第13話 野獣のライブ配信
「ダメ、外さないで! 誰にも見せないで!」
紗良の叫びが店内に響き、彼女の細い指がワワワの肩を掴む。しかし、ワワワは動じない。山のように積まれたモヤシの頂点に君臨する、一塊のニンニク。彼はそれを、儀式を行う司祭のような厳かさで、スープの中へと沈めた。
その様子は、Pのスマホを通じて全世界へ垂れ流されていた。
視聴者数は瞬く間に5,000人を突破。
コメント欄には『ついに野獣が解き放たれた』『この横顔、モデル級じゃね?』『監視役の女、必死すぎて草』といった文字が猛烈な勢いで流れていく。
「……あ」
美月が息を呑んだ。
ワワワが割り箸をどんぶりの底へ差し込み、天地を返すように麺を引きずり出した。紗良が徹底的に禁止していた「炭水化物と脂質の抱擁」が、黄金色の太麺となって湯気の中に現れる。
「やめなさい! それを口に入れたら、私が毎日マッサージして保ってきたあなたの端正なフェイスラインが、塩分とむくみの泥に沈むのよ! それに、そんな野蛮な姿がまた全世界に晒されたら……私のワワワが、みんなの玩具になっちゃうじゃない!」
紗良が必死に腕を引くが、ワワワは岩のように動かない。
「……紗良」
ワワワが、顔を彼女の方に向けて、低く、掠れた声で名前を呼んだ。
「今日だけは……許してくれないか」
「……っ!」
食欲以外の俗世の汚れを全て消し去り、安らかな笑顔を向けられた紗良は言葉を詰まらせる。
次の瞬間、ワワワはラーメンと向き合い、麺を。
音を立てて、魂ごと吸い込んだ。
ズ、ズズ……ッ、ズズズズオオオオオオッ!!
それは、もはや食事というよりは格闘だった。
強烈な醤油の塩気と、豚の旨味が脳の報酬系を直撃する。ワワワの頬が膨らみ、顎が力強く動き、喉がゴクンと鳴るたびに、周囲の空気が熱を帯びていく。
周囲の目も気にせずワワワの本能が雄叫びを上げさせる。
「オオッ!!ンンンンンッ!!んああああああっ!!」
「なんて……なんて食べ方……」
美月は頬を赤らめ、目を逸らすことができなかった。紗良が眼鏡による封印で過保護に守り抜き、独占してきたワワワの秘密のベールが、鮮烈に破壊されていく。
「あぁ……素晴らしい。三日月が太陽を飲み込もうとしている……」
ニク課長がティッシュを握りしめ、ワワワの咀嚼音に合わせて自分の喉を鳴らす。
「クミくん、見たまえ。あれこそが、生命のドラミングだ……」
「いや、よく考えたらただのラーメン大盛りを必死に食べてるだけなんだけど……なんか、見てるこっちまで胃もたれしそうな気迫ね……」
ワワワは、止まらない。
厚さ二センチはあるチャーシューを鷲掴みするように箸で上げ、野獣が獲物の首に噛み付くような勢いで食らいつく。
【ライブコメント】
『この食べ方、逆に芸術だろ』
『眼鏡外した瞬間、視聴者数爆増しててワロタ』
『市役所の広報、今すぐこの男をポスターにしろよww』
視聴者数はついに1万人を超えた。
紗良は、自分とワワワだけの大切な秘密が「エンターテインメント」として消費され、ワワワの素顔という「秘宝」が不特定多数の好奇の目に晒されていくかもしれない。紗良はそんな可能性に絶望し、おいおいと悔し涙を流しながらてカウンターへ手をついた。
「……うう……私の、私の純粋培養ワワワが……脂塗れに……しかも、みんなに見つかっちゃう……」
その時、ワワワが最後の一口――スープの底に沈んだニンニクの欠片と共に、巨大なレンゲを口に運んだ。
店内には、彼の荒い鼻息と、店主の「よっしゃ、完食だ!気持ちいいぜ、あんちゃん!」という威勢のいい声だけが響いていた。




