プロローグ
櫻舞う、春。
「~♪」
血飛沫の舞う、春。
「ぎゃー!? 人が倒れてるぅっ!? 血だっ! 血だぁっ!?」
「おい! コイツ、顎砕けてねーか!?」
「救急車、救急車ぁ!」
柏崎京。この春から、東京都H市内の私立白鴎高等学校に通う、一六歳。身長は150センチにも満たない超小柄。仲の良い友人達からは、ややマスコット扱い気味だ。長い金髪と、右耳につけた七個のピアスが非常に目につく。カバンを肩に担ぎ、口笛を吹く。後ろの、自分のやった惨事は一切気にも止めない。
ふと視界に見覚えのある姿を見つけると、大きく手を振る。いきなり振られる腕に、通行人が邪魔そうな目で見る。
「おーい、夏織ィッ! おはようッ♪」
「おはよう、けー。……って!? あなたは何でパンツなんか履いているのよ!? スカートを履きなさい!」
長い黒髪のいかにも優等生な少女が、上げかけた手で京を指さし叫ぶ。あろうことか、京は男子学生の制服を着ていたのだ。京は大きく口をあけて笑う。馬鹿な事言ってんじゃねェ、と一蹴。
「ヤだよ、あんなの。蹴り入れ辛ェじゃん?」
「入れ辛くて良いの! あなたはもっと暴力を自重しなさい!」
「暴力って人聞き悪ィなァ。喧嘩だぜ?」
「変わらないわよ!!……って!?血までついてるじゃない!?まだ入学式すら終わってないのよ!?」
「ハッハッハ、細けェ、細けェ」
根っから真面目な、夏織。中学で二人が初めて会って以来、京をまっとうな人間にするとかなんとか言ってついてくる、三連連続風紀委員を務めたカタブツである。風紀こそが正義を信条に、中学時代は不良を片っ端から制裁していった。
出会った最初は京を目の敵にしていたが、その暴力が弱者には向かない事に気付き、友情が芽生えた。一方で、更生させる気は変わっておらず、こうして口煩く京を叱り飛ばす。京の不良そのものの見た目が気に入らないらしい。
「……ま、正義っつって、こいつも中々ヤベーけど」
「なーに? 京? そんなに私の正義に痺れたい?」
と言って取り出されるスタンガン。柔道、空手、剣道、合気道の全ての武術で初段を持ち、さらに催涙スプレー等といった道具類も持ち歩く夏織。行き過ぎた真面目が歪んで狂い、過激な暴力手段すら辞さない、というやっている事が京と大差ないのがたまに傷。せいぜいは弱者のためか、正義のためか、という個人が掲げる大義名分にしか差はない。
「オメーよォ? 朝っぱらから物騒なもん見せつけんなよなァ?」
「京といい、兄さんといい、どうしてまっとうな人間になれないのかしら……。他人に迷惑かけてばかりで……」
「迷惑って、俺ァ喧嘩しかしてねェぞ? 迷惑はかけてねェ。すでに迷惑かけてるような奴をボコしてる訳で、夏織とそう変わらねェぞ?」
「あなたは威圧的すぎるのよ、見た目と態度が」
「態度―?」
京は一体この態度のどこが威圧的なんだ、と笑う。
「見てよ。さっきからあなた見て、周りの人たち端に避けてるじゃない」
「あー? オメェのがスタンガンだしたせいじゃねェの?」
「私のスタンガンは正義の為に行使されるものであって、善良な一般人に対して使用される事は決してないもの。だから、そんな訳ないわ」
言ってバチンッ、とスパークが飛び散らせる。明らかな危険物所持と威嚇行為だろ、と京は内心で突っ込むがそれは口に出さない。言っても理解しようとしないのはもう経験済みだ。
「んで? 夏織はなーんでこんな高校をわざわざ選んだんだよ? こんな」
学校を囲む塀の一面に書かれた落書きを見ながら京は言う。そう、彼女には、あまりにも不釣り合いなこの学校。
「H市屈指のヤンキー校に、よ?」
「決まってるじゃない」
ゴッ、落書きに、パンチ一発。落書きを不気味な、病的な笑顔で睨む。さすがの京も思わず恐怖を覚える、歪な笑顔。
「こんな事するような輩を、一人でも減らすためよ」
「……」
こんな猛犬を迷える子羊しかいないここに解き放って良いのだろうか。
「……クハッ」
歪な笑顔に顔を歪めて、京は校門を潜った。