絶対的な武器
相変わらずスマホ登録です。
読みたきゃ読めばいいじゃない?的なツンデレ風に言っても、実は、男なんですよねぇ~
まぁひっそり更新。
そのうち、知らぬ間に終了を迎えます(笑
そこは、練馬の春日町にあるマンションだった。高級住宅街の建ち並ぶ戸建ての家々には高級車が置かれ、道ゆく人達は、何処か心に余裕の有る雰囲気を出していた。
まるで、田舎から都会に遊びに来た学生の様な場違いな羞恥心に見舞われながら、目的のマンションを目の前に緊張感が漂う。
目的のマンションは20階建てで、広い敷地には、落葉樹の樹々が空を覆い、枝の隙間から優しい光が差し込んできている。 冬場には、日が当たり、夏場には涼しげな木陰を作る様に考えられて植え込まれていた。
ベンチは、ツリーサークルにそって設置され、リング状に樹木を取り囲み、所々歩く事に疲れた老人が腰を降ろし、談笑の花を咲かせていた。
藪蘭に囲まれた通路を抜けると、マンションの入り口にぶつかり、自動ドアをくぐると、左側に管理人室があり、小窓を覗くと只今巡回中と言う札が置かれていた。
ポケットから、メモを取り出し部屋番号を確認する。 その番号札と入口付近にある郵便受けの名前を照らし合わせ、インターホンに部屋番号を入力する。
その時、マンションのホールから1人の男が出てきた。
男は、此方を横目でうかがい、すぐに、何処かへ電話をしながら歩いて、自動ドアをくぐって行ってしまった。
緊張しながらインターホンを押すと、すぐに女性の声がインターホン越しに聞こえてくる。
「はい、どちら様ですか?」
冴子の声を少し明るくした様な声で聞かれ、少し懐かしさを覚える。
「あの~冴子さんの知り合いの者なんですが」
そこで、言葉を被せる様に「またですか? 姉からは何も聴いてません!」
「え?」
突然予期せぬ受け答えに混乱して、気の抜けた様な声が漏れ出る。
「あれ? すみません勘違いだったみたいです。 どうぞ、入って下さい」
その言葉と同時に、ホールへと続くとびらが開き、中へと入る。
ホールの中は、シックな色の壁紙に囲まれた空間で入口の右側に黒い革張りの応接セットが置かれ、窓側には、射し込む光を浴びる様に大きく葉を広げたオーガスタが置かれ空間に高級感をただよわせていた。
奥へ進むと、エレベーターが有り、上へと向うボタンを押してすぐに扉が開き中へ入る。 目的階の3を押し303号室へと向かう。
踊り場を抜け、共用部を通り3003号室のインターフォンを押すと、すぐに女性の声が聞こえ、ドアが開く、明るい色の髪の毛に目元を少しパッチリとさせた萩藤冴子似の女性が現れ、部屋の中へと招き入れられた。
玄関を抜け、突き当りの部屋へ入ると、ベランダへと向かう大きな窓があり見晴らしの良い景色が窓越しに伺える部屋のちょうど真ん中に絨毯が敷いてあり、その上に二人がけの白い革張りのソファーがテーブルを挟んで対面に配置されていた。その、一つへと座るように進められ、腰を下ろし彼女と向かい合う。
「始めまして、八重樫楽と申します。」
「どうも、始めまして、萩籐真純です。それで、姉とは、どういう関係だったのでしょうか?」
「その前に、お線香をあげさせてもらえないでしょうか?」
「あ、すみません、どうぞこちらへ」
通された部屋は、6畳ほどの和室で、奥に小さな仏壇が置いてあり、そこに冴子の位牌と、生前の冴子の笑顔の写真が飾ってあり、その笑顔を見た瞬間抑える事の出来ない感情が押し寄せてくる。
声を殺し、目からあふれ出る涙を抑えるように目を閉じる。 足元に力を入れ、仁王立ちになりながら、感情をこらえる様に不動の姿勢でしばらく耐え切る。 一瞬の様な永遠の時間の中、後ろに控えている萩籐真純は、何も言わなかった。 ただ、香炉へと線香を刺す自分を見つめ、そして、手を合わせ終わった時に「ありがとうございます」と、一言だけ礼を言っただけで、ソファーの有る部屋へ戻り、お茶の準備をしていた。
その後をゆっくりとたどり、ソファーへと腰掛けると奥のキッチンから萩籐真純が現れ、お茶を目の前に置き「姉とは、親しい間柄だったのですか?」と質問してきた。
実際、一度きりの関係をそのまま言う訳にはいかず、多少嘘をつく事にした。
「お姉さんの病気の事を知っていました。 と言えば納得してもらえますか?」
「病気の関係で知り合ったってことですか?」
「そうですね。 私も、彼女と似たような境遇なので、何となく気が合ったって事でしょうか?」
「じゃー貴方も・・・えっと」
「あ~はっきり言ってもらっても構いませんよ。 そう、後わずかしか生きられません」
「すいません」
「いえ、貴方が誤る事でもないので、気にしないで下さい」
「あの~姉は、貴方にどんな事をお話になったのでしょうか?」
「そうですね、今日来た目的もその事が主な理由です」
「どう言う事ですか?」
「お姉さんには、婚約者がいたそうですね?」
その言葉を聞いた真純は、その表情に陰りを見せ、俯きながら、「はい、名前は、冬至さんと言います」と応え、悲しそうな顔で窓の外の景色へと視線を移す。
