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とある王女の恋物語・番外編

護衛騎士達の休息

作者: 藍田 恵

 代々賢王が統治するリブシャ王国は、美しい自然と豊富な資源に支えられた、近隣の国々にとって憧れの地である。

 温暖な気候のお陰で食糧も豊富で、人々の気性は穏やか、女性は美人が多いと評判だ。

 その暮らし易さから移住を希望する者も多いが、婚姻以外の理由で移住する場合には様々な制約があり、ていに言えば婚姻以外の理由でこの国へ移住することは不可能だった。

 それに加え、外国人がリブシャ王国内の宿泊施設に連泊出来る日数には上限がある。たとえ知人の家に滞在するとしても、リブシャ王国での滞在期間は長くても半年という決まりが設けられていた。


 ただ、何事にも例外というものが存在していて、移住に近い形でリブシャ王国で長く暮らす方法がひとつだけあった。

 この国は兵力が極端に弱い。主に軍事力で支援しているワイルダー公国の騎士団の入団試験さえ通れば、勤務地としてリブシャ王国を希望することが可能だ。

 リブシャ王国の同盟国であるワイルダー公国の騎士団は、その統治領の広さから、出身国は問わずに実力主義で騎士を登用していくという方針を採っている。

 リブシャ王国以外の国の殆どが資源に乏しく、飢餓に苦しんでいるという事実からも、入団試験は毎年数多くの腕に覚えのある若者達が各国から殺到した。

 勿論、希望の地に配属が決まるまではワイルダー公国で騎士道を叩き込まれ、男しかいない荒れ地で数年みっちりとしごかれ、悪夢のような日々を過ごす。その間にの国での適性を試されていると言った方がいいのかも知れない。

 殆どの若者がリブシャ王国での勤務を希望する中、実際に入団してから10年以内にの国で勤務出来る人数は常に一桁台だった。それは16になるとほぼ結婚が決まってしまうリブシャ王国の娘との結婚は無理であることを暗に示す。

 ただでさえ女性が少なく、適齢期の娘も少ない。美人となるともっと稀少だ。

 年齢の釣り合った異性の相手に出会えるだけでも僥倖と思わねばならないこの状況で、しかし更にその上を行く程の幸運にありつけた若者達がいた。

 ワイルダー公国第三王子の私兵という位置付けで配属されていた、隊長はまだ少年とも言っても良い程の年齢の、しかも王城ではかなり軟派な集団と看做みなされている隊の若者達がそれ(・ ・)だった。

 実はこの若者達は第三クレイ王子が個人的に選び抜いた精鋭達であったのだが、如何いかんせん年若く、まだまだ騎士修行が足りないという点は誰も否めない。

 だからこそ、この王子がリブシャ王国へ第一エルマ王女の婚約者候補として赴いた後、まさか自分達までの地に赴くことになろうとは、この隊の誰一人として予想していなかった。

 ましてや、誘拐されたエルマ王女救出の為にリブシャ王国どころかハーヴィス王国にまで出向き、そうこうしているうちに王子の結婚相手が決まり、そして一度ワイルダー公国に帰国したにもかかわらず、再びリブシャ王国で王子の婚約者が住む村の警護を命じられることになるなどとは。

 村の治安は申し分ない。これといった小競り合いもなく、本当はこの村の住人に警備なんて全く必要ない。

 小さな村に一個連隊の騎士達というものものしさは、無事に王子との結婚式が終わるまで婚約者サラに擦り傷一つ負わすなという、王子からの厳命のせいだった。

 最初は王子の過剰な心配だと笑っていた騎士達は、すぐにこの措置が決して大袈裟ではないことを思い知った。

 この婚約者は、エルマ王女の腹心の友ということもあり、王女に会いに度々王都へ通う。

 王都までの警護については何ら問題ない。移動中の警護など、むしろかなり楽な仕事だ。

 騎士達にとって問題だったのは、村での警護のほうだった。

 サラは毎日のように森の中へ消えた。

 王子から彼女の普段の生活の邪魔をするなと言われている以上、森へ行くなとは言えない。

 彼女の家族にも子供の頃からああだから心配しなくても良い、放っておいても構わないと言われるが、森にはどんな危険が潜んでいるか分からない。

 そもそも任務の性質上、彼女の行動を傍観してはいられないのだ。

 そうしてサラの後を追っても大抵途中で撒かれてしまう。広い森の中を騎士達は大捜索し、とうとう諦めて村へ帰ると当のサラは家に戻って涼しい顔でお茶を飲んでいる、という光景が既に日常となっていた。


