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第一話

「もう一度言ってみて」

 相手を凝視したまま、脳みそは先刻の告げられた言葉を拒否し、とりあえず現実逃避ともいえる台詞を口にした。

「相変わらず頭わるいな、お前。結婚することにしたって言ったんだよ」

 不機嫌そのものの顔に見えるが、これは少しだけ照れているときの顔だ。

 長年、傍にいた私にはわかる。

 そうか。人生の一大決心を最初に教えに来てくれたのか。律儀だな。

 ここはうちのリビングで、ヤツは幼馴染という存在だ。隣家のご両親は忙しくて、言葉もろくに喋れない乳児のうちから、うちで良く一緒に御飯を食べていた。

 そもそも同い年というヤツの存在は、大変目障りだった。

 一人っ子のはずなのに「仲良くはんぶんこ」を義務付けられたり、独占できるはずの母の興味を半分とられたり、言葉を操るようになれば女児である私を追い抜くほど多弁であるし、文字を習えば何歩も先じられる。勉強に至っては背中も見えないほどの距離をあけられた。人間は諦めが肝心、という言葉を体得するに至ったのが小学校に入学する前だ。

 少しはヤツと比べられる私の身になってみろ。いや、そもそもが比べられる相手ではないはずだった。

 私の脳みそが多少残念なのは、親による残念な遺伝のせいもあるだろうし、同じものを食べて同じ場所で育ったからといって、同じような成長をするとは限らない。

 私の内心などちらりとも察しない両親は、ヤツを招き入れることは当然と思っているのか、学生時代を超え、社会人になってまで晩飯を用意してやる入れ込みようだ。

 だから、夕刻の我が家にヤツがいたとしても、別段驚くことではない。

 言われた内容には驚いたけれど。

 そんな成長過程を経たヤツは、実の両親よりもうちの両親に気を遣う傾向にある。

 まあ、半分くらいは育ての親ってもんかもしれない。

「それはおめでとう。結婚式にはよんでね? そして、将来有望な友人知人を、根こそぎ式には招待してちょうだい、私のために」

 こんな悪人面の幼馴染が結婚、相手が気の毒で仕方ない。そのまえに、どこぞの誰かと「おつきあい」なるものをしていたことすら知らなかった。でも、そんなことはどうでも良い。

 顔がどれだけ悪かろうが、頭が良いのは確かで、この不景気に一流企業に勤めているのも確か。学友や同僚も似たようなもので、研究職だろうが専門職だろうが総合職だろうが、そこらで石を投げたら当たるレベルじゃないことも確かだった。

「お前のために? なんで?」

「なんでって、そりゃ、未来のダンナと出会えたらいいなっ、という希望的観測込みの願望は人並みにあるからよ」

 聞いた話によると、理系の男は総じて女に疎いらしい。

 周囲に男ばっかりの環境だから、女の狡さや小技が、面白いほどに効くらしい。

 そして、稼ぎも良いらしい。

 推定の「らしい」だらけなのは、人から聞いた話だから。

 四半世紀を迎えようかという人生経験のなかで、男なんてかけらも縁がなかった。

 つまり、モテなかった。

 容姿も性格も、頭の中身も立ち振る舞いも、ついでに格好も趣味も地味だから、わからんでもない。でも、年頃の女として、まったく興味がないわけではないのだ。つかめそうな図太い藁があったら、ダメ元で掴んでみたいと思うのが人情だ。

 こいつの専攻は理系だった。なんやらわけのわからん機械とか集積回路とか、挙句にかつて一度だけ宿題の一環として見せられたプログラムは、数字の「0」と「1」の連なりで、一生懸命語られた内容の数万分の一も理解できなかった。

 あのとき「凄いね」と言ったのは、「わからない」と言えなかった私の単なる見栄であって、理解以前に脳みそが咀嚼する事を拒否していただけだ。あと、学問に向けるその情熱は、本心から凄いと思ったことも確かだ。

 気付くとヤツは、なんだか微妙な顔をして私を見ていた。

 あれ? 私、もしかして招待されない人? 予定外だった?

 よんでもらえることを前提に話をしていたから、そうじゃなかったら恥ずかしいかも。

 でもでも私、普通に知り合いだよね。大変お世話になった人の娘だよね。私一人だけ、無視はないんじゃないかな。

 冷や汗がでそうな動揺を押し隠し、誤魔化しついでに笑いながら首を傾げていたら、最後にヤツは頷いた。

「未来のダンナと、……うん、まあ、会えるんじゃないか?」

 よしっ、無事に招待客リスト入りは果たせたようだ。

 でも、適当なことを口にしおって、けしからん。

 だが、良い。こいつの伝手を利用するのだから、多少の暴言は甘受するべきだろう。

「そっか。じゃあ、よろしくね」

 楽しみだなぁ、ヤツの結婚式。

 社会人になって数年、こんな楽しそうなイベントは初めてだ。

 私は心躍るような足取りで、自室に戻った。

 それから数時間後に始まった我が家の夕飯は、その話題でもちきりだった。

 いつ、どこで、どんな式をするのか、という母の執拗な質問ばかりが飛び散らかっていた。

 ヤツはいつものように、のらりくらりとかわしながら夕飯に出された魚をほじくっていた。

 器用だよな、といつも思う。

 私でさえ、母のあれは辟易するのだ。最後には料理を抱えて自分の部屋に籠る程度には嫌だ。

 まあ、ヤツは私と違って、子供の生殺与奪になる夕飯がかかっていたからな。あれだ、処世術というもんだろう。

 たまに「あんたも何か聞くことないの?」と母に話を振られたが、他人の結婚式などにそこまで興味がわくはずもなく、「料理は和食が良い」という自分の希望を言ったにすぎなかった。が、母にはしこたま怒られた。

 そんなもん、ヤツの相手が嫌がったらそれまでだ。なんでこんなに怒られるんだろう、理不尽だ。

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