第六話
彼女は、私の友人の中では、外見だけなら文句なしに美人の類に入る。
化粧品の一つも持たず、毎週決まって実家の道場へ通い筋力を鍛え、髪は無造作に後ろで束ねるだけ、という無頓着さが、宝の持ち腐れという言葉を体現している。
それでも、綺麗なものはやっぱり綺麗だわ。
ファンデもつけないのにすべすべの肌、口紅もリップもつけないのに赤くてみずみずしい唇、染めたことのない黒髪は艶を持ち、鍛えている四肢は引き締まっていて抜群のプロポーションを描く。
だのに、口を開けばたちまち残念な女に変身する。
「でね、父も母も家に入れてくれないんだ。酷いと思わない?」
新居を訪ねた私に、半べそかきながら泣きついてくるけれど、どこの世界に、嫁にいった娘とだけ同居続行する親がいるのかしら。
むしろ、実家を追い出されてなお、帰る家があって良かったじゃないの。
教えられた新居は、駅前の新築マンションの一部屋だった。
さすがに高給取りは買うものが違う。マンションを現金一括で購入たぁ、庶民にゃ真似できない芸当だわ。
曖昧に「そうねぇ」と頷く私に、彼女の不満はとどまることを知らない。
「ヤツにしたってさ、約束通り結婚式では高砂に座ってやったというのに、結局、囲碁セットはくれなかったんだ。この、碁石だけしかもらえなかったの。碁盤はおあずけなんだって。結婚式の最後に勝手に出ていったからって」
ヤツ、とは彼女の幼馴染にして、ダンナのこと。仮だけどね。
こっちとも面識があるので、私は新居の住所も教えてもらい、こうして訪問する事も許されている。他にも、結婚式の新婦友人をあつめ、緘口令をしき、当日のサプライズに手を貸してやった恩義もある。それを盾に、無理やり聞きだした。
「ああ。あれはなかったわ。招待客に失礼じゃない。あんたが悪いと思うわよ?」
「そう……かな。うん、わかった」
それまでの相槌とは違い、はっきりと指摘されてひるんだのか、少しだけ反省の色を見せたが、すぐさまころりと表情が変わる。
「あっ、でも、これ見て。国産高給蛤碁石なの。なんでも、所有者移転とかの書類も必要だとかで、色々署名して、やっと引き渡してもらえたんだ。綺麗だよねぇ、この艶、形、絶品でしょ?」
ほくほくと目の前に並べられて自慢されるが、生憎と私は碁石なんぞに興味もなく、良さもよくわからない。
なに、碁石って貝殻からできていたわけ? 知らなかったわ。
「ふーん、これ、触っても良いの?」
「うんっ、どうぞどうぞ」
許可を得たので指先でつまみあげる。
確かにすべすべしている。彼女の肌みたい。
「つるつるね。冷たくて気持ちいい」
「これ、目の前にあるだけで、ご飯三杯はおかわりできそう」
全く同意できない感想をもらし、彼女は彼女でうっとりとしていた。
そもそも、私と彼とは、犬猿の仲に近かった。
私は綺麗なものが好き、綺麗なものが美しくしていることが至上。
女の子は、誰でも磨けば綺麗になる。努力を惜しむな。
母にそう言い聞かされて育った私は、中学校で彼女に会って、一目惚れした。
恋愛感情ではなく、綺麗なものが好きだっただけ。
その綺麗なはずの存在が、自分の身なりに全く構わなかったのが許せなかっただけ。
なにかと理由をつけては話しかけ、世話を焼き、気付くと親友の地位を確保していた。
でも、彼女はかなり活発で、私一人では御しきれないことが多かった。
ただのスポーツなら応援しているだけでよかったのに、彼女が好んで行く場所は、場末の路地裏。カツアゲを止めに入ったり、チンピラを投げ飛ばしたり、ひったくりを追いかけたり、強盗を捕まえたり、とにかく、毎日が忙しかった。
そこで決まって登場するのが、彼だ。というより、私が呼んだ。自分では止められなかったから。
事を治めて、彼女を叱るのは、専ら彼の役目だった。
あまり効き目はなかったけれど。
この綺麗な顔を平気で叩く彼が、何度も許せないと思った。
