冬の加護を得た騎士様は、夏の精に愛されし平民の娘を愛す。
『冬の精に加護を与えられた者と、夏の精に加護を与えられた者は、婚姻を結ぶべし。』という古い言い伝えがある。
というわけで、私、平民のユーラは、冬の加護者となった騎士のカルロス様と結婚することになった。
国境の田舎に隔離されていた私と、騎士団の寮に住んでいたカルロス様は、急遽用意された王都の一軒家にやってきた。
「ユーラ嬢、足りないものがあれば言ってくださいね」
「豪華すぎるよ…、あっ、じゅ、十分です」
「無理に敬語を使わなくても大丈夫ですよ」
「でも、カルロス…様は、偉い人ですよね?」
「騎士はそれほど偉くはないですし、もう夫婦ですから、あなたとは対等です」
「じゃあ、カルロス様も、敬語やめてほしいな」
「…善処します」
真面目な顔が、ちょっと困ったように笑った。
夏の精霊に愛されると、その者を中心にたちまちそこは日照りが続く。
冬の精に愛される者と、その者を中心にたちまちそこは雪景色が続く。
だが、両者が婚姻を交わすと、互いの力が中和され、快適な場所へと変わっていく。
なぜ婚姻なのかは、愛を好む精霊の気まぐれだが、その効果は抜群だ。
だから国は、夏と冬の加護者に関しては放置することができない。
去年の夏に精霊から加護を授けられた私は、すぐに辺境に追いやられた。
私がいると、そこの気温が上がりっぱなしだし、草木が枯れて困ったからだ。
夏と冬の加護者は、近い時期に現れることが多い。
だから、冬の加護者の出現を国は心待ちにしていた。
そして、先日とうとうカルロス様が、冬の精に愛された。
王宮騎士のカルロス様を辺境に送るわけにはいかず、私が連れてこられたというわけだ。
精霊様、気まぐれなのは知っていたけど、身分くらいは合わせてほしかったな…。
「…すみません、下町育ちの平民なんかと結婚なんて」
「私もしがない子爵の出です。四男で家も継げませんので、似たようなものですよ」
似てないことくらい、私でもわかるぞ…!?
「それより、お疲れではありませんか?急いで王都に来たと聞いていますが」
「ああ、そうなんだけど…」
「けど?」
「ふふふ、人と話せるの久しぶりだから、疲れは吹っ飛んじゃったなって」
「え?」
「ずーっと隔離だったから、まともに人に会えるの1年ぶりなんだ」
精霊に愛されし者を邪険にするわけにはいかないけど、私が平民だったからか、今思うと雑な扱いだったんだなとわかる。
むしろ、この用意された家の華美さにびっくりしているよ。
明日からは使用人?の人が来てくれるらしいし、恐れ多いとはこのことかな。
私の言葉に、カルロス様はあからさまに怪訝な顔になった。
「…精霊の加護者に対して、辺境の騎士は何をしていたんだ?」
小声でよく聞こえなかったけど、私は嬉しさのあまりにカルロス様に提案した。
「だから、今日は一緒にご飯食べてくれないかな?誰かとご飯久しぶりなの!」
「…今日から、ずっと私が一緒に食べますよ」
そう言って、カルロス様ははじめて笑ってくれた。
次の日から何人か通いの使用人が来たけれど、随分とまあ、なんていうの、私のことが気に入らないのが丸わかりだった。
「…あんな娘がカルロス様の結婚相手って」
「憧れのカルロス様に、あんな貧相な平民なんて」
「カルロス様、お可哀想…」
言われなくてもわかっているって!
失礼な言い方しか思いつかないけど、こっちも別に望んでこうなったわけじゃないからね!?
