8 映画館でアッー!
シルバー・ウィークである。9月の、連休である。
葉山ゆうきは、久々の外出を楽しんでいた。
「♪~、♪♪♪~~」
仲間とつるんで遊ぶのもいいが、たまには、1人きりで街をぶらつくのも、悪くはない。ふと彼の視界を美しい少女がすぎるーーが、スルー。さすがBLゲームのキャラである。女の子には見向きもしない。恋の相手は男のみ。漢らしい。実に。
新製品のiPodをショーウィンドウで眺め、なぜか炊飯器を物色し、かと思うと、ひとりカラオケに興じてみたりする。たまには、こんな休日も悪くはない。
「・・・う?」
ふと、悪寒。振り返る。
「--高宮・・・ッッ!!」
案の定だ。クラスメイトの色黒男。高宮マドカが、街をそぞろ歩く葉山を尾行していた。
「な、なにしてんの、お前。いや、むしろ、何がしたいの? 付き合う? おれと」
「--シッ」
「--ん?」
尾行対象は、葉山ゆうきではなかったらしい。マドカは、少し先をゆく、女子の一団を目線で示す。
「--おれ、女にはキョーミないんだけど」
「静かに。小暮・舞ーー。伯父の組織の、幹部の令嬢なのだ」
「はぁ」
「護衛中だ。葉山。お前は任務に戻れ」
「任務っつーか、暇してただけだけど」
「ーー暇?」
きょとん、と目を瞬くマドカ。
彼女の辞書に、暇、などというおちゃらけた単語はない。
訓練。任務。訓練。任務。休んでいいのは、食事と風呂の時間だけだ。
「よくわからんが、わたしの護衛任務の邪魔はするな」
「お、おう」
こそこそと、小暮なる美少女のあとをつけていくマドカ。その後をついてゆく葉山。--どんだけ暇なんだ。
◆
「シッ」
「ん?」
ついてくる葉山を、マドカが手で制する。映画館である。スタジオ・ジブリのこの夏の話題作が、まだ公開中だ。その広告が、大きく映画館の入り口に張り出されている。その中に入っていく女子の一団。
マドカは、イヤリング型の小型無線機に、言う。
「目標は無事、ポイント・アルファに到達。ブラボー・ワン、引き続き、護衛任務を遂行する」
『了解。幸運を祈る』
誰かが、無線機の向こうで応えた。
映画館の入り口を、匍匐前進で通過するマドカ。葉山は律儀にも、二人分のチケットを買い、ひきつった笑顔で対応してくれたスタッフに愛想笑いを浮かべながら、中に入る。
どこからともなく、ポップ・コーンの香り。落ち着いた色合いのロビー。
ホット・ドッグやドリンクを売る売店には、長蛇の列ができていた。話題の邦画『両刀(バイ)、覚えていますか』の上演時間まで、あと10分だ。
フォモだった主人公が異性愛に目覚め、傷つき、ボロボロになりながらも、さらに獣姦に目覚め、最後には南米産の巨大花・ラフレシアと一夜を共にし、植物を愛する喜びを見出す--感動の内容だ。
列に並び、新発売・イチゴ味ポップコーンとフライド・ポテトを購入し、ぱくつく葉山。本来は、映画を見ながら食べるモノであるが、今日、観ているものは、マドカの尾行行動である。
「あ。」
勝気な美少女・小暮舞は、女子高の同級生の合計4人で来ているのだが、その集団に、声をかけた男がいる。
「ねぇねぇ、キミたち。この後、暇? カラオケでも行かない? オゴるからさ」
マドカの構えた長距離狙撃ライフルが、男の前髪を、寸分たがわず、射抜いた。
「?? な、なんだ今の・・・?」
ビシッ、ビシッ!!