彼女を甘やかす私を、彼も同じように嫌っていたのは明白だった。
でもお互い、利害が一致してたので、連絡先だけは知っていた。
中学は三人一緒だったけれど、高校は私と彼女だけが一緒だった。異常なほど頭脳明晰だった彼は、一人で違う高校に行った。これで毎日、あのウザい顔を見なくて済む、と思ったのに、彼女の行動パターンがさほど変わらず、彼を呼び出す日が続いていた。それは、大学時代も変わらなかった。
お互い社会人になって、少しだけ落ち着いてきた頃、彼から連絡があった。
結論から言うと、とんでもなかった。
「なに、その冗談、面白くないんだけど。忙しいから、切るわ」
最初は、こんな対応をしたと思う。
バカな話は、こっちのほうが叩き潰してやるつもりだった。
なのにその翌日、彼女と遊んだ日に、決心が真逆に変わった。
彼女のお勧めスポットに案内すると言われて連れて行かされた場所は、老人会の詰め所だった。次に案内されたのは、勤務先の盆栽センターで、最後が古書屋だった。そう、普通の古本屋ではなく、古書専門店。
若者が行く場所とは言い難い行きつけの場所に、目眩がした。
なによりも、老人に囲まれ、頭をなでられ、詰め所のアイドルになっていた彼女に、もっと目眩がした。詰め所の友人と老人を数人紹介され、一番好きなタイプがその中の一人と聞いて、男の趣味がおかしいと思った。
思い返せば学生時代、彼女の実家の住所なら知っていたけれど、実際に行ったことはなかった。常に彼がいると知っていたから。
そして彼女の実家が、なにかの道場を開いているとは聞いていた。道場の稽古がなんたらと言って、路地裏の徘徊をしない日には、さっさと帰宅していたから。
でも、個人的な趣味など詳しくは知らなかった。聞いたこともなかったし。
その晩、慌てて彼に連絡をすると「今更か?」と驚かれた。
道を歩けば声をかけられるのが常な彼女は、自分がナンパされているという自覚がない。
単に興味がないのだろう、と思っていたけれど、趣味じゃないとは思わなかった。
まあ、ナンパするような頭の軽い不細工連中、頼まれなくても私が払いのけたに違いなけれど。
正直、苦渋の選択だった。
棺桶に片足突っ込んだような老人が好き、と頬を染めていた彼女が、これから適齢期の数年で、同年齢の青年が好き、というように変わるだろうか。いや、ない。これまでの言動から、絶対に考えられなかった。
むしろ、皺くちゃの新郎と並んで微笑む彼女、の姿を想像して、拒否反応が出た。
美しくないっ! 勘弁してちょうだいっ!!
歳を重ねたロマンスグレーの素敵なおじさまなら許容範囲だけれど。
このまま放っておけば、彼女の結婚相手は間違いなく老人だわ。誰かの後添えだとしても、喜んで嫁いでしまいそう。そのくらいなら、気に入らなくて利害が一致した相手に渡しておいた方が、間違いない。私との交流も、妨げられることなく続けられるもの。
私は彼の提案を、条件付きでのむことにした。
新婦側の招待客を取りまとめ、雑事一切を引き受けた。
結果はまあ、こんなもんでしょう。今に見ていなさい。
彼だけが、彼女を一人占めするなんてズルイわ。今までだって十分目ざわりだったのに、もっと邪魔くさい存在になってしまったじゃない。
まだ入籍していないんだから、彼に遠慮なんてすることないわ。
もっといい男を見つけて、早く彼女に引き合わせなくっちゃ。
できればこの笑顔、一人占めできるような相手が理想なんだけれど。生憎と私には、兄も弟も、年頃の従兄弟もいないのよね。
「この盆栽の枝ぶりが絶品なんだ」
へらへらと盆栽鉢片手に良さを語る彼女を見て、苦笑する。
もういっそのこと、一生黙って座っていればいいのに。そうすれば、置物としては最高なのに。
彼女が泣く姿は見たくない。
私はきっと、彼女が私を見て、笑っていてくれるのなら、それで良いのかもしれない。この綺麗な笑顔には癒されるから。