに口を開く。


 「お前、決心はついたのか? 殺し合いになるぞ。それを、お前は助けることになる。

 お前は人を殺したことはないんだろう? 心に影を落とすことになるぞ?」

 人を殺したことはない。人を助けることはしていても、それはないのだ。


 「決心ですか…。まあ、どう足掻いても筋書通りに行かないことなんてざらにありますからね。

 とりあえず、迷わず前を向きます。あとは結果が後から付いてくるでしょう。良いか悪いかは分かりませんがね」

 考えてもどうなるかは、蓋を開けて見なければ分からない。できれば良い方がいいに決まっている。


 「ならいい。お前の気持ちを確認したかっただけだ。よろしく頼む」

 そう言うとマゴロクはまた目を閉じた。シュタルクはこちらに笑顔で頭を下げた。

 作戦決行まであと少しだ……。


    ・    ・    ・


 深夜、携帯の着信を知らせるメロディーが流れた。


 情報屋からの電話で、やつらが撃退するポイント近くを探っていると。

 情報屋には礼を言い、危険であるからすぐにそこから立ち去るように伝えた。


 まだローンが残っている車を壊したくないので徒歩で行く。

 撃退ポイントまではそれほど遠い距離ではない。

 他の人達に被害が及ばないようにしたかったからだ。


 リリエールを見る。普段と変わらぬ表情だ。緊張している感じはない。

 マゴロクもシュタルクも散歩でもしているかのようで、厳しい表情が見えない

 常に追われてきたからなのか……? 自分ならば物音ひとつに驚いてしまうかもしれない。


 ここら辺だろう、というポイントに到着した。車通りの少ない道路。

 辺りを見渡しても……。突如、森の木にマゴロクが飛び掛かった。


 マゴロクの繰り出した強烈な斬撃が木を斬りつけた。

 両断された木から逃れるように街灯の下に現れてきたのは、ツンツン頭の方だ。

 相変わらず不敵な笑みを浮かべている。


 それにつられたのか、森から残りの2人が出てきた。

 ヒゲ面はもう隠す必要がないのか、デカいチェーンソーのエンジンを掛ける。

 低いモーター音と共に刃が回転している嫌な音がする。

 

 前は良く見えなかった男の顔が見えた。

 頬はこけており、目つきが鋭い、感情がないような顔をしていた。

 この顔を見るだけで、自分の淡い期待が失せていくのを感じる。


 とりあえず前に出て、話しをしてみる。

 「あの~、皆さんは『ヴァンパイア』ハンターなんですよね?

