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果たしてこれは、読んでる人居るのでしょうか?
疑問ではありますが、アクセス解析を見るとカウントされてるみたいですし、物好きが居るのかもしませんね。
ハッキリ言いますが駄文ですよ!
ごめんなさい。
季節は過ぎるもので、溜まることも無く見えない時間がただ、一年の終わりへと向かってゆく。
自分の寿命が刻一刻と減ってゆく中で、最近は、街の景色を楽しむ余裕が生まれてきた。
病気に向かい合う事も、何となく出来るようになり、通院先の病院にも知り合いが増え、自分と同じ境遇の人との会話は、安らぎを与える手助けをしてくれていた。
一日を過ごす中で、職場とは、ただお金を稼ぐ場ではなく、自分の精神を安定させる効果もある事を思い知る。
忙しさで落ち込む事もなく、働いている時は、自分の病気の事も忘れられ、一日を通して、一番安定した精神状態の時間だと言えた。
数ヶ月前は、会社へも行かず、ただ、街中をうろつき、出会い系サイトで女をあさり、一晩だけの情事を繰り返していた自分が、どこと無く惨めに感じてしまったのは、萩藤冴子と出合った後からだった。
彼女とは、一晩体を重ねただけの関係だったが、その一晩で、いろんな話をした気がする。
お互いの境遇が似ていたと言う事もあるが、彼女の妹に対する愛情に触れ、ただ、体を重ねるだけの恋をしてきた自分が酷く薄っぺらな愛しか感じたことが無いように思えたからだった。
彼女は終わりへと気持ちを切り替える時期で、自分はこれからを考える時期、彼女とのたった数年の差が大きな差だった。 きっと、もうすぐ終わる彼女と、これから終わりへと向かう自分は埋まることの無い差がある。 酷く残酷な時間と言う牢獄にに囚われた自分が惨めに感じた。
お互い違った形で出会えれば、きっと沢山語り合えただろう。
出会いは常に残酷だと思う。
それは、手遅れであり、現在としての有り様より、過去の思い出にしがみ付き、それを糧として生きている人が余りにも多いからだ。
自分もそんな人間の一人だという事を自覚していた。
あの日から、常に、右の胸ポケットには彼女から譲り受けた免罪符が入っている。
その効果を信じていたわけではない、だけど身に付けている事で彼女との確かな繋がりが出来ている様な気がしたからだ。
そのお守りを持つことで、彼女は生きていると信じ続けることが出来る。
願わくば、萩藤冴子ともう一度出会う機会が欲しい。 たった一度会って話をした関係の女性に、これほど入れ込むなんて、自分でも信じられない事だった。
お互い死の恐怖と戦っているという連帯感からなのか、それとも、吊り橋効果なのかは解らないが、はっきりと言える事は、会えない時間が想いを育んでいると言う事と、二度と出会える事の無い人として無意識に記憶の中で大きく人物像が膨れて来てるのかもしれない。
そして、夢から覚める時がやってくる。
それは、想像していたよりも、ずっと心へ深く突き刺さる痛みを与える事になる。
そろそろ、クリスマスも間近にせまり、社内の空気も浮き足立ってきた頃、新年度へ向け、企画書を提出するにあたり、仕事の振り分け分を回収していた時だった。
「斉藤さん、ポップのレイアウト受け取りに来ました」
「あ!八重ちゃんごめん」
「えぇーまずいっすよ~それ、明日中ですよ」
「ごめん!ちょっと、急ぎで違う仕事頼まれちゃって手が回らないんだわ」
「じゃーこっちで引き受けますから、今までのファイル渡してください」
「はいよ。 ごめん、八重ちゃん。 今度、飯おごるから許して!」
斉藤さんは、作りかけのデータファイルを渡しながら申し訳なさそうに見上げてくる。
残業を覚悟しながら、ため息混じりに諦め、ファイルを見つめ、どの程度まで手を付けてあるかを想像して斉藤さんへ返事を返す。
「しょうがないな~絶対ですよ!」
「あいよ!何でもおごちゃる!」
「なら、許します。 田はらのアジフライですからね!」
「解った! 八重ちゃん」
「お前達何言ってるの?」
突然の話の流れについて行けないと言う顔で、隣でパソコンと睨めっこをしていた鈴木さんが見つめてくる。
「それは、こっちの台詞だよ~鈴木ちゃんどうしちゃったの?」
「それは、こっちのセリフ!
