春を告げる鐘 台本 Part10
S-86 葵の部屋 朝 (12月・茉莉が逝った翌日)
葵、目を覚ます。
天井を見る。
いつもと変わらない天井。
でも何かが違う。
起き上がる。
カーテンを開ける。
冬の光。冷たい。
机の引き出しを開ける。
白い封筒が入っている。
茉莉の手紙。
手に取る。
開かない。
ただ持っている。
しばらくして、引き出しに戻す。
閉める。
着替える。
洗面所で顔を洗う。
鏡の中の自分を見る。
一秒だけ。
また顔を洗う。
S-87 ダイニング 朝 (12月)
葵、席に着く。
母が朝食を用意している。
母
「葵、食べる?」
葵
「食べる」
母
「……昨夜、眠れた?」
葵
「眠れた」
母
「そっか」
母、葵の前に皿を置く。
葵、食べ始める。
母
「学校、行ける?」
葵
「行ける。行く」
母
「無理しなくていいよ」
葵
「無理してない」
間。
母
「……葵」
葵
「何」
母
「何かあったら言って。何もなくても言って」
葵、箸を止める。
葵
「うん」
また食べ始める。
ナレーション(葵)
「母は何も聞かなかった。
詳しいことを、聞かなかった。
それが有難かった。
詳しく話せる気が、まだしなかった」
S-88 学校・教室 朝のHR (12月)
葵、席に座っている。
茉莉の席は空いたままだ。
野口、入ってくる。
出席を取る。桐島の名前を飛ばす。
HRの最後に、野口が少し間を置く。
野口
「……一つ、話があります」
教室が静かになる。
野口
「桐島さんが、先日亡くなりました」
誰も声を出さない。
野口
「入院中のことは、皆さんも知っていたと思います。ご冥福をお祈りください」
それだけ言った。
続きはなかった。
チャイムが鳴る。
授業が始まる。
先生の声。
葵、ノートを取る。
茉莉の分は、もう取らない。
S-89 廊下 昼休み (12月)
葵、非常階段の踊り場に来る。
一人で弁当を食べる。
ここに茉莉と来たことを思い出す。
「葵ちゃんには教えたかった」
そう言っていた。
葵、弁当を食べ続ける。
泣かない。
朔、来る。
朔
「ここにいたのか」
葵
「うん」
朔
「一人か」
葵
「うん」
朔、葵の隣に立つ。
しばらく、二人で外を見る。
朔
「……大丈夫か」
葵
「大丈夫」
朔
「無理してるだろ」
葵
「無理してない」
朔
「してる」
葵、朔を見る。
葵
「朔は?」
朔
「……俺も、大丈夫じゃない」
葵、前を向く。
葵
「そっか」
間。
朔
「葵、飯食ってるか」
葵
「食べてる」
朔
「ちゃんと食えよ」
葵、弁当を一口食べる。
朔
「また来る」
葵
「うん」
朔、去っていく。
S-90 三浦家・リビング 夜 (12月)
柚、ソファで本を読んでいる。
朔、帰ってくる。
朔
「姉ちゃん」
柚
「何」
朔
「……桐島さんが亡くなった。今日、先生から聞いた」
柚、本を閉じる。
柚
「……そっか」
朔、ソファに座る。
朔
「……葵が、普通の顔してた。それが怖かった」
柚
「普通の顔をすることしかできないときがある」
朔
「姉ちゃんはそういうことあった?」
柚・回想。
病院の廊下。
柚、高校生くらい。制服を着ている。
ベッドに誰かが横たわっている。顔は映らない。
柚、椅子に座っている。
手を握っている。
病室の外。廊下。
柚、一人で立っている。
窓から外を見ている。
表情、動かない。
回想、終わる。
柚
「……日常を続けた。それしかできなかった」
朔
「俺もそうすればいい?」
柚
「葵ちゃんのそばにいて。それだけでいい」
朔
「……うん」
S-90-2 葬儀場 (12月)
白い花。線香の煙。静かな音楽。