精霊の加護者のことを、国としては囲っておきたいわけで。
私とカルロス様は、一生この国に縛られたようなものだというのに。
…まあ、それで言うなら可哀想ではあるか。
ごめんね、カルロス様。
「カルロス様って、女の子に人気なの?」
「…ぶはっ、な、なんのことですか?」
今日も一緒に夕飯を食べながら、気になったことをそのまま訊いてみた。
「通いの子たちが、『カルロス様は女子の憧れの騎士様だったのに〜!』って言ってたの」
「…騎士全体に好意を向ける女性は一定数いますが、それだけですよ」
「そうなの?私との結婚が気に食わないくらいの人気ぶりに聞こえたけどなぁ」
「使用人がそう言ったのですか?」
「んー?別に直接は言われてないよ?」
「…誰が言ったのですか?」
「あはは、気にすることないよ〜!下町のおっちゃんたちに比べたら、可愛いもんだよ〜!」
私がケラケラ笑っても、カルロス様の難しい顔は解かれなかった。
…なんか、まずかったかな?
数週間もしないうちに、通いの人が入れ替わった。
家の事情とか、結婚が決まったとか、理由はそれぞれだったけど、私に厳しい人はみんないなくなった。
若い女の子は1人もいなくなって、気安いおばちゃんたちが増えた。
下町の親切なおばちゃんたちみたいで、懐かしくて、今までと比べ物にならないくらい暮らしやすくなった。
「でね、今日は料理番のみんなに混ぜてもらって、お菓子を作ったの!」
「私も食べたかったですね」
「実はあるんだ、ご飯食べ終わったら一緒に食べよ?」
「それは楽しみですね」
「ふふーん、自信作だよ!」
「ユーラ、足りないものがあったら言ってくださいね」
「ええ〜!今でも十分だよ!」
王都の暮らしは大変だけど、最近は楽しくなってきた。
今年の夏は、楽しいかもなぁ。
と思っているうちに、あっという間に夏が来た。
「…あつい」
「ユーラ、大丈夫ですか?」
「なつのかご、つよすぎ…」
私は椅子から立ち上がれないくらい、のぼせていた。
夏の加護を受けて以来、私の平熱はグッと上がった。
いくらカルロス様と結婚して中和したとしても、これは暑すぎる。
…フラフラする。
「去年はどうやって過ごしていたのですか?」
覗き込むカルロス様に、大丈夫だよって言いたいけど、正直体がしんどい。
去年、どうしてたっけ…。
1人で、どうにかするしかなくて。
「水風呂に1日中つかってた…」
「それは風邪を引かないんですか?」
「加護を受けてから、風邪ひいてない」
「わかりました。すぐに用意させますね」
使用人に指示を出して、すぐに近くにまで戻ってきてくれた。
「熱が出ているようなものでしょうか?」
「…んー、体はいつもぽかぽかだよ?冬はね、半袖で、走り回れる」
「それは、また強い加護ですね…」
「服、脱ぎたい…」
「そ、それは待ってくださいっ」
あつい、熱すぎる、クラクラする。
「ユーラ、風呂の準備ができたそうです。立てますか?」
「んー」
「手を貸してください」
そう言って差し出してくれた手を掴むと、冷たかった。
「つめたい、きもちいい…」
「え?」
「カルロス様、ひんやりしてる…」
「ああ、私はユーラと逆で、いつも体が冷えているんですよ」
「冷えてる…」
そっか、私が冬はへっちゃらなように、カルロス様は夏は大丈夫なんだ。
カルロス様の両手を掴んで立ち上がったけど、思いの外ぐらぐらしていたみたいで、すぐによろけた。
「危ないっ」
カルロス様が抱き止めてくれて、シャツ越しに冷たさを感じた。