突然、田はらのアジフライだとか、何の脈絡も無くアジフライって。
さっきから、聞いていたけど、そう言う事は、まったく言って無かったよ」
「え?俺たち何の話してましたっけ?」
「何言ってるんだ?斉藤さんに、ポップの仕上げ頼みに来て、急ぎの仕事に手を付けてるからって断られてたじゃないか」
「あれ?すみません、なにか、今日調子悪いのかな?
斉藤さんはだいじょうぶですか?」
「あ、あぁ大丈夫大丈夫!」
斉藤さんはすでに気持を切り替え、さも、気にしないと言ったふうに答えた。
「俺、ちょっと休憩行って来ます」
「あぁ~無理するなよ!」
「八重ちゃん、ごめんね~次はちゃんとするからさー」
背中越しに、鈴木さんと斉藤さんが声をかけてくるが、それどころではなかった。
「もしかして」その言葉は自分を蝕むように心に暗い部分を作り上げる。
まだ、偶然かもしれないと否定の言葉を思い浮かべ、現実を否定し始める。
自分がこんなにも弱く不安に感じる事に戸惑いながらも胸に仕舞った免罪符を握り締め、急いで休憩室へと駆け込む。
気持ちを整理しなければ、今の状況を把握できない。
休憩所へ入ってから、自動販売機で珈琲を買い、中身を一口飲み込み、甘く酸味の利いた液体が喉の奥から、かすかに匂う珈琲の香りで鼻腔をくすぐらされる。
少し、落ちつきを取り戻し、近くのソファーへと腰を下ろす。
そこで、窓の外へと視線を移しながら考える。
「まさか・・・」
ほぼ確実だと、心は告げていた。
だが、自分自身、信じられないくらい、その答えを否定し続ける。
何かの間違いだと強く念じる事で、その答えを否定し続ける。
忘れようとしていた彼女への想いや、記憶の中に閉じ込めていた細かい記憶が一気に押し寄せてくる。
優しそうな笑顔、嬉しそうな顔、ちょっと怒ってほほを膨らませる彼女、一つ一つの表情を思い出しながら外の景色を眺めていた。
少し、薄く広がった暗闇は、まさに、明るくも暗くも無い時間帯だった。
所々で街路樹のイルミネーションの飾り付けをしているお店や、赤と白のコントラストに飾られた看板を歩道へと立て掛けているお店など様々で、街行く人々の顔も心なしかほころんでいる様に感じた。
手にした珈琲の中味を飲み干しながら胸ポケットに仕舞われた免罪符を取り出す。
いっしょに、入れて置いた使用説明のメモが引っかかって床に落ちる。
何と無くそのメモを開き眺めると、そこには、免罪符の使用条件と免罪符によってもたらされるであろう能力が冴子の几帳面な文字数で書かれていた。
ー免罪符の使用説明ー
その能力その1
所有者と罪を犯した加害者意外の記憶に介入する事で加害者の罪を許す事ができる。
その2
何と無く他人の寿命の短さを感じる事ができる。(3年以内)
その3
強い意識を持った人の心の声が時々流れ込んでくる。
血縁者だとより、強い効果が現れるらしい。
ー効果ー
被害者は、加害者が罪を犯した時からの記憶を消される。
上の条件を満たす為には、所有者が加害者の罪を許すと言う気持が必要である。
そのメモの中味を見た瞬間に認めたく無い事を理解した。
そして、先ほどの会話の内容を思い出す。
斉藤さんにポップの依頼をした仕事を回収に来て斉藤さんに急ぎの仕事が入って出来ないと言われて断られる。
斉藤さんに謝られ、それを許した。
「罪を許したという事か?」
罪を許す条件、所有者が罪を許すと言う気持を持って罪を許した。
たったそれだけの事で周りの世界を変えてしまう。
だが、今問題なのは、自分に所有権が移ったって事だ!
それは、すなわち萩藤冴子の死を意味するという事だからである。
自分の恋愛の中でこれ程相手を想った事が有っただろうかと考えてみる。
それも、一晩だけの恋、それは、一目惚れだったのだろうか?