「お姉さんは、ずっとその事で後悔してました」
「そうですか・・・私は最後まで姉に後悔させたままだったんですね」
言いながら、真純は目に涙を溜めながらうつむきテーブルにその涙の雨を降らす。
「お姉さんは、あなたに幸せになって欲しいと笑顔で言ってました。 貴女に後悔して欲しく無いと、私に語ってくれました。 ですから、涙を拭いて下さい。 貴女は、お姉さんに愛されていたんですよ! それこそ、他人が羨むくらいの愛情で」
顔を上げた真純は、ハンカチで涙を拭きながら、無理やり笑顔を作って見せる。 それは、姉に対し、少しでも感謝の気持を表したかったのかもしれない。
「私は・・・」
ためらい気味に話し始める真純は、姉の思い出を語ると言うよりも、そこには居ない何かに懺悔の気持を告白する様に語り出す。
「姉に対して、とても酷い事を言ってしまいました。 良く考えれば姉が悪い訳ではないのに、完全な八つ当たりです」
そう言って彼女は、自分を哀れむように薄く笑った。
今となっては、後悔する事でしか姉に対して償う事が出来ないと、必死に涙をこらえ、顔を歪ませる。
「お姉さんは、自分の罪を消せるなら妹に幸せになってもらいたいと別れ際に言ってました」
「あれは、私の罪です!」
震える声で真純は応え、抑えきれず涙を流し続ける。
ただ、見守る事しか出来ない自分に苛立ちを感じ、少しでも、冴子の望みをかなえてあげたいと思う反面、免罪符の力で解決してしまうには、それぞれの想いが強く、心の何所かで拒み続けている自分がいた。
声をかける切っ掛けを失い、ただ、心の赴くまま涙を流す真純を見つめ、冴子の事を考える。
彼女は、どこまでを罪と考えていたのだろうか? 例え、真純の苦しみを取り除いたとしても、冴子に対し真純が思っていた事までを消すには、相当の時間のさかのぼりが必要で、生まれてきた事を罪と思うほうが楽なのではないだろうかと思う。
「まさか」思わず声に出てしまった言葉は、最悪の思考を浮かび上がらせていた。
向かい側では、真純が涙を流す目でこちらを伺ってくるが、気にする暇は無かった。
もし、冴子が真純の全ての想いを許すならば、自分の存在が邪魔になるはずと考えるだろう。
そして、初めから、自分の存在がなければ、真純は冬至へ想いを遂げる事が出来る。 今のままでは、冴子の存在が邪魔をして、真純も冬至もすぐには、次へと進むことは出来ないだろう。 ならば、確実に妹の想いをどんな形であれ遂げる事が出来るエンディングを用意するはずだ。
そう、自分が居ない世の中に作り変える為に、本当の意味での死を迎える為に、誰の記憶の中からも消える事を望んだのではないだろうか?
顔面蒼白になる顔を涙目の真純が心配そうに「大丈夫ですか?」と聞いてくる。
心に大きな負荷を感じ、眩暈のする感覚に囚われながらも何とか返事を返すが、負荷を感じる思考は自分の心に大きく留まり、刺となり深く心に突き刺ささったままだった。
悪い考えと言うものは、常に最悪の状況を引き出し、そして、絶望の味見をして心を俯き加減にする物だからこそ、今ここでその考えは振り払わねば何時までも心の棘として突き刺さったままになってしまう。
「そう言えば、お姉さんはどういう人だったんですか? 私は、余命が短い彼女しか知らないので・・・」
真純から見れば、寂しそうな顔をしていたのかもしれない。
彼女は涙を拭いて物思いに天井を見つめながら話し始めた。
「小さい頃から大人しい人でした。 だけど、不思議と回りの人からは信頼を寄せていたみたいです。 私には、とても優しい姉でした」
姉を語るときの真純の顔は、何処か嬉しそうに話しかけてくる。
そして、どれほど冴子の話をしただろうか、窓から見える空は赤く染まり浮かぶ雲は影の様に段々と暗い色へと染まり始めていた。
「すみません、何だか長居してしまって、そろそろ帰ります」
窓の外を見て、自分の腕時計で時間を確認した後、思ったより居心地の良い空間だったのだと、実感し、真純へ帰る旨を伝えると、立ち上がり、「今日は有難うございました」と深々と頭を下げる。
「そんな、顔を上げてください。 僕は、別に何もしてませんから」
「いえ、貴方のお話で、姉の思いを少しでも知る事ができました。 姉が死んでからは、泣いてばかりだった私ですが、少し前向きに暮らしてゆこうと思えるようになりました。 本当に有難うございます」と言ってもう一度頭を下げる真純に、「此方こそ、色々言ってすみませんでした」と頭を下げる。
そして、出口へ向かう自分の背中に、真純が「あの~田沼さんって人はご存知ですか?」と聞いてくる。 「田沼? いえ、知りませんけど、どうしてですか?」
「いえ、貴方が来る少し前に、田沼と言う人が尋ねてきたんですが、悪原という人の話を姉から聞いてないかとしつこく聞かれたもので、何かご存じないかと思いまして」
「悪原・・・・何処かで聞いた事有る名前のような気がしますが・・・何処で聞いたのか覚えていませんね。 すみません、お力になれなくて」