 しかし、私は人間でして……。この方々とも仲良くさせていただいてますし、今後は粗相のないように暮らすので、見逃してもらえませんか?」

 ダメ元、いや、まず飲み込んでもらえないだろうが、こちらの思いは伝えたい。


 「こいつぅ、おれよりあたまやばいんじゃね!? なぁ、おい!?」

 ツンツン頭が答える。どうやら脳みそまで尖っててヤバいのだろう、と思った。


 「そんな話しを聞くわけにはいかん。俺の家族は『ヴァンパイア』に殺された。

 そいつ等かどうかは知らんが、『ヴァンパイア』は殺す。そもそも腕から化け物を出したお前がただの人間とは思えん」

 ヒゲ面が一番望みのありそうな人だったけど、ダメか。そりゃ、百足を見れば、と思う。


 奥の冷酷そうな男の大砲の一部が白く光り出す。

 「ちょ、ちょっと待ってください。せめて話だけでも」

 話しが通じるとは思ってなかったが。返答が攻撃かよ、と怒鳴りたくなった。


 「『ヴァンパイア』も…それを助ける者も……死ねっ!」

 そう言った放った瞬間、大砲から火球が向かってきた。


 「群青百足ぐんじょうむかで!」

 火球から自分を守るように、百足をとぐろ状に巻いた。

 響く爆音を皮切りに、怪異と人間の戦いが始まった。


    ・    ・   ・


 『ヴァンパイア』とハンターが同時に動き出した。


 3人共、動き出しながら、何かを取り出し飲んだのが見えた。

 それが何か考えるより先に、ツンツン頭にシュタルクが、ヒゲ面にマゴロクが1対1の形で対峙した。


 ここまでは良い感じだ。あとはあの冷酷人間の攻撃を防ぎながら、援護する。

 もちろんリリエールを守るのが最優先だ。


 シュタルクとマゴロクがそれぞれの得物で手の平を傷つけ、その刃を赤く染めた。

 これが彼らの能力、己が身を傷つけ、敵と戦う力を得る。


 シュタルクの能力はレイピアが赤く染まり、真紅のレイピアへと変貌させる。

 その力は普通の刃から真紅の刃が複数出現させ、一振りでいくつも相手を切り付けるという。


 マゴロクはすでに力が発動しているようだ。

 自信の中に眠る剣鬼を自分自身に発現させる能力。

 欠点は、戦い方が大ざっぱになると言っていたが……。


 「ま~た、それかよぉ。おんなじのみせられても、おっんもしくろくもなんともねぇぜ!」

 ツンツン頭がつまらなそうな声を上げた。すでに能力を見たことがあるのだ。だが……。


 ツンツン頭は得物の長い2本の槍のようなものを頭の上で打ち鳴らす。

 金属を打ち鳴らして不快な音をさせると、シュタルクに急に襲い掛かった。


 ツンツン頭の攻撃が早い。

 攻撃の仕方も規則性がなく、2本のギザギザの刃を持つ槍のようなものを軽々しく振り回し、飛び掛かかって切り付けたと思えば、突き、薙ぎ、振り落とし、振り上げる。


 「やっとてめぇらを、ぶっころせるんだ! めんどくさくにげまわんなよぉ!?」

 無茶苦茶だ。子供の喧嘩、むしろ野性的。獣が武器を持って戦っているようであった。

 しかし、こいつは焦らされたのが効いているのか、シュタルクは上手にさばいている。


 マゴロクは? 体が一回り大きくなったのと、刀が真紅の野太刀のようになっている。

 いや、それよりも大きく太い刀を持ち、相手に飛び掛かり、刀を振り回している。


 「デカくなりゃ、良いってもんじゃないことがまだ分からんとはな…『ヴァンパイア』!」

 マゴロクの振るう刀から感じる迫力を受けて尚、相手は冷静にそれをさばいている。ヒゲ面も手練れなのだ。


 しかし、2人とも怪異の頂点である『ヴァンパイア』だ。

 人間の膂力りょりょくで渡り合えていることがおかしいのだ。


 思い出した。やつらが飲んだ薬だ。

 あれが霊薬だとして彼らの力を高める、ドーピングのようなものだとしたら……。

 事前に分かっていれば、飲ませないように戦う方法も考えられたかもしれない。


 目の前に赤いものが迫ってきていた。

 冷酷人間からの砲撃!


