2 教室でアッー!
『初日の授業』
(はーぁぁああああ)
高宮まどかは、心の中で盛大にため息をついた。それも仕方ない。何せ、三年間の青春を夢見て入学した先が男子校だったのだ。これでは、放課後の楽しいおしゃべりができない。お泊りしてのガールズ・トークもナシ。みんなでカラオケに行くことなんて、夢のまた夢。休日に街へ遠出して、可愛いお洋服をショッピング、なんて、冥王星に宇宙旅行へ行くようなものだ。
教師の話が終わり、前の席のコボルトーー白野ジンが振り向き、ウインクする。
顔に似合わぬ大きなメガネが印象的だ。
「まあ、元気出して。おしゃべりも、カラオケも、ショッピングだって、ぼくらが付き合えるから」
(ーー貴様っ!? 心が読めるのか!?)
思うマドカに対し、可愛らしく小首をかしげる白野。
「--うん? 読めるよ。--でも、みんなには、ナイショだよ?」
「は、はぁぁぁっぁあああああ!!??」
がたんっ、と椅子を蹴飛ばし立ち上がったマドカ、というよりもその奇声に、周囲が振り向く。マドカは慌てて両手で口を押さえ、かたんっ、と椅子に座りなおした。
(よ、読める・・・だと? 貴様、それほどの才能があれば、軍事機関からのスカウトもあったであろうに・・・)
「だから、ナイショだってば」
くすくすと笑うクラスメイト、白野ジン。
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「わぁ。部屋も一緒だったんだね。ヨロシクね、マドカちゃん!」
カバンを肩にかけたまま、部屋の入り口でニコニコと笑う、コボルト。
彼女は全力でーーそのほっぺたをふにふにした。
「いいかッ、シロ!! わたしの性別と職業のことは、誰にも口外不要だぞっ!? ーーもしバラしたりしたらーー、判るな?」
彼女は制服のポケットに忍ばせた愛銃・シグ(ドイツ製のシグザウエルP220)の引き金に手をかける。ーーこんなところで発砲すれば後始末が大変だがーー、まあ、やってできないことはない。
コクコクと頷く、コボルトのシロ。もとい、白野陣。
「ーーよし。わかればいいんだ。では、只今より、本日の宿題にとりかかるッ」
いきなりカバンからPSPを取り出し、電源を入れるシロ。
「きっ、貴様、勉強するわたしの傍らでげえむか!!」
くすり、と笑うシロ、こと白野。
「ベンキョーなんてつまんないよ。マドカちゃんは、ベンキョーがしたくて高校に入ったの?」
「……そっ、それは……」
マドカの頭を、さまざまな煩悩が駆け巡る。ーーその中でもひときわ、強い思い。
(恋がしたい。)
(普通の女の子になりたい。)
(みんなみたいに、学校生活を楽しんで。それで。それでーー)
カバンを(街を歩く女子高生がよく持っているタイプのカバンをわざわざ買ったものだ)肩にひっかけたまま、ドアのところで女の子座り。マドカは完全に沈黙した。
「……分からないんだ。白野、わたしは、どうしたいんだと思う? 『みんな』みたいになりたいと思っていた。だけど、毎日から『暗殺』という仕事がなくなったらーーまるで、わたしがわたしじゃないみたいなんだ。シロ、わたしはどうしたいんだろう。『誰』に、なりたかったんだろう?」
無表情なシロが、窓枠に座り、マドカを見ている。片手にはPSP。耳にはイヤフォン。
ややあって、ぷ、っと吹き出す。
「マドカちゃん、普通の女子高生みたいだなあ。カワイイよ」
「からかうなっ!? わたしは真剣にだな……!!」
視線をそらし、マドカはショートカットの自分の髪を、そわそわといじる。
童顔とは似つかない大人びた視線を、シロはマドカに向けている。
「ボクはオトナになりたくないよ。働くことを運命づけられ、自分の意思で動くことも、ままならない。ーー『子供』という存在が『発明』されたのは、近世になってからさ。かつては、『子供』は『小さな大人』だった。労働力だったのさ」
「シローー」
「いわば子供は有産階級(財産があり、労働しない階級)。ブルジョアさ。近世になってソレが生まれた」
「……」
「……ま、難しい話はやめ、やめ。今日の夕食、なんだろね?」
急にコドモみたいな表情になり、シロは、いつの間にか外していた丸縁のメガネをかけ直した。
今回はギャグが少なめですね……。
Thanks for your Read !
『番外編・憧れのセンパイをゲットしてアッー!』
「ーー高宮マドカ。それがオマエを殺す者の名だーー」
愛銃・シグザウエルP220をブレザーの胸元から取り出すマドカ。ちなみに、ピンクにカラーリングされており、なおかつ、グリップには、国際的人気マスコットであるキティちゃんがサングラスと黒スーツの出で立ちでぶら下がっている。
ちなみに、彼女の向かいにはクラスメート、葉山ゆうきが、バスケットボールを持ち、赤いジャージを着て呆然と立っている。
「……あの、マドカ、さん。ルール違くね?」
フ、と笑み、当然だ、と頷くマドカ15歳。
「問題ない。いいか、ハヤマ。戦場では生き残ったほうの勝ちだ。これは唯一絶対のルール……!」
マドカの瞳が、ギラリと光る。
「ーーお互い、得意なもので勝負しようーー。わたしの弾丸(ペイント弾)をかわし、見頃ゴールを決めればキサマの勝ち。そこに捕獲してあるセンパイはキサマのものだーーだがな、わたしが勝った暁には!」
ニヤリと笑む、高宮マドカ。
「ーーわたしがセンパイをなぶり、陵辱し、ここでは言えないあんなことやこんなことをする様ーー裸エプロンとかお風呂場でホットケーキを食べながら泡プレイとか、縛り上げたセンパイを鞭で叩きロウソクを垂らしたりたとかーーとにかく! そんなことをイロイロする様を、動画にとってインターネットに投稿するがいい!!」
「ーーくっ!」
目をつぶる葉山。
「ひどい、ひどすぎる! センパイにメープル・シロップをかけて舐めるのはオレだ!!」
「いいや、わたしだ!」
「……もう、ゆるさん! オレがただのポイント・ガード(バスケットボールのポジション名)だと思うなよ!! イクぜっ!!」
ーー速い。
マドカは自分の目を疑った。ーーまさか。銃をかまえたこのわたしの脇を抜けるーーだと!?
マドカの放った銃弾が、一瞬前までハヤマ背中があった位置を貫通する。
「ーー遅えんだよッ」
ハヤマが、シュートを放つ。ボールはひどくゆっくりと宙を舞い。
「ちぇすとーー!!」
叫ぶマドカ。
ぱんっ!!
マドカが放った弾丸に貫かれた。
血走った目で憧れの『センパイ』を振り返るマドカ。
「ーーさあ、センパイ。ふたりきりで18禁シーンの一部になろう……!!」
「待てよ高宮! この勝負、引き分けーーいや、オマエの負けだ。」
「ーーなにィ?」
血走った目が、ハヤマをとらえる。
「ーーヒッ!?」
ごくりと唾を飲むハヤマ。こいつ、本気だ。アレは、人をころす目だ。
◆◆◆
ーー結局、センパイが何者かの手引きで逃走し、この勝負は、なかったことになった。光速で荷物をまとめて学園を出たセンパイは二度とーーこの学校に戻ってくることは、なかったと云うーー。
《完》