自分自身ハッキリしない想いに悩まされる。
それは、過去の恋愛の記憶をたどったとしても見つける事の出来ない想いだった。
自分の心の有りかを探すように窓の景色を眺める。
ビルの13階から眺めると、人々は小人の群れのようにせわしなく動き回っている。
建物は、大きな鳥籠の様に色取り取りの模様で飾り付けられ、鳥達の止まり木をネオンで照らしながら無宗教な宗教商戦へと意気込みを見せる矛盾だらけの店の群、その雰囲気に呑まれる小人達、今の自分には、何もかも皮肉に映ってしまう程、不安定に揺れ動いている心を抑える事が出来ない。
意味もなくこれから、自分のしなければならない事を考えてみる。
「今日は、ポップの仕上げで残業だな。 あと、何か有ったっけかなぁ~?」
そう、これは現実逃避だ。
だが、今は、その逃避に乗る事にしよう。
今日という日が終わらない様に、普段信じる事もしない神に祈る様な気持で残業に取り掛かった。
その日の仕事が終わったのは、明方近く、多少の仮眠を取り、会社の宿直室でシャワーを浴び、午前中に企画書を提出して、午後は上がろうと決める。
今朝、何とか仕上げたポップと一緒に企画書を提出すると、その足で、自宅へと帰る旨を上司へ伝え、街へと歩を進める中、想いは、どうしても萩藤冴子へと向いてしまう。
「一度彼女の妹に会いに行ってみようか・・・」
自然と口をつく言葉へと想いを寄せる自分に自問自答の言葉が浮かぶ。
彼女との関係を聞かれたら何て答えるんだ?
何故、彼女の死を知ったのかと聞かれたら何て答える?
生前の彼女の話をされたら、どう対応すればいい?
浮かんでくるのは、否定的な言葉だけだった。
考えても仕方の無い言葉ばかりが浮かび上がる。
結局の所自分は、彼女の死を受け入れるのが怖いだけなのかもしれない。
彼女の位牌を見るのが怖いのかもしれない。
彼女の遺影に涙するのが怖いのかもしれない。
彼女の存在が消えているのが怖いのかもしれない。
彼女への恋心を知るのが怖いのかもしれない。
事実を受け入れたくない自分が何もかも彼女に関する一切の行動を制約しているように、彼女との一晩限りの思い出にすがる様に、自分の恋心をすべて奪われた事実から逃げ出し、思い出を否定し続ける。
甘い言葉も無く、感情をむき出しにする事も無く、ただ、己の真実だけを語り続けた彼女への思い出、唯それだけ、なのに、彼女は笑顔を見せ、怒った顔を見せ、笑った顔を見せた。
それだけで、全てを好きになった。
心はそこで時間を留めたように足踏みを続け、自分の醜悪な愛の形を恥じ、彼女の深い愛の形に憧れ、これからに絶望をしていた自分に一筋の希望を与えてくれた彼女。
降り積もるような想いを突然強い風に吹き飛ばされ真実だけが重く圧し掛かる。
「あぁ俺は、こんなにも好きだったんだ。」
その言葉だけがため息の様に口から吐き出される。
今は、時間が必要だ、彼女への想いを整理する時間が、それから彼女の妹へ会いに行こう。
きっと、そこには変わり果てた彼女の姿があるのだろう、決して心を乱さない様にしなければならない。
そして、新しい年を迎えるべく、人々は世話しなく動き出す。
一年の締めくくりへの準備に忙しそうに働き、来年を迎えるために頑張る。
振り返るべく一年へと感謝を込め、来年は、より良い年で有りますようにと願う。
師走、一年で一番忙しい時である。
ただ、追われる様に働き、過ぎ去る事を振り返らず前だけを見つめて仕事に打ち込める唯
一の時間、この時期だけは、萩藤冴子の事を忘れることが出来た。
そして、必死に仕事にしがみ付く。
何日も会社に泊まりこみ、詰め込んだスケジュールを消化してゆき、半ば絶望的な量の仕事を繰り返しこなしてゆく。
一年で一番奇跡を起こせる時である。
こんな所で、奇跡を乱発してしまって良いのかと何時もながら思う。
奇跡的に終わった仕事を振り返り、仲間内で溜まった色々な物を落としに行こうと計画が囁かれ、そして、自分も誘われる。
