Ⅱ「...なにやってるんすか?...エレン。」
転生(てんせい, てんしょう)とは、
1 生まれ変わること。輪廻。
2 環境や生活そのものを一変させること。
−Wikipediaより抜粋−
「...これ...現実なの...か...?」
布団に転がったまま、手を上げて見てみる。信じられない。アニメの世界に、しかもヒロインに転生するなど、聞いたことがない。むしろあったらすごい。けれど、たしかに俺は此処に居る。声は女の子のものだし、布団に広がる銀髪もエレンそのもの。事実、そう言われればそうなのかもしれない。果てることなく続くような道も、鼻孔をつつく美味しそうな香りも、滑らかに感じる料理の味も。物の質感も一つ一つが、全て、夢にしてはリアルすぎたのだ。
もし、本当に転生してしまったのなら、どうするか。よくある小説だと、異世界に転生する場合はイケメンだ。勇者の立場になる。そして夢のハーレムを作り上げる。しかしこの世界には、既に勇者はいるし、超絶ハーレム作られてるし、なにより自分自身がその一員だ。...そんな小説見たことねえぞおい。するべきことが見当たらない。
「せめて男だったならなぁ...」
別のハーレムも作れたというのに。そういっても自分が美少女であることは変わらない。色々考えているうちに日が明るくなっている。ローマ数字で描かれた時計の針も、朝5時をさした。ここの朝は、アニメ通りなら早い。すでに何人かは起きて準備をしているだろう。
ふと、思った。そういえば、この作品は少女同士でのスキンシップも盛んだし、仲がいい。主人公の取り合いもするが、基本は主人公とよりも会話をする。きっと製作者が女の子をたくさん喋らせたいと思ったからだろうが。家事をこなしている家庭的ツンデレ美少女アヤは、エレンの幼なじみだ。お互い大好きで、天気の悪い夜はアヤが怖がるため、一緒に寝る間柄。イヴはエレンに甘く、ユウリもエレンを大切にする。ふむ。
これは、適度にヒロインやりつつ女の子と仲よくすれば、誰も傷つかないね!残念ながら押しキャラであるエレンになってしまったので、仲良くすることはできないが、仕方ない。
自分の担当である、近距離重攻撃。きっと小さな女の子が大きなものを振り回すことに萌えるのであろう製作者は、一番小さなエレンを、大きな斧などを振り回す超怪力少女にしてしまったのだ。
傍らにおいてあり、一際異彩を放つ武器、大斧。手にとって見る。軽く持ち上げる。軽く振り回す。ラクラクだ。どうやら中身が変わってもそれは健在らしい。
「よっ...と。」
試しに大量にあるクッションの一つを割いてみる。破壊力。一発で千切れた。中の綿がぶわっと舞う。少し面白い。もう一発...
「...なにやってるんすか?...エレン。」
「はっ...ち、違うんだ!これは!」
「...エレン、口調まで崩壊してるっすけど...」
いつの間にか入っていたイヴは、怪訝そうに眉をひそめている。動揺のあまり素の口調になってしまった。
「違うんだよ!えとね、練習!斧の練習してたの!」
「...ええ、そうっすね。うちはわかってます。分かってますから。」
最早口調すら忘れ、にこりと笑うイヴは、これ以上の言い訳を聞かずに走ってどこかへ行ってしまった。果てしなく嫌な予感がした。
「エレン。なにか悩みがあるなら、教えろよ。力になるから。」
ダイニングルームへ行くと、慈愛に満ちた表情のサクヤたち。イヴの話だけじゃなく、昨日のアヤの話も聞いたのかもしれない。
「あ、あのねサクヤ。特に悩みなんてないの!気にしないで欲しいかな!」
「でもエレン。昨日からなんか変だよ!寝坊しちゃうし、急に散歩に行って隣町へ行っちゃうし。」
「クッション斧で割いたりするのは...んー、やっぱりなんかあるんすかね。」
「ぁー...ぅー...」
実は俺、昨日からエレンじゃないんだと言ったら本格的に病院行きだろう。それは避けたい。どうするか、考えろ、考えろ...!
「え、えとね...さっきおっきい虫を見つけてね...クッションの中にはいっちゃったから、パニックになっちゃったの!」
「あー、そうだったんすか。たしかに錯乱してたように見えたっすねー。」
「いつものように僕に言ってくれれば、逃しましたよ。」
「もう、エレンってば、びっくりさせないでよねー!」
苦し紛れの言葉に納得がいったようで、口々にいうと、朝食の準備を始めだした。
.........。それ以外の件は解決してないけどね。俺も手伝うとしよう。美味しそうなアヤの手料理。今日はみんなで食べる。
「エレン、今日はどうする?クエストいかなくても...」
「ううん、行きたい!」
むしろ行かせてください。何しろ、アニメでの見どころは1にヒロイン2に女キャラ、3は戦闘と言われるほど面白い。何しろ。
「うわああああああ、エレン!危ない!」
「いいの、早く攻撃を!」
雑魚相手でもボス相手のテンションなのだ。強くはない。絶対勝つけどこれなのだ。最初からクライマックスを保ち続けている。