第5話 二本目の衝撃
中庭に漂う不穏な空気。それを真っ先に嗅ぎつけたのは、広報課の紗良ではなく、市民課が誇る「ピンクの重戦車」ことクミだった。
「ちょっと、そこ! 何コソコソ隠れてるのよ!」
植え込みの陰でニク課長のポエムに耐えていた美月とテストの前に、クミが立ちはだかる。ポロシャツから溢れんばかりの筋肉を震わせ、仁王立ちする姿は圧巻だ。
「テストの……圧倒的圧っ!?」
「あ、あの、怪しい者じゃなくて……!」
美月が慌てて手を振るが、その美貌にクミの目が細められる。
「……あら、随分と綺麗な顔してるじゃない。でも、うちの『可愛い息子』を覗き見しようなんて、百回スクワットしてから出直しなさい!」
「息子……? あの動画の人がですか?」
美月が問い返した瞬間、中庭に鋭い声が響いた。
「そこ、うるさいわよ」
ベンチでワワワの「完食チェック」を終えた紗良が、立ち上がってこちらを射抜くような視線を向けていた。彼女はゆっくりと歩み寄り、植え込みの背後にいる面々を値踏みするように見る。
「……誰、その子たち」
「紗良ちゃん、この子たちが和久井ちゃんを覗き見してたのよ」
クミの言葉に、紗良の眉がピクリと跳ねた。
「覗き見? ……趣味が悪いのね。凡庸で冴えない、ただの公務員を見て何が楽しいのかしら」
「でも……っ」
美月が反論しようとした時、全員のスマートフォンが一斉に震えた。SNSの通知音。
P:【独占公開】野獣、ついに飼い慣らされる!? 謎の美女による『恐怖の食事制限』現場をキャッチ。 #市役所の野獣 #調教 #食べたいのに食べられない
画面には、先ほどまで行われていた「監視昼食会」の映像が流れていた。
一粒ずつひじきを食べるワワワの情けない姿。そして、それをニンマリとした笑顔で見下ろす紗良の横顔。
「……?」
ワワワが弁当箱を抱えたまま固まる。
紗良の顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。それは恥じらいではなく、自分の完璧なワワワへの管理体制が「調教」という下俗な言葉で晒されたことへの、烈火の如き怒りだった。
「……誰よ。これ、誰が撮ったの」
紗良の肩とともに震える声に、中庭の温度が数度下がった。
その様子を、数メートル離れた別の植え込みから、Pが静かに撮影し続けている。
「テストの……泥沼。テストの最高に面白い展開」
テストだけが淡々と状況を分析する中、美月は震える紗良とそれを見てあわあわとするワワワ、そしてねっとりと微笑むニク課長に囲まれ、自分の好奇心がとんでもない火種を爆発させたことにようやく気づき始めていた。
「ワワワ!!今すぐ私の部署(広報課)に来なさい」
「えっ、でも午後の業務が……」
「来なさいっ!!」
紗良の怒号が中庭に響き渡り、ワワワは文字通り「借りてきた猫」のように彼女の後を追った。
その後ろ姿を、美月は呆然と見送るしかなかった。
「……ねえテスト。あの人、本当に大丈夫かな」
「テストの生存確率30%」