「八重ちゃん。今日、どお?」
と、軽く誘われ、「斉藤さん。 ちょうど仕事もひと段落したんで、お付き合いしますよ」
軽く答えると「じゃー、何時もの場所で良いかな?」
「解りました」
「んー後数人誘うから、9時に店の前ってことで!」
「了解です」
その店は、駅から歩いて5分の所にある、何処にでも有る小さな居酒屋だったが、ほかの店と違った所が一つあり、その店は、地鳥の焼鳥を出す隠れた名店だった。
その店の焼き鳥は、タレが存在せず、塩だけの強気なメニューと値段設定だが、一度味わえば病み付きになる様な味だった。
一口噛めば、その肉から肉汁があふれ出て、程よく聞いた塩と絶妙な焼き加減で鳥本来の旨みを引き出していた。
斉藤さんは、その店の焼鳥をいたく気に入り、何度と無く通い詰め、今では常連の中でもその明るい性格からか、顔見知れが大分増えていた。
そして、始めて訪れる客は、その焼鳥に舌鼓を打ち付け、酒の肴に会社の愚痴などを多少軽くなった口がはき続ける。
その軽くなった口からは、普段聞けない様な話も衣類の綻びの様に軽く引いてやると店内に流れる音楽の様に流れ、いつの間にか裸になってしまう。
斉藤さんは、その綻びを見つけるのが得意で、普段硬く閉ざされている人にこそその効果は絶大だった。
「お疲れ様!」
誰かがねぎらいの挨拶と共にグラスを突き出せば誰かがそれに答えるという形で始まるその名も無き会、終も決まっておらずダラダラと続く。
「マスター取り合えず何時もの串盛り2つ!」
「マスターじゃねぇ!店長って呼べって何時も言ってるだろうが!」
「へーい」
毎回のやり取りを繰り返しながら斉藤さんは注文をしながら、話しをこちらに向ける。
「で、今回はどうだった?」
「どうだったって聞かれても・・・」
「年末の追い込みだよ!」
「うちのチームは新人抱えてたのでけっこうきつかったっすよ!3日ですね」
「おぉそれは、伊藤ちゃんお疲れ様!
で、八重ちゃんは?」
「俺ですか?取り合えず今は一人でうごいてる状態ですから、この間の1日だけですみましたね」
「あぁこの間のは、ゴメンね。
そ言えば、今回の企画八重ちゃんのが通るって噂だけど、その辺何か聞いて無いの?」
「聞いてませんね。 あくまでも噂だったら、別にそんなに信憑性も無いと思いますよ。
まぁ、今回は会心の出来だったので選ばれれば嬉しいですね」
「なるほど~噂も伊達じゃ無いかもね~
で、鈴木ちゃんは?」
「定時で上がりました」
「おおお、流石定時の鈴木さんですね」
「鈴木ちゃんって昔は鬼の鈴木って言われてたのにね~」
斉藤さんの一言で皆が信じられないと言う顔をして、斉藤さんの話しに興味をしめす。
「鬼って鬼の様に恐ろしいって意味の鬼ですか?」
温厚な鈴木さんには似合わないイメージだが人は見かけじゃ無いと思いながら質問するが、どうやら違うみたいだった。
「違う違う、鬼の様にしごとをこなすって意味の鬼でさー、仕事してるのか生活してるのか周りから見ても区別つかなかったなぁ~」
「そんな時期も有りましたね」
「いつからだっけ?定時で帰る様になったの」
「まぁ~いいじゃ無いですか昔の事なんて」
「いや、今日は、鈴木ちゃんの思い出話しに花を咲かせるぞ!」
「斉藤さん、やめて下さいよ~」
普段、おちゃらけてる斉藤さんだが、この人は、他人の感情にとても敏感で、悩みを聞き出すのがとてもうまかった。
「伊藤ちゃんも聞きたいよな?」
「はい!是非に」
伊藤君はのりのりで答えていた。
それは、多分自分の話にさせない為だと言う事は誰もが解っていることだったが、問題は、斉藤さんにとって魅力的な話かどうかなので、余り関係の無い頑張りだとも言えた。
「まぁ~手始めに八重ちゃんの悩みから聞こうか!」
突然ふられた話しに思わず飲みかけの梅酒を吹き出してしまう。
「なんだ八重ちゃん油断してたな?」
「ええかなり他人事でしたからね」
「油断大敵って奴だ!」
