田沼 亜心編 シャボン玉の幸せ
最近気が付いた事が有ります。
文字数が多いと色々面倒!
かなり面倒!
うん面倒!
面倒臭!
「シャボン玉飛んだ。 屋根まで飛んだ。 屋根までとんで壊れて消えた」
昔、母が悲しそうに歌っていた記憶を思い起こし、ソファーで目を覚ます。
「久しぶりにあの頃の夢を見たな」
遠い昔の記憶に、懐かしく普段無表情な顔に、悲しみの色をみせ、少しの休憩のつもりで、座っていたソファーでどうやら眠ってしまったらしい。
時計を見ると針は総て天端を差し、昼時の室内は静かな時が流れていた。
社長室の上等なソファーに、疲れた身体をもう一度預け、目をつぶり、あの頃の思いを思い出してゆく。
死んだ母の記憶、自分がまだ幼く、貧乏で明日食べる物にすら困り果てて居た時の記憶が蘇る。
「幸せって、シャボン玉の様に風が吹くと、すぐ壊れちゃうわね」
その言葉は、母の口癖だった。
名家のお嬢様だった母、当時
実業家だった父親が、たまに輸入家具を母の家に卸していた時に出会ったらしい。
いまいちハッキリしないのは、当時の事を、母が大切な思い出にしていて、滅多に話そうとしないからと、私が生まれて直ぐに死んでしまった父親に全く興味が無かった事が原因だ。
私には、母が居れば良かったし、母が全てだったから、父親が生きてようが、死んでいようが関係が無かった。
「またお前達か! 親戚だと言っても、家は慈善団体じゃないんだがな」
何度も聞き飽きた言葉に、感情を表に出さないよう、無表情を作る事を覚えたのもこの頃だ。
隣では、母が頭を下げ必死の表情で頼み込んでる。 その相手に強い憎悪を隠す様に私も母と一緒に頭を下げて、感情を隠す。
半ば投げ捨てる様に財布からばら撒かれるお金を、地面に這いつくばりながら拾い、屈辱感に歪む表情を抑える笑顔で、御礼を言いう。 「よかったね」と、私に笑いかける母の笑顔は、どこか作り物の様だった。
私が産まれ、直ぐに父親が飛行機事故で死に、当時負債を抱えて居た会社が一気に傾きだした事で倒産、借金を何とか父の保険で返済することが出来たが、その頃には、住んで居た家も売却済みで、名家のお嬢様だった母には、全く生活力も無かった為に残ったお金を消費するだけの生活を続けて居た。 さらには、母の実感の両親は既に他界して、兄が家を継いでいたが、兄妹仲が悪く、と言うよりは、兄が一方的に嫌っていた様だが、母には、頼るべき人間が存在しなかった事が、今の状況だった。
そして今は、その母の兄の家からの帰り道である。
帰り道の母は、よくシャボン玉の歌を歌っていた。
シャボン玉飛んだ
屋根まで飛んだ
屋根まで飛んで
こわれて消えた
シャボン玉消えた
飛ばずに消えた
産まれてすぐに
こわれて消えた
風、風、吹くな
シャボン玉飛ばそ
歌い終わった後に、母はいつも「幸せって、シャボン玉の様に風が吹くと、すぐ壊れちゃうわね」と悲しそうに言う母を見て、子供ながら母が私を残して、何処かへ消えてしまうのではないかと、不安な気持ちによく襲われた。
私が中学生になった頃から早朝の新聞配達のアルバイトを始め、生活も少し楽になった。 それでも、回数は減ったが、親戚にお金を借りる事が何度かあり、帰り道は、シャボン玉を歌い、相変わらずの不安な気持ちに胸がしめつけられる。 そんな中、一度だけ帰り道に、母が笑顔で話しかけてきた事があった。
あれは、私が中学二年の夏休みも終わり頃の事だった。
その日は、珍しく母が作り笑いでは無く、本当に笑っていた。
帰り道でも、無言では無く、私に笑顔で何度も話しかけてきた。
帰りの途中、小さな駄菓子屋があり、子供の頃、同い年の子供達が、駄菓子屋に置いてあるベンチで、アイスを食べながら談笑している姿を、横目で見ながら羨ましいと思っていた記憶を思い出しながら歩いていると、母が話しかけてきた。
「アイス買って行こうか」
母が、親戚の家からの帰り道に、口に出した言葉にビックリしてしまい、しばらく言葉が出なかった。
家には、アイスを買う余裕など殆ど無いというのに、そんな想いもあったが、それだけでは無かった。 此処での余分な出費が、月末の支払いに大きな打撃を与える事を、私が自覚していたからだ。
一度の無駄遣いが、一度で終わるはずが無く、その月は、苦しい月末を向かえる事になるはずだ。
そんな事を考えている私の姿を見つめながら、母の言葉はさらに続く。
「つうちゃん、小さい頃、何時も羨ましそうに見てたでしょ?」
何時も、前だけを見て、歩いていた母が、私を見ていてくれた事に嬉しさを感じ、無表情に作り上げた表情が、嬉しさでほころぶ。
そんなに欲しくは無かったが、帰りに母と二人で食べたアイスは、とても記憶に残る大切な思い出の味になった。
この頃から母を見る目が、親と言うよりは、一人の女性として見るように変わと始めた。
高校に入学し、早朝の配達に加え、夕方に近くの喫茶店でアルバイトを始めたが、未だ生活は苦しいままで、余分な金など殆ど使う事が出来ない生活が続いていた。
それでも、親戚へお金の無心に行くことは無くなり、苦痛に感じる事が減ったのは、唯一嬉しい事だった。
生活は苦しかったが、それでも幸せを感じる事が出来た。
私には、母が居ればいい!