葵、端の方に立っている。
茉莉の母、声を出して泣いている。
茉莉の父、下を向いたまま動かない。
葵、その二人を見ている。
動けない。
S-91 葵の部屋 夜 (12月)
葵、机に向かっている。
受験勉強。
でも手が止まる。
スマホを取り出す。
茉莉との会話を開く。
最後のメッセージ。
茉莉から来たもの。
「また来週ね」
葵が送った返信。
「行くよ」
それが最後だった。
葵、スマホを閉じる。
ナレーション(葵)
「茉莉がいなくなってから、何日経ったか数えるのをやめた。
でも数えなくても、遠くなっていく。
前に進む、と約束した。
でも前に進むとは、どういうことなのか。
まだ分からなかった」
S-92 葵の部屋 深夜 (1月)
葵、眠れない。
布団の中で天井を見ている。
スマホの画面を見る。
夜中の2時。
起き上がる。
机に座る。
引き出しを開ける。
手紙を取り出す。
読まない。
ただ持っている。
ナレーション(葵)
「眠れない夜が、何度かあった。
茉莉の声を思い出す。
笑い方を思い出す。
古本屋で本を戻すときの仕草。
鐘を見て『いいね』と言ったとき。
全部、思い出せる。
でも思い出すたびに、いなくなったことを思い出す。
それが、しんどかった」
葵、手紙を引き出しに戻す。
布団に戻る。
目を閉じる。
S-93 学校・美術室 (1月)
葵、放課後に美術室に来ている。
誰もいない。
机に座る。
スケッチブックを開く。
何かを描き始める。
鐘。神社の鐘。
うまくは描けない。
でも描いている。
ナレーション(葵)
「茉莉が好きだった場所を、残しておきたかった。
写真は撮っていなかった。
だから描いた。
うまくなかった。
でも、残すことができた。
それでよかった」
S-94 ダイニング 朝 (1月・元日)
父と母と葵、三人で雑煮を食べている。
父
「受験、いつだっけ」
葵
「2月」
父
「頑張れよ」
葵
「うん」
間。
母
「葵、最近顔色よくなったね」
葵
「そう?」
母
「うん。この前より」
葵
「……そっか」
窓の外、冬の空。
ナレーション(葵)
「顔色がよくなった、と母は言った。
自分では分からなかった。
でも、少しずつ何かが変わっていたのかもしれない。
茉莉がいなくなっても、朝が来る。
ご飯を食べる。勉強をする。
茉莉は、それを望んでいた」
S-95 学校・教室 (2月初旬)
葵、席に座っている。
窓の外、まだ冬だ。
茉莉がいた席。
今は別の生徒が座っている。
葵は最初、それが嫌だった。
でも今は、少し慣れた。
ナレーション(葵)
「世界は続いていく。
それが、嫌だった。
でも今は、それでいいと思う。
世界が続いていくことを、茉莉は望んでいた。
だから、続けていい。
続けなきゃいけない」
S-96 廊下 (2月・受験前日)
葵、廊下を歩いている。
朔とすれ違う。
朔
「受験、明日だったか」
葵
「うん」
朔
「緊張してる?」
葵
「少しだけ」
朔
「まあ、頑張れ」
葵
「朔は応援の言葉が下手だね」
朔
「うるさい」
葵、少し笑う。
朔、それを見る。
朔
「……笑えるようになったな」
葵
「……うん」
朔
「よかった」
S-97 受験会場・外 (2月)
葵、会場の前に立っている。
冬の空。
鞄の中に、白い封筒がある。
今朝、持ってきた。
お守り代わりに。
ナレーション(葵)
「茉莉、見てるかな、と思った。
根拠ない感じ、好き、と茉莉は言っていた。
だから、いい」
中に入る。
S-98 受験会場・外 (試験終了後)
葵、外に出る。
冬の夕方。
空が橙色になっている。
スマホを取り出す。