そんな事を言いながら笑う斉藤さんの目は、しっかりと獲物を見据えていた。
「八重ちゃん俺たちに何か隠してるだろ?それも、かなり重大な事を!」
「本当ですか?八重樫さん」
伊藤君の無駄な追い討ちが痛い。
「・・・」
しばらく言うべきか考えたが、このメンバーで隠し事は無駄かと思いながらも、とぼけようとしたが先手を打たれてしまった。
「八重ちゃんさー今年の春に無断欠勤しまくってたけど、あれと何か関係有るのかい?」
「斉藤さんには、隠し事出来ないですね」
仕方なく決意する。
それは、今後職場の人間に迷惑をかけなければならない事であり、いずれは、知られてしまう事だったからだ。
「実は、今年の春にちょっと医者にかかる事が有りまして、まぁ~急性のリンパ性白血病って診断されて、ちょっと診てもらうのが遅かったらしくて、持って後3年程って言われたんですが、あれから大分経ってるから、今は2年くらいかな」
普段通りの口調で話す自分を見つめるみんなの目が時間を止めた様にその行動を静止させる。
斉藤さんも聞き出した事を少し後悔している様子だった。
「いや、皆さんそんなに真剣に考え込まないで下さいよ。
この後、皆さんにご迷惑を掛けるかもしれませんが宜しくお願いししますね」
「あぁ」
斉藤さんが歯切れの悪い返事をして、それを皮切りにみんなが「任せておけ!」と繰り返す。
「で、鈴木さんはなにを悩んでるんです?」
少しでも雰囲気を取り戻そうと矛先を鈴木さんへと向ける。
「八重樫の後でこの話しするのは、ちっぽけな悩みみたいだけど、聴いてくれるか?」
「ええ喜んで」
「俺には10歳の息子が居るんだが、5年ほど前までは、斉藤さんが言っていたみたいに俺は仕事の鬼って呼ばれてて、毎日の帰宅時間は午前様だって事は何度もあった。
あの時は、家を買ったばかりでローンを返すのに必死だったんだよ。
それに、頑張れば頑張っただけ給料に反映してくるし、誰かに認められるって言うのがとても楽しくてな、必死になって働いていたよ。
まぁ~それで、守るべき家族を無視した結果になってしまったんだから言い訳のしようが無いんだけどな。
ある日、息子が風邪をこじらせてな、朝、出掛けに妻に息子の風邪が酷くなったら電話するから何時でも出れるようにしてくれって言われてたんだ。
だが、俺は、うわべだけの返事で妻の言葉を真剣に聞いていなかったんだ。
多分、自分に言い訳してたんだと思う。
家族のために必死で働いて、家のローン払って、家族が暮らしていくだけの生活費稼いで、その他に家の事まで面倒みろとでも言うのかって思ってた。
だけど、俺は忘れてたんだよ、家族があるからこそ仕事を頑張れるって事をさ、だから、家族を顧みず仕事して、自分の目標って言うのは、家族の為じゃなく、自分の満足の為に働く事になってたんだ。
そして、息子の風邪が悪化して、肺炎になりかけた。
もちろん、俺の携帯には妻からの着信履歴でいっぱいに埋まったが、俺は、その時大事なプレゼンの資料を作っていて電話が鳴ってることすら気がつかなかった。
家に、帰ったら妻が涙を流しながら息子にのベットにすがってた。
俺は、その時初めて気がついた。
何時の日か家族と言う存在が重荷に感じていて、妻の言葉も耳に入らないほど仕事へと陶酔してたんだって。
その時の事が切っ掛けで妻は俺を憎むようになって、毎晩、夕食は二食分用意されてるんだ。
その事件から俺は、一切の残業を辞め定時で家に帰るようにしているが、食事は、息子と妻の二食分しか用意されて無くってな、俺は、毎回三分遅れの夕食なんだよ」
三分遅れの食事の寂しさは、自分が妻の手料理を食べることが出来ない悲しさより、自分に対しての贖罪の意識そして、これからもこの生活を送らねばならない悲しさが今の鈴木さんに、にじみ出ていた。
「鈴木さんの罪を許します」
これは、確認のための言葉だった。 そして、本当に罪を許す事が出来れば萩藤冴子の死が確実なものになってしまう。
