第15話 月夜のバーにて
連載をお読みいただき、本当にありがとうございます。初小説ながらここまで走り抜けることができました。本作の第一章はこの話にて完結となります。次章からの展開も、どうか最後までお付き合いいただけますと幸いです。
数日後。市役所内は、あの「ラーメン爆食動画」の話題でもちきりだった。
しかし、当のワワワはと言えば、厳重な「謹慎」という名の監禁生活を経て、ようやくいつもの隠れ家、バー『La Cave』に辿り着いていた。
「……マスター、水を。冷たいやつをください」
カウンターの向こうで、店主の”ね”ちゃんが、流れるような無駄のない動きで氷を削り出した。かつて歌舞伎町で浮名を流し、数多の男女に貢がせてきたらしいというその指先は、今は静かにグラスを磨いている。
「……お疲れ。見たよ、あの動画。再生数がエグいことになってるな。お前の『素顔』……もう隠しきれないんじゃないか?」
”ね”ちゃんが差し出したのは、クリスタルのグラスの中でダイヤモンドのように輝く、ただの水。しかし、彼の手から出されると、それは何よりも贅沢な液体に見えた。
ワワワはそれを、細胞一つ一つに染み渡らせるように飲む。
その隣では、常連客の”あ”さんが、バーという場所にもかかわらずいつものように「生一つ」と注文し、届いたジョッキを幸せそうに眺めていた。
そんな静かな夜の時間は、扉が勢いよく開く音によって破られた。
「……いた。ここだったのね」
現れたのは、美月だった。彼女の隣には、当然のようにテストが控えている。
さらにその後ろから、黒いドレスを纏い、いつにも増して刺すような冷気を放つ紗良が足音を立てて入ってきた。
「テストの決戦」
「和久井さん、私、決めました。紗良さんのやり方は、やっぱり間違ってると思います」
美月がカウンターを叩く。その瞳には、もはや迷いはない。「和久井さんのあの本当の姿を、あんな風に閉じ込めておくなんて……。私は、もっと彼を自由にすべきだと思います!」
「フン、昨日今日名前を覚えただけの新参者が何を……」
紗良は美月を一瞥もせず、ワワワの隣に座ると、彼の頬を細い指でなぞった。
「いいわ、ワワワ。第2フェーズよ。全世界にあなたの素顔がバレ始めてしまったのは仕方ない。なら、次にバレた時のために……誰もが見惚れ、けれど誰もが『恐れ多くて触れられない』。そんな圧倒的なレベルまであなたを磨き上げてあげる。中途半端に他の女たちが近寄れる隙なんて、一ミリも残さないわ。できる女は失敗を糧に次に進むのよ!オーホッホッホ」
ワワワを挟んで、右に紗良、左に美月。カウンターの端では、”あ”さんが美味しそうにビールを煽り、”ね”ちゃんは「うちの店で揉めるなら、相応のシャンパンでも入れてもらうよ」と、冷たく、しかし艶のある声で釘を刺す。
静かなバーの中に、激しい「美の火花」が散る。
「……マスター。もう一杯、水を……」
「おかわり。……今夜は高くつくぞ、ワワワ」
ワワワが再び水を飲み干した時。
彼のスマホに、一通の非通知メールが届く。
『第2章:真夏の市役所・水着プロモーション大作戦。……逃げられると思うなよ』
添付されていたのは、ワワワの腹筋を隠し撮りした、新たな「バズりの種」の画像。
Pの影が、再び彼らに忍び寄ろうとしていた。