そう、強く思い始めたのも、この頃からだったと思う。
母と二人だけの生活が、私の総てになりつつあり、母に迷惑がかからないように、勉強にも手を抜くこともなく、その結果全国模試の順位は、常に上位に入り込み、中学から始めた新聞配達のアルバイトのおかげで、体力も同級生と比べ、劣ることは無かった。
そして、幼少の頃に作り上げた無表情は、笑顔で上書きされ、教師の受けも良く、他の生徒の模範として、教師から良く名前を挙げられる様になっていた。
知り合い達は、今を楽しく暮らす事で、忙しい毎日を過ごしている。 私は、毎日を暮らしてゆく為に必死に過ごしていた。
その差は、広がる一方で、段々とクラスの中でも浮いていたが、容姿が女性受けするのか、たまに、勉強を聞きに女生徒がやって来る。 無下にも出来ず、断る事にメリットを感じず、丁寧に教える事にしていた。
そうすると、教師の受けもさらに良くなり、ついでに、女生徒にも優しいと好意をもたれ、バレンタインなどは、そこそこチョコを貰うことが出来、ホワイトデーのお返しに頭を悩ませたが、母指導の元、クッキーを焼く羽目になるので迷惑だった。
母は、終始「つうちゃんってモテルのねー流石パパ似なだけはあるわー」などと言っていたが、父親と比較され、少しムッとして、クッキーの形を崩してしまったら、母に怒られた。
高校生活の三年間は、兎に角我慢の連続で、周りと関わりたく無い私に寄ってくる人間がうっとおしいく、迷惑だった。
常に笑顔の私は、人当たりも良く、さらに他人と距離を置く為に敬語を使い始めてからは、さらに教師陣に良い印象を与え続け、卒業する頃には、推薦で何処を選んでも問題の無い生徒と言う、学校側の太鼓判が押されるほどだった。
それでも、総ての生活の中心が、母になって来る自分の感情に、心地良さを覚え、私にとって唯一穏やかな時代だったと言えるだろう。
高校の3年間を卒なくこなし、進路も地元の有名大学へ推薦も決め、他の生徒達がノイローゼの様に頭を悩ませて居る12月も半ば、私は、アルバイトに明け暮れていた。
入学金を稼ぐため、高校3年間少しずつ貯めてもうすぐ目標額へと到達する。
2月の終わりには、大学独自の奨学金申請試験が行われ、それに優秀な成績を納めれば、入学金が免除される。 決して良い成績を納める自信が無い訳ではないが、用意周到な私には、少しでも不安を取り除く為にアルバイトで入学金を稼いで居る。
入学金免除になれば、今まで貯めたお金は、苦しかった生活に回せるし、ダメだったら苦しいが、入学金を払えば良いだろう。
最近少しずつ楽になってきた生活に、気持ちも少し楽観的になって来た事を自覚しつつも、これが幸せなのだろうと思う。 母も最近は、機嫌が良く笑顔を見せる回数も増えてきた。
それがまさか、母の目標達成が近づいているからだと知ったのは、母が死んだ後だった。
受験も一段落した頃に、奨学金申請試験が行われ、翌月半ばには結果発表と、スピードスケジュールで入学まで忙しないが、皆より優遇されるのだから不満を感じることは無い。
送られてきた資料に目を通しながら、必要事項に記入して行く私の姿を見つめながら横で母は、
ニコニコと笑っていた。
奨学金申請試験を無事パスし、トップの成績を納めた私は、入学金免除、さらに無利子での授業料返済と言う待遇での入学が認められていた。
今は、その申請の書類に必要事項を記入しているところだ。
「つうちゃんのその姿、パパそっくりね」
「母さん、死んだ父親と比べるの辞めて下さい」
いつまでも、死んだ父親の面影で、母の意識が自分へと向かない事に苛立ちを感じる。
「それと、つうら(・・・)と呼んで下さい」
ついついキツイ口調に、多少の後悔を覚えながらも言葉を口に出してしまう。