それでもハッキリさせておく必要があり、自分の感情に終止符を打つための決断だった。
「八重ちゃん何を許したんだい?」
全く持ってその通りの斉藤さんの突っ込みだが、その言葉は、想いに乗せて実現化出来る言葉だと自分だけが解っていればいいと言い聞かせる。
「あぁすいません、僕が鈴木さんの奥さんだったらって話しですよ。 ははは」
「あぁ悪いな八重樫、気ぃつかわしちゃって、お前のほうがずっと深刻なのにな」
「いえいえ、悩みなんて人それぞれ重さも形も違うわけですから、誰が深刻とかそういうのは有りませんって」
周りの皆は、何の話しをしているか理解できないと言う顔をしていたが、酒も回りあまり細かいことを気にしなくなっていた。
「八重樫が言うとその言葉に重みを感じるよ」
「はははまいったな~」
「まぁ~八重ちゃんも鈴木ちゃんも、今日はとりあえず一年の疲れをお酒で洗い流そうって言う事で、どうだろ?」
「そうですね」
「ああ、そうだな」
斉藤さんは、意味が解らないまでも真面目すぎる鈴木さんの作り出す空気を打ち破る気楽な言葉で皆がうなずく。
多分、気がついていないであろう鈴木さんも何となくうなずいてくれた。
何とか、その場の空気の重さから逃れながらも会話は仕事の愚痴へと移行する。
店長の出す焼き鳥の旨さも手伝って、普段言えない事などを口にする。
ここで聞いたり話したりした事は、口外しないと言う暗黙のルールを知っているメンバーだからこそ話せる話に花を咲かせ、一年の愚痴をはき続ける。
そして、吐き出す愚痴が一段楽した所で、終電の時間が頭を過ぎる。
店内に備え付けてある時計を確認し、その時間と自分の腕時計の時間を照らし合わせ、誤差が無いかを確認してから口に出す言葉は決まって「そろそろお開きにしましょうか?」と言う言葉だった。
「お?もう、こんな時間か・・・」
「それじゃ、そろそろお開きだな」
「マスターお会計!」
「マスターじゃねぇ!
店長って呼べ!」
「へぇーい。 じゃ支払いはカードで」
「うちはカード受け付けてねぇ!知ってるくせに何回も言うな!」
「ははは何時もいい突っ込みありがとう店長。 じゃー払っておくから」
常連らしい斉藤さんと店長のやり取りを聞きながら会計を済ませ、店外へとでると、店の中の熱気と暖房で暖められた体に冬の外気が身にしみる。
「いやー外に出ると、酒が抜けそうなくらい寒いですねー」
伊藤君は、羽織ったコートのポケットから派手な色の手袋を出し早速身に着け、その手袋を見て、目ざとく斉藤さんが突っ込む。
「あれー伊藤ちゃんその手袋ずいぶん派手だねー、もしかして彼女のプレゼント?」
「え、ええまぁー」
伊藤君は、次回のターゲットに選ばれそうな危機感を感じながらも返事をするが、それほど斉藤さんの興味をそそるものでもなかったらしく、それ以上は突っ込まなかった。
「さて、帰るとしますか」
「斉藤さん、今日はご馳走様でした」
「いいって~たまには、先輩らしい所見せないとねぇ~」
照れたように、しゃべる斉藤さんは、あまり得意じゃない雰囲気を崩すかのように皆の帰る路線を確認してくる。
「八重ちゃん以外はみんな京王線だっけ?」
「斉藤さんじゃーまた」
「おう、気つけてなー」
「みんなも、気をつけて」
みんなに、右手を上げながら挨拶を交わし、千鳥足でJR線乗り場へと向かい路線の最終電車の時刻をチェックすると、まだ一本余裕がある事に安堵する。
駅の階段をゆっくりと上ってゆくと、電車の到着を教える音楽が鳴り響く、一本余裕があるので、あわてず階段を上ってゆくと、電車から解き放たれた人の群れが波のように階段を上から押し寄せてくる。
人々はわれ先へと階段を埋め尽くし、上り側のスペースまでもふさぎながら急いで電車へと駆け込もうとする人達の邪魔をする。
お酒の効いた頭で何となく考えてしまう。
あぁ~降りる人間は、乗る人間に道を譲る事は出来ないのだろうか?