朔にメッセージを送る。
「終わった」
すぐ返ってくる。
「どうだった」
「たぶん大丈夫」
「そっか」
葵、スマホを閉じる。
また空を見る。
ナレーション(葵)
「終わった、と思った。
受験が終わったのではなく。
重い冬が、終わり始めた気がした」
S-99 葵の部屋 夜 (2月・受験後)
葵、机に向かっている。
引き出しを開ける。
白い封筒。
今日は開いてみる。
手紙を出す。
読む。
「葵ちゃんへ
あなたが笑っている春が、私は一番好きだった。
やりたいことを見つけたって言ってくれた日、本当に嬉しかった。
あなたが前に進んでいくのを見るのが、私は楽しかった。
人のそばにいる仕事をするって言ってたね。
向いてると思う。葵ちゃんは、そばにいることが上手いから。
泣いていいよ。
でも笑ってほしい。
葵ちゃんが笑っていたら、私は安心できるから。
神社の鐘、また聞いてね。
遠くまで届くから。
茉莉より」
葵、手紙を持ったまま、しばらくいる。
ナレーション(葵)
「何度読んでも、同じ場所で止まる。
笑っている春が、一番好きだった。
私は今、笑えているだろうか。
まだ分からない。
でも、笑おうとしている。
それだけは、分かった」
S-100 合格発表 (3月)
葵、パソコンの前に座っている。
受験番号を確認する。
画面の中に、番号がある。
葵、しばらく動かない。
それから、静かに深呼吸する。
スマホを取り出す。
朔にメッセージを送る。
「受かった」
すぐ返ってくる。
「よかった」
葵、スマホを置く。
ナレーション(葵)
「受かった。
嬉しかった。
でも一番に報告したい人が、いなかった。
それが少しだけ、重かった」
S-101 三浦家・リビング 夜 (3月・合格発表後)
柚、本を読んでいる。
朔、ソファに座っている。
朔
「姉ちゃん」
柚
「何」
朔
「葵が受かった」
柚
「そっか。よかったね」
朔
「……俺、なんて返せばいいか分からなくて」
柚
「何て返したの」
朔
「よかった、って」
柚
「それでいい」
朔
「それだけじゃ足りない気がして」
柚、本を閉じる。
柚
「朔が毎日声かけてたから、葵ちゃんは今も立ってる。それは伝わってるよ」
朔
「……そうかな」
柚
「そう」
間。
柚
「……朔って、素直になれないのに、人のことはちゃんと考えてるんだね」
朔
「うるさい」
柚
「褒めてる」
S-102 葵の部屋 (3月・合格発表の夜)
葵、机に向かっている。
スマホが鳴る。
柚から。
出る。
葵
「三浦さん?」
柚
「柚で大丈夫。おめでとう、葵ちゃん」
葵
「……ありがとうございます」
柚
「頑張ったね」
葵
「頑張れたのは……茉莉が、約束してくれたから」
柚
「……そうだね」
間。
柚
「葵ちゃん」
葵
「はい」
柚
「桐島さん、あなたのことが大好きだったよ。病院で、たくさん話してくれた」
葵、返事をしない。
柚
「葵ちゃんのノートが几帳面だとか。葵ちゃんが笑うと顔が変わるとか。葵ちゃんがやりたいことを見つけてくれてよかったとか」
葵
「……柚さん」
柚
「何」
葵
「泣いていいですか」
柚
「泣いていいよ」
葵、泣く。
声を出して泣く。
しばらく泣く。
柚、電話の向こうで黙って聞いている。
葵、泣き止む。
葵
「……ごめんなさい」
柚
「謝らなくていい。泣いていいよって、桐島さんも言ってたから」
葵
「……はい」
柚
「春になったら、また神社に行ってみて」
葵
「行きます」
柚
「うん」
葵
「柚さん、ありがとうございます」
柚
「おめでとう。これからも、前に進んでね」
電話が切れる。