「いえ、私もただ、気になっただけですから、気にしないで下さい」
玄関の扉を開け、真純に向き直り、「では」と挨拶をする。
真純が、「ありがとうございました」と頭を下げる中、玄関の扉を閉め、扉を背にしながら、最後に真純が言った、悪原という名前が妙に心に引っかかった。
だが、結局思い出す事が出来ず、駅へと向かう。
翌日、検査のため病院へと向かう、先月から目眩や息切れが以前にも増して激しくなり始め、今回の検査は不安だった。 検査を受け、主治医に実家に引っ越したいので、周辺の病院へと移転したい旨を伝える。
午前中にほとんどの検査をこなし、午後の採血も終え病院内を後にする。
「すみません、ちょっとよろしいですか?」
駅に向かう途中、30代なかばの男に声をかけられる。
男は、笑顔で「私、こう言う者です」と名刺を差し出した。
名刺には、AUA株式会社 取締役 田沼 亜心と書いてあった。
「あ、どうも」
道端で、声をかけられ名刺を渡されると、言う経験が無いため返答に困り困惑する。
「ちょっとそちらの喫茶店でお話でも」と言われ、変な新興宗教の誘いだと思い拒絶の姿勢を表しながら「結構です!」と強めに断るが、相手も引かず、「あ~勘違いしないで下さい、セールスとかでは、ありませんから」と此方の疑問を察知して安心を与える様に笑顔で答えるが、その笑顔がかえって作り物の様で怪しく見えてしまい、さらなる疑いの眼を向けると、「困ったな~」と言いつつ田沼と名乗った男は、冴子の名前を出して来た。
「萩藤冴子とどのような知り合いなのですか?」
その辺は喫茶店に入りながらと言われ、仕方なく、近くの喫茶店へと入る。
店内に入ると窓際のテーブルへと案内され、田沼は、どちらに座りますか?とたずねてきたので、迷わず出口の見える席へと座ると、田沼は、そんなに警戒しないでくださいと苦笑い気味にこちらを伺いながら、メニューを開き、「何にしますか?」と聞いてきた。
迷わず、珈琲を注文するが、テーブル脇の簡易メニューをチェックすると一杯1000円近い値段で比較的本格的な珈琲を出す喫茶店のようだった。
注文した珈琲をウエイトレスが持ってくると、田沼が先ほどの話の続きを語りだした。
「萩藤冴子さんとは、実際会ったことは無いのですよ。私は、悪原さんからお話を聞いた程度でして」
「なぜ、萩藤冴子と僕が繋がったのかが不思議なんですが・・・」
ほとんど繋がりが無い自分が、何故田沼に話しかけられる事になったのかが理解出来なかった。
「そうですか、八重樫さんと萩藤さんは、それ程親密な関係ではなかったのですか・・・」
半ばガッカリした顔で田沼が俯き加減に視線を下へとずらす。
「それで、田沼さんは萩藤さんにどんな用事があったんですか?」
「それが、はっきりしないのですよ」
「はっきりしないとは、どんな理由ですか?」
「実は、悪原さんから萩藤さんのお話を聞いて、私なりに萩藤さんを探していたのですが、中々手がかりも見つけられなく困っていた所、もう一度、悪原さんへとお話を聞きに伺おうとした矢先に悪原さんは・・・」
「なるほど、悪原さんの自殺でお話が聞けなかったと?」
「・・・なぜ、悪原さんが自殺したと?」
しまった!と心の中で叫びを上げ、自分の迂闊な言葉を呪う事が出来ればそうしたかもしれない。しかし、この時には既に遅かった。 先ほどのガッカリし、口は動くが話はどうでも良いと言うような語りから、いっぺんして田沼の話方にもリズムが生まれ、生き生きと自分を追及し始める。
今まで消えかけていた希望の光が突然強く光りだしたといった感じで、一度捕まえたチャンスを逃す事の無いように必死でしがみ付いているような印象さえ伺えた。
「やはり、萩籐さんから何か聞いているんですね?たとえば、罪を消す方法などを・・・」
これが、やはり本題なのだろう。 悪原という名前を聞いて、萩籐冴子のマンションで聞いた名前と冴子が初めで最後に許した人間の名前が同じである事を田沼との会話で気が付いた時、この男にだけは知られてはまずいと言う危機が働き、隠していたが無駄だった。 人間は、意識すればするほど、ミスをする生き物だと言う事をすっかり忘れた結果だった。 大事な所でミスをするというのは入社して3年目までだったんだが、なんて事を後悔しても仕方が無い、諦めてある程度で話を切り上げる事にしよう。
「悪原さんが昔犯した罪で悩んでいるのを知り、その罪を許したという話を聞いているだけです」
「本当にそれだけですか?私にはどうも引っかかる事が有るのですが・・・」
疑い顔を向ける田沼の目は、獲物を狙う捕食者の目をしていた。
冷静沈着で、感情を表に出さず、あくまでも対等の立場として話しかけてはいるが、何処か上から見下ろす感じのこの男は、話せば話すほど係わり合いになってはならないと自分の危機管理能力が危険信号を発してくる。
「どういう事ですか?」
「先ほど萩籐さんと、それ程親しくない様な話しぶりでしたが、萩籐さんの罪を許す力のことをご存知だ!
