10 包囲されてアッー! 前編
ーーバラバラバラバラバラ。
上空を、独特の飛翔音を立てながら、ヘリが旋回していく。そのライトが、校舎の屋上に立つ人影を照らし出した。
ヘリに乗った美少女は、手に持った四角いマイクを口元に持ち上げ、妖艶にほくそ笑んだ。
そして、拡声器ごしにーー叫ぶ!
『片倉螢二ッ! あたくしと付き合いなさい!!』
屋上の人影はーー、手で光を遮りながら、頭上を旋回するヘリの群れを、毅然と見上げる。
ーーそして笑みを浮かべ。
飛び降りた。
「空気式救助マットを用意なさい! 今すぐよ!」
『もうやってます!』
地上部隊の責任者が、無線ごしに叫び返す。
片倉螢二は柔らかいマットの上に着地しーー呆然と上空のヘリを見上げた。ーーそして、歯噛みする。
「ーー小暮舞め……ッ」
唇から血が出るほどに、強く。
ーー 一方その頃。北校舎三階ーー理科室で、同じヘリを見据える人影があったーー。高宮まどか。
彼女はドラグノフ狙撃銃を構えている。ロシア製、オートマチック。略称・SVD。その漆黒の砲身は、一分のズレもなく、小倉舞の首ーー脳と脊髄の接点を狙っていた。そこを撃ち抜かれれば確実に即死するーーゆえに、プロのスナイパーが狙撃時に狙う箇所だ。
発砲ーー空になった薬莢が、理科室の机に飛ぶ。
ーーマドカの視界の中、それはヘリのガラスに弾かれる。
マドカは、わずかに目をすがめたのみで、次の狙いを付ける。
ーーその頃、体育館では、多数の生徒たちが震えていた。支給された毛布を被り、虚ろな目で床を見つめる者。絶望のあまりに泣き出す者。ある者は、突然叫び、奇声を上げて手近な者を殴り飛ばした。
「ーーもうだめだ! オレたちはおしまいだ! BLなんて許されるはずがなかったんだ! ーー神の審判が下るぞーークヒヒッ、ヒヒッ、イヒヒヒヒッ」
それを燃える目で見つめる葉山ゆうき。
「ーーその程度なのかよ」
「クヒッ?」
「テメエのフォモとしてのカクゴは、その程度かって訊いてんだ! フォモならフォモらしく、最後まで戦って死ね! ーーそうだ。おれはフォモだ。ノーマルになるくらいなら、死を選ぶ」
「ーーははっ! イヒヒ! じゃあシネ!!」
男は、拳を振り上げる。よける間もなく、葉山は殴りとばされた。
「ーー」
「あはっ! あはははは! おれは投降する! 投降して、女の子とセクロスするんだ! 女の子はいいぞぉ!」
「やめろ!」
別の誰かが叫ぶ。
「ーー俺は。俺たちは、フォモだ。普通の人間になんて、なれやしない。行政が、宗教が、家族が。俺たちの愛し合い方を認めてくれるまで……社会の片隅で膝を抱えて生きるしかないんだ」
重苦しい沈黙が、体育館に降りる。ーーその時、誰かが体育館に入ってきた。
瞬間、空気が変わる。
「高宮さん!」「高宮のアニキ!」
「ーー敵は」
最後の問いかけに、マドカは辛そうに首を左右に振った。
「ーーダメだ。アリの這い出る隙もない。彼らは本気だ。本気でーー」
フォモを絶滅させる気だ。
静まり返る体育館。
誰かが、ぽつりとつぶやいた。
「ーー俺。フォモでいたいよ。これからも、フォモでいたい」
にこりと微笑むマドカ。
「わたしは、フォモが嫌いだ。だが、貴様らがフォモでいる権利は、死んでも守ってみせる」
「高宮!」「高宮っっ!!」
フォモたちに揉みくちゃにされながら、マドカは次なる作戦を考える。籠城はできないーーなぜなら、どこからの支援も期待できないからだ。
ならば。
うって出る。
そして、小暮舞をーー『フォモを更正させる美少女の会』を、破る。
永い永い夜が、今、始まろうとしていたーー
◆
どぉん!
振動に、黄金に塗られたヘリが揺らぐ。縦ロール金髪の美少女ーー小暮舞は叫んだ。
「どうしたのッ!?」
ヘリのパイロットが、校舎の屋上を見下ろしながら応える。
「高射砲です。なぜ、高校の屋上にこんな兵器がーー」
そして、大きな振動。
「きゃああああっ!?」
ーーはるか上空から降ってきた何かが、神速を以てヘリの尾翼を両断したのだ。バランスを失い、きりもみ回転しつつ落下していく黄金のヘリ。
パイロット、そして舞の悲鳴。
「うわああぁっ!」「いやああぁぁっ!?」
ヘリの機体を蹴って跳躍した『何者か』が、パラシュートを広げ、ふわりと、校舎の屋上に降り立つ。
それを、高射砲の脇で迎えるのは長身の生徒ーーマドカだ。
「ーー兄上。」
「ーーフン。またつまらんものを斬ってしまったようだ」
「どうしてここがーー」
わかったのだ、と問おうとするマドカの唇を、『兄』は、人差し指で軽く押さえた。
「愚問だ。妹よ。兄は、妹のいるところになら、どこにでも駆けつける。」
答えになっていない。
「具体的には、盗聴器と発信器だ」
即座に、卍固めを決めるマドカ。
ギブ! ギブ! と叫びつつ、高宮・兄は、校舎の屋上のコンクリートをバシバシと叩いた。
ーーヘリの落下していった方角から、火柱が上がる。『フォモを更生させる美少女の会』が、この程度で諦めるとも思えない。マドカは表情を引き締めた。
◆
作戦会議である。1-Aの教室で、数名が、机を円状に並べ、向かい合っていた。
「ーーやつらの本拠地を叩く」
マドカが言い、地図上の一点に指を置く。
「ーートーキョー。渋谷だ。そこにやつらの本拠地はある」
「捕まえた美少女は亀甲縛りにしてもいいだろうか?」
ヤマダが発言する。即座に、サトウが噛みついた。
「馬鹿を言うな! 俺たちはフォモだ! 女になど興味はない!」
「だが、捕虜を拘束しておくための縛り方は、亀甲縛りしか知らんのだ」
二人のいさかいを、マドカが叱責する。
「フォモ嫌いの美少女は残らず殲滅する。」
ごくり、と誰かが唾を飲んだ。
マドカはーー本気だ。
「さもなければ、我々は生き残れない。そもそも、ギャルゲーとBLゲーでは、ファン層が違いすぎるーー我々は相容れない存在なのだ」
「渋谷を襲撃し、美少女をーー」
「ーー殲滅する。」
マドカは椅子から立ち上がる。
「以上が方針だ。具体的な作戦は、追って伝える。兵器類は、××財閥が支給してくれる手筈だ」
「××グループがッ!?」
ニヤリと笑うマドカ。
「フフ、天は、まだ我々を見捨ててはいないようだ」
教室に広がる感情は、安堵と興奮。
ーー勝てる。この戦い……!!
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