葵、スマホを持ったまま、しばらくいる。
ナレーション(葵)
「柚さんは、桐島さん、と呼んだ。
最後まで桐島さんと呼んだ。
ちゃんと距離を持って、でもちゃんと見ていた人の呼び方だった。
その言葉を、ずっと持っていようと思った」
S-103 ダイニング 朝 (3月・合格の翌朝)
父と母と葵、三人で食べている。
父
「受かったんだって?」
葵
「うん」
父
「よかった。頑張ったな」
葵
「うん」
母
「4月から、どんな勉強するの」
葵
「介護とか、福祉全般。実習もある」
父
「なんで福祉にしたんだっけ」
葵、少し間を置く。
葵
「……友達がいて。その友達と話してたら、人のそばにいることが大事だって思ったから」
父
「その友達、今は?」
葵
「……いなくなった」
父、黙る。
母
「……そっか」
間。
母
「その子のために頑張るの?」
葵
「頑張るのは自分のため。でも……見ててほしいと思ってる。どこかから」
母
「見てると思うよ」
葵
「根拠ないけど」
母
「根拠なくていい」
葵、少し笑う。
父
「……お前が笑うの、久しぶりに見た」
葵
「そう?」
父
「そう。よかった」
葵、また笑う。
ナレーション(葵)
「父が言った。笑うの久しぶりに見た、と。
でも笑えた。
茉莉が見ていたら、よかった、と言ってくれると思った。
約束守れてる、と言ってくれると思った」
S-104 桜並木 (3月末)
桜が咲き始めている。
まだ五分咲き。
葵、一人で歩いている。
足が向かう場所は分かっていた。
S-105 神社・参道
石段の下に来る。
登り始める。
木漏れ日。
桜の花びらが参道に落ちている。
ナレーション(葵)
「ここに茉莉と来た。
茉莉は鐘を見て『いいね』と言った。
理由を聞かなかった。
でも今は分かる。
鐘の音は遠くまで届く。
行った先まで届く。
茉莉はそれが好きだったんだと思う」
S-106 神社・境内
老婦人が掃き掃除をしている。
葵を見て、手を止める。
老婦人
「あら。前も来てたね。お友達と」
葵
「……覚えてるんですか」
老婦人
「覚えてるよ。仲良さそうだったから」
葵
「……はい」
老婦人
「お友達は?」
葵
「……来られなくなりました」
老婦人、黙る。
老婦人
「そうなのね」
間。
老婦人
「鐘、鳴らしていきなさい。大事なときは鳴らしていいんだよ」
葵、鐘の前に立つ。
綱を引く。
鐘が鳴る。
音が広がる。
境内を越えて、坂道を下りて、遠くまで。
葵、目を閉じる。
ナレーション(葵)
「茉莉にも届いていたらいいな、と思った」
S-107 神社・境内 (続き)
老婦人のところに行く。
葵
「あの……友達がここを気に入っていました。行った先まで届くって知って、嬉しそうにしていました」
老婦人
「……そうか。よかった。鐘が役に立って」
老婦人
「また来なさい。この鐘は逃げないから」
葵
「来ます」
S-108 神社・坂道
葵、石段を下りる。
坂道に出る。
ここで茉莉と話した。
「葵ちゃんが元気でいてくれたら、私は安心して行けるんだけどな」
春の光。
桜の花びらが風に舞う。
朔が坂の下から来る。
葵
「朔」
朔
「……ここにいると思って」
葵
「なんで神社だと思ったの」
朔
「桐島さんが好きな場所だったから」
葵
「朔も思い出す?」
朔
「……毎日思い出す」
葵
「うん」
朔
「俺、桐島さんのこと、好きだったと思う」
葵
「知ってた」
朔
「なんで言ってくれなかった」
葵
「朔が言わなかったから」
朔、少し黙る。
朔
「後悔してない。……あの時間は、ちゃんとあったから」
葵
「うん」
朔
「葵は?」
葵
