第24話 最後のお預け
非常階段をまさかの逆立ちで、プルプルと腕を震わせながら下りてきたのは、高級スーツに「目出し帽」という、職務質問待ったなしのチグハグ不審者だった。
「はぁはぁ……初めまして、と言えばいいのかな。はぁ…僕のことは『P』と…はぁはぁ…呼んでくれて構わない。……君たちの広報活動を…はぁ……少しだけ『過激に(ピリ辛)』演出させてもらった者だよ」
「……あなたね。ワワワを、こんな下劣なショーの道具にしたのは」
紗良が立ち上がり、逆立ちで顔を真っ赤にしている男を完全に無視して、冷徹な視線で射抜く。
「うおおぃ……! ここ、一番ツッコまないといけないところだろう! 僕の体幹、今めちゃくちゃ悲鳴上げてるんだぞ……ッ!」
Pはプルプルと限界を迎えながら着地し、立ち上がって鼻息荒く胸を張る。
「しかし、下劣とは聞き捨てならない! 心外だな。僕はただ、隠された真実を露わにしてチャンネルをバズらせ大金を稼ぎチヤホヤされたいだけだ!!ハハ!」
これ以上ないほど「小物感溢れる本音」をぶちまけた後、Pがパチンと指を鳴らした。
突如、資料館のホール中央の床がスライドし、昇降機がせり上がってきた。そこに鎮座していたのは、美月の弁当を遥かに凌駕する、暴力的なまでの「最高級フルコース」だった。
フォアグラのソテー、霜降りの極厚ステーキ、溢れんばかりのウニを添えたパスタ。それらすべてが、官能的なまでに輝く脂の光を放っている。
「ガ、アァ…………!!」
美月の弁当でスイッチが入ってしまったワワワの喉が、獣のような音を立てた。
「無駄だよ、氷川紗良。君は彼を『冴えない事務員』の仮面で覆い、その隠された美貌と野獣性を自分だけの暗室に閉じ込めてきた。だが、今この瞬間、彼が欲望に負けてこの肉を喰らう姿は、全世界へ中継される。君の秘密の宝物は、全人類の共有物になるんだ」
Pの言葉に、紗良の顔が屈辱と恐怖で歪んだ。
市役所内ですら、ワワワの真の美しさを徹底的に隠し、地味な事務員として管理してきたのは、すべてはこの「至高のワワワ」を自分一人だけで愛でるためだった。それが、このフルコース一口で、俗悪な大衆の好奇の目に晒されてしまう。
「ダメ……ダメよ、ワワワ! 食べないで! その美しさを、汚らわしい他人の網膜に触れさせないで……!」
紗良が背後からワワワを羽交い締めにし、その目を狂ったように覆い隠す。
「テストの絶体絶命……はわわわ〜」
テストの短い言葉が、逃げ場のない事実を告げる。
ワワワの口角から、一筋の涎が垂れた。フルコースから漂う濃厚なソースの香りが、彼の脊髄を直接犯していく。
「あぁ……三日月が、太陽に焼き尽くされようとしている。……なんという背徳の極致だ」
暗がりの端で、いつの間にか追いついていたニク課長が、銀色のハイレグを月の光に反射させ、「管理から解き放たれたメタボ腹」をこれ見よがしに波打たせていた。
「ニク! アンタは空気読みなさいよ!!」
クミのツッコミさえも、今のワワワには遠い世界の音だった。
ワワワの足が、一歩、また一歩と、豪華なテーブルへと踏み出す。
彼の手がステーキのナイフを掴もうとしたその瞬間、紗良の爪がワワワの胸板に食い込んだ。
「ワワワ……あなたは私だけのものなの!……誰にも見せない……絶対に!」
咆哮と共に、ワワワが選んだ行動は、Pの予想を遥かに超えるものだった。




