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容赦なく

作者: 可零 蹴

 今日は早く仕事が終わった。時間もあるし、明日の仕事の打ち合わせに前行程の部署に顔を出すと、推定体重八十キロの鳴門という男が、丸い背中をさらに丸めて自分の機械を分解清掃していた。

 ちょっと気が引けたが、あまりの手際の悪さについつい口を出してしまった。

「そんなキツくドライバーねじ込むなよ。ネジ頭ナメてまうぞ。」

「大丈夫です。僕器用なんで」

 本人に悪気がないのはわかるが、俺はその言葉にイラっときてしまった。

「俺の器用の概念サラっと覆すな!」

 俺の声がこわかったのか、焦りながら鳴門が反論しだした。

「ほんまですって、プラモもキレイに……」

「おいおい、プラモと工業機械を一緒にするな。それにネジ頭ナメたら次からそのふた開かんようになるんやど」

 ちょっと呆れたが、去年入ったばかりだし仕方ないか。

「なんか部活やってたんか」

 この男はどこぞの工業高校出身のはず、部活の一つもやっているはずなのだが、

「高校は帰宅部で中学は陸上部です」

 その場にいた人間すべてが凍り付いた。

 しばしの時間が流れ、我に返った人間から罵声が飛んだ。

「おいおい妄想野郎がおるぞ」

「お前宇宙人にさらわれたやろ」

 今の鳴門の体型を見て、誰が陸上部だと信用するだろう。俺もその一人だ。

「器用の概念だけじゃなく、俺の人生観まで覆す気か」

 想像以上の罵声に完全に萎縮していると思っていたが、鳴門は反論をしだした。

 なかなか根性あるなこいつ。

「ほんまですって、嘘ちゃいますよ」

 どんな答えが返ってきても、罵声が飛ぶこと間違いないが一応聞いてみた。

「競技種目は何やってたんや」

「走り高飛びで……」

 言い終わるか終わらない内にやはり罵声が飛んだ。

「なんか妄想野郎がおるぞ」

「こいつ宇宙人にさらわれとるぜ」

 この流れは安易に想像できただけに俺は居たたまれなくなってしまった。それでも鳴門は、なんとかこの流れを打破しようと頑張っている。その姿がまた痛々しい……。

「嘘ちゃいますって、今度アルバムもってきますから」

 話の流れの上で仕方なしに聞いてしまったが、かなり可哀想なので証明の機会を与えてやった。

 俺は体育座りをして、自分の膝を指さした。

「鳴門とりあえず、これ飛んでみろ」

 鳴門は、まさに苦虫を噛み潰したような顔をした。

「五十センチもないじゃないですか、いくらなんでも飛べますよ」

「いいから飛べ鳴門、自分自身の生きてきた証明のために」

 ブチブチいいながら、助走距離をとる鳴門。

「いきます」

 と言い鳴門は右手を上げる。よく大会とかで見る行為だ。こいつ本当に陸上をやっていたのか、俺はちょっと安堵感を感じ余裕で鳴門が俺の膝を飛び越す場面を想像していた。

 ドタドタと肉を揺らしながら、こちらに向かって走ってくるさまは、まさに踊る肉団子だ。

 そして鳴門は自分自身のために飛んだ。

 ここからの場面は俺はこの先一週間は忘れないだろう。そして鳴門よ、皆の期待を裏切らないお前に脱帽だ。


 鳴門の足が地を離れた。まさに宙を舞う肉団子だ。そしてその瞬間がスローモーションになった。

 最初に左足が離れそして右足で床を踏みつけ飛んだ。

 俺の膝の上を左足が飛び越しそして・・・ 膝の上を左足が飛び越した。そして飛び越すはずの右足が段々となぜか近づいてきた。

 鳴門よ、ちゃんと飛んだのかよ高々五十センチだぞ。

 などという俺の心の声を無視するかのように近づく右足。もうダメだ。右足が膝に当たった瞬間スローモーションが解けた。

 体育座りのまま首を右に向けると周りの機材を弾き飛ばしながら、転がる肉団子がそこにいた。すぐに上半身を起こしたところを見るとケガはないようだ。

 俺は立ち上がり鳴門の肩に手を置きこうつぶやいた。

「とりあえず、お前は痩せろ」

 肩を落としながら、鳴門はつぶやいた。

「こんなはずじゃ……」

 あまりのことで、周りはシーンと静まりかえっている。

 俺は鳴門を哀れみながらも、扉を開け部署を後にした。


 贅肉は容赦なく運動能力を奪う悪魔だな。


 しかし……俺は何しにあの部署に行ったのだろう……。


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