Ⅰ「なんで散歩で隣町まで行っちゃうのさ!」
せっかくだし、外も見てみたい。俺の妄想力も頑張っているようで、ひと通りの部屋を覗いてみたが、全てがリアル。エレンの部屋にあるぬいぐるみのもふもふ感も、細部までがしっかり作られている。水道水まで生温く、実にリアルだ。これなら外も出回ってみたい。そういえば最近、リアルでは外に出ていないし、たまにはありだろう。
「アヤ、お散歩に行ってくるね!」
「うん、りょーかーい。」
そういうと、お留守番のアヤは玄関先まで送ってくれた。
外に出てみると、人通りの多い大通り。流石は遥日。流石は俺。周りには超ハイレベルな美少女と、明らかに手を抜いた感のある男キャラ。別にブサイクというわけではないが、全員が似たりよったりの平凡な顔立ち。うーん、最高だ。アニメの製作者だというのに美少女だけの世界でいんじゃね、とか言い出すだけあるな。
男キャラで丁寧に作られているのはたったの三人。主人公(超絶二枚目)サクヤ、パーティーメンバー(男の娘)ユウリ、魔王(超絶不細工)のみだったと思う。男の分の意欲とやる気と技術を全て女子キャラに回したため、他のアニメならヒロインを努められそうなほどの美少女がごろしゃらといる。幸せ空間だ。
試しに歩きまわってみる。見た目は小さい女の子だが、異世界住民なだけあり、ヒキニートの俺よりも体力があるようだ。町並みもアニメの完全再現か。再現されてないところも見てみたいな。これはせっかくの夢だ、俺の妄想力の限界を試すとしよう。
大きな協会。ギルドに商店街。物が浮いて販売されたりしているのに、誰も何も思わないあたりが【The 異世界】って感じがするね。見回していると、楽しくなってくる。歩くと、見たことのない町並みも見えてくる。
まぁ、そんなことしていれば、帰り道もわからなくなるんですけど。
「...ヤバイな。」
冷や汗。ここ何処。少し暗くなってきている。忘れていたけど俺は、方向音痴だったなぁ。今更だけど。現実世界以上に知った地形なのですっかり見落としていたが、知らない場所まで行ったら帰れるわけがない。別にエレン自身が方向音痴ではなく、ただの俺の性質だからこそ質が悪い。
これでは夢が覚めるまで迷ったままだろう。
「イヴ...ユウリ...」
せめて夢が覚めるまでに、リアルな他のメンバーにも会いたかった。涙が出てきた。すごく悔しい。
「えぅっ...うう...」
中身は俺だが、容姿も声もエレンのもの。泣き声まで可愛い。それももう、もうすぐ終わる。さよなら、アヤ、エレン(の見た目)。さらば異世界。俺は、現実世界で画面越しに見続ける。そう思い、夢から覚めようと努力を始め...
「...エレン!」
名前を呼ばれた。振り返ると、唯一のイケメンサクヤの姿。
「......サクヤ!」
なんか胸がときめくぞ。男相手に何やってんだと思ったが、一応メインヒロインのエレンなのだから、残っているエレンの要素だったのだろうと納得しておく。
「なんで散歩で隣町までいっちゃうのさ!」
サクヤにおぶさり、拠点である家までつくと、ほおを膨らませたアヤの姿。入ってきてそうそう、涙目で抱きついてきたアヤはそれから説教モードだった。
「まあまあアヤ。無事だったんだからよかったんじゃないか?」
「そうっすよー。うちらの行動範囲じゃないけどなんか買うつもりだったんじゃないっすか?」
「ほらっ、それよりご飯、食べましょう!」
サクヤやイヴ、ユウリがそんなアヤをたしなめてくれている。まだ怒り心頭の様子だったが、渋々引き下がるアヤ。
「.........ごめんなさい」
そう言ってうなだれていると、サクヤは気にすんな、と肩に手を置き笑った。サクヤさんマジイケメン。
夜。俺は流れるように過ぎた日を思い出す。イヴやユウリ、アヤも可愛かったし、サクヤはイケメンだったし、街も再現されていた。そしてエレンも非常に可愛くて、幸せな夢だった。
「...おやすみなさい」
きっと寝た途端に目が覚めるタイプの夢だったのだろう。俺は、ゆっくり目を閉じた。
キキーッ
急ブレーキの音。迫ってくる赤い車。鈍い痛み。眠気。
そうだ俺は、とっくに死んでいた。
それなら?なぜ俺はこんな...
「!!」
目が覚めた。ベッドはやっぱり、女の子の使う可愛い布団で、手はやっぱり小さい。今気づいた。
俺は、転生してしまったんだ。