そのまま、何も考えずに冷たさに惹かれて抱きついた。
「ユーラ…!?」
「きもちいい〜、カルロス様、すっごいつめたい〜!」
「あ、えっと」
「そっかぁ、カルロス様は夏は無敵だったんだねぇ」
胸に頬をつけたら、ちょうどいい冷たさで、しんどさが溶けていくようだった。
「カルロス様、もうちょっとこのままいてぇ」
「…うっ」
どこもかしこも冷たくて、ペタペタ触ると体中が冷やされていく。
熱に浮かされたままカルロス様を見上げると、私と同じくらい赤く見えた。
そのまま、そっと首筋に両手を添えてくれた。
「はあぁぁ、つめたい、カルロス様すごい…」
「どうですか…?」
「水風呂より最高だよ」
「そ、うですか」
何か考えるようにしてから、「よし…っ」と小さい声が聞こえた。
カルロス様は私を抱き上げると、ソファに座って日が落ちるまでずっとそうしてくれた。
おでこに、首に、手のひらに、カルロス様は遠慮がちに触れた。
その手が熱さを取り去ってくれるように、どんどん緩和していった。
おかげですごく楽だった。
去年から考えられないほど、熱が引くのが早くて驚いた。
「これが、婚姻による加護の制御…?」
「おそらくそうでしょうね」
「そりゃあ、結婚しろって言うわ〜」
「ユーラ、もう辛くはないんですか?」
「うん、すごい元気!」
「それならよかった」
「冬になったら、今度は私が助けるね!」
「…それは、それまでに気合いを入れ直しておかないとですね」
その日以来、なぜかカルロス様はもっと強くなった。
騎士として名誉爵位がもらえるかもしれないと、噂されるぐらいだった。
あまりの強さに、遠征やら、呼び出しやらが多くなって、忙しそうだった。
「やっぱり加護なのかな?」
「と思いますね。体の内側から力が漲ってくるのですよ」
「それ、しんどくないの?」
「むしろ疲れ知らずになってしまって、加減が難しいです」
「なーんでそうなったんだろうね」
「ユーラが心を許してくれたからでしょうか?」
「私?」
「はい、あの、ずっとくっついていた日から、こうなったので」
「あ〜!精霊様は愛が好きだもんね、あり得るなぁ」
「私も、ユーラがいてくれる毎日は楽しいので、それもあるかもしれません」
「そうなの?うふふ、それはいいこと聞いた」
私がニヤニヤすると、カルロス様は気まずそうに顔を赤らめた。
愛を好む精霊様の気まぐれねぇ。
「それってさ、もっと仲良くなったら何かあるのかな?」
「えっ?」
「カルロス様、キスしてみてもいい?」
「えっっっ」
「あ、いやなら全然いいんだけど」
「嫌なわけがないですっ!」
珍しく強く言い切られて、ちょっとだけびっくりした。
「じゃあ」
「私からしてもいいですか…?」
潤んだ瞳に見つめられて、ドキッとした。
コクコク頷くと、触れるか触れないかくらいに頬に手が伸びてきた。
やっぱり冷たくて、心地よかった。
触れるだけのキスをして、お互いに見つめ合った。
しばらく、そうしていたと思う。
ずっと続いたかのような、はじめて感じる時間だった。
「…なにもなかったね」
「…そうですね」
その日はそれだけだったけど、結婚して以来はじめて寝室を一緒にして、手を繋いで眠った。
次の日、もう刈り取られていたはずの国中の麦が一斉に実ったらしい。
大騒ぎののち、我が家に王家の使者が来て、感謝状と報奨金をもらうことになった。
さすがに慌てたけど、ありがたくいただいた。
もうすぐ夏は終わるのにね。
中和されて快適な場所へと変わるって、そういうこと?
