アルトゥルとジェシカ
「またかよこのポンコツ! 日に何回エンストすれば、」
「アルが下手なだけ! ギアとクラッチの扱い方がなってないからエンストするの」
バイク変形型二足歩行RS、ニーカに登場している九アルトゥルとジェシカ杉宮は、せまい操縦席で怒声を上げていた。
「ちょっと席をかわって」
ジェシカはアルトゥルの背中をたたき、前席後席の操縦席をかわり、
「いい? 見てて、こうやんの」
両手でしっかりハンドルを握りつつ、左手の人差し指中指でクラッチを握る。
同時に左足でギアをセカンドギアからローギアに落とし、クラッチを半分だけ握った半クラッチに。
「ここでアクセルをゆっくりひらく!」
後席に座るアルトゥルに、ジェシカは大声で伝える。
2人が搭乗しているニーカの二足歩行の姿はまるで、中腰で歩く人間の下半身だ。
バイク形態に変形した際には、正座した人間の下半身である。
人間の下半身をモデルとし、2人搭乗可能な操縦席の腰部にくの字の脚部がある、旧世代のRSだ。
現在は二足歩行モード。
ジェシカがアクセルをひらくと、ニーカはベッタン、ベッタン。爪のある蹠を地面につけ、ゆるかやに歩きはじめた。
「自転車とおなじ! これくらいできないと笑われるわよ?」
乗馬感覚で巧みにニーカを操るジェシカ。その後ろでアルトゥルが、
「笑われるのは悔しいけどな、RSの教科は必須じゃない。進級する際のおまもりみたいなもんだ。成績に箔がつくってだけで受けてる講義。操縦できるできないは二のつぎなんだ」
「なによそれ、こっちは頑張って教えてんのに。真面目にやらないと教官にばらすわよ。密告するから」
「密告は俺の専売特許だぞ、ジェシー」
アルトゥルは、ジェシカを「ジェシー」の愛称の名で呼んで、座席に踏ん反りかえった。
「せっかくRSを取っているんだから歩かせる程度には上達してよ」
ニーカを停止させるジェシカ。
パッチリとした瞳で小顔、耳をだしたショートヘアが風にふかれてさらさらと靡いている。
着ているオリーブ色のツナギから、ギアオイルの臭いと、女の子の匂いがただよってくる。
ゆで卵を剥いたような肌の頬に、黒いオイルが付着したのをしっかりと拭き取らず、残っている。気づいていないのではなく、多少がさつなところがあって、無頓着なのだ。
後部座席のアルトゥルに振り返りジェシカは、
「でさ、どうなの最近?」
眉にかかる前髪をはらってニンマリと笑った。
「頬についてるぞ、オイル」
「いいのよ。で、どうなの彼女とは」
興味津々にたずねる。
「小さい声で静かにはなせ」
アルトゥルは、ニーカの歩行実習を行っている、ほかの生徒に気をつける。
「解ってるだろ? 恋愛禁止。ばれたら停学だ。どこでだれがきいているか解らない」
「男女の仲よしと恋愛の境界線はあやふやでしょ?」
「ことばを選べと言っているんだ」
「はいはい。で、実際のところ、どうなの?」
身をのりだすジェシカに、アルトゥルはいつも通りの回答をする。
「プラトニックな関係」
「なんにも進展なし?」
「進展って……あのな、ジェシーの考えている事は一切ないぞ」
「キスも? 軍学校に入校する前から付き合ってるんでしょ? なのに友だちみたいな関係?」
「……なにをききたいんだ? わけあり事情を知ってどうする。ジェシーこそ、どうなんだ? 技術科は男子のほうが多いんだろ?」
「あぁダメダメ。ロボットや電子回路が恋人の瓶底メガネしかいないわ」
ジェシカは鼻で笑って、歩行実習中の同級生たちに目をやる。
技術科の生徒が、アルトゥルとおなじ情報科の生徒に、ニーカの操作方法を指導している。
その光景を眺めてジェシカは、
「恋愛対象じゃないのよね」
と、ため息を吐いた。
第一〇四軍学校技術科所属の2年生――ジェシカ杉宮、17歳。
通常5年かかって取得するRS工学系の単位すべてを1年で取得した天才である。
ゆえに、自分よりも劣る同級生は対象外で興味なし。
興味があるのは、恋愛禁止の校則を無視して付き合っている――恋愛をしているアルトゥルのカップルだ。
アルトゥルも、情報科の生徒として秘密を隠し通す術は心得ていたし、ボロを出すような愚かな行動は慎んでいた。が、恋に恋い焦がれているとでも言おうか、恋愛に特別の関心と欲求をもつジェシカに追求され、秘密が露見したのは、ニーカ歩行実習3回目のことであった。
その日から実習7回目である今日にかけて、ジェシカは恋人のあれこれを詰問といっていいほどにしつこくアルトゥルにたずねていた。
恋愛が禁止されている軍学校で付き合っている男女がいる。
RS工学の天才といえど17歳、女子の心境として人の恋愛に興味を抱くのは、むしろ普通だといえる。
「ジェシーだって、ほかの同級生とおなじくRSが恋人じゃないのか? ニーカをオーバーホールしてるときの顔は楽しそうに見えた」
「それはそれ、これはこれ。整備と恋愛はちがうわ」
「そうか? 端から見たらおなじようなもんだが……」
と、訓練場の隅へ視線を移してアルトゥルは、
「けど、いつまでもこんな事を言ってる時間はないぞ。3年の進級前に進路を決めないとな。ジェシーはどうする、やっぱりメカニックか?」
「メカニック……うーん」
ジェシカは虚ろに唸った。
「双子の姉がいてね。RSのパイロットなの。まだ専用機を持っていないって言ってたけど、持てたら私が整備してあげたい……1つの夢。でも、もう1つ。新型RSの設計をしたい、やってみたいっていう夢もある」
背もたれに片肘を乗せ、将来の夢を語るその姿は進路に迷っていても生き生きとしている。
「ジェシーならメカニックでも設計士でも才能を発揮できるさ」
どっちもいい夢だな、とアルトゥルが言ったとき、後方で――
ガシャン! とけたたましい音がした。
「「やったな」」
音のしたほうへ2人が振り向くと、歩行実習中のニーカがコケていた。
搭乗していた生徒が大の字に伸びている。操縦席から投げ出されたようだ。
慌てて教官が駆け、周りにいた生徒も駆けつける。やれやれとジェシカもニーカを機動させ、コケたニーカを起こすためにリアボックスからワイヤーを取り出した。
起こし終えるとチャイムが鳴った。
教官の号令でニーカの歩行実習が終わり、
「アル、昼食どうする? このあと予定、」
「いつも通り予定入ってる。昼食は2人でするし、割り込んでこなくていい」
「あらら、先回り。彼女の事はまた今度ねほりはほり詮索しましょうか」
アルトゥルを揶揄って、ニーカを歩行モードからバイクモードに変形させたジェシカは、
「車庫にもどしてくるから」
「おう、お疲れ」
砂けむりを上げて走るニーカ。搭乗するジェシカの背中を見送って、アルトゥルは校舎に向かった。