普通の人間だったら、そのような力を持っていたら、そんなに親しくない人に話すでしょうか?」
「それは・・・」
言葉に詰まる自分を更に田沼が畳み掛ける。
「貴方、何か知ってますね? 例えば、その力は他人に譲る事が出来るとか?」
それは、確信に近い投げかけだった。 もう、とぼける事を許さないという田沼の意思であり圧力をひしひしと感じつつ、更に田沼が言葉を付け足す。
「それとも、貴方の余命にも関係しているんでしょうか?」
「なぜ? それを」
「失礼ながら調べさせていただきました」
「調べるって言っても、冴子さんとは一度だけしか会っていないはずですが?」
「貴方を、あのマンションで見かけてからと、付け足せば良かったですか?」
あの時か!玄関のホールですれ違った男が田沼だったと言う事か。
だけど、あれだけで調べるまでに至るのか?
それだけ、この男の目的に何か執念のような物があるのかもしれない。
「あなたの目的は何ですか?」
ここで、隠し事をすればかえって疑われる結果になりかねない、ならば疑問をぶつけ、相手の真意を確かめる事が先決だ。
「八重樫さん、絶対的な武器って何だと思いますか?」
「武器ですか? 単純に考えると、権力とかそういうものも含まれているって事でしょうか?」
「そうですね、総合的と言う意味で構いません」
「私が単純に思う事は、暴力や権力を総合的に動かしている物と言う意味で、お金でしょうか?」
「そうですね。 お金などは、象徴的存在です。 ですが、私が思っているのは、力を扱う度胸だと思うんですよ」
「度胸ですか?」
「えぇ、例えば権力の世界での力と言うものは、お金かもしれません。 ですが、お金は武器では無いのです。 あくまでお金は力であって武器と言うものは、他に存在します」
「それは何ですか?」
「弱い人間ですよ」
「弱い人間が武器なんですか?」
「ええ、権力の世界での最大の敵と言うものは、弱小な人間なんです。 それは、民主主義であるがため絶対の法則として、数と言う言葉が壁になっています。 ですが、弱い人間にも勝てるものが存在します。」
「それは・・・何んですか?」
「それは、より弱い立場の人間達です。 その、人間たちを平気で武器として扱えるかどうかで、力の強弱が決まるわけです」
「それは、弱い人間を黙らせる為に、より弱い人間を踏みにじる結果になるという事ですか?」
「そう、取られても構いません」
「あなたは、そのより弱い人間を踏みにじる度胸があると仰りたいのですね?」
「えぇそういう事です。 ですが、より弱い人達への感謝は忘れません。 それ相応の感謝を記したいと思っているのですよ」
「あなたにとってのより弱い人間と言うのが萩籐冴子だったという事ですか?」
「もし、生きていればそういう事になっていたかもしれません。 ですが、彼女の残りの人生を不自由なく送らせる事を保障できたと思いますよ」
「それは、あなたの力ではないですよね?」
「そうですね。 萩籐さんの力を利用してと付け加えるべきでしたか?」
この男は危険過ぎると言う感情が襲い掛かる。
だが、この男の本当の目的がいまだ理解できずにいる事に苛立ちを感じる。
「それで、その萩籐冴子が生きていればどの様な事をしようと思っていたのですか?」
「それは、あなたにお答えする義務が私にあるのでしょうか?」
田沼の話に食いつきすぎたのかもしれない、田沼はそこで一線を置くようにきっぱりとこれ以上先を聞きたければ、それ相応の情報を出せとばかりに私の興味を断ち切った。
「そうですね。 そこまで聞く権利は私にはありません」
失礼しましたと、頭を下げる自分に田沼が私に協力してくれればお教えしても良いですよと、言ってきたが、この底の知れない男に協力すれば、免罪符の力を悪用するかもしれないと危機感が働き断る。
「それで、あなたはどの程度ご存知なのでしょうか?」
「それは・・・」
多少言いよどむ自分に対し、田沼は疑惑の視線を向けてくるが、今ここで心を乱しては悟られてしまうという危機感から何とか言い逃れるすべを見つける。
「実は、彼女とは、一晩限りの関係だったんですよ」
事実を隠すには、まるっきり嘘を言うよりは、多少事実を織り交ぜたほうが見破られにくいと何かの本で書いてあったのを思い出し、今まで隠していた冴子との関係の一部を引き出しから取り出しながら話を進める。
「なるほど、彼女との繋がりが見えてこなかったのは、そのような訳だったからですか」
