最終話 永遠の支配、愛という名の食事
窓の外ではまたあの頃と同じ、少し冷たい秋の風が街路樹を揺らしている。
一年という月日が流れ、僕たちの生活は驚くほど変わったようで、その実本質的な部分は何も変わっていなかった。
キッチンから、トントントンとリズミカルな包丁の音が聞こえてくる。
かつては恐怖の足音のように聞こえたその音も、今の僕にはこれから始まる「儀式」への心地よいプロローグにしか聞こえない。
「ワワワ、ぼーっとしない。さっさとテーブルを拭きなさい」
エプロン姿の紗良が、鍋を覗き込みながら鋭い声を飛ばす。
僕は「はいはい」と苦笑しながら布巾を動かした。資料室の影で怯えていた僕と、孤独にナイフを研いでいた彼女。そんな二人の影は、今やこの小さなリビングルームの灯りの中で、穏やかに重なり合っている。
「……お待たせ。今日のメニューよ」
目の前に並べられたのは、一グラム単位で完璧に計量された、計算し尽くされた夕食だ。
けれど、かつての「茹でたささみと温野菜」とは違う。
旬の秋鮭に、彩り豊かな地場野菜。隠し味に香るスパイスが、食欲を優しくけれど確実に刺激する。それは、僕の身体を健康に保つための「薬品」ではなく、僕を喜ばせるために彼女が心を砕いた「食事」だった。
「……いただきます」
僕は重い眼鏡の奥で、その一皿を愛おしく見つめた。
フォークを入れゆっくりと口に運ぶ。
噛みしめるたびに、素材の旨味と彼女の厳格な愛情が、僕の細胞一つ一つに染み渡っていく。暴力的な脂や塩分はここにはない。あるのは、僕という存在を正しく維持するための完璧な均衡だ。
「ワワワ、一口だけよ? よく噛んで、私を味わいなさい」
紗良は僕の正面に座り、自分の分(僕と全く同じ量だ)を口にしながら、僕の咀嚼回数まで監視するようにじっと見つめてくる。
その視線に射抜かれるたび、僕は自分が彼女の所有物であり、彼女の管理下で磨かれ続けていることを実感し深い安堵を覚えるのだ。
「……ああ。美味しいよ、紗良」
かつての僕は、胃袋にぽっかりと空いた孤独の穴を、無機質な食べ物で埋めようとしていた。
でも、今は違う。
僕の胃袋は、もう二度と「孤独」で鳴ることはない。
この空腹感さえも、彼女が僕に与えてくれた「生」の証。僕の人生は、彼女という唯一無二の支配者に、永遠に美味しく管理されているのだから。
窓の外では、秋の夜が深まっていく。
眼鏡の奥で僕は、自分を最高の宝石として見つめ続ける彼女の瞳を、静かに見返した。
(おわり)
本作を最後まで見守ってくださり、心より感謝申し上げます。
初めての作品でしたので、色々と不出来なところもあったかと思います。当初はもう少し長くを予定していましたが、引き伸ばしになってしまいそうでしたのでここで完結としました。初めての作品で小説を書くことの難しさを改めて感じました。
また別の物語でお会いできる日を楽しみにしています。
お付き合いいただき、本当にありがとうございました!
今日までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!




