スキルランクSSS
シルヴィアは今日、5歳の誕生日を迎えた。
この国では、人生のうち、3回スキルを授かる事が出来る。5歳、10歳、15歳の3回である。これは、貴賤関係なく、平等に誰もが授かる事が出来るのだ。
シルヴィアはその記念すべき一つ目のスキルを、今日授かるのだ。朝のうちに沐浴を済ませ、清楚な白いワンピースを着て、神殿に参拝する。そして、主神ルナリアにスキルを授けて頂くのだ。
神殿の階段を登り、祈りの間に続く回廊を、先導するお父様の後から、お母様に手を引かれて歩く。
胸は期待に膨らみ、ドキドキが止まらない。
「シルヴィア、主神ルナリア様は、身体にスキルを授けて下さるのよ」
お母様がシルヴィアを優しく見下ろしてくる。
「お母様は、耳が良くなったの。馬や犬などの動物の言葉が聞き取れるようになったのよ」
唇に人差し指を当てて、内緒話のように小さな声で、そっと教えてくれた。
もちろん、シルヴィアはお母様が屋敷の犬や馬達に話しかけているのは知っていたが、ちゃんと言葉が交わせるのは知らなかった。
「お母様、すごい…!」
目を輝かせていると、お父様が振り返る。
「お父様もすごいんだぞ!足が誰よりも速いんだからな!」
「うん、お父様、かっこいい!」
お父様は走ると速いし、ジャンプして屋敷の
屋根に軽々跳び移れるのも知っている。しかも、シルヴィアに見せてくれるより、もっと速く、高く跳べるとお母様は教えてくれていた。お母様は、お父様が大好きなのだ。だからシルヴィアに、お父様のかっこいいところを、沢山教えてくれる。
「ルナリア様から授けられるスキルは、記憶力が良くなったり、物を作るのが得意になったり、身体を動かすのが得意になったりするのよ」
だから、身体に与えられるスキル。同じ部位に与えられたスキルでも、色々な種類があるのだ。お父様のように足に頂いたスキルでも、蹴る力に特化したまのや、踏みしめる事に特化した物などもあるらしい。
また、お母様のように耳が良くなるスキルでも、聞こえるものは様々で、足のスキルより何倍も種類があるとの事。
そんな話をしていると、祈りの間に辿り着いていた。
「お待ちしておりました、クロノア公爵閣下」
祭壇には三柱の神の像が立ち、その一段下に司祭が分厚い本を抱えて立っていた。
「そちらがシルヴィア嬢で、お間違えないでしょうか」
背中をお母様に押し出されて、シルヴィアは小さな手でスカートを摘んで広げる。
「お初にお目にかかります、シルヴィア・クロノアと申します。本日はよろしくお願い申し上げます」
シルヴィアの挨拶に司祭は一つ頷いた。
「それではシルヴィア嬢。主神ルナリア様の足に手を触れて、祈りを捧げて下さい」
両親の顔を見上げると、お父様は力強く、お母様は優しく頷いてくれる。
シルヴィアはルナリア様の足元に跪き、目を瞑って心の中でご挨拶をする。
『ルナリア様、シルヴィアです。今日で5歳になりました。よろしくお願いします』
挨拶が終わると、ルナリア様に触れた手のひらから、何か温かい光のようなものが身体を通って、目に集まるのを感じた。目が、なんだかあったかくて、とっても眩しい。
と、同時に司祭の持つ本がパラパラと勢いよく捲れる音がし、
「スキル、魔力目視SSS」
司祭の声と、
「「SSS⁈」」
お父様とお母様が驚く声が聞こえた。
シルヴィアがそっと目を開いて見ると、今まで見ていた世界とは違って、沢山の色がキラキラと漂っていた。
キョロキョロと周りを見渡すと、三柱の像は弾けるような煌めきを纏い、特にルナリア様の像は魔力の残滓が色濃く、たった今魔法を使ったばかりのようで…いや、実際シルヴィアにスキルを授けたばかりのなのだから、この色がルナリア様の魔力の色なのだろう。
「魔力目視とは、あらゆる人、生き物の魔力が見えるスキル。レベルによって、ただ見えるだけであったり、高レベルになると、魔力の残滓だけで人物が特定出来るそうです。そして、SSSは、存在が未確認です」
