第11話 野獣の脱走
「……ッ、ショオオオオオオオオォォォォン!!」
鼓膜を直接揺さぶるような爆音。地下書庫の棚がガタガタと震え、積もった埃が雪のように舞い上がる。
「……え?」
美月は、和久井を救うはずだった「正義の右手」を空中でフリーズさせたまま、魂をどっかに落としてきたような顔で立ち尽くす。
「ふーーーーっ!ふーーーーっ!」
彼女の目に映ったのは、肩で蒸気機関車のように荒い息をつき、眼鏡を斜めに歪ませたワワワの姿だった。その瞳は、先ほどまでの怯えたような面影など微塵もなく、ただ純粋な生理現象に翻弄された野性の輝きを放っている。
「テストの……音響兵器」
テストだけが、無機質な表情のままスマホで録音ボタンを押していた。
「な、何今の……。和久井ちゃん、肺活量どうなってんのよ。市役所の耐震基準を超えてるわよ!」
クミが呆気に取られ、ニク課長は恍惚とした表情で鼻をヒクつかせた。
「こ、これぞ、魂のバイブレーション……」
「……ワワワ」
ポカンと呟いた紗良だったが、誰よりも先に我に返る。
「今のは、何? 私が教えた『品位』はどこへ行ったの。拭きなさい、今すぐ鼻を拭いて立て直しなさい!」
その剣幕に、ワワワの中で本能を縛る枷がぶつりと切れた。
湿気、埃、空腹、そして厳しすぎる管理。
本能が叫んでいる。今日ぐらいはいいんじゃないか。ここではないどこか、もっと「油っこくて暴力的なもの」がある場所へ行けと。紗良には後で沢山謝ろう。
「……あ、ああ……」
「ワワワ?」
「ダメだ……もう、ダメだああああ!」
ワワワは叫ぶと同時に、驚異的な脚力で床を蹴った。
紗良と美月の間のわずかな隙間を、弾丸のような速度で通り抜ける。
「ちょ、ちょっと! こらぁ!待ちなさい!まだ鼻を拭いてないわよ!」
「和久井さん!?」
紗良の静止も、美月の呼びかけも届かない。ワワワはまるで市役所の予算を全部横領した逃亡犯のような気迫と速度で疾走し、階段を三段飛ばしで駆け上がっていく。
「テストの野獣脱走」
テストがスマホを構えたまま走り出す。それに続くように、美月も、そして怒髪天を突く勢いの紗良も地下から飛び出した。
「ニク、アンタも行くわよ! あの状態の和久井ちゃんを一人で外に出したら、どうなるか分かったもんじゃないわ!」
「フフ……今夜は追跡劇か。高鳴るねぇ、私の心臓も……」
市役所の通用口から、西日に向かって走り去る一人の男と、それを追う四人の影。
その光景を、庁舎の三階の窓から眺めるPが、冷徹にシャッターを切った。
「さあ、第2ラウンド。……見せてくれよ。檻を壊した獣が、どこへ辿り着くのか」
ワワワが向かう先。そこには、夕闇に赤く光る「ラーメン」の赤提灯が、獲物を待つように揺れていた。




