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狙われし、怪異の頂点(前編)

 数多くいる怪異の中でも一番有名で、その名は人に不吉さと恐怖を与える存在。

 『ヴァンパイア』。吸血鬼とも呼ばれ、怪異の頂点に君臨する者。


 『ヴァンパイア』の存在は古代から民間伝承としても語り継がれおり、その容姿などは時と場所により様々だが、共通点としては人の生き血をすする怪異と言われている。

 

 その力は強大で不可思議な力を操り、更には不老不死とも言われている。

 しかし、そんな『ヴァンパイア』にも弱点はある。

 銀で作られた物、心臓に杭を打つ、首を刎ねる、陽の光、聖なる物などがあり、その弱点を突くことで人々は『ヴァンパイア』と対峙してきた。


 『ヴァンパイア』はその個体数は多いものではない。

 簡単に自分の眷属を作り出すことができないのだ。


 それ故…怪異の頂点であるが故に、人から…ヴァンパイアハンターという存在から狙われる。

 その為に『ヴァンパイア』は身を隠し、住む場所を変え、生きながらえている。

 不老不死の存在が、だ。


 『ヴァンパイア』とそれを狩る者。何百年と続けられてきた戦い。

 怪異と人間が、狩られる者と狩る者が対峙しているのを見た時、力を持つ者はどのような選択をするのか。今回はそんな話をしよう。


     ・    ・    ・


2月下旬

 祐は軽快なリズムでランニングをしている。これが日課となっている。


 例え禍ツ喰らいの力があっても、自分自身の体力や筋力は鍛えておく必要がある。

 何があるか分からない世の中だからこそ、能力に頼らずに戦う術も必要になるのだ。

 

 ランニングの折り返し地点である天野橋に差し掛かった。この橋を越えれば隣の市に行くことができる。


 そういえば、この時期だったか……。と、過去にあった出来事に思いを馳せる。

 人生の中で出会うことはないと思っていた怪異、『ヴァンパイア』と遭遇したのは。


 その出会いは酷いものであった。まあ、『ヴァンパイア』と出会うこと事態が大変なことなのだが……。


     ・    ・    ・


1年前

 今日も日課としている体力づくりのためのランニングをこなしていた。

 ランニングコースは基本的に街灯に照らされて、走りやすい歩道を選んでいる。


 もう少しで折り返し地点となる、天野橋に差し掛かる。

 あとは家に帰るだけと思うと、気持ち走るペースが上がる。


 天野橋に到達したので一旦足を止め、振り返り、先ほど走った道を戻るため足を上げようとした時、後ろから金属がぶつかり合う音が聞こえた。


 事故か? 犯罪か? それとも喧嘩か?

 何にせよ面倒ではあるが、現場を見て状況によっては警察に通報をするか。と、気が乗らない足取りで橋を渡っていく。


 しかし、目の前の光景はそんなものではなかった。

 街灯に照らされて、3人の男女が血だまりの上に座りこんでいた。


 金髪の美女。その近くに髪を片側に伸ばしている端正な顔立ちの青年。

 髪をオールバックにして後ろ髪を縛った、武骨な顔をしている壮年と思しき男。


 青年と壮年の男が体中から血を流している。

 何かの事故かと思ったが、橋の上には3人の男女以外見当たらなかった。


 金髪の美女がこちらに気付いたのか、泣き出しそうな顔で口を開いた。

 「お願い……。助けて……」


 引き寄せられるように、3人の男女の元へ駆け出した。

 先ずは救急車では? と、考えながらも、足は止まらなかった。


 3人の男女の元に駆けつけた時に気付いた。

 橋の奥から、3人の影がこちらに向かってくる。


 街灯に照らされた3人の影、もとい3人の男と思われる人物の姿を見て、恐怖した。


 ナイフなどと言うものではない。

 何か凶暴な、凶悪なものを殺すために特化したような物。というより武器を持っていたからだ。


 奥から来る3人の男に止まるよう声を掛けようとした。

 その時、両腕に痛みが走った。青年と壮年の男が自分の腕に噛みついていたのだ。


 しかし、痛みは噛みついたというより、鋭い物が腕に入り込んでくる感じだ。

 何かを吸われる。何かが抜かれていることを感じていると、体に力が入らないことが分かった。


 「すまない……」

 金髪の美女が悲しそうな顔でそう言った。その表情を見つつ、気が遠くなっていく。


 いや、気をしっかり持て! と、自分を叱咤した。この者達の正体が『ヴァンパイア』と思われるからだ。

 怪異の頂点に立つ者が、何故……。


 そんな考えを吹き飛ばすように、青年と壮年の男が3人の男に飛び掛かって行った。

 その速さは人間とは思えないものであった。やはり彼らは……。


 青年はガタイの良いひげ面に飛び掛かり、レイピアらしきものを構えて対峙した。

 ひげ面の男は、片刃のドデカいチェーンソーのようなものにエンジンを掛ける。


 壮年の男は刀、まさしく日本刀を抜く。対峙した相手の男は髪をツンツンに立てた若者で不敵な笑みを浮かべている。

 両手に自分の身長ぐらいはありそうな、ギザギザの刃と柄がちょうど半々な長さの長物を持っている。


 奥にいるもう1人は良く見えないが、肩からデカい物をたらしている。

 その影形から、ここからでも物騒さが伝わってくる。


 青年も壮年の男も相手の攻撃を避けながら、隙を見て攻撃しているようだがキレが悪いように見える。

 むしろ相手の手数の方が多く、防戦一方といった感じだ。


 このままでは、『ヴァンパイア』と思われる者達が退治されるだろう。

 そう思っていると、奥にいる男が肩に掛けていたものを腰で支えるように持ったのが見えた。


 その武器と思しきものの一部分に白い光が電気のように走った。

 そのことにより武器の形が見えた。あれは大砲だ……。


 そう思っていると、更に光が強くなっているように見えた。その砲口の向く先は、青年の方だ。

 ひげ面の男が一瞬だけ奥の男を見た。青年には奥の男の行動は、ひげ面の陰となって見えてない。


 奥の男の大砲が放たれる瞬間、ひげ面は横に飛び退いた。

 青年に火球が射出された。その火球を見ることになるのは、ひげ面が視界から消えた後だ。

 

 「群青百足!」

 右手を握り拳で突き出し、手の甲から群青色をした百足を飛び出させた。


 鼓膜に響く爆発音と、橋を揺するような振動が届いた。

 その爆発が生み出した煙がはれると、青年の前に火球の残り火とうねうねしている百足の姿があった。


 ヒゲ面は何があったのか理解できていない表情をしている。

 奥の男も砲口を下げたことから、少なからず動揺しているようだ。


 「やってしまったぁ……」

 やらかしてしまった事を思いのまま口から漏れ出てしまった。

 こうなっては、『ヴァンパイア』と思われる者達を助けるしかない。

 完全に彼らを敵に回してしまったのだから。


 「2人共! 飛べっ!」

 そう叫ぶと、群青百足を限界一杯に伸ばし、円を描くように大きく振った。

 青年と壮年の男が戦っている所には、地面を削り取るように低めに振るい、後ろ側に回す際には少し高めに振り抜いた。


 群青百足がなぎ倒した街灯により、橋に暗闇が訪れた。

 3人の男達の前には削り取った橋の表面が塵芥になって、視界を遮っている。


 今は逃げるしかない。金髪の女性は後ろにいるが、他の2人は?