「未確認…」
「それは、あんまり良い予感はしないわね」
不安げなお母様の声に振り返ると、お母様の身体に、ベッタリとまとわりつく魔力が見えた。驚いてお父様を見ると、お父様にもベッタリとお母様の魔力がまとわりついている。
「お父様とお母様、仲良し?」
シルヴィアは首を捻る。
お母様も首を捻り、お父様は
「もちろんだとも!…でもなぜそう思ったんだい?」
「お父様の首と、お口と、お腹にお母様の魔力がいっぱい」
「「❕」」
「お母様の身体中に、お父様の魔力がいっぱいだけど、特にお口とお腹が濃くて」
「きゃー!シルヴィア!」
お母様が真っ赤になって口を押さえる。
お父様は慌ててシルヴィアの方に走り寄ってきて、抱え上げる。
「お母様のお腹の中に、別の魔力があるの。…男の子…?」
シルヴィアを抱き上げたお父様がピタリと動きを止め、ゆっくりとお母様を振り返る。
「お腹に、男の子?」
お母様のお腹を凝視するお父様と、自分のお腹に手をやるお母様。
「うん、とっても小さい魔力が、いるのが、見える」
見開いた目で見つめ合うお父様とお母様は、シルヴィアを間に挟んで、ゆっくりと抱き合った。ぎゅうっと2人のほっぺに挟まれて、シルヴィアはなんだか嬉しくなって笑った。
お父様もお母様も笑った。
「なるほど、SSSは、誰が誰に触れられたかも見えてしまうのですね」
司祭がつぶやくと、2人はハッとして、不安げに顔を見合わせた。
「いつ頃触れたかも、見えてしまうものでしょうか?」
その言葉にシルヴィアに視線が集まるが、スキルは今、授かったばかり。まだよくわからない、と首を傾げるしかなかった。
「そうですね。また何か分かりましたらお知らせ頂けると助かります」
スキルを与え、管理するのは神殿だ。全て詳らかにする者ばかりでは無いが、ある程度の報告義務はある。今まで存在が確認されてないSSSスキルである事は知られているので、不都合のない部分の報告はしなければならないだろう。
「しばらく様子を見て、またご挨拶に伺おう」
お父様はそう請け負った。
屋敷に戻る馬車の中で、シルヴィアはウトウトしだす。慣れない事で緊張したし、見慣れない魔力の色の世界に目も頭も疲れてしまったのだ。
お母様の膝に頭を乗せて、ぼんやりとお父様とお母様の会話を聞いている。
意味はわからないが、子守唄のように眠気を誘われる。
「誰にどこを触られたかわかるとか、あまり人に知られないようにしないとダメかもしれないな」
「ええ…将来が心配だわ。どんなに隠しても、浮気をされたら一目でわかってしまうのよ。誰とどこを触れ合ったかまでも!」
「濃厚さもな」
「もう!あなた!」
「触れ合わないのはナシだ。私達がどれだけ仲良しか、ちゃんと話して聞かせればいい」
「…もう!…でも、そうね。仲が悪いより、良い方が良いに決まってるわ。それより。あなたも浮気したら、一目でわかるのよ?」
「心配いらない。もともと浮気はしないさ。素敵な奥さんが居てくれるから、それで充分満足している」
「…あなた」
なんだか2人の魔力が混じりあっていくのが瞼を閉じても見えていたが、やがてそれもわからないぐらい深い眠りに落ちていった。
目が覚めると、空が白んでいた。
頭がやけにスッキリしている。
薄暗い部屋を見渡すと、沢山の魔力が漂っている。そう、沢山の魔力。
お父様、お母様、それから、乳母。シルヴィア付きの侍女が3人。他に掃除などの雑用メイド達。魔力を見ただけで、顔も思い浮かぶし、誰がどこに触れたかもわかる。
窓の外を見ると、中庭が見下ろせる。
中庭にも、沢山の魔力の残滓が見える。集中すると、どの花をどの庭師が担当しているのか、どこを、誰が、いつ通ったのかまでわかる。多分、一年位は遡れそう。
え。
これ、大丈夫?