精霊様の考えることは、わからないねぇ〜。
カルロス様だけは、照れたように笑っていた。
冬が来る頃には、私とカルロス様は普通の夫婦になっていた。
「ユーラはあったかいですね」
「カルロス寒くない?」
「これだけくっついていたら、熱いくらいですよ」
「えっ、離れた方がいい?」
「嫌です、行かないでください」
冬の加護の影響で、カルロスは体中がキンキンだった。
あの日、私の熱をとってくれたみたいに、今日は私がベッドの中でくっついている。
「…もし、ユーラがいなかったら、どれだけ暖炉をつけてもあったまらなかったでしょうね」
「だろうねぇ。よかったよ、先に加護を受けたのが私で」
「…私が先がよかったです。そしたら、ユーラを1人にすることもなかった」
「ええ〜、いいのに〜。カルロスは真面目だなぁ」
「ユーラ、足りないものがあったら言ってくださいね」
「カルロス、いつもそれ言うよね」
「せっかく夫婦になれたのですから、いい暮らしをさせたいと思うのが、夫の矜持みたいなものなんですよ」
私の胸に顔を埋めて暖を取るこの人が、愛おしいと思う。
みんなが知るかっこいい騎士のカルロスが、こんなに可愛いと知ったら、女の子たちにますます人気になっちゃうんだろうなぁ。
「ねえねえ、カルロス」
「はい」
「私、カルロスがいるだけで、もう十分足りているよ?」
そう言って、カルロスのおでこにキスをすると、耳まで真っ赤になった。
冬の加護を持っている人とは思えないくらい、体までポカポカだ。
「…それは私のセリフです」
「じゃあ、両思いだね!」
寒い冬の日に、布団にくるまって夫とのんびり過ごす。
加護を受けて隔離されていた時には考えられないほどの、あたたかさがここにはあった。
春が来て、私たち加護者への祝福のお祭りが開かれた。
なんでも秋も、春も、食物の収穫が桁違いに増えて、国もほくほくらしい。
ついでに冬は例年より過ごしやすい気候で、交通が止まらずに済んだらしい。
たくさんの人が王都に集まって、楽しんでいた。
「…辺境の地では、申し訳ございませんでした!」
「えっと?」
私は首を傾げて、隣のカルロスを見上げた。
表情は変わっていないけど、かなりお怒りなのが伝わってくる。
私に向かって頭を下げているこの方たちは、私が隔離されていた時のお世話係の人、だよね…?
「加護者を丁重に扱うよう命令されていたにもかかわらず、ユーラのことを平民だからと侮って、職務怠慢していた者たちですよ」
地響きでも起きたのかというほどに低い声で、笑顔を張り付けているカルロスの方がよっぽど怖いな。
「あー、なるほど?」
「ユーラの加護がもたらした素晴らしい恩恵を受けといて、勝手な人たちだと思いませんか?」
カルロスの声に、頭を下げている人たち全員がビクッと体を震わせた。
「国にも抗議してありますし、好きなように処分していいと許可ももらっていますよ」
「えーっと、それはつまり…」
「ユーラの好きにしてもらって構いません」
カルロスは笑っているのに、目が全然笑ってない。
なんか、ものすっごい怖いこと言っているのだけはわかったよっ!?
「別に処分なんて望んでないけど…」
「…ユーラは、そういうと思いました」
なんで残念そうなの?
「この人たちは国に任せていいですか?」
「うん。なんなら、王都まで送ってくれたくらいだし、別に許していいんじゃないの?」
「よくないです!」
「…あ、はい、おまかせします」
頭を下げっぱなしだった人たちは、カルロスの部下たちに連れて行かれたのだった。
…カルロスの騎士の威厳みたいなの、はじめて見た。
「どうかしましたか?」
「んーん、騎士のカルロスがかっこいいってこういうことだったのかなぁって」
「?」
「私の夫は、かっこいいねって話」
「…私の妻が寛容すぎるの間違いでは?」
私を見つめる目が優しくて、私も微笑み返す。
「加護を受けた時どうたらいいんだろうって思っていたのに、なんか不思議だね」
「私はユーラと結婚できたことが、何よりの祝福でした」
「それは私も!」
そう言って、いつもみたいにキスを交わすと、お祭りで用意されていた花が全部満開になった。
精霊様って、本当に気まぐれだなぁ〜。
了
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