 そう思う前より早くこちらに飛んできた。


 「とりあえず逃げましょう。人通りが多い所に行けば、やつ等も無理はできないはずです」

 『ヴァンパイア』と思われる者達は黙って従ってくれたようだ。


 タクシーが停車していたので、声を掛けると血にまみれた2人を見ると、乗車を拒否しようとした。

 だが、金髪の美女が助手席のドアを開けて座ると、後部座席のドアが開いた。


 とりあえず俺の自宅へ行こう。話はそれからにしよう。


     ・    ・    ・


 自宅は天野原市の外れにある。昔の洋館風の作りだ。

 中も多少は日本に合わせた所もあるが、玄関を開けると洋館らしく玄関ホールが迎えてくれる。


 「この家に入るには、この家に敬意を払ってください。この家は生きています。

 家自体が怪異となっているのです。仲良く接するためには、まずは挨拶です」

 いぶかしがる3人に、挨拶をしましょう、と改めて言って、先ず自分から実践して見せる。


 「ただいま~」

 ホールの上にあるシャンデリアが少し揺れた。


 「こんな感じでお願いします」

 3人は、やはり納得できていないような顔をしていたが頷いたので、とりあえず了承したようだ。


 「じゃまをする」「失礼します」「厄介になるぞ」

 それぞれが誰もいない、自分しかいない家に挨拶をする。


 またシャンデリアが少し揺れ出した。

 「どうやら歓迎してくれたみたいですね。ここはそれなりに安全と思いますよ」

 家の中に歩みを進めながら、3人に向けて言った。


 「とりあえず、聞きたい事がお互いにあるでしょうが。こんな時に不謹慎かもしれませんがお茶にしませんか?」

 食堂にしている、調理場の扉を開けて3人に手招きをする。

 まだ納得できていない、いや、信用できていない顔をしている。


 先ずはこちらから話す必要があるだろう。

 「コーヒーか紅茶、緑茶、何にしますか?」


 一応、4人用のテーブルの椅子にそれぞれ座ってもらう。

 1人暮らしなので、あまり広いとは言えないテーブルの為、お互いの距離が近い。

 まぁ、これでお互いについて話す機会のセッティングができた。


 「返事がなかったので、家が好きな匂いの紅茶にしました」

 透き通るような赤い色をした紅茶を、3人の前に1つずつ置いていく。

 あとは自分の分を置いてトレイを元の場所にしまう。


 「さて、では何から話し始めましょうか……。まぁ、私の話の方が早いと思いますから。私が何者なのかをお話しします。

 そこからは自分語りになる。自分の名前、探偵業をしながら怪異を処分していること。

 禍ツ喰らい、祝福の手、不死の体……。とりあえず思いつくことは言った。

 3人は紅茶を飲みながら、話しを黙って聞いていた。


 青年が最初に口を開いた。

 「…先ほどはお助けいただき、ありがとうございました。

 お話を聞く限りでは、あなたも私達と同じような種族ということでしょうか?」

 種族……。まあ、大きなくくりでは同じかもしれないが……。正しい返事をしなければ。



 「残念ながら人です。人とは思えない力を持ってますが、あくまでも人です。

 あなた方は…『ヴァンパイア』ですね……?」

 紅茶を飲んでいた金髪の美女がその言葉に反応した。


 「そうじゃのう。お主の言う通り、わしらは『ヴァンパイア』……。

 そして、橋の上で戦っていた相手はハンターじゃ」

 金髪の美女の言葉で、改めて納得できた。

 しかし、美女の放つ妖艶な魅力に、思わず引き込まれそうになってしまう。


 「どうした化け物人間? わしの顔に何かついておるか?」

 意地悪そうな笑顔で言うと、美女は紅茶を飲み干した。

 慌てて首を横に振り否定した。思わず見惚れてしまったと言う訳にはいかない。


 「化け物人間とは、また……。まぁ、いいです。あなた方が狙われること、狙う者がいることはだいたい分かります。

 あなた方の存在を否定する……。許さない者達……」

 基本的に忌み嫌われる怪異の中でも『ヴァンパイア』は特別危険視され、恨みを買っている。


 「あなた方が何をしたか。何もしていないかに関係なく、彼ら…ハンターは狙ってきます。