「つうちゃん、何でそんなにパパの事毛嫌いするの?」
私のお願いはスルーですか。
「別に、毛嫌いしてる訳じゃ・・・」
いや、実際母の口から出て来る父親の話題が嫌なんですがね。
それでも、理由を言う分けにもいかず黙秘を通すししない。
「そぉ? なら良いんだけど」
疑わしげに此方を伺う母は、気持ちを切り替えたのか、話題を変える。
「それにしても、つうちゃんが成績優秀だって知ってたけど、これ程だとは思わなかったわー お母さんビックリしちゃった。 近所の奥さんに羨ましいって沢山言われちゃった」
ニコニコしながら母は、私の成績を褒める姿を見て、今まで手を抜かず努力して良かったと、実感が湧いた。
「でも、つうちゃん勉強大変だったでしょ? アルバイト掛け持ちで、それに勉強でしょ? 大学生になったら少し楽になるわね」
「慣れてしまえば、大した事はありません」
そうですね、利益率の良いアルバイトを探すまでは、今のまま通すつもりではいますけどね。
早く一人前になって母に楽をさせてあげねばなりません。
心の何処かで、まだ大人に成りきれない自分に苛立ちを感じつつ、大学生を卒業すれば生活が楽になり、母に良い生活をさせてあげられると言う思いが日に日に強くなる。 自分の中で膨らむ母への想い、これが恋愛なのか親への想いなのかどちらなのか、時々自分自身判断出来ない時がある。
それも母に対する気持ちは、只ならぬものだった。
でなければ、あの時の絶望感に理由を見つける事が出来ないだろう。
「つうちゃん、入学式って何時から?」
「母さん、来るつもりですか?」
「え? 駄目なの?」
「駄目って訳ではありませんが、多分他の人達は、両親来ませんよ」
「そうなの? でも、何人かは出て来てるでしょ? 家もその何人かで良いでしょ?」
「別に構いませんが、何故そんなに出たいのですか?」
「だって、つうちゃん代表で名前呼ばれるでしょ?」
「えぇー、まぁー成績優秀者として何だか呼ばれるみたいですね」
「見たいもの‼ ダメ?」
「いえ、来て下さい」
悲しそうに此方を伺う母に、駄目とは言えず私が折れる。 こういったやり取りも、母と二人だと楽しく感じる。 これが、クラスの女子だと、嫌悪感しか感じないのだから自分の感情が不思議だ。
入学式当日の母は、機嫌良く化粧台に向かい、いつも以上にめかしこんでいた。
洋服も若い頃父親に買って貰ったと言う、よそ行きの物を着込み、バッグもブランド物だった。 始めて見る服装に、母が「若い頃のだから似合うかしら」と、呟いていたので、「綺麗ですよ」と言うと、「親をからかっちゃ駄目」と言いながらも、まんざらでは無い顔を母はしていた。
大学の入学式と言うものは、高校の時に比べると、上級生が居るわけでもなく思いの外アッサリとしていた。 其れでも、祝辞などは存在し、其れを代表して私が受けると言う形で式は終焉へと向かう。 私が壇上へ上がると、後ろで、一人拍手の音が響き渡る。 多分母だろう。 私は苦笑いを浮かべ、教壇へ振り向くと、顔を真赤にして母が身をすくめ、私に舌を出していた。 まるで、イタズラが暴露た子供の様だった。
その後、式は何事もなく終わり、今はキャンパス内のベンチで母と話をしている最中だ。
「この後説明会もありますが、母さん出席しますか?」
「んー母さん疲れちゃったから帰る」
「そうですか、拍手で疲れちゃいましたか」
「もう‼ 親をからかうのは、いけません‼」
怒られてしまった。 そんな、母を微笑ましく見ながら、これが幸せなのだろうと思う。
そして、説明会が終わり家に帰った私は、呆然と立ちすくむ。
最近気が付いた事、その二!
皆の作品がラノベに対し、文学で挑む自分に太陽へ挑むツバメの気分?
まぁ~ライト文学って事で、ラノベ?