 「しまっ!?」

 慌てて群青百足を自分の周りに引き戻す。

 判断が遅れた。体が熱くて痛い。防ぎきれず、少々やけどを負ってしまった。


 「つうぅぅ……。はっ!?」

 リリエールは!? と後ろを向くと、腕を組んで前を見据えていた。

 こちらを向くと、前を向けとばかりに顔をしゃくらせた。


 守るべき存在に勇気をもらうとは……。冷静に今の状況を判断しろ。

 2人とも一進一退の攻防戦。冷酷人間の武器は連射は利かなさそうだ。

 よく見極めてハンターの2人に隙を作らせ1人ずつ倒す。


 先ずはツンツン頭の連撃を止める為に、群青百足を飛びつかせる。

 シュタルクに切りかかろうとした瞬間に、やつ目掛けて力を蓄えた百足が一直線に飛びかかる。


 「おわ!? んだぁ、こりゃあ!おもしれぇ!きもちわりぃ!きってみてぇ!」

 すんでの所で飛び退いたツンツン頭が異常なテンションを更に加速させている。

 百足の伸縮による速さに対抗できた。苦々しい気持ちになる。


 ハイテンションで群青百足を切り付けてきたが、その程度ではこいつの体は切れない。

 ツンツン頭が楽しそうにしている隙をついて、シュタルクが真紅のレイピアを高速で突きだす。


 「おおっとっと、あぶねぇあぶねぇ。きもちわるいのにむちゅうになっちまった」

 やったかと思った。だが、ツンツン頭は複数の傷はあるが、軽く切られただけで、相変わらずの笑みを浮かべていた。


 こっちには百足による攻撃を一度見せてしまったので、次はヒゲ面を狙う。

 マゴロクが力任せに戦っているのをさばきながら、着実に傷を入れている。

 得物からは想像もできない冷静さだ。


 群青百足をヒゲ面の足元をすくうように思いっ切り振り、ヒゲ面の足にぶつけた。

 ヒゲ面は足をすくわれる形になり、膝から崩れて体勢が維持できない。

 好機とばかりに、マゴロクがヒゲ面に飛び掛かる。


 その瞬間、急に眩い光が辺りを照らした。視界が少しの間、真っ白になった。

 その光が薄くなり目が見えるようになった時には光は消えていた。…が、マゴロクとシュタルクの様子がおかしい。

 2人共、急に飛び退いたのだ。


 「ふぅ、危なかったぜ。手間かけさせて、すまねぇな。しかし威力はバッチリだな」

 ヒゲ面の男が体勢を立て直しながら言う。


 「作成するのが困難で数が少ない……。1個しかなかったのをここで使った……」

 冷酷人間が抑揚のない声で答える。もしかしたら、あれは対『ヴァンパイア』用の兵器?


 「了解だ。『ヴァンパイア』も日光のシャワーを浴びれて良かったなぁ。綺麗に死ねるぜ」

 マゴロクに向かおうとしたヒゲ面の声に反応して、思わず群青百足を飛びつかせた。


 何も考えずに一直線に飛びつかせたのが不味かった。

 待ってましたとばかりに、ヒゲ面が横に跳び、チェーンソーと足で群青百足を押えられてしまった。


 「ニコライ、先ずはこっちからだ」

 ヒゲ面の男の声に反応し、冷酷人間…ニコライと呼ばれたやつを見た。


 その腕の大砲が今までで一番の光を放ち、解き放たれるのを待ちかねているように見える。

 俺にできること……! 振り返って、叫ぶ。


 「リリエールさん! 伏せて!」

 後ろに…リリエールに被害が及ばないように……。前に全力で走り出した。


 まだ多少は伸びる群青百足で頭と胸、腰の辺りをガードしようとしたところで、砲口から大玉な火球が発射されるのが見えた。


   ・    ・    ・


 音も何も聞こえない…感覚もない…何がどうなったのか……。

 少しずつ、少しずつ、少しずつ…………!!!!!!


 痛みを感じ始めた。修復が始まったのだ……。だが、まだ目は見えない。

 手と足は? こちらも上がらない……。耳は聞こえてきた。


 「フ~! フォウ! すっげぇ、まじすっげ! あのひはんぱねぇ~! おおかじ~」

 この声はツンツン頭か? 体中が痛いのに耳まで痛くなるような声を出しやがって……。


 さらに感覚が戻ってきた。熱を感じるようになった。どうやら爆発の残り火が凄いのだろう。

 片目だけおぼろげながら見えてきた。赤い…炎の色か?


 金色? 人? リリエール? 何で前に出てきているんだ? あなたを守るために……。

 「すまない…こんな目に会わせてしまって。すまない……」


 謝るな。先ずは逃げろ! 声が出ない。かすれた声にすらならない。

 「わしの為にありがとう…わしも戦う。見えるのなら、見ておれ……」


 それじゃダメだ! あなたと愛した人の子が宿った体で戦いなんて……。

 ダメなんだ…絶対……!


 「ッメだぁぁぁぁぁぁぁ! 緑青白百足ろくしょうしろむかでぇぇぇぇぇぇ!!」

 肩、背中の真ん中、腰から、それぞれ一対の白色を基調とした緑のラインの入った百足を呼び出した。


 まだ手も足もまともに動かない。

 おそらく裸で、皮膚もぐずぐず、筋肉だって見えているだろう。顔も半分は焼けて見られたもんじゃないかもしれない。

 でもこれなら…この百足の力なら、この距離からヤツに攻撃できる。

 

 新たに手にした6本の腕で体を起こし、地面に這いつくばるような体勢になる。

 怒りでもない。憎しみでもない。ただ彼女の幸せの為に……。

 百足による6本の腕に力を込め、アスファルトにヒビを入れんばかりの力を解き放ち、地面から飛び上がった。


 ニコライとかいう冷酷人間の元に……。残り火の壁を突き破り飛び掛かる。

 火の壁で見えていなかった、ニコライの顔が見えた。驚きの顔ができるんだな、と冷静に思った。

 

 「貴様も! 『ヴァンパイア』ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 大砲を百足で押さえ込み、緑青白百足の高速に収縮させ、繰り出される連撃を容赦なく浴びせる。