 そんなあなた方に聞くのもなんですが、彼らに感ずかれるようなことをしましたか?」

 狙われた『ヴァンパイア』はまず見つからないように身を隠すはずだ。

 そんな彼らに見つかった。見つからないように動く『ヴァンパイア』が……。


 「正直、あなた方の力があれば、ハンターから逃げるのも、同じ人数で対峙しても勝てるでしょう。何故、2人だけで戦ったんですか?」

 こちらの問いにも3人共、何も語らない……。時間だけが過ぎていく。


 「言いたくないなら、それも良いでしょう。ただ、今回のことで彼らは私を敵と認識したでしょう。まあ、自分で撒いた種なんですけどね」

 後頭部に手を当てて、軽く笑った。


 その言葉に、金髪の美女は大声を上げて笑った。

 「いやぁ、すまぬ。お主も人が良いのじゃな。

 人に味方すべきものを、『ヴァンパイア』である我々を助けるようなマネをするからじゃ」

 至極、真っ当な話だ。こうなったのも、後先考えずに動いた結果だ。


 「そうですね。まあ、美女の助けを断るのは男が廃りますしね」

 こちらも笑いながら言った。

 壮年の男性が少しだけ顔がほころばせる。青年も柔らかい笑顔も見せた。


 「と、まあ、あなた方が話したくないのなら、それは仕方がありません。

 先ず考えるべきことがあります。…ハンターを撃退することです」

 言ってみたは良いが、少し苦い気になった。

 ハンターとはいえ、人間だ。それを撃退するとなると……。


 俺の言葉に3人共、少しだけ反応した。

 「いや、これは私自身を守るためのことです。あなた方が逃げるのを優先するなら、それはそれで良いです。

 私だけで、彼らを何とかする方法を考えます」

 わざわざハンターと対峙するよりも、逃げる方を優先したくなると思うが。


 そう思っていると、壮年の男が初めて口を開いた。

 「お前1人で何とかなるような相手と思っているのか?

 やつ等は手練れだ。恐らく『ヴァンパイア』を何体も葬ってきたハンターだ。

 それをお前1人で? 何か策でもあるのか?」

 壮年の男が言うことは全く持ってその通りだ。


 「はっきり言って、厳しいでしょうね。ただ、幸いな事に『ヴァンパイア』のような弱点を持たない不死の体です。

 それ以外にも、戦う術はあるので追い返すことはできるでしょう。

 しかし、そうなると私もこの街を離れないといけなくなります。それは私にとっては寂しい話です」

 そう、不死なのだ。首を刎ねられようが、心臓に杭を打たれようが、修復されるのだ。


 壮年の男が目を瞑って、また黙り込む。何を考えているのだろうか。

 すぐには見つからないと思うが、ハンターがこちらに気付くのも時間の問題なのである。

 何せ、こんな金髪美女が移動すれば、情報はいずれ彼らの元へ伝わるだろう。


 沈黙が続く。

 紅茶の2杯目はどうか? と、聞いてはみたが反応がない。

 こうして見ると怪異の頂点が頼りなく見えてしまう。


 「ここまで色々してもらって話さないのは、さすがに不義と言うものじゃな……」

 少し目を伏せながら、金髪の美女が口を開いた。


 「薄々気づいているかもしれんが、わしは戦えん。今は戦うことができん……。

 それは…わしが子を孕んでいるからじゃ」


     ・    ・    ・


 金髪の美女の言葉に開いた口が塞がらなかった。


 通常、『ヴァンパイア』は相手の血を吸う際に自分の力の一部を与えることで、眷属を作る。

 もしくは自分の配下を作るために血を吸って、唾液を注入してグールを作る。


 しかし、子供を作る……。聞いたことがない話だ。

 性行為はできるかもしれないが、子供が生まれたという話は知らない。


 そんな困惑した顔を金髪の美女は微笑みながら見て、話しを続けた。

 「もう100年以上前になるかのぉ…。この国ではあまり『ヴァンパイア』が活動していなかったからか、過ごしやすかった。

 わしらはある男を魅了し、家と食料を確保して束の間の休息を楽しんでおった……」

 黙って話しを聞く。壮年の男も青年も口をつぐんでいる。


 「そんな時にわしは、ある男と出会った……。この子の父親にあたる男じゃ。

 わしには相手を魅了する力がある。しかし、その男には使っておらぬぞ?

