第4話 監視昼食会
和和和市役所の中庭。そこは、市民にも開放された憩いの場である。
ベンチに座るワワワの正面には、一階上の広報課からわざわざ降りてきた紗良が、ニンマリと笑顔を浮かべ腕を組んで座っている。
「一汁三菜、栄養バランスと彩りを完璧に計算したわ。さあ、一粒ずつ、宝石を扱うように丁寧に食べなさい」
目の前には、紗良が用意した二段重ねの弁当箱。
ワワワは箸を震わせ、ひじきの煮物を一筋つまんだ。
本来、彼にとって「食」は爆発だ。美味いものを口に含んだ瞬間、意識は混濁し、喉の奥から魂の咆哮が、本人の意思とは無関係にせり上がってくる。それはもはや、くしゃみや欠伸に近い、制御不能な生理現象だった。
(……ダメだ。ここで気を抜いて本能を解放したら、一生弁当から”肉抜き”にされる……)
ワワワは必死に理性の手綱を引く。紗良の表情は笑顔だが、視線は食事を楽しむためのものではなく、欠陥品を許さない検査官のそれだ。
「噛む回数は一口につき三十回。咀嚼音は立てない。顎の筋肉を無駄に動かさない。……分かってるわね?」
「……はい」
一方、そんな二人の様子を、中庭の植え込みの陰から窺う影があった。
「テストの食事風景。テストの支配。ハァハァ……テストの逆エロス」
不思議系美女、テストがスマホを構えながら普段の無表情とは異なり、妖艶な表情で呟く。
「ちょっとテスト、あんまり近づくとバレちゃうってば」
美月がハラハラしながらテストの服の裾を引くが、その視線もまたワワワに釘付けだ。
今日のワワワもまた、紗良の指示で整えられた「凡庸な公務員」モード。分厚いレンズの眼鏡をかけている。ただ、背筋を伸ばして静かに箸を運ぶその姿は、確かに動画の野獣とは別人のようであった。
「……でも、本当にあのアリが砂糖を運んでるみたいな食べ方の人が、あの動画の『野獣』なの? 全然そう見えないんだけどなあ」
美月が小首を傾げた、その時だ。
「おや……。可憐な子猫たちが、中庭の三日月を眺めているねぇ……」
外食先から戻ってきたばかりのニク課長が、ねっとりとした声をかけながら二人の背後に立った。
「君たちの若々しい好奇心……。まるで、朝露に濡れたばかりの青リンゴのようだ。あぁ、その瑞々しさを、私の詩で包み込んであげたいよ……」
「テストの……変態」
「あ、えっと……。あの、あの動画の人がここにいるって聞いて……」
美月が引きつった笑顔で一歩引くが、ニク課長は構わず続ける。
「動画? あぁ、和久井くんのことかな」
ニク課長は、ニンマリとした笑顔のまま冷たい視線をワワワに注ぐという器用なことをしている紗良を見やり、不敵に目を細めた。
「彼は今、女王陛下に魂を捧げている最中だ。だが……飢えた獣は、檻が強固であればあるほど、放たれた時の牙は鋭くなるものだよ……フフフのフ」
ニク達が話しているその時、紗良の前で本能を抑えていたワワワの中で急に何かが決壊した。
紗良が鞄から資料を取り出すために一瞬視線を外すという滅多に見せない隙を見せたのだ。そのコンマ数秒、ワワワの肉体は限界を超えた。
ワワワの右手は、まだ大きく残っていた鶏の照り焼きを電光石火の速さで掴み、口の中へ放り込んだ。
(ふごおおぉぉぉぉッッっっ……!!)
脳が真っ白になる。理性の蓋が吹き飛ぶ。
「……んぐっ、ふぅ……ッ!」
咆哮こそ辛うじて飲み込んだものの、天を仰ぎ、喉が獣のように力強く鳴り首の筋が猛烈に浮き上がる。
それを目撃した美月の瞳が、パッと輝いた。
「今の! 今の見た!? やっぱり、あの中に獣が飼われてるんだわ!」
一瞬だけ「野獣」に戻ったワワワは、紗良が顔を上げた時には再び「死んだ魚の目」で空の弁当箱を見つめていた。
だが、その一部始終を、少し離れた位置からPの隠しカメラがまたしても捉えていることに、誰も気づいていなかった。




