6 夏祭りでアッー!
葉山ゆうきはバイトをしていた。露天でヤキソバを売る仕事だ。ーーそして、ため息。
はぁ。高宮マドカとの勝負に負けなければ、今頃は憧れのセンパイと一緒に祭りを堪能していたのである。
打ち上がる花火。空に咲く、真っ赤な花。
照らされる顔と顔。
「ーーあ。センパイ……、みんな、見てる……」
「誰も見ていないよ。みんな、花火に夢中だ」
「で、でも! 恥ずかしいよーー」
近づく唇と唇。センパイの唇はちょっと冷たくて、それで甘くて。
もっと味わいたくて。
「はぁああぁぁ」
そのセンパイは、共学の市立高に転校してしまった。何でも、証人保護プログラムを受けたということである。そんな馬鹿な。高宮マドカがどれほどの危険人物だというんだ。
「マドカ、なんて、女みてーなナマエだよな……」
ふぅ、と、三度目のため息を吐きつつ、ヤキソバをかき回す。店主の特製ソースは、なかなかの味で、先ほどから何度も、つまみ食いをしてしまっている。
そこへ通りかかる、高宮マドカ似の女ーー、いや、本人っ!?
「タカミヤ!?」
「お? おお。ハヤマか。ごくろうだな、バイトか?」
紺色の浴衣には、白いアサガオの柄。いつもの短い髪には、ホオズキが差してあった。
隣には、白野がいる。つまらなさそうな顔はしているものの、額に仮面ライダーのお面。左手首にヨーヨー、右手首に金魚。左手に綿菓子、右手にリンゴ飴。ーー堪能しすぎである。その上、こっちも浴衣だ。
「ーー女装した高宮と祭り見物?」
「女装だとっ!?」
まぁまぁ、となだめる白野。
「葉山くんは、忙しそーだね。何か食べたいものがあったら、買ってきてあげるよ?」
「ほ、ほんとかっ!!」
白野は、いいやつだ。高宮にはもったいない。
「なぁ、白野。おれと付き合わねぇ?」
ニコリ、と笑う白野。
おぉおおおお、可愛い。抱きしめたい。もふもふしたい。心ゆくまで。
「遠慮しておくよ。好きな人がいるんだ」
「……なぁ、その『好きなやつ』って……」
まさかとは思う。まさかとは思うが……。
「数学の狩野?」
「なんでだよ。」
「……いや、なんとなく。」
数学の狩野は授業中、白野ばかり当てる。白野の方角ばかり見ている。白野しか目に入っていない。
アレは、生徒を見る目じゃない。狩りのエモノを狙う猛禽の目だ。隙あらば、白野という油揚げを攫わんとする、トンビの瞳だ。
「だよね~」
と、肩を落とす白野。
ふと、影が差す。どぉん、と花火が上がる。その光に照らされた人影を。その顔を。葉山は見た。見て、しまった。ーー見たくなかった。でも会いたかった。
「センパイ……っ!」
葉山のつぶやきに、マドカと白野が、同時に、背後の人混みに視線を向けた。
「ーーあ。」
マドカの口から、声が落ちる。
可愛い女の子たちに囲まれて。楽しげに笑う、優男。センパイは、美男だ。共学に転校して、恋人もできただろう。女友達も、たくさんいるだろう。
くすり、と笑うマドカ。
「センパイ、あれじゃ、乙女ゲーの攻略されるキャラみたいだ」
ははっ、と笑う葉山が言う。
「ギャルゲ? つか、むしろエロゲだろ」
そのとき、件の人物は葉山のほうをーー見た。驚いた顔。表情が凍る。ーーそして。傍らの女子に、何事かをささやきかける。彼女は葉山を見ーー
わらった。
わらった、のだ。
彼女の友人たちが葉山を指差し、口を歪めるだけだった笑いが、嘲笑に変わる。動物園でチンパンジーの仕草をわらうような。見下した笑い。
葉山は、顔をそらせた。
「葉山っ!」
ぺし、とその頬に手を添えるマドカは、一瞬だけ微笑んでみせた。
うつむく葉山の浴衣の胸元をつかみ、(マドカのほうが、わずかに背が高い)自分のほうへ引き寄せるマドカ。
「わたしはホモが嫌いだ。だが。」
七歩分も離れた『センパイ』へ、一瞬で間合いを詰めるマドカ。
きゃあ、と悲鳴が上がる。
ーードッ!
『センパイ』は、背中から土の地面の上に叩きつけられ、さらに拳銃の銃口を向けられていた。
見下ろすマドカの目はーー。
本気だった。
「フォモはきらいだ。だが、フォモを理由もなくわらう阿呆は許せん」
「ヒッ! や、やめろよ。高宮? だっけ? 君、おれのことがスキ、だったんだろ? な、付き合おうよ。今からでも」
同行の女子が向ける、失望した視線にも気づかない。そのくらい、センパイは必死だった。命は、大事だ。すごく、大事だ。
「ばぁん!」
「わ、わああああっ!!」
頭を抱えて、センパイは叫ぶ。周りの女子が、耳をふさぎ、体を丸めた。
つまらなさそうに、ーーけれどニヤリと笑って、マドカは拳銃を懐に収める。
「ーーね。あなた、コイツの彼女?」
地面にしゃがみ込んでいる少女に手を差し出すマドカ。
「ーーう、うん。さっきまでは、ね」
マドカの手を取り、少女は立ち上がり、浴衣の裾のドロを払う。ーーが、湿っていて、落ちない。マドカは、ハンカチを差し出す。ちょっとためらい、ペコリとおじぎをして、少女はそれを受け取る。
そしてーー
マドカにキスした。
「うぎょえええええっ!!!」
夏祭り会場に、マドカの断末魔。花火のひゅるるるる~、どーん、に打ち勝った。
「わた、わた、わたしっ、おん、おん、おん……っ!!」
葉山が、不思議そうな顔でマドカを見ている。
「そ、そう、おれ、オンナ、スキ。キス、ウレシイ。アリガトウ!!」
彼女の両手を握りしめ、感謝感激とばかりにぶんぶんと上下にシェイク。
「アドレス、教えてくれませんか……」
とまで言われた。
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