今まで、冴子との繋がりが見えてこなかった分、かえってその辺の情報を公開したおかげで、説得力のつく話が出来そうだと安堵しながら、話を進める。
「その時に、彼女からその悪原という人の話を聞いたんですよ。 お互い、体を重ねて心が近づいたって勘違いしていたのかもしれませんね。 ベッドの上でいろんな話をしていくうちに、自分達の余命の話しになって、まぁ~そこでお互いが初めて、余り長く生きられない体同士だったって事に気が付きまして、そこで、自分が悪原という人の罪を許したという話を聞いたんですよ」
「なるほど~そうですか」
「お力になれなくてすいません」
「いえ、お構いなく」
田沼は、思惑がはずれ、残念そうにしながらしぶしぶ納得したという顔で此方を伺い、「今日は有難うございました」と、この話はこれでお仕舞いとばかりに、退出をうながしてきたので、席を立ち、珈琲代をテーブルに置こうと財布を取り出すと、「御代は此方で持ちますので結構です」と言ったので、そのまま逃げるように店を後にして、駅へと向う。
駅へ向かう途中、誰かに尾行されいるような感覚に何度も後ろを振り返るが、それらしい人物は目に付かなかった。
「多分疑心暗鬼になっているんだな」
自分を落ち着かせる為、声に出して言ってみるが、先ほどの田沼との会話が思い浮かばれる。 一度すれ違っただけの男に自分の事を、調べられると言う経験がまったく無かったが、自覚してしまうと、すれ違う人総てが疑わしく見えてしまう。
その結果、落ち着かない行動を取ってしまうのも無理は無いのかもしれない。 周りを歩く人たちの視線が気になり、それを気にするとまた、情緒不安定な行動を取ってしまう。
まさに悪循環、自分でも解ってはいるが、どうも落ち着かず、自宅へ着くまでに何度も何度も後ろを振り返りながら、前へ進む行動を取り続け、普段の倍の時間を費やし帰宅する事になった。
家に入ると、窓の外はすっかり暗く、道路を照らす外套が寂しそうに自分の足元を照らしていた。 さほど、人通りの多い通りではなく狭い道路沿いに建つ5階建てのマンションの二階から見下ろす景色は地面までの距離が近いという印象だけが強く、景色が良いわけでもなく、ただ寝に帰るだけの場所として借りていた、会社を辞め一日この部屋に一人で暮らしていると、自分はこんなにも無機質な部屋で暮らしていたのだろうかと思う様になっていた。
家具の類はベッドとテーブルしか存在せず、家電はPCと冷蔵庫、電子レンジのみで、毎日会社と自宅の往復生活が総てだった自分にとっては、これで十分だった。
給料も、何に使うのでもなく、実家へ幾らかの仕送りのほかは、ほとんど手付かずで、趣味といえる物もなく、今までの機械的な生活を思うと、その生活自体が無駄だったのではないだろうかと疑問を感じるようになる。
もう少し、どこかへ出掛ければよかった。 とか、何か趣味を作っておけば良かった。 とか、思いつく後悔は沢山あったが、今となっては遅すぎる後悔だった。
そして、慣れているはずの沈黙の部屋の中で襲われる恐怖感に耐えながらベッドに横になり今日の田沼との会話を思い出していた。
田沼の目的は一体どんな事なのだろうか? 彼が語る力という言葉、それは、より弱い人達を扱うだけの覚悟。 彼にとってその、覚悟とはどのような物なのだろうか?
「考えても仕方ないな」
自分自身考えるのを辞め、冷蔵庫からビールを取り出し一気に飲み干す。
酒に余り強くないので飲んだ後は、眠くなるため、眠れない夜などに飲む為に冷蔵庫には常にビールを常備していた。
ビールの缶をゴミ箱に捨て、冷蔵庫のドアを閉め、ベッドに戻ると、暗くなったキッチンから冷蔵庫が寂しくモーターを動かす音で辺りの空間を振るわせる。 その、音を聞いてより孤独の渦へと引き込まれそうになりながらベッドの上で目をつぶるり眠りに着こうとすると、突然沈黙を破るように携帯電話の着信を知らせる音が鳴り響く。
その音は、冷蔵庫だけが寂しく奏でる音を否定するように、部屋の中でエレクトリカルパレードを響かせる。
それは、まるで皮肉のように寂しい心に突き刺さる。
「はい、八重樫です」
電話を開いて応答すると相手は母親だった。
「母さん?」
「楽、いつ帰って来るんだい?」
「今日、担当の先生に移転する事を頼んだから、来月にはそっちに帰れると思う」
「お前の好きな甘古呂餅作って待ってる」
「うん。 楽しみにしてるよ。」
母親とは偉大な存在だと実感する瞬間だった。 電話を切った後の安心感、血の繋がりなのだろうか?
