第16話 新たなトラブルを呼ぶ企画
「……テストの肉体改造」
バー『La Cave』の静まりかえった空気を、テストの無機質な声がカミソリのように切り裂いた。ワワワのスマホに映し出されたのは、あまりに「けしからん」一枚の画像。それは、爆食後に放心状態で着替えていた彼の、バッキバキに割れたシックスパックの隠し撮りだった。
「な、……ななな、なんですかこれ! 誰がいつの間に!?」
ワワワが裏返った声で戦慄する中、画像にはPからの極悪非道なメッセージが添えられていた。
『この美しき野獣(腹筋)を全世界へリリースせよ。さもなくば、お前のメガネの下をすべてモザイクなしで放流する』
「リリースって何よ! その筋肉は私の私有地よ! 不法侵入禁止なんだからぁぁっ!!」
紗良がワワワからスマホを奪い取り、「ムキーッ!」とマントヒヒのような雄叫びを上げながら地団駄を踏む。
「おまえらなぁ……深夜のバーで腹筋だの私有地だの、騒音公害だぞ」
店主の”ね”ちゃんが、世界一冷めた目で磨き上げたグラスを置く。しかし、紗良の暴走は止まらない。その夜、閉店まで「ワワワの腹筋をどう囲い込むか」という不毛すぎる作戦会議の罵声が夜の街に響き渡った。
翌朝。
市役所の掲示板には、目を疑うような通達が出されていた。
『市民プールのリニューアル記念:脱げる公務員・ポスターモデル選抜決定』
「和久井さん! 大変です! あなたの肉体が公共事業に接収されましたぁーっ!」
今日も適当な理由を作っては市役所に来ていた美月が廊下を走ってズザザザーと駆け寄る。彼女の手には、モデル候補として既に「和久井 輪(強制選出)」の名前が太字で書かれた企画書が握られていた。
「ポスターって……僕、公務員ですよね? 脱ぐのも仕事なんですか?」
「そうよ。だけど、今のあなたの体でポスターに載せようなんて『甘いわっ!!喝』だわ」
背後から現れた紗良は、既に戦闘服を纏い、手には「ワワワ・ハイパー・バルクアップ・オペレーション:明日から本気出す編」という恐ろしいタイトルの計画書を握りしめていた。
「Pの脅しなんてどうでもいい。けれど、公共のポスターに『私の』ワワワが載る以上、世界中の誰が見ても跪くような完璧な肉体にしなきゃ……んふーっ!!」
鼻息荒くワワワの胸板を指でツーと這わせ、紗良が冷酷に(頬を赤らめて)宣告する。
「今日から、炭水化物は『概念』以外禁止。水分の摂取はミリリットル単位で厳守。いいわね、ワワワ?」
「……胃袋が、……僕の胃袋が泣いてます……」
「あぁ……三日月を削り、鋭利なクレッセントへと研ぎ澄ます儀式だね」
通りがかったニク課長が、うっとりと目を細める。その手には、自身のデスクから持ち出した「超ハイレグ競泳水着」のカタログが握られていた。
ニク課長は、おもむろに自身のワイシャツのボタンを弾け飛ばした。そこから溢れ出したのは、管理職としてのストレスと飽食の歴史が刻まれた、立派な「メタボ腹」だった。
「見てごらん。この、重力に抗うことを諦めた豊潤な肉のウェーブを。これこそが本能のままに生きた男が辿り着く『欲望の終着駅』だ……」
ニク課長は、ぷよぷよとした腹でパンパンになった「銀色の競泳水着」の表面を指でつまみ、パチンと不快な音を鳴らした。
「ニク! 何さらけ出してんのよ!! 汚いからすぐボタン締めなさい!」
クミの怒声が響くが、課長はどこ吹く風で、自身の腹を太鼓のように叩いた。
「 ……でも、和久井ちゃんの水着か。ちょっと、楽しみじゃない……」
ムフーっとクミが鼻息荒く身を乗り出す。
美月だけが、ワワワの青ざめた顔を見て、必死に抗議した。
「そんな、水分まで制限するなんて……! 私、和久井さんのために、健康的なスポーツドリンク自作してきますから!」
「不要よ不要!!余計な不純物は、ワワワのこれから磨き上げる肉体を濁らせるだけ」
「濁りません! 愛情は肉体の栄養なんです!」
女たちのバカバカしくも熱い火花。その中心で、ワワワは悟った。
今年の夏は、以前に食べたマシマシラーメンのスープよりも熱く、そして過酷なものになることを。
その頃、どこかのVIPルームだろうか、豪華な内装の部屋でソファに座りながらPはモニターに映るワワワの「腹筋画像」を見つめ、静かにワイングラスを傾けていた。
「さあ、脱いでもらおうか。和久井 輪。……君のその肉体が、どれだけのバズりを呼び寄せるか、試させてもらうよ」