 「『ヴァンパイア』じゃないよ。ま、あながち間違いじゃないけどね」

 言ったはいいが、おそらく意識はないだろう。

 緑青白百足の攻撃を受けたのだ。死なない程度に抑えてはいるが……。


 振り返ると、この事態に残りのツンツン頭とヒゲ面は怯んだ。

 その隙を見逃すシュタルクとマゴロクではなかった。


 ツンツン頭が気付いたときには、

 すでにシュタルクの必殺の距離だった。

 レイピアでは届かない距離にいたことにより生じた心の隙。そのほんの少しの隙間を貫く。


 「アイン!」突き出されたレイピアから真紅の刃が更に伸びだし、突き刺さる。

 「ツヴァイ!!」刺さった真紅の刃が棘となり、体中から飛び出る。

 「ドライ…」棘が収束し、心臓を鷲掴みにした真紅の刃が出てくる。


 ツンツン頭の絶命の瞬間を見終わると、マゴロクを見る。

 真紅の太刀でヒゲ面に飛びかかり、武器とのぶつかり合いになると思った時、ヒゲ面の両手が切り落とされた。

 マゴロクを見ると片手には真紅の刀から取り出した通常の日本刀を持っていた。マゴロクは二刀流もできるのだ。


 単純な武器とのぶつかり合いと思って、得物を振りかぶった瞬間を狙ったのだ。

 戦い方が大ざっぱになるとは言っても、その中でも冷静なところがあるのだ。


 得物を持った手を断ち切られたヒゲ面は、地面に座り込んだ。

 両手から噴出する血液の量から、おそらく長くはないだろう。


 「最後に言いたいことがあれば聞くぜ?」

 マゴロクは剣鬼ながらも落ち着いた言葉で聞いた。


 「くだばれ『ヴァンパイア』……」

 ヒゲ面は観念した顔でそう言った。


 「その言葉は聞き届けられんな」

 マゴロクが少し笑いながら、真紅の刀を振り下ろした。


 残念ながら1人は気絶、2人は死亡という結果になってしまった。

 どうにか皆が生きる方法は…考えても出てこない。散々考えたのだから。

 この結果を受け入れるしかないのだ……。


    ・    ・   ・


 冷酷人間、ニコライの放った大砲の火球による灯りが消えそうになってきた。


 「さて、この気絶したのはどうする? 切るか?」

 元に戻ったマゴロクが事も無げに言う。


 「いえ、できれば殺さない方向で話しを進めませんか?」

 受け入れられないと分かっていても、検討だけはしたい。


 「やれやれ。ここまで体を張って助けてくれた化け物人間の頼みを、わしが叶えてやろうかのぉ」

 リリエールが笑みを浮かべ、こちらに歩きながら言ってきた。


 「わしの1つの能力を忘れとらんか? チャームじゃよ。相手を魅了し、我が意のままに操ることができるのじゃ」

 得意げな顔をして、リリエールは説明してくれた。


 「じゃあ、操ったとして、どうするか考えないといけませんね。

 できれば、あなた方の始末が完了したのと、2人の死体をどうするか。

 まあ、2人の死体はハンターですから、なぁなぁで済ませられるでしょうが」

 とりあえず考えられることは上げてみた。もっと考えることがあるかも知れないが……。


 「ふむ……。チャームも直に命令するなら良いが、離れるとなるとある程度、分かりやすい内容にしなければな……。

 よし! 化け物人間は下がっておれ」

 何か悪いことでもする気なのか? それならば止めなければ。


 そう考えていると、シュタルクがここから離すように俺の手を引いてきた。

 見ればマゴロクも下がっている。


 「簡単なチャームなら近くにいても良いのですが、どうやら強く掛けられるようなので、離れていただきました」

 そうシュタルクは丁寧に説明してくれた。


 「お腹の子に影響は?」

 どうしても、そこを考えてしまう。彼女の子を守る為に戦ったのだから。


 「問題ないでしょう。体に負荷が掛かるものではないですし」

 笑顔で答えてくれたシュタルクの言葉に、胸をなで下ろした。


 リリエールがチャームを掛けたら、それで今回の戦いは終了になる。

 大変な戦いだった……。自分の力の無さを痛感させられた戦いでもあった。


 リリエールがこちらに近づいてきた。

 「とりあえず、わしらの件は完了した事と、やつには2人を犠牲にしたことで心の傷が深いため、ハンターを辞めるように暗示を掛けた。

 一番強く掛けたのはわしらの件じゃから、もうお主に心配は掛けまい」

 更に胸をなで下ろした。自殺しろ、とか指示するんじゃないかと思った自分が恥ずかしい。

 