ちょっと怖くなってきた。
手元を見下ろし、固く握った手を見る。
お父様とお母様だけでなく、着替えさせてくれた侍女の魔力も見える。その周りに、シーツを張ってくれたメイド、アイロンをかけてくれたメイド、洗濯メイド、お針子、商人、機織り職人、糸巻き工女、蚕農民…そこまで魔力が遡って見える。しかも、見分けがしっかりつく。
シルヴィア5歳。気が遠くなりました。
普段は少し目を瞑りたい。
見たいと思わない限り、余計な魔力は気にならなくなりたい。
かちっ
何かスイッチを押したような音がして、今まで目についていた魔力が、ふわっと軽くなった気がした。
ぼんやり、そこにあるのはわかるが、気にならない。
ほっ、と胸を撫で下ろす。
これなら大丈夫。
シルヴィアは再びシーツに潜り込んで目を閉じた。次に目覚めた時には、スキルは完全にシルヴィアに定着し、自由自在に操れるようになっていると、確信しながら。
数日経ち、スキルについて、親子でしっかり話し合いが済んだ頃、王城より呼び出しがかかったとお母様から話があった。スキルについて、神殿がら陛下へ報告があったのだろう。神殿が他者に他人のスキルを漏らす事はないが、珍しいスキルや強力なスキルなどは、陛下のみに報告が行くことがある。
王城行きの馬車の中で、お母様とスキルについて、話す内容の最終確認。
嘘はダメ。
主要な場所には、嘘や真実を聞き取る耳のスキル持ちが、必ず複数人は居るはずだからだ。
だから、司祭の前で見えたものだけ、全て話す。
誰が何処に触れたかわかる。
妊娠がわかる。
お母様と頷き合い、馬車から降りた。
待ち受けていたのは王妃殿下と、第一王子殿下と第二王子殿下、第一王女殿下だった。
上から10歳、8歳、5歳だ。
因みに王女殿下はシルヴィアより3週間ほどお姉さんなので、スキルはもう授かっているはずとの事。
6人で庭園のガゼボでティータイムとなった。
「私の最初のスキルは絶対記憶S。一度見た物、聞いた物、読んだ物は全て覚えてるんだ」第一王子のクリストフ王子が言えば、
「ボクは指にスキルを貰ったんだ。魔道具の中でも、機械仕掛けの魔道具作りが得意だよ」
第二王子のヘリウス王子が言う。
「わたくしは、喉にスキルを授かりましたの。呪歌が歌えますの」
第一王女のマルガリータ王女がにっこり笑う。
これ、次はあなたの番よってやつ。
「私のスキルは目に授かりました。魔力が見えます。お母様のお腹に男の子の魔力が見えました」
「まあっ」
王妃殿下が声を上げて、お母様の手を握った。
「おめでとう、ナルシア!」
それから、私を振り返って
「素敵なスキルを授かったわね」
それに小さく首を振って、お母様は広げた扇子で口元を隠し、身を傾けて王妃殿下の耳に囁く。
「私が旦那様と仲良くしたのもわかっちゃうのですわ。触れ合った場所に魔力の残滓が見えるようで」
「まあ!」
2人は目を見合わせる。
もちろん、話の内容は子供達にも聞こえている。第二王子殿下と第一王女殿下はキョトンとしていたが、第一王子殿下は、少しモジモジしていた。
「それは…良い事ばかりではなさそうね」
王妃殿下は頬に手を当て、思案する様子を見せた。
「王族は正妃との間に3年子が授からなければ、第二妃を娶る事が認められていますわ」
王妃殿下は子供達を見渡し、
「私は運良く子宝に恵まれましたが…」
言葉を濁す。
国王陛下のお遊びが噂になった事が過去にはあるのだ。王妃殿下の妊娠中で、絶対に口を割らなかったが、王妃殿下は未だに疑っているらしい。
「知りたくなくても見えてしまうのね?」
「ええ、何処が沢山触れ合ったかも、濃さでわかるようですわ」
「それは…」
王妃殿下は労しそうにシルヴィアを見た。
「シルヴィアをクリストフの婚約者に、と思っていたのだけれど」
「「えっ」」
名前の上がった2人は顔を見合わせた。
と、クリストフ王子は咄嗟に両手で口を覆った。目はチラッと後ろに控えている侍女を見た。
その仕草を見て、王妃殿下が顔色を変え、侍女に厳しい目線を投げる。
侍女は声の届く距離には居なかったが、クリストフ王子と王妃殿下の様子を見て、何故か勝ち誇った笑みを浮かべた。
歳の頃は20を過ぎたあたりか。10歳の王子に、まさか。
王妃殿下は侍女を見つめながら、
「シルヴィア、クリストフとあの侍女は、仲良しかしら?」
クリストフ王子は狼狽えて、母親と侍女とシルヴィアの間で視線を彷徨わせている。
シルヴィアは自分のお母様を見て、頷きが返ってきたのを確認した。
改めてクリストフ王子を見る。そこにどろりとまとわりつく魔力。その持ち主は…チラリと侍女を見て、王妃殿下に視線を戻した。
