第22話 混沌のライブ配信
「……いいわ、ワワワ。ゆっくり飲み込んで(私の心拍音、聞こえてないわよね!?)」
「和久井さん、次の一杯入ります! ほら、あーん!」
紗良の抱擁と美月の給餌。ワワワは視界を奪われ、レモンゼリーの味と、紗良の「必死すぎて爆速な鼓動」を間近で感じるという、カオスな感覚に包まれていた。
紗良は内心でガッツポーズを決めていた。
(見て、美月! 彼は今、私の腕の中でしか息ができないのよ!……あ、ストールが少しずれて鼻の穴まで塞いじゃった。……ま、いっか。苦しそうな顔も可愛いし)
しかし、その「紗良の理想郷」を、銀色の閃光が切り裂いた。
「……あぁ。この芳醇な動物性油の誘惑。私の魂が激しく共鳴しているよ……」
ニク課長だ。何故かズボンを脱いでおり、食い込んだ銀色のハイレグを見せつけながら、彼はふらふらと、ワワワのデスクにある『龍神軒』のラーメンへと引き寄せられていく。
「ちょっと、ニク! 食べちゃダメよ、どう見てもそれは罠なんだから!」
クミが止めようとしたが、時すでに遅し。銀色の妖怪はチャーシュー麺へとダイブした。
「いざ尋常に…いただきます。」……ズルルッ!!
ニク課長が勢いよく麺を啜った瞬間、室内のパトランプが真っ赤に回転し始めた。
「むむっ……一体何が……」
「どう考えてもダメな状況でしょ!どうなってんのあんたの脳みそ!?」
「……テストの配信開始」
テストの無機質な宣告。
次の瞬間、駅前のサイネージ、市民のスマホ、そしてネット上のあらゆる広告枠に、「銀色のハイレグ姿でラーメンを爆食いし、脂で唇を光らせながら『フフ……官能的だ』と呟くメタボなおっさん」の姿が超高画質で映し出された。
「……これじゃないッ!!」
スピーカーから漏れるPの、泣き出しそうな絶叫。
Pが求めていたのは、ワワワの美しくかつ獰猛な野獣性だった。しかし、画面を占拠しているのは、ラーメンの汁をメタボ腹に飛ばしながら恍惚の表情を浮かべるニク課長という、視覚的公害そのもの。
「和久井さん、今のうちに!」
混乱に乗じて、美月がさらにゼリーを口に押し込む。
「んぐっ、んんんんんんっ……!」
「静かにしなさい、ワワワ! ……あ、ちょっと待って。カメラの向きが変わったわ。美月、もっと右よ! 私がワワワの左側をカバーするから……ああっ、私の足が課長の脱ぎ捨てたズボンに引っかかった……!」
ドサッ! というマヌケな音と共に、ワワワに抱きついたまま盛大に転ぶ紗良。
結果として、配信画面の端には、ラーメンを啜る銀色のおじさんの背後で、**「目隠しされたイケメンを抱えたまま、足をもつれさせて床をごろごろ転がっている謎の女性」**という、不審極まりない映像が映り込んだ。
『待て、このラーメンおじさんの後ろにいるの、例のイケメン職員じゃないか?』
『何だこのカオスな構図は』
『市役所、もう終わりだろ(褒め言葉)』
SNSは爆発。Pの狙いとは真逆の方向で、和和和市役所は「謎の過激派エンタメ集団」として認知され始めた。
「あぁ……三日月が、私の腹肉の影に隠れて、より神秘性を増しているね……」
スープを飲み干したニク課長が、カメラに向かって、脂ぎった指で「Vサイン」を決める。
「ニク!! ふざけてないで今すぐそのカメラを壊しなさい!!」
クミの跳び蹴りが課長の脇腹にヒットしたが、それすらも「躍動感あふれる肉の揺れ」として全世界へ中継された。
「……ワワワ、この隙に逃げるわよ! ……あ、待って、ストールの結び目が解けない! 私の指、まだ巻き込まれたままなのよー!!」
紗良はワワワと指がストールで繋がったまま、真っ赤な顔をして裏口へと走り出した。
夏の陽光の下、ポンコツ全開の支配者は、逃走劇ですら「ワワワと強制的に手を繋いでいる(物理)」という事実に、密かに鼻血が出そうになっていた。