男の額に立て続けに命中するオレンジ色のBB弾。自然環境化で微生物に分解され、土に還る特殊素材だ。環境に優しい。
「ひ、ヒィッ!!?」
男は頭を両手でかばいながら、映画館の入り口へと走っていく。
無線機に報告するマドカ。手にはボルト・アクションの九九式狙撃銃|(日本製)。
『目標に、悪い虫が接近。難なく撃退した。応援は必要ない。引き続き、護衛任務を遂行する』
『よくやった、ブラボー・ワン。・・・そうだ。今度の休暇はカリブ海で過ごす予定なんだ。キミもどうかね、高宮くん』
『任務中だ。私語は慎め、一二三(ひふみ)』
『相変わらず真面目だな、キミは』
『貴様が不真面目すぎるのだ。目標が移動する。通信は終わりだ。』
ぶつ、とスイッチを押すマドカ。
管制しているのは一二三・五六(ひふみ・ごろう)。マドカより一回り年上の、同業者である。
そのやり取りを聞きながら、葉山は肩をすくめた。
休みの日の高宮は何をしてるんだろう、って思っていたけど。
よもやこんなサバゲーみたいなことをしていたとは。
◆
映画の上映が始まり、シアター内の照明が落ちる。マドカは、赤外線スコープをかけた。
ライフル(愛用の、日本製、九九式狙撃銃。ピンク色にカラーリングされている。もちろん、キティちゃんのストラップ付きだ。こちらは、迷彩服を着たキティだ)を構え、その照準を通して、小暮舞をとらえる。
ーー美人である。
すっごく可愛い。
共学ならば、男が放っておかないだろう。それゆえか、彼女の父親は女子高に入れた。
ポップコーンをつまむその指先も。感動のシーンに目元をぬらす涙も。それを拭くしぐさも何もかもが、色香を放つ。
マドカの背後で、壁にもたれかかり、頭の後ろで腕を組んで、片目で映画を、もう片目でマドカと小暮舞を交互に見ていた葉山が、小声で言う。
「--なぁ、高宮」
「なんだ、バカ」
「こんなことしてて、楽しい?」
赤外線スコープと九九式狙撃銃の照準器ごしに小暮舞を見つめながら、マドカは答える。
「仕事とは、誇りだ。誇りのない者は生きてはゆけない。--楽しい、楽しくない、そんなことは問題にならない。--ハヤマ。わたしは、自分の仕事に、責任と誇りを持っている。貴様がバスケットに情熱を傾けるのと同じくらいには。」
「・・・ふぅん」
分かったような、分からないような。ともかくも葉山は頷き、フライド・ポテトをひときれ、つまんだ。
しょっぱい。塩が効きすぎだ。
◆
上映は無事、終わり、シアター内が明るくなる前に、マドカは、出口の扉の影に身を隠す。
シアター内に明かりが灯り、観客がひとり、ふたり、と降りてくる。
ふ、と息を吐くマドカ。
「これで今日の護衛任務は終了だ。彼女の父親が、映画館の入り口まで迎えに来ている」
「へー」
箱入りだな、と葉山がつぶやく。
映画館の入り口で、黒服とサングラスの男たちが小暮舞をベンツに乗せ、それが滑らかに発進する。それを眺め、荷物をカバンに詰めるマドカ。具体的には、ピンク色の九九式狙撃銃と暗視スコープだが。
「・・・映画、観てた?」
ふと、尋ねる葉山。
「聞いてはいた。しかし、--ずいぶんチャラチャラした内容だったな」
彼らの正面。ロビーの一画に張られたポスター。
井戸から、ロンゲ女性が顔を出しているソレを、葉山の指がさす。
「もう一本、見てかねえ?」
驚愕の目で、葉山を見つめるマドカ。
「ありえん。ホラーなど、怖くて見ていられない。銃が効かないバケモノの話は、怖くてダメだ」
ぷ、っと笑う葉山に。
マドカは真っ赤になって、シグ・ザウエルP220を突きつけた。
Thanks for your Read !
【すぺしゃるさんくす☆】皇和緒さま。
狙撃銃の名前を色々教えて下さって、ありがとうございます! 全部登場させられなくて残念です! ーーいや、待てよ。次々回くらいに、全部登場させるという手もーー(笑)。
おれはなさん。
誤字でしたよ、巨大化・ラフレシア!!
ご指摘、誠にありがとうございましたーー! <m(_ _)m>