「はい、クリストフ殿下の頭から足まで、あの侍女の魔力がいっぱいです。特に、口とお腹の下辺りが」
次に侍女を見る。
「あの侍女の口とお腹にクリストフ殿下の魔力が濃いです。…あと、お母様と同じ…お腹に女の子の魔力…」
「「「「「!!!!」」」」」
「でも大丈夫です、王妃殿下。クリストフ殿下の子ではないです。…あの侍女、沢山の男の人の魔力いっぱいついてて…ほら、あの騎士さんとか、あ、あそこ歩いてる文官さん?とか、あっ、あの給仕の人です!お腹の子のお父様は!」
「う、嘘よ、嘘よ、嘘よ!この子の父親はクリスなんだから!信じて、クリス!」
持ち場を離れてクリストフ王子に駆け寄ろうとして、侍女は護衛騎士に捕まった。
「そんな嘘つきな子供の言う事信じないでしょう⁈沢山私と愛し合ったじゃない!」
そこで侍女は口を塞がれたが、目はシルヴィアを激しく睨みつけていた。
お母様がすぐにシルヴィアを抱き込んで、その視線から守ってくれた。だからほっとして、余計な言葉が口からこぼれた。
「お腹の子は髪の色も目の色も給仕の人そっくりで、クリストフ殿下にも侍女のあなたにも似てないのに。クリストフ殿下と結婚したかったなら、何で他に8人もの人と仲良くしたのかな」
きっと、息を呑んだのはその呟きを聞いた全員だったかもしれない。
そして半年後、その発言が真実であったのが確認された。シルヴィアの言った通りの容姿の女の子が産まれたためだ。
もちろん、使用人たちへの聞き取りで、侍女と関係のあった8人は早々に確認取れていた。だが、侍女がクリストフ殿下を籠絡し、王太子妃になろうなどと目論んでいる事は、誰も知らなかっただろうと結論付けられた。8人とも、侍女の恋人は自分だけだと思っていたと主張しており、他にも同時に複数の恋人が居たと聞いた面々は反応は様々だったが、一様に驚愕していたからだ。もちろん、箝口令が布かれた為、事実を知る者は、あの茶会の現場に居た者と、国王陛下、クロノア公爵だけである。
そして、シルヴィアのスキルの有用性に王太子妃にと言い出した国王陛下に、王妃殿下はため息混じりにその意見を却下した。
「女は夫を他の女性と共有出来ない生き物ですわ。ましてや、夫が他の女性と、どこをどれだけ濃厚に接触したのか、全部見えてしまうんですもの。耐えられる女性は少ないと思います。ましてや、少女とは潔癖なもの。婚約する前と言えど、クリストフが誰とどれだけ仲良くしたのか見てしまったシルヴィアが、クリストフと触れ合うのは苦痛だと思いますわ。言葉で聞いただけの私ですら、クリストフが汚された、汚い、と思ってしまって、何度も侍従に洗わせ、浄化の魔法を10回かけてもらってからでないと、抱きしめて頬にキスもできませんでしたわ」
王妃殿下の言葉に国王陛下は何とも言えない顔になった。
「ねえ、陛下?シルヴィアは時々私とお茶をする為に登城してくれる事になったのですわ。もちろん、あなたも同席して下さいませね」
にこりと笑った王妃殿下に、国王陛下は凍りついていたらしい。
その後、両陛下とのお茶会でシルヴィアは、頭を下げたまま国王陛下を見ず、口は貝のようにしっかり閉ざした。
お母様の指示通り。
王妃殿下から陛下の顔お見てご挨拶を、とお言葉があったが、両目に涙をたたえ、
「私のせいで、王妃殿下はクリストフ殿下と仲良く出来なくなったと、我が家が王族を仲違いさせようとしてると、城の人達が沢山言っています。また私のせいで、王妃殿下が国王陛下と仲良く出来なくなったら、皆んなになんて悪い子なんだろうって…また沢山…」
ぽろぽろと涙をこぼすと、お母様がぎゅっと抱きしめてくれた。
「シルヴィアは5歳です。幼子に、このような重い責任を負わせないで下さいませ。クリストフ殿下の件について箝口令が布かれた為、殿下達の様子から、シルヴィアがひどい不敬を働いた為にお二人の関係に距離が出来たと、ありもしない噂が真実のように広がっております。もちろん、焚き付けた者には目処が立っておりますが、今回の処遇、我がクロノア家は大変遺憾に思っておりますの。」
シルヴィアの様子とお母様の言葉に、両陛下は目を見開いた。
「恩を仇で返された心地ですのよ」
にこりと笑ったお母様に、両陛下は眉を下げた。
その後、速やかに侍女がクリストフ殿下を加害していたのを救ったのがクロノア家である事、王家はクロノア家に感謝し、褒章を授与する事。また、憶測で噂を流布した者達は、王城に勤務する者としての自覚が足りず、相応しくないとして城外勤務へ左遷となった。
その後シルヴィアは両陛下のお茶会に呼び出される事なく、心穏やかな幼少期を過ごせたのだった。