登山なんかだと、のぼり優先で道を譲るという常識もある。
車の坂道での譲り合いでも確か登り優先だった。
電車は、登りも下りも関係なく我先にと急ぐ人々が我を通す。
これは、これで醜い人間の自我なのだろうか?
自分自身で少し考えながら、自分にも覚えがある事に少しの恥じらいを感じる。
急いでいる時は、確かに上り階段のほうまで膨らんで急いで会談を降りる事がある。
自分もそうやって何度も繰り返し行ってきた罪を他人を見ていまさらながら自覚する。
なるほど、人は他人を見て、自分の罪を自覚するんだな。
今更ながら、当たり前の事に気がつきながら階段を上ってゆくと、そこには、電車に乗り損ねた数人の人が駅のホームでさびしそうに電車の時刻表とにらめっこをしている姿や、携帯を見つめながら厳しい顔をしている人などが数人居た。
あの人達は、多分今日中に帰る事が出来ないんだろうと思いながら、疲れた足を休ませるべく空いているベンチを探すが、駅のアナウンスが電車の到着を知らせる。
仕方なく、電車を待つ事にする。
最終電車の社内は、朝のラッシュ並みの込み具合で、息をするのも大変だった。
その、車内は人間の感情が渦巻く場所でもあり、強い感情がどこと無く自分の頭に直接響き渡る。
「酒臭い奴が居る!水曜の夜に酒なんか飲むなよな!明日も仕事だろうが!」
「このおやじ加齢集最悪!自分で気がついてないのかしら?」
「この女香水きつ過ぎ!」
「何こいつ、こんなに満員なのに平気で床に座ってるよ。 常識ない奴は本当に最低だな!」
「うわっ、このババー!風邪引いてるのにマスクしないで電車に乗るなよな!みんなに移るだろうが!」
「死ね死ね死ねこの痴漢!」
頭の中で、強い人間の感情が押し寄せてくる。
これが、萩藤冴子が味わっていた世界だったのかと驚愕する。
聞きたくも無い他人の感情。
それは、多分ほとんどがどす黒い感情で行き場の無い恨みの感情だった。
少なからず車内で流れてくる感情は全てがそういった誰にでも思うことが出来る感情で、多分普段自分も思っている事だった。
普段、思っている感情が何度も繰り返すうちにある程度強い感情へと変わってしまうのだろう。
はじめは、少し思うだけでも、何度も電車を乗ることにより同じ感情が芽生え、繰り返すうちにその感情は、より強いものへと変わってしまい、電車の中と言う限定した空間で力を発揮する感情なのだろう。
車内で繰り返される感情の渦で頭が割れそうになる。
自分の降りる駅名のアナウンスを聞いた瞬間その空間から逃げるように車内の扉から抜け出し、トイレに駆け込み便座に顔を突っ込み嘔吐を繰り返す。
酒ではなく、人の感情に酔ってしまった自分が情けない。
萩藤冴子は、電車に乗るたびにこの感情を聞き続けていたのだろうか?