 そんな苦労を重ねる彼等の心のオアシスは、若く美しく、面倒など一切起こさず、しかも独身でもあるサラ以外の村長むらおさの娘達だった。

「え? お前は本の虫のほう?」

 宿舎代わりに提供された家で、一日の疲れを慰労しながら杯を傾けた彼等は、毎日婦人会に提供されている夕食に舌鼓を打つ。

 今夜の話題もおさの娘達だった。誰が一番好みか、というありきたりの、しごく身勝手な、しかし罪のないものだ。

「俺は菓子作りの上手いほうが好みだな」

「あのが作る菓子って、本当に美味いよなぁ。俺、甘い物好きなんだよね」

「どうしてケイトさんの次にセレナさんが出て来ないんだよ」

「セレナさんはリブシャ王国の大臣達が是非息子の嫁に、って争っているらしい。王城勤務の騎士が言ってた。俺達ワイルダー公国のモンに入り込む隙があるとは思えないだろ」

「じゃあケイトさんこそ無理なんじゃねーの? 村長むらおさの長女だろ」

「ジェスさんだって、王城で働いてる独身男達が狙ってるって聞いた」

「だとすると俺達に望みがあるのはマイリくらいか。でも、まだまだ子供だしなぁ。俺、そんな趣味ないし…」

「当然だな。第一、マイリに手を出そうとしたらデラ隊長に瞬殺されちまう」

 実は真剣に結婚相手を探している彼等は、現実に戻って溜息を吐いた。

「所詮ケイトさん達だって、俺達にとったら高嶺の花だよなぁ」

 この村での任期は長くて三年。要は第三王子の結婚式までだ。今の夢のような暮らしは期限付きで、いずれ過酷な騎士団の生活に戻る。結婚相手を見つける好機チャンスは今を逃すともう無いかもしれないことを考えると、ついぼやきたくなる。

「本来なら、王侯貴族くらいしか彼女()の相手にはならないもんな。リブシャ王室に縁のある家系なんだし」

「そう考えると、クレイ王子は本当に上手いことやったよな。王室じゃないにしても、サラさんも高貴な身分なんだろ?」

「詳しくは知らないけど、そうらしい。エルマ王女と破談になっても、何ら支障はきたしていないくらいだからな。本来なら、リブシャ王国から国交断絶されてもおかしくないだろ」

「ありえねー。あんなにキレイなお姫様との婚約話を…。よく断ろうなんて思ったよな」

「しっ。滅多なこと言うなよ。デラ隊長の耳に入ったら命がないぞ」

「でもさ。サラさんだったら、王子が惚れても仕方ないよな。あんなに美人な女剣士、どこ探したっていないって。俺、サラさんに振り回されてばっかりだけど、実は嬉しくてしょうがないんだ」

 その一言に全員が頷く。

 何だかんだ言っても、自分達の上司を射止めたサラは騎士達かれらの一番人気だった。

 サラの名前が出ると、淀みがちになっていた空気は一気に明るくなる。

「毎日の追いかけっこのお陰で、俺達も体をなまらすこともないし、退屈しなくて済んでるもんな。一緒に王都に行けばエルマ王女の姿も見られるし」

「たまにエルマ王女からお茶菓子貰えるし」

「本当に菓子が好きなんだな、お前」

「いいじゃないか、別に。あ、そういえば冬が近くなってきたからそろそろ乗馬の練習も終わりだな。王都へ行く用事が減っちまう。城下町の酒屋で働く看板娘に会えなくなるなぁ」

「可愛いのか?」

「俺は好みだね」

「ああ、あの娘ね。…しかし、どうして王都でないと乗馬の練習が出来ないんだ? ここでもいいだろ」

「デラ隊長はサラさんの為に選ばれた馬でないと、とか言ってたけど、単に俺達がサラさんに教えたら王子がヤキモチ焼くからだろ。二人に乗馬を教えているのは爺さん連中だぜ。第一、馬ならここで面倒見ればいい訳だしな。ま、エルマ王女が城で一緒に習いたいって言ってるのが一番の理由らしいけど」

「あんなにお転婆な癖に、馬に乗れないところがまた、カワイイよなぁ」

「よく言うよ。森で撒かれた時に、あんなじゃじゃ馬、王子の気が知れないとか言っていた癖に」

「あああ〜。俺、サラさんの乗馬の指導、絶対自信あったのに。わざわざ王都で習わなくたってさぁ。いつもエルマ王女と一緒じゃなくたっていいじゃないか。マイリは俺のお陰で乗れるようになったんだぜ」