 長くなるから省くが、わしはその男と一緒に時を過ごしたいが為、同じ『ヴァンパイア』になって欲しいと思いを伝えた。あやつもそれを快く受け止めてくれた」

 素敵な話をしていると思っていると、少しだけ金髪の美女の顔が強張った。


 「『ヴァンパイア』となったあやつと過ごし、まぐわい、愛を語りあった……。

 しかし、おとぎ話のように幸せな話しにはならなかった。

 あやつに『ヴァンパイア』の血の力が定着しきらなかったのだ」

 それでは、その男の人は『ヴァンパイア』の出来損ない…グールになるのか?

 こちらの疑問をよそに、話しが続けられた。


 「目から、鼻から、口から、体中から、血を垂れ流して…血を流しながら、わしに近寄ってきた、血が欲しいと言いながらな……。

 わしは信じたくなかった……。愛した男がそのような姿になっていくのを」

 それはそうだ。自分の愛した人間が醜くなってしまえば、誰だって動揺する。

 理性を失ってしまった怪物になってしまえば…尚更だ。


 「わしは…あやつを殺した。殺したくて殺した訳ではない……。ただ、あやつを苦しみから解放してやりたくて……。

 わしの思い出を綺麗なままにしておきたかったのじゃ……」

 思い出……。忘れていくものも多いが、楽しく輝いた思い出なら汚したくない気持ちは分かる。


 「そうして何年、何十年か経ち、自分の変化に気付いたのだ。

 自分の腹に子がいることを…あやつとの子が。あやつとわしの子が……」

 金髪の美女は自分のお腹に目をやり、寂しそうになっていた顔を引き締めなおした。


 「それ以降は、先ほどの通りじゃ。ハンターから逃げ、この子を守っておる。

 いつか生まれるその日まで、じゃ」

 なるほど。これで合点がいった。彼らが2人だけで戦っていた意味。


 金髪の美女がその力を最大限に発揮して戦わないこと。すべては彼女の子を守る為。

 大きな負荷や体に傷を負えば、お腹の中の子供がどうなるか分からないから……。

 ハンターにバレないように吸血行為もままならないまま、あんな厳しい逃避行を続けていたのだ。


 金髪の美女はそれ以降、口を開かなかった。

 それはそれで良い。そんな過去があったことを、ちょっと前に会った男に話してくれたのだから。


     ・    ・    ・


 「なら、余計に戦わないといけませんね」


 金髪の美女だけでなく、3人に向けて言った。

 何故なら2人の男はこれが分かっていながら、彼女を守っているのだから。


 「本当によろしいのですか? あなたは同胞を殺すことになるかもしれませんよ?