 「それと化け物人間、せめて服を着ろ、みっともないぞ」

 !? 今更ながら、服がほとんど燃え落ちていることに気付いた。

 優しいことにシュタルクが上着を貸してくれた。マジ紳士。


 「さてと、今度はどこに行くとするかのぉ」

 そうだ……。彼女等は形の上では始末されたかもしれないが、常に狙われる身なのだ。


 我ながら突飛で後先考えない事が頭に浮かんだ。

 もう…言ってしまえば、あとは野となれ山となれだ。


 「あの…、私の家にしばらく住まわれてはいかがですか。

 安住の地とまではいかないでしょうが住む所が悪霊館なので、あなた方の力も察知されづらいと思います。

 それに一度ハンターが現れた所には、『ヴァンパイア』は寄り付かないと言われてますし。

 打ってつけの休憩ポイントになると思いますよ?」

 さて、勢いで言ってしまったものの、『ヴァンパイア』といて良いものなのだろうか? 処分屋が……。


 悩んでいると、リリエールが腹を抱えて笑い出した。そんなに面白いことを言った覚えはない。

 「いやぁ、すまぬ。お主は本当に後先考えないのだのぉ……。そんな面白いお主と同じ屋敷に住むのも良かろう。

 この子にも、ゆっくりと休める場所になるだろうしのぉ……」

 リリエールがそう言った後に見せた顔は男を魅了する顔ではなく、母親が見せる慈しみの笑顔だった。


 「リリエールさんが了承したなら、シュタルクさんもマゴロクさんもよろしいですね?」

 リリエールのご威光があるせいか、強制するような物言いになってしまった。


 「私はリリエール様に従います」「俺は姫さんに着いて行くだけだ」

 2人同時に喋ったので、よく聞き取れなかったが来てくれるようだ。


 「では、我が家に住むと言うことは、掃除、洗濯、料理など、分担してやることにしましょう。これは家主からの命令です」

 この発言にシュタルク以外、あれこれ言っていたが、無視して皆で家に帰った。


 静かだった家が少しにぎやかになった。家も心なしか嬉しそうだ。

 『ヴァンパイア』と暮らしたって良いじゃないか。皆が恐れていても、この人達を俺は恐れない。

 それにリリエールのお腹の子の誕生が見れたら良いな、と思った。


     ・     ・    ・


現在

 ランニングを終え家に帰ると庭でマゴロクが素振りをしていたので、挨拶をする。

 目だけこちらに向けて、素振りを続ける。


 玄関のドアを開けて、ただいま、と言うと、シュタルクがお帰りなさい、と笑顔で迎えてくれる。


 そしてリリエールは、腹が減った、と言っていきなり抱きついてきて、首に噛みつき気持ち良くなってしまう。


 これが日常……。周りから見れば非日常的だが、こんな楽しい家ができて嬉しい。

 いつかは離れてしまう関係かもしれないが、それまではこの関係のままでいたい。


     ・    ・    ・


翌日

 事務所で新聞を読んでいると、ふと気になったので聞いてみた。


 「幸ちゃん、もし『ヴァンパイア』に会ったらどうする?」

 「逃げますね」

 速攻な返答。そりゃそうだ。違う言い方をしよう。


 「幸ちゃん、もし『ヴァンパイア』と会って話ができたらどうする?」

 「ん~、そうですねぇ。どんな生活をしたのかとか、親にあたる存在とかも聞きたいですねぇ」

 幸の言葉に少し違和感を覚えた。親にあたる者とは?


 「『ヴァンパイア』って、血を吸ってその時に力の一部を与えることで仲間を増やすんだよね?

 その力を与えた人が親ってことになるの?」

 確かに関係上、自分が上位になるが、主従関係みたいなものではないのか?


 「あまりメジャーじゃないですし、民間伝承ですから何とも言えませんが、ある1人の男が『ヴァンパイア』の始祖だったそうです。

 話からすると後天的のようですが、神か悪魔の悪戯か、『ヴァンパイア』になったようです」

 幸の話しを黙って聞く。初めて聞く話だ……。


 「しかし、1人である事は孤独と言うこと。彼は寂しさから仲間を作り始めました。

 先ほど祐さんの言った通りの方法で…。しかし、あるとき最古の『ヴァンパイア』は恋に落ちます。

 その相手の女性も彼が『ヴァンパイア』であることを受け入れ、眷属になりました。

 そんな2人の間に子供が生まれたという話しです。その力は強く、2人の力を持って……」


 幸の話しを聞いて、更に希望が出てきた。あり得ない話ではないのだ。

 彼女の中に眠る愛の結晶は、とても綺麗な輝きを放ち生まれてくるだろう。

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