「聞き捨てならないな。マイリに教えたのは俺だ」

「俺だって」

「いや、俺だね」

「いいかげんにしろ、お前ら」

 すっかり酔いが回った騎士達に呆れながら、まだ素面の騎士が隊で唯一気楽に会話を聞いている、酒が飲めない騎士に尋ねる。

「…ところで、デラ隊長って今どこにいるんだ? この前ワイルダー公国に用事で戻った時、城にはいなかったけど」

「あれ、知らないのか? クレイ王子とサラさんの婚約式の少し前に、討伐部隊が出発したの」

「それとデラ隊長がどう…って、ええ? あの隊に? せっかくの王子付きの護衛職を蹴ったのか? 信じられねぇ! よりにもよってあんな危険な隊…」

 絶句してしまった騎士に別の騎士が頷く。

「いつ帰って来られるかも分からないからな。もしかしたら一生かかるかも知れないと言われている。俺も初めて聞いた時は驚いたよ。でも、王子がデラ隊長を引き止めなかったことにはもっと驚いた。それだけデラ隊長を信頼しているんだろうけどさ。…ま、とりあえずクレイ王子は暫く城から出ることはないだろうから、護衛は特に必要ないってことで、後任はつけていないそうだ。これは俺の想像だけど、デラ隊長が帰って来たら自分じゃなくてサラさんの護衛にするつもりなんじゃないかな」

「あー…そうかもな。有り得る」

「でもデラ隊長がいないんじゃ、俺達の隊って全く機能しないよな。そうすると、俺達の今後の処遇って…」

「……」

 しばし食堂に沈黙が落ちる。各々(おのおの)が思いを巡らし、そのうち一人の騎士がおもむろに席を立った。

「俺、もう寝るわ。明日の朝早いから」

「早いって、どこ行くんだよ。非番だったろ、お前」

「城下町に行ってくる。ケイトさんが読みたいって言っていた本を見つけたから…」

「あ、それなら俺も行くよ。ジェスさんが欲しがっていた菓子の型を探しに行こうと思っていたんだ」

「俺もセレナさんに似合いそうな髪飾りを見つけてさ」

「俺、城下町で可愛い売り子を見かけたぜ」

「お前は明日休みじゃないだろ」

 そう口々に言いながら、騎士達はぞろぞろと食堂を出て行く。

 そしてとうとう食堂に二人の騎士がぽつんと残された。

「…結構本気で嫁さん探しに向き合う気になったみたいだな」

 やれやれ、といった様子で一人が溜息を吐く。

「仕方ないさ。実際、ここで見つけられなかったら次が無いからな。お前は恋人がいるから余裕だよな」

 殆ど瓶に残っていない酒を杯に注ぎ足して、もう一人が飲み干す。

「そうでもないさ。頻繁にワイルダー公国に戻らないと他の男に盗られちまうから、これでも結構大変なんだ」

「それでちょくちょく国へ帰って騎士団に寄ってるのか。いっそのこと伝令係になればいいのに」

「伝令係ねぇ…志願してみるか」

「状況が許すんだったら、この国にいる間に彼女をここへ呼んで結婚しちゃえよ。子供が生まれれば、そのまま住めるんじゃないか?」

「それはどうだろう。そんな前例はないし」

「前例がないなら、作ればいいだろ。まぁ飲めよ…って、お前は飲めないんだったな。そういえば酒も底を突いてた。代わりに茶でも淹れるか」

「俺が淹れるよ」

 そう言って手際良く淹れられた二人分の茶を、二人はそれぞれゆっくりと飲む。

「だけど、お前こそ余裕なんじゃないか? おさの娘達を狙っていないのか?」

「俺は騎士団の生活が気に入っているから、家庭を持ちたいという気持ちがあまり強くないんだ。…なぁ、さっきの話。結婚の話はともかく、酒が飲めないんだったら伝令係は適任だぞ。俺からも騎士団長に推してやるよ」

「…そうだな。うん、そうするよ。今より頻繁に国へ帰れるし。頼む」

「任せとけ。…ところでお前、茶を淹れるのが上手いな。女が淹れたみたいに美味い」

おさの娘達に習ったんだよ」

「お前…」

 苦々しくなった相手の表情かおを見て、茶を淹れた騎士が笑う。

「このくらいの役得はあって然るべきだろう? 俺だって、エルマ王女救出に尽力したんだぜ」


当初、サラの護衛は少人数の予定でしたが気が付いたら一個連隊になっていました。

大人数の方が牽制し合うので、クレイも安心?

なので会話している人数は、敢えて特定しないようにしています。

後日談としてお楽しみ頂けたら幸いです。

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