 あなた方の世界では許されない話ですよね?」

 青年は真面目な顔をして聞いてきた。これも至極、真っ当な質問である。


 「まあ、確かにそうですね。では、私はお手伝いに徹しましょう。

 ハンターの撃退はあなた方に一任するということでどうでしょうか?」

 青年は信じられない、といった顔をしている。まあ、そう思うだろうね、と心の中でつぶやいた。


 「俺たちを助けて、お前に得があんのか?」

 壮年の男が目を閉じたまま、問いかけてきた。

 これまた至極、真っ当な質問である。わざわざ自分から危険を冒す必要はない、が。


 「まあ、そういう性分なんでしょう。騙されることもありますが、結局、助けてしまう。

 助けたいと思った…理由はそれ以外に必要はないと思ってます。

 まあ、自分から率先して貧乏くじを引くこともありますけどね」

 最後におどけて言うと食堂に笑い声が溢れた。自分だけでなく、3人も各々の笑い方で。


 「それでは、やつらとどう対峙し、どう戦うか。それぞれの力、能力を話し合いましょう。…それと、お名前を教えてください」

 自分の名前しか語っていなかったことを、最後に思い出した。


     ・    ・    ・


 金髪の女性はリリエール、青年はシュタルク、壮年の男はマゴロク。

 まあ、偽名かもしれないが、怪異に本名は弱点になることもあるので、その名前で呼ぶことにした。


 『ヴァンパイア』の力は個人差がある。しかし、2人の力自体は大きな差はないらしい。

 あとは固有の能力だが……。これは血を使ったものが多いと聞く。

 自分にとって最も重要な血を使うことで力を使う。何とも皮肉な話しだ。


 2人の能力を確認し、自分の立ち位置を考える。

 2人の戦いを最小限かつ、最も効果的に援護し、ハンターを撃退してもらう。

 それが殺人になるとしても……。


 「無理している顔をしているぞ」

 マゴロクが声を掛けてきた。殺人…怪異を処分する時とは違うのだから。


 「お前は、うちのお姫様だけを守ってくれりゃいい。あとは俺らで何とかするからよ」

 マゴロクの言葉に同調するように、シュタルクも頷いた。


 2人の顔を見て、少し肩の荷が下りた。

 しかし、敵は3人だ。1対1ならば分かるが、数で劣るこちらが厳しい。


 考えるのは、あの奥にいた1人の男。

 あの厄介な武器を抑えることができれば、あとは2人に任せる。そう決めた。


 「おお、そうじゃった。忘れていたことが1つあったわ」

 うっかりした顔をして声を上げると、リリエールはこちらに向かってきた。


 「お主、不死なのであろう? 人間なのであろう? ならば、ちょこっとだけ血を貰えぬか?」

 ああ、そうだった。リリエールはともかくとして、マゴロクやシュタルクはかなり傷を負っていたはずだ。

 血液の補充は欠かせない。


 「気が乗りませんが仰ることに間違いはないし、戦う為には血液を満タンにしないと、勝てるものも勝てませんからね。

 ど~ぞ、お吸いになってください」

 まあ、吸われても修復、補充されるから良いとして、男に吸われるのは気が乗らない。


 「それでは失礼するぞ。なに、わしの吸血は快感を味わえるから安心せい」

 いきなり抱きしめられ、耳元でそう呟くと、首筋にに少しだけ痛みが走った。

 言われた通りだ。すごく気持ちよくなってきた……。このままでいたいぐらいだ。


 リリエールが吸血を終え離れると、先ほどの気持ち良さがなくなっていく。

 名残り惜しい気すら湧いてくる。これが麻薬中毒者の気分なのか?


 「じゃあ、俺たちも吸わせてもらうか。さすがに男から抱きつかれたくないだろうから、前と同じように腕から吸わせてもらおうか」

 マゴロクの気遣いが嬉しい。男と抱擁する趣味はない。


 両腕を出すと、シュタルクが礼儀正しく頭を下げ、失礼します、と言った。

 マゴロクは何も言わずいきなり噛みついてきた。


 腕に尖ったものが食い込む痛みと、血を吸い取られてく不快感がリリエールの時とは大違いだと思った。

 むしろ3人同時に吸えば良かったのでは?


 吸血を終え、一先ず補充は完了した。だが、休息も必要だろう。

 「とりあえず、今日は休みませんか? 客間もありますし、日光が苦手なら地下室もありますよ?」

 3人共、この提案に乗ってくれた。


 日光は直接浴びても全力が出せなくなるくらいの影響しかなく、銀の銃弾なども自分達には効果は薄いという。

 それでも一応は客間のカーテンをキッチリ閉めて日光が入るのを塞ぐことにした。


 やつ等がここに気付く前に、片をつけるのだ。『ヴァンパイア』を助けるために……。

 怪異を助ける……。処分屋としてはどうかと思うが、依頼はすでにリリエールから請けているのだ。


 『お願い……。助けて……』と。

 それが例え血を吸うために言った嘘であったとしても、助ける理由としては十分だ。

 そう自分に言い聞かせて、眠りについた。

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