4 放課後にアッー!
中庭には、さわさわと心地よい風が吹いていた。植えられたポプラ。そして木陰に置かれたベンチ。昼どきなどは、昼食の弁当を食べる生徒も希にいる。
ともかくもそのひとつに、シロとマドカは並んで腰掛けた。二人の間には微妙な距離。
そこの茂みでは、授業をサボったカップル(当然のように男同士)がイチャついている。
「あー、おちつく」
シロは、これで落ち着くらしい。
「保健室に行かないなら、わたしは教室にかえらなければッ」
ベンチからバッ! と立ち上がるマドカの腕を、それより早くシロの手がつかんでいた。ーー上目遣い。
「ここにいなよ」
目を逸らすーー気まずそうに。それでもその表情は、嫌悪や拒絶とはほど遠い。
(白野……?)
マドカは困惑する。どうしよう。男性(仮)とふたりきりなんて初めてだ。緊張のあまりうっかり惨殺しかねない。ポケットのシグサワーP220に手を伸ばす。ーー鋼鉄の冷たい感触。この手触り、重量感。ーー落ち着く。
「(……"仮"って、なんだよ……)」
ぶつぶつと、シロはつぶやく。
短く刈り込んだ髪。よく陽に焼けた肌。183cmの長身。男と聞き間違えられる、ハスキー・ヴォイス。だが、それでも高宮マドカは、女の子である。ーー男と女と、何が違う?
骨の数が、一本少ないのが女性。
Y染色体を細胞に持たないのが女性。
くすり、とシロは笑う。
「何が、違うっていうんだろうね」
「……シロ?」
マドカが怪訝そうな顔。彼女は基本的に悩まない。走って、走って、撃つ。それだけが人生だ。考えることに、意味はない。彼女にとっては、行動するために考えはあり、そしてそのために立ち止まる必要はないからだ。
「……そんなに教室に戻りたければ戻るといい。だけどね、マドカちゃん。ボクは、キミといたいな」
「ばっ! ーーか、からかうなっ! ーーそ、それにっ! 教室でも、一緒だ……っ!」
動揺するマドカの『心』を、シロは聴く。ここなら、マドカの心だけが聞こえる。
ーーまあ、そこの茂みでうめいて痙攣(!?)とかキゼツとかしている激しいカップルはさておいて。
◆◆◆
昼休みである。シロは、高宮マドカの視界の中、隣の席の男子と話をしている。
「ふぁああ」
マドカは眠い。眠い。春眠何とやらだ。
「なぁ、タカミヤは部活何にするんだ? オレ、バスケ部に入ろうと思ってるんだ」
シロの隣の席の男子が話かけてきた。胸のナフダをチラと確認すると、葉山ゆうき、とある。
「わたし、はーー。陸上部かな」
答えるマドカ。走るのは好きだ。
「ふーん? なぁ、放課後、見学一緒に行かねぇ? オレ、一通り見て回ろうかと思ってさ」
提案する葉山に、頷くマドカ。
「ああ。かまわんぞ。シロは何部に入るんだ?」
マドカは、シロを振り返る。
シロは肩をすくめた。ーーかわいくないヤツ。
「帰宅部? 帰"寮"部かな? 放課後くらい、ひとりでのんびりしたいんだ」
「この学校、全員、部活やらなきゃいけないみたいだぜ」
「……えっ。」
葉山の言葉に、固まるシロこと白野陣。そして、肩を落とした。
「……はー。ジグソーパズル製作クラブとか、ないかな。囲碁とか将棋でもいい。」
「囲碁部なら、あるぜ。美形の先輩が揃ってる」
と、葉山ゆうき。
「でも顧問が数学の狩野だろ。ボク、あいつ苦手なんだよ」
と、シロ。
放課後、三人でゾロゾロと廊下を歩く。
◆◆◆
キュ、キュッキュッキュ
響く独特の音は、バスケット・シューズが体育館の床と擦れ合うときの音。
ジャージ姿もサマになる美形揃いの男子部員が、5対5で試合をしている。
飛び散る汗は輝き、鼻を突く香りはさわやかなシトラス・グリーンってな具合。
美形ぶりはさておいても、なかなか、いい動きである。
「おお~!!」
どよめきが、観客の間に広がる。スリー・ポイント・シュートが華麗に、バスケットの中を通る。上手いものだ。
そして、再びボールが相手に渡りーー赤いユニフォームの三年生エースが、華麗なドリブルで前進し、パスを出す。
そのボールを受け止める美形。そのままシュートの体勢に入る美形。響く黄色い歓声。--男の娘の、だが。
シュートを外す美形。リバウンドを取る美形。そしてボールは相手チームの手に渡りーー。
「・・・ふわー、すげえ。おれ、さっそく入部届け出してくる」
「「早っっ!?」」
ポケットから、くしゃくしゃになった入部届けを取り出し、審判役をしている先輩に近づく葉山ゆうき。
そのときーー
コートから飛び出たボールが、葉山の頭にクリーン・ヒットした。
反射的に銃を構え、反撃を行うマドカ。
だが、そこにいたのは、ボールを取り損ねた三年生だけだった。耳元をかすめた弾丸に気付かず、通り過ぎた銃弾は、体育館の壁に弾痕を刻む。
「・・・外した!?」
驚愕するマドカ。今まで、訓練を除けば、狙った的をはずしたことなどないのに。--最近、練習をサボっていたせいだ。今日は、カートリッジを100、空にするまで練習はやめない。--そうだ。部活などしている暇はない。いつどこで、敵(???)が狙っているか、分からない。安穏とした日々にかまけて銃の腕を鈍らせるなど暗殺者の恥。
マドカは、固い決意で愛銃シグサワーのグリップをにぎりしめた。--そうだ。わたしは暗殺を生業とする者ーー闇に生きる者。
「ま、マドカちゃ・・・」
「・・・いや、いい。シロ。なぐさめなどいらん。わたしの不手際だ。今の瞬間に、センパイの額に風穴を開けていなければ、もうわたしは死んでいたーーここが学園の体育館だったのは、たまたま、運がよかったにすぎない。ここが戦場なら、もうわたしは生きてはいないのだ」
「い、いや、そんなにハードボイルドに生きなくても・・・。」
心配するシロに、ふっと微笑んで見せるマドカ。
「問題ない。この学校には、クレー射撃を行う部がある。わたしは、それに参加しようと思う」
「・・・あ、そ、そうだね! マドカちゃん向きかも・・・?」
「うむ。シロもどうだ?」
慌てて、手と首を左右に振る運動をする白野陣。
「い、いや、ボクはいいよ。もっと体力の要らないカンジの部活にするよ」
「そうだ。シロはもっと筋肉をつけたほうがいい。--そうだな。毎晩、寝る前には、腹筋、腕立て伏せを1000回ずつ行うといい。わたしが監督してやろう」
「・・・何の罰ゲーム・・・?」
シロはうめいた。
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