今後自分はこの感情を毎回電車に乗るたびに体験しなければならないのだろうかと思うと、吐き気が止まらなかった。
何度も嘔吐を繰り返すうちに、胃の中の物を全て吐き出し、それと一緒に自分の不快感も全て吐き出したかのように体も心もすっきりしてくる。
すっかり酒も抜け、しっかりした足取りでトイレから出ると頭の中に溜まっていた不快感も少しスッキリしていた。
今は、とにかく自宅へ帰って眠りに尽きたいと強く思いながら自宅へと歩を進める。
萩籐冴子の死と言う現実に目を背けるように、夜になっても明るい街並みを歩き続けた。
翌日、鈴木さんは腫れ物が取れたようなすっきりした顔で出社してきた。
そんな、鈴木さんの顔を見て免罪符の効果があった事を実感していると、斉藤さんが早速鈴木さんに探りを入れてくる。
「鈴木ちゃん、何か良い事有ったでしょ?」
「斉藤さん、えぇ、昨日話してた妻の件、何故か昨日帰ると、何事も無かったかのように私に接してくれて、もしかして、許してもらえたんじゃないかと・・・」
「妻の件ってどんな話だっけ?」
「斉藤さん昨日の話覚えてないんですか?」
「あ~わりわり鈴木ちゃん。 昨日結構酔っ払ってたわ」
「そうですか」
鈴木さんはある程度斉藤さんに説明をしているようだった。
説明を聞いて、満足そうに斉藤さんが笑顔で、鈴木さんの背中を叩きながら笑っている光景を見ながら、免罪符を使ってよかったと改めて実感する。
だが、他人の強い感情が流れてくるこの状態だけは、どうも受け入れがたい。
今朝も、電車の中で、色々と他人の感情が頭の中に流れ、しまいには、痴漢にあっていた女性を助けようとして、痴漢に殴られ、逃げられてしまった。
自分が正義の味方だとは言わない。
ただ、何となく体が動いてしまっただけなのだ、自分でも解ってはいるつもりだ。
よせば良いと、面倒な事に首を突っ込むなと、だが、知っていて無視は出来なかった。
知らなかったらどんなに楽かと思う。
そんな、知らなくてもいい事まで免罪符は教える。
その事で、その人を救えと言う訳ではないのだろうが、自分の良心へと訴えている気がする。
これを持つ人間はそういった自分の良心とも戦って行かなければならない。
寿命がわずかな自分に更なる追い討ちのような試練を与えられた気がする。
これは、権利じゃなく試練なのだと思う。
決して、神のように人の罪を許す力を得たのではなく、人間臭く自分の良心と戦い、何が正しいかを悩みそして、その人の罪を許す事を自分が責任を持つことで、一緒にその人の罪を背負うと言う形で許す。
この、免罪符を持つことで、他人の罪を許すと、萩藤冴子は言っていたが、それは、違う気がした。
これは、他人の罪を許すのではなく、他人の罪を一緒に背負うお札なのだと・・・
罪を許すだけなら、許した本人の記憶も消えるはずで、加害者と一緒に記憶が残ると言う事は、その罪を加害者と共有するという事なのではないだろうか?
罪は消えない。
いや、消せない。
どんな人間でも、それが神であっても過ぎてしまった時間に戻る事は出来ないと言う事なのだと思う。
それは、免罪符の力の限界が時間を越えられないと言う事で、それそのものが、神の力の限界ではないのだろうか?
馬鹿らしいと他人が聞いたら言うだろうか?
何も考えず、自分が神になった気持ちで、他人の罪を許せばいいと言うだろうか?
そして、加害者だけが、その罪を悩み自分は知らない顔をすればいいと言うだろうか?
そこまで、単純に物事を考えられればもう少しこの免罪符を簡単に使っているのかもしれない。
でも、自分にはそれが出来ない。
きっと、萩藤冴子も同じだったのだろう。
だから、死ぬ前に一度しかこの力を使わなかったのだろう。
あまりに、便利なように見える力だが、これこそ、死ぬ前に更に他人の罪を背負う苦しみを増やすものなのだと思う。
そう、簡単には使う事の出来ない物だ。
正直恐ろしさを感じる。
だからこそ、簡単に使って良い物ではないのだろう。
自分に移動してしまった免罪符の使用権はただ、他人の罪を許すという物ではなく、他人の死を感じ、そして、他人の声を聞く。
どちらかと言うと付属の能力のほうがとても苦しい物だった。
その、苦しみに耐えていた彼女、萩藤冴子を賞賛するとどうじに、この苦しみを与えた彼女に対しての恨み言を心の中で吐きながら彼女と、出会った時の約束を思い出していた。
そして、年が明けてから、彼女の妹へと会いに行かなければならないと思いながら、今年最後の仕事を片付ける。
本当に全文読んだんですか?
無駄な時間でしたね。
お疲れ様です。