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第四話

 あの日、おれはクラスの嫌な奴等に追いかけられていた。

 外面が良く、成績もよく、先生の受けもいいあいつは、陰湿なイジメの主犯だった。

 大人にいってもわかってはもらえない。

 狙われた獲物は、標的が変わるのを待つか、おとなしくクラス替えになるまで耐えるだけだった。

 おれの友人が、そいつに狙われたのは、友人の絵がそいつのよりもすごい賞をもらったから、だった。

 あまり喋らないけれど、絵を描かせるとものすごく上手い。

 勉強も運動もそんなじゃないけれど、図画工作の時間は光って見えるほど輝いていた。

 誰が見たって、友人の絵はすごい。それを認めないほうが悪いんだ。

 おれは、なにがなんでも友人から離れなかった。

 クラスの奴らがおそるおそる様子を見ていた事は知っていたけれど、友人は悪くない。イジメられることなんてないはずなんだ。

 そうして意地を張っていたら、標的はいつのまにかおれに移っていた。

 教科書がなくなったり、机に落書きされたり、上履きがなくなっていたり、テストの答案用紙が張り出されていたり、とにかく卑怯な手ばかり使って証拠を残さない。

 友人と二人、クラスの中で孤立していた。

 そう、おれの友人は、おれと同じように、おれから離れてはいかなかったんだ。それがちょっと嬉しくて、なにより心強かった。

 だから、油断していたんだ。

 おれよりもずっと背の高い、横幅もあるような奴等に追いかけまわされる羽目になるまで、このままなんとかなるだろうって思っていた。

 路地裏に回り込んで、流れる汗を袖口でぬぐって、振り返ってみたら、もう追いつかれていた。

 目の前は行き止まりになっていて、逃げ場が見つからない。

 どくん、どくん、と自分の心臓が響くように鳴っていた。

 こんな時、テレビの中なら、正義の味方が現れて助けてくれるに違いないのに、現実はそうじゃないんだ。痛いのは嫌だな。

 諦めていたその時だった。

「おい、なにをしているんだ、お前等」

 おれ等よりもずっと背の高い、この近くの高校の制服を着た、ねーちゃんが立っていた。

 美人だな、と思った。と同時に、助かった、とも、逃げてほしい、とも思った。

「多勢に無勢は卑怯者のすることだ。どんな理由があるにせよ、恥ずかしいと思え」

 腹の底から出すような迫力のある声で、ねーちゃんが視線を流すと、クラスの奴等は小さく舌打ちしながら、それでも慌てて逃げていった。

「大丈夫?」

 ドスの効いたさっきの声とは違い、優しい声がかけられる。

「今日は私がたまたま通りがかったから良かったけれど、こんな目にあうのが嫌なら、大事なものを守れるくらい自分が強くならないとダメだよ」

 そうして頭をゆっくりと撫でられた。泣きそうになるのをこらえながら、何度も頷いたおれを、ねーちゃんは家まで送ってくれた。

 あの時からずっと、ねーちゃんはおれのなかで正義の味方だった。



 ねーちゃんが近所で有名な古武道道場の娘だと知ったのは、かあさんが言ったからだ。

 おれは、とうさんに頼みこんで、ねーちゃんがいる道場に通うことになった。

 強くなりたかったんだ。おれも、自分以外のなにかを守れる強さが欲しかった。

 ねーちゃんの傍にいれば、きっと強くなれる。そう信じていた。

 姉ちゃん、こっちは実の姉のほうだけれど、姉ちゃんは最初、おれが強くなるなんてありえない、とバカにしくさっていた。

 道場では、ねーちゃんが時折、おれ等小学生の指導を担当していた。

 なんというか、見かけと違ってかなり雑な人だった。

 バトルロワイヤル宜しく総当り戦とかしょっちゅうで、ガキながらに受け身の練習だけは欠かさなかった。欠かしたら死ぬと本気で思った。

 いきなり瓦を素手で割れ、とか、木刀で壁を打ち破れ、とか、町内三十周マラソン、とかムチャぶりも激しくて、何人かは稽古の途中で逃げ出した。そんなときは、師匠、ねーちゃんの父ちゃんにこっぴどく怒られていたけれど、翌日には綺麗に忘れてムチャぶりしてくる、そんな人だった。

 でも、あの頃の純真だったおれは、それが「正義の味方」になるために必要な修行だと信じて疑わず、懸命に励んでいた。そんなふうに、ねーちゃんに憧れて道場に通っていた小学生は意外と多くて、そういう連中は皆、へろへろになっても最後まで頑張っていた。

 武道の技を丁寧に教えてくれたのは、もっぱら師匠か、ねーちゃんと一緒に道場に来るにーちゃんだった。

 にーちゃんは無愛想だったけれど、聞けばきちんと教えてくれる人だ。

 武道の型は、最初が肝心だから、と時間をかけてつきあってくれた。

 ねーちゃんに憧れて道場に来た、と言うと、少しだけ眉間にしわを寄せて考えていたみたいだったけれど、ねーちゃんはおれの正義の味方だ、と言ったら何故か納得していた。

 ねーちゃんだけじゃなく、師匠やにーちゃんから言われる稽古もそれぞれに厳しくて、何度も止めたいと思ったけれど、なんとか七年以上耐え抜いて今に至る。

 学校の帰り道で、にーちゃんを見かけた時、ずいぶん場違いな所にいるんだな、と思った。

 にーちゃんはおれに気付いて、手招きして呼んだ。

「なに? にーちゃん」

「ちょうど良い所に来た。お前、このなかでなら、どれがあいつに似合うと思う?」

 ウィンドウの前に並ぶのは、キラキラと輝く宝石だ。

 ゼロがいっぱいついていて、おれには無関係の代物だ。というか、中学生の意見なんて聞いてどうするんだろう。

 おれは胡乱な顔つきになっていたと思う。多分、そう。

「ねーちゃんに? おれ、よくわかんないよ」

「オレもわからんのだ。こういうときは、一番高い物を買っておけば良いんだろうか」

 んなわけないじゃん!!

 おれは目をむいて反論した。

「違うだろ、にーちゃん。ねーちゃんに選んでもらったほうが良いよ。それが一番間違いないって」

 にーちゃんが頭抜けて賢いというのは、前から聞いていた。

 でも、今のこの人、賢さのかけらも感じられない。

 おれだって宿題見てもらったり、勉強教えてもらったりしたんだから、間違いなく頭が良いのは知っている。大学だって、最高峰って言われる所に行ったし、学生時代から特許だの開発だので、懐が潤っているらしいことも聞いている。社会人になった今は、高給取りと呼ばれる人の一部で、普通なら、おれみたいな中学生が気楽に口をきけるような相手じゃないらしい。

 まあ、にーちゃん自身はずっと変わらないので、おれも態度を変えるつもりはないんだけれど。

 ねーちゃんはもともと変わった人で、懐古主義っていうのか、古臭いものが大好きで、老人と盆栽と囲碁が脳内の半分を占めているような人だ。稽古の後、熱く語られる盆栽の話と、時折貸してくれる囲碁の本、好きなタレントを聞かれて老人名しかあがってこない偏った趣味を隠すことなく公言している。

 美人なのは間違いなくて、男に声をかけれることも多い。

 ただ、まったく本人にはその気がないらしい。

 華麗にスル―している場面しか見たことがない。

「あいつには内緒なんだ。お前も絶対言うなよ」

 迫力ある視線がおれを射ぬく。

 この人、昔からねーちゃんが絡むと、少しだけ迫力が増すんだよな。

「いいけど……、なんのサプライズ? ねーちゃんとようやく結婚するの?」

「……」

 にーちゃんはそれに答えず、ウィンドウのなかを真剣に物色していた。

「おれ、思うんだけどさ、ねーちゃんなら絶対、こんなキラキラした小さい石を貰うより、高級蛤碁石を貰ったほうが喜ぶんじゃない? んじゃなきゃ、柾目の碁盤とかさ」

 つい先日、目を輝かせながら、本人が言っていたから間違いない。

 おれはにーちゃんの隣で、ウィンドウを覗きながら呟いた。

 すると、にーちゃんは何かに気づいたようにおれを見つめ、口の端をきれいにあげる。

「成程な、確かに」

 その顔は、整っているぶん凄味があって、異様な迫力があった。

 ねーちゃんはよく、にーちゃんの顔を悪人面だと言っているが、下手に整っている無表情だから人間離れして見えるんであって、決して悪人面ではないとおれは思う。

 ただ、間違いなく迫力はある。

「ここで会えてよかったよ、助かった。ありがとう」

 にーちゃんだって、ねーちゃんの欲しいものは知っていたはずなのに、何故かお礼を言われた。そして、何故か手土産を持たされて帰された。



「わぁ、このアイス、どうしたの?」

「この子がお礼に貰ったんですって」

 姉ちゃんとかあさんが、台所で大はしゃぎしている。

 それもそのはずで、おれがにーちゃんに持たされた土産は、うちでは年に一度くらいしか口にしない高級品だ。スーパーなんかじゃ売っていない、専門店の限定品。それが十数個も冷凍庫に入っていれば、姉ちゃんじゃなくてもびっくりする。

「えー、誰から?」

「道場の先輩」

「なんのお礼で?」

「それは内緒」

 多分、口止め料込みでくれたんだろうから、下手なことは家族にだって言えない。つーか、にーちゃんを敵に回すほど、おれはバカになれなかった。

 にーちゃんと別れてからの帰り道、おれは盆栽センターの前を通りかかった。

 店先で、ねーちゃんが外人相手に笑顔を振りまいているのが見えた。

 最近の盆栽市場は、国内よりも海外での需要があるそうだ。客の半分は外人だと、ねーちゃんが言っていた。

 一鉢片手に、枝がどうの、花がどうの、と騒いでいたが、あの外人はどう見ても、ねーちゃんしか見ていなかった。あれはきっと、持っていた盆栽を褒められたのだと勘違いして喜んでいたに違いない。

 なんとなく心のどこかに残っていた罪悪感のようなものが、あの光景を見た瞬間に吹っ飛んでいった。

 変なヤツとくっつくくらいなら、ねーちゃんの隣は、にーちゃんのほうが似合っている。

 正義の味方にはきっと、ハッピーエンドが似合うんだ。

「えーっ、教えてよ、ケチッ!」

「アイスいらないって言うんなら、教えてもいいよ」

 絶対に姉ちゃんが選ぶはずのない選択肢を残して、おれは席を立った。

 普段、おれを下僕のように顎で使う姉ちゃんは、アイスが残っている間だけ、おれに優しかった。

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