声を聴いただけで、心が落ち着き、目を閉じた瞬間に眠りにつく事が出来た。
引越しの準備は、必要最小限の家具や家電しか無かったので思ったよりも早く進み、後は業者任せで済む状態だった。
部屋の中をいくつかの段ボールに囲まれた空間でただ、退屈と付き合うよりは外へと出て、散歩を楽しんで見ようと外へ出るが、はっきりとした目的地も無いまま、ぶらぶらと歩いていると、この近くでは割と大きさの公園を見つける。
公園の中には、遊具の類は無く、ある程度広い土地と、中央には築山に盛られ樹木が植えられ、その間を縫うように通っている散策路、その回りに日影に強い植物が数種類植えられており、辺りの土の色を覆い隠し、柔らかな雰囲気を味わう癒しに浸れる場所だった。
そこそこの広さとは言え、歩けば数分で反対側に到着してしまい、公園の中には、年老いた老人夫婦や犬の散歩をする若い女性、公園の外周をジャージ姿で走っている青年など、幅広い年齢層で利用されている。
子供たちは、この広い公園で追いかけっこを楽しんでおり、ただ、走っているだけなのに楽しそうに笑っている。
そんな、ほほえましい風景の中、突然一人の男の子が目の前で倒れだし、激しく胸を押さえ、苦しみだす。
「ぼく、大丈夫か?」
「うぅ、うん平気ですから」
「大丈夫そうには、見えないぞ!まってな、今救急車を呼ぶから」
「お、お願い呼ばないで!」
力無く必死に服の袖を掴み、苦痛で顔を歪めた男の子が、訴えかけるが、その願いえお聞くわけにはいかない。
「何言ってるんだ! そんなに苦しそうじゃないか」
「ママに迷惑がかかっちゃうから・・・」
「母親はそんな事で迷惑だって思わないから大丈夫だよ!」
「ママは迷惑だって、だから、呼ばないで、お願い」
涙を流しながら、痛みに耐え、それでも、救急車を呼ばないでと頼む男の子は、次第に意識が朦朧としてきているようだった。
ためらっている場合ではなく、すぐに救急車を呼ぶべく携帯を開き迷わず119を押す。
コール一回ですぐに繋がり、付近の住所を伝え、男の子の意識が無い事を伝え電話を切る。
辺りには、男の子と一緒に遊んでいた友達が集まってきていた。
「健太君大丈夫?」
心配そうに聞いてくる友達に、「この子のお家知ってるかな?」
「うん! 知ってるよ!」
「健太君の御家の人、誰か連れてきてくれないかな?」
「わかった」と健太君の家まで知らせに行ってもらう事にする。
結局、救急車が来るまでに健太くんの両親は来る事は無かった。
代わりに呼びに行った子供達が帰って来て「留守だった」と言うので、ポケットを探りレシートの切れ端を取り出し、自分の電話番号を書置きし、渡す。
「健太君のお母さんが帰って来たら、これ渡してくれるかな?」
「うん、わかった!
健太くん大丈夫?」
「救急車呼んだから大丈夫だよ」
「本当?」
「ああ、だからお願い、ちゃんと聞いてくれるかな?」
「うん!」
男の子達は、素直に返事をするともう一度健太君の家へと向かっていった。
それから、まもなく救急車は到着し、健太君を乗せ、一緒に病院へと向かう。
救急車の中では、救急隊員が脈を測ったり、呼吸マスクを着け受け入れ先の病院を探す為無線で連絡を取っていた。
無線の内容を聞く限りでは、きわめて危険な状態なのではないだろうかと、思いながら、健太君を見つめる。
こんな、子供が、命の危険を犯してまで母親に迷惑をかけないように気にしているなんて、どういう事なのだろうか。
きちんと母親に話を聞いておきたいと思う反面、自分がでしゃばって首を突っ込むような事では無いと言う気持ちが心を濁す。
この子は、どんな人生を送ってきたのだろうか?
「健太君もう少しで到着するからな! 頑張れ!」
救急隊員が必死になって健太君に話しかけ、此方を向いて、「あなたも健太君に話しかけてあげてください」と必死に伝えてくる。 それだけで、健太君の状態が好ましくないという事がわかり、必死で健太君に話しかける。
まるで、永遠のように永い時間だった。
声は枯れ、かすれ声で健太君に話しかけた。
その、数十分が数時間とも数日とも思えるように必死だった。
病院に着くと、手術室へと運ばれ、緊急オペが行われた。
家族でもない自分が、この場に居ても何の力にもなれはしないが、兎に角健太君の無事を祈りながら、病院の椅子に座り手術中の赤いランプを見つめて続けていると、胸ポケットの携帯電話が突然震えだす。
病院の通路を抜け、出口へ向かい、電話にでる。
「はい、八重樫です」
「あの~私、健太の母親ですが・・・」
「今から言う病院へすぐに来て頂けますか?」
病院名を伝えると、母親はあせりで「はい、すぐに向か」と言い切る前に電話を切った。
携帯電話は、通話終了の音をむなしく耳へと伝え、会話が終了した事を伝えた。
通話を終えて戻ると手術室のランプは消え、そこに医師が1人の立っていた。
「ご家族の方ですか?」
と言う質問に何と応えていいか一瞬迷ったが「いえ、倒れてる所に居合わせて救急車に同乗して来たんですけど・・・もうすぐお母さんが来ると思います」
「そうですか、では、ご両親が来たら看護師にでも声をかけて下さい」
「わかりました」
それから、1時間程で健太くんのお母さんがやって来た。
院内の通路は薄暗く、ただ激しくタイルを叩くハイヒールの音だけが響き渡る。
息を切らせ、髪の毛を乱し、化粧も汗で落ち気味で走って来る姿は子供に迷惑だと言う様な母親には見えなかった。
「あ、あのあの健太の母親ですが、あなたは誰ですか? 先生であ、看護師さん?」
必死の形相で言葉を発する母親は、的を得ずそれでも何とか伝えようとする苛立ちを感じながら言葉を発していた。
「ちょっと落ち着いて下さい。 さっき、健太くんの手術が終った所です。 わたしは健太くんが倒れた時に、居合わせた者です。 今から説明を聴きに行きましょう」
「は、はい! 有り難うございます」
看護師さんに声をかけ、術後の説明を聴きに診察室のドアをノックする。