「後悔してない。でも……もっと話したかった」
朔
「うん」
葵
「好きな食べ物、たい焼きと綿飴しか知らない」
朔
「……けっこう知ってると思うけど」
葵、少し笑う。
朔
「笑った」
葵
「笑ってない」
朔
「笑った。口の端が動いた」
葵
「茉莉もそれ言ってた」
朔
「……そっか」
間。
葵
「朔、受験どうだった?」
朔
「受かった」
葵
「よかった」
朔
「お前もな」
朔、少し笑う。
葵、それを見る。
葵
「笑えるじゃん」
朔
「うるさい」
S-109 坂道
朔が帰っていく。
葵、一人になる。
坂道の途中。
まだ春の入り口だ。
ナレーション(葵)
「朔が言った。あの時間は、ちゃんとあったから。
茉莉と過ごした時間は、消えない。
茉莉がいなくなっても、あった時間はある。
それだけは、確かだと思った」
葵、走り始める。
坂道を下りていく。
泣いていない。
でも笑ってもいない。
ただ、走っている。
風が来る。
桜の花びらが舞う。
葵、走り続ける。
S-110 坂道・下
葵、走り終わる。
息を切らしている。
立ち止まる。
振り返る。
坂の上に、神社の鳥居が見える。
桜が風に揺れている。
遠くで、鐘が鳴る。
葵、その音を聞く。
目を閉じる。
鐘の音、消える。
葵、目を開ける。
S-111 商店街
葵、歩いている。
たい焼き屋の前を通る。
足が止まる。
中に入る。
S-112 たい焼き屋・外
葵、たい焼きを持って出てくる。
ベンチに座る。
一口食べる。
温かい。
ナレーション(葵)
「ここで茉莉と初めて並んで座った。
茉莉が聞いた。やりたいことある?
私は言った。ない。
茉莉は言った。へえ。
あの日から、変わり始めた気がする」
葵、食べ終わる。
立ち上がる。
歩き始める。
遠くで、もう一度、鐘が鳴る。
葵、立ち止まらない。
歩き続ける。
S-113 桜並木 (ラスト・数日後)
桜が満開になった。
葵、桜並木を歩いている。
花びらが降ってくる。
葵、立ち止まる。
上を見る。
手を伸ばす。
花びらが手の上に落ちる。
葵、その花びらを見る。
しばらく見る。
それから、歩き始める。
ナレーション(葵)
「茉莉。
受かったよ。
やりたいこと、できそう。
春が来た。
また来た。
ちゃんと来た。
あなたが好きだった春が、また来た。
私はまだ笑えてない。
でも歩いてる。
走ったりもした。
それでいいよね。
それで、いいと思う。
また来年も春が来たら、笑えてるといいな。
根拠はない。
でも茉莉が言っていた。
根拠ない感じ、好き、って。
だから根拠がなくても、そう思っていていいと思う。
茉莉が好きだったなら、私も好きでいい」
葵、歩いていく。
桜の花びらが降り続ける。
遠くで鐘が鳴る。
葵、歩いていく。
―― 了 ――
エンドロール
スクリーンが暗転する。
静かなピアノが、一音鳴る。
エンドロールが流れ始める。
弦楽器が重なってくる。
白石奏斗の声が始まる。
「春告鳥」
白石奏斗 feat. AURUM
映画「春を告げる鐘」主題歌
ーーー
桜の欠片が 足元に積もって
あなたの声だけ まだここにある
何気ない帰り道 たい焼きの匂い
笑ってた横顔 思い出せる
疲れたら言うよって あなたは言った
その言葉の意味が 今ならわかる
限られた時間を ぜんぶ使って
あなたは私に 春を贈った
あなたがいた春を 忘れずに走っていく
鐘の音が遠くで 背中を押している
泣いていい でも止まらないで
それがあなたの 最後のわがまま
あなたがいた春を 胸に抱いて走っていく
春告鳥が鳴いている
季節はまた 始まっていく
神社の坂道で あなたが言った
「元気でