異界の洗礼<1>
過疎化に拍車がかかり、若年層の流出も止められない。残った住人は老々介護で疲弊。税収を増やすためにあれこれやったが空振り続きの行政が最後の手に賭けた。
限界集落と呼ばれていた海沿いの小さな港町から最後の住人が出て行ってしまったことを機に、周辺区域をVRテーマパークとするべく動き出したのである。
季節は4月。瑞々しい緑の葉を青空へ伸ばしている木々の下を、1台の軽バンが跳ねるように走っている。舗装された県道から海側へと伸びる市道はひび割れた箇所が修繕されないまま放置され、悪路と呼んでいい有様だった。
山影に入ると一気に気温が下がり、車の中を抜ける風も冷たくなった。
「オープンはゴールデンウイークを目指してるんだよな。市道の維持工事はとうぜん出てて、入札も終わってるってことでいいんだよな」
たまにやってくる大きな縦揺れに耐えながら、ハンドルを握る百瀬光成は焦りを含んだ声で助手席に座る同僚に確認した。
「民地部分の舗装工事は終わってるみたいよ。行政が負担する市道部分は距離が短いから間に合うって算段なのかも。とりあえず間に合ってくれさえすれば観光課としては文句ない」
窓からの風に目を細めてそう答えたのは左右田咲。百瀬同様に市役所の職員だ。
咲が答えてすぐに舗装された道に入ると、車の揺れはほとんどなくなった。ここからいくつかのカーブを過ぎて十分ほど走れば目的地に到着する。
「東條さんとの待ち合わせ時間には遅れてないよな」
「アンタが事故でも起こさない限り遅れない」
「一応仕事中なんだからさ、アンタ呼びはやめろよ、咲」
口を尖らせて反論している百瀬と咲は互いに物心つく前からいっしょに過ごしてきた幼馴染というやつだ。同い年だが兄妹、いや姉弟と言ってもいいくらいの関係である。
「だれも見てないし」
「いやいやそういうモンじゃねえだろ」
「自分だって仕事離れたときのしゃべり方に戻ってるし。オンオフを適宜つかえればいいのよ。ほら見えてきた」
咲が前方を指さした。百瀬の意識が咲からその指先へと移動する。
道路は直線になり、その先に大きなゲートが見えた。
『Singularity Point』と、近未来を思わせるフォントのパーク名で象られた看板が掲げられている。
門を通過してすぐに広がっているのは第一駐車場だ。オープンしても試験運営のため、第一駐車場と銘打っているものの第二、第三駐車場はこれから整備される予定だ。
第一駐車場は200台収容可能のメインスペースなので、過疎化真っ最中の地方のテーマパークとしてはそこそこの規模と言える。
車が入ってきたのがわかったのか、受付と思われる建物の前にスタッフらしき人影が現れた。
百瀬は速度を落として来客用と記された駐車スペースに車を停めた。
「おはようございます! 市役所の左右田さんと百瀬さんですよね。はじめまして。本日、案内を仰せつかった三上奏子と申します」
パークのイメージカラーであるロイヤルブルーのラインが入った空色のツナギに身を包んだ若い女性は、満面の笑みで咲たちに駆け寄ってきた。
「政策企画局企画部SPパーク推進課観光戦略係の百瀬光成です」
「おなじく左右田咲です」
3人は互いに名刺交換しながら笑顔で挨拶を交わした。
「あちらの方が東條さんですか?」
遅れて出てきたスーツ姿の男性に視線を向けた咲が訊ねると、
「東條さん!」
三上が急かすように手招きして東條を呼んだ。おそらく東條が上司にあたるはずだが三上にはあまり関係ないように見えた。東條も気にするでもなく、颯爽とした所作で3人のところまでやってくると、
「出迎える私が遅れてしまって申し訳ないですね。広報とマーケティング担当の東條充です。ほかにSEもいますが彼らは作業中なもので」
「お気遣いなく。オープンも近づいていますしね」
「今日はプレオープン前のチェックに私たちが代表で体験させていただくわけですので、バックアップはよろしくお願いいたします」
「もちろんです。三上さん、それではお2人を受付まで案内してさしあげて」
「百瀬さん、左右田さん。こちらへどうぞ。ちなみに事前登録は済んでいらっしゃいますか。受付では登録内容の変更も可能ですので、遠慮なくおっしゃってください」
かすかに潮の匂いが含まれる風を受けながら、咲と百瀬はパークの受付へと移動した。