「どうぞ」と言う言葉を聴き、お母さんに中へ入る様に促すと「あの~一緒に聴いて貰えますか?」と言うので診察室へ入ると、「ご夫婦だったんですね」と言われ、しっかり否定する、
「健太くんの手術を担当した外科医の長谷川と言います。 よろしくお願いします」
「「お願いします」」
場違いな雰囲気の中、健太君のお母さんといっしょに頭を下げ、挨拶をする。
「手術ですが、お母さん、健太君は不整脈でペースメーカーを体に埋め込んでるようですが、最近新しい物を埋め込む手術をしましたか?」
「ええ、メーカーからのリコールで先月したばかりです」
「そうですか、健太君の症状なんですが、ペースメーカーの不具合でした。 リードの先端の移動によりペーシングがきちんと行われてなく、手術は再度創口を開いてリード位置の調整をしました」
「そうですか。 それで、ペースメーカーは大丈夫なんでしょうか? また同じ状態になったりしませんか?」
質問する姿は、必死で健太君の事が心配たまらないといった感じだった。
「お母さん、ペースメーカーの不具合と言う物は極めて少ないケースなので、どうか安心して下さい」
「そうですか」と、ほっと胸をなで下ろす姿は、良き母親といった感じで、子供に気を使わせる親には見えなかった。
一通りの医師の話が終り、術後の経過を見る為に一日入院と言う事になり、手続きの為、待合所のベンチに座り少し話す時間が出来たので、気になっていた質問をする。
「一つ聴きたい事が有るのですが」
「はい、何でしょうか?」
「健太君が倒れた時に、お母さんに迷惑がかかるから呼ばないでと言われたのですが、その辺何か心当たりがありますか?」
まだ、日は落ちかけたとはいえ、院内は雑談が辺りを包み込み、未だ人の出入りは衰える事もなく、おおきな総合病院ならではの雰囲気だといえた。
そんな雑踏と雑談の中で、一人別世界へと入り込んでしまったかの様に、その場が一気に静まり返る。
それは、人々の呼吸の合間を縫う様な一瞬の時の中での出来事だった。
「健太はまだ覚えてたんですね」
その言葉がやっと、口から出たと言う感じで俯き、ただじっと院内のタイルの一点を見つめていた。
「訳を聞いても良いですか?」
「ええ、私も、誰かに話せば少し楽になるかしら」
そう言って健太君の母親は、自分の過去を語り出す。
「丁度3年前に離婚をしたんですが、あの頃は、養育費や生活がきつく、仕事も変わったばかりで、ストレスが溜まり、今思えば、軽いノイローゼ状態だったのかもしれません。
ですが、自分では正常だと思い込んでいました。 兎に角あの時は、家に帰ってもイライラが止まらず、些細な事でヒステリックに怒り出すような精神状態で、健太に色々と辛い思いをさせていたと思います。
多分、その時に健太に対し迷惑だと言ってしまったのだと思います。
ですが、それでも、健太は何も言わず、私に着いて来てくれたので、私も多少健太に甘えていたのかもしれません。
健太に辛く接する日々が日に日に多くなり、まだ7歳の子供にずいぶん酷い事をしていたんだと思います。
そのうち生活も落ち着き、日々の暮らしも楽になり始めた頃、学校で健太が不整脈で倒れました。 その時初めて毎日健太が苦しそうにしていた事を知り、健太は、病気を必死で私に隠していたんです。
病院に運ばれた時は、もう、危険な状態で、本当にあと少し遅ければ命を落とす状態でした。 その時初めて私は、健太に酷い事をしていたのだと気が付きました。 そして、後悔も遅すぎて、何もかも失うところでした。 きっと私は、自分に言い訳をしていたのだと思います。 健太のために働いて、健太だけが私の生きがいだったのに、その健太を私が傷つけて、自分のストレスを健太にぶつけていた事を、健太の為なのだから少しは我慢しなさいって、思っていたんです。 健太はまったく関係ないのに健太にばかり責任を押し付けて、自分は逃げて楽をしていたんです。
健太は、それを総て受け入れて自分の中で抱え込み、頼ることも出来ず限界を迎えようとしていました。 そんな時、健太が病気にかかり、そして神様がいるならば、私に天罰を与えたんだって思いました。
私は泣く事すら許されずただ、罪の意識で毎日を暮らさなければならない人間なんだって。 ですが、健太は何とか一命を取り留め、始めて私は泣く事ができました。
そして、健太の意識が戻った時、私を見た健太が「お母さん、迷惑をかけてごめんなさい。 嫌いにならないで!」ってまだ、体力も戻っていないのにベッドから降り、私のところへ体を引きずりながら近づき、服をつかんで泣きながら言う健太を見た時に、私は思いました。 自分がどんなに最低な母親で、この罪は一生消えない罪なのだという事を、それを背負い日々を暮らしていかなければならないのだと、あれから、年月は経ちましたが、未だに健太の中には、あの頃の私が居るんです。
私の罪は消せないものだと思います。 ですが、健太の辛い記憶だけは消してあげたい。 私が犯した罪を、健太に背負わせる訳にはいけないと思い、この3年、その思いだけで健太と暮らしてきましたが、まだまだ健太の中の私は、変える事が出来ませんでした。 そして、また健太に苦しみを与えてしまいました」
話し終えた後、こらえきれず涙を流す母親は、自分の犯した罪の深さを測るかのように下を向き余りの深さに両手を覆い泣き崩れる。
子供に過酷な生活を負わせてしまった罪からか、心も体も総てが後悔の色に染まっていた。
「もし、神様が居るとすれば、「あなたの罪を許します」と言いますよ。 きっと、健太君が次に目を覚ました時には、忘れていると思いますよ」
その言葉は、誰にも理解はされずとも自分だけが理解してれば良かった。 ただ母と子の生活に少しだけ手助けをしてあげたい一心で、その一言を織り交ぜる。
「そうだと良いんですけど・・・私より健太の心を癒してくれれば・・・」
そう言って健太君の母親はそこに居ない何かに願いを込める。
「健太君は、それだけお母さんへの想いが強かったんじゃないでしょうか?
どんなに苦しくてもお母さんから離れたく無いから我慢をしていたんじゃないでしょうか?」
「だとしたら、私は健太に甘えてばかりで何一つ健太の気持ちを考えて無かったんですね」
「そんな悲観的に思わなくても良いのでは? もっと肩の力を抜いて接してみたらどうです?」
「そういうものでしょうか?」
「きっとそうですよ。 ほら、健太君が目を覚ましたときにお母さんが居なかったら不安に思いますよ。 早く健太君のそばへ行ってあげなきゃ!」
「はい、色々とありがとうございました。 後日お礼に伺いますので」
と言いながら、会計を済ませ、早足で健太君の眠る病室へと向かってゆく姿は子供を心配する母親の姿だった。
病院の出口をでると、外はすっかり日が傾き、西の空には大きな太陽が赤く染まり地平線へと吸い込まれながら沈んでゆく。
あたりは朱に染まり、空に浮かぶ雲は陰に隠れるように黒く染まり始める。
病院の敷地を歩きながら家へと向かうバス停を探していると、突然街灯に明かりがともりスポットライトのように一人の人物を映し出していた。
「八重樫さん、またお会いしましたね」
男は親しそうに話しかけ、そして、薄ら笑いを浮かべる。
「先ほどは良い物を見させていただきましたよ。 きっとあの親子は、今後幸せに暮らせるんでしょうね」
そう言って、笑顔で近づいてくる田沼の顔は、笑っているが目が真剣で、獲物を狙い済ますような鋭い光を放っていた。
「御家までお送り致しましょう」
ここで、断る事が出来ればどんなに楽だろうかと思いながらも、断れる雰囲気ではなく、後から現れた田沼の部下らしき男に、後ろに着かれ、逃げ出す事さえ出来ずただ、田沼の後を着いてゆくだけだった。
駐車場へ着くと、高級そうな黒塗りの車が停まっており、後ろに着いていた男がドアを開き、田沼が後部座席奥へと移動し、その隣に座るようにうながされる。
男は車のドアを閉め、運転席へと移動し、車のエンジンを始動させ、車を走らせると一言もしゃべる事無く、目的地も何処なのか解らないまま、車を走らせた。
車が動くと同時に田沼が話し始める。
「部下にあなたの事を付けさせていて正解でしたね」
「怪しいと思われていたのですか?」
「いえ、多少疑問が残っていたと言うべきでしょうか? 私は、解らない事は、答えを見つけるまでは落ち着かない性格なので、少しあなたの事を調べる事にしたんですよ」
「そうですか」
あくまでも、認めなければまだ、何とかなると言う甘い考えが自分の中を過ぎるが、田沼はそれを綺麗に打ち砕く。
「萩藤さんから力を受け継いでいたんですね!」
証拠も無い事が、田沼が言葉にすると、確証に変わっていた。
それ程この能力にたいする田沼の想いが強い事がうかがえる。
「どうして、そんなにこだわるんですか?」
言い逃れは無駄だろう、それならば、田沼の目的を知る事が先決とばかりに質問をしてみると、田沼はその質問にすんなりと口を開いた。
「その力で、この国を支配出来るとしたらどうします?」
「どうします? と聞かれてもすぐには思いつきませんね」
「そうですか、私は考えたんですよ。 この国の政治家をあやつれる程の力を身につける方法をね」
「政治家の罪を許すって事ですか?」
「そうです。 汚職、献金、不正、隠ぺい思いつくだけでも沢山有りますよね、罪の塊の様な政治家達に、この力で恩を売るには、うってつけの相手なんですよ!」
ここで、否定の言葉を口にするには、かなりの勇気が必要とされるだろう。
ただし、それは自分自身に何十年と言う未来が有っての事、今の自分は明日生きているかどうかも解らない体に何も遠慮なしに言葉を発する事が出来る。
勇気と言うよりは、投げやりと言う言葉が当てはまるだろうか、その言葉は、気持ちを含む事なく自然に流れ出る。
「申し訳ありませんが、あまり興味の有る話しではありませんね」
「ははは、興味ありませんか、ですが、お力を貸して頂ければ損はさせませんよ! それが嫌なら、こちらが用意した人に力を受け継いでいただければ、それ相応のお礼をさせて頂きますよ」
「考えさせて頂けませんか?」
車内の空間が一気に張り詰め、運転手が緊張したように車を走らせる。
「そうですか、では、次に合うまでに考えておいてください」
「はい、わかりました」
張り詰めた緊張の糸が一気に解け安堵の表情で答え小さくため息をつく。
「着いたみたいですね」
窓の外へ顔を向けると、自分のマンションの目の前だった。
いつでも、捕まえられる、と無言の圧力をかけられたような感覚を味わいながら車のドアを開け、逃げるようにマンションへと入っていった。
お疲れ様です。本当に全文読んだんですか?
暇人ですね!
相変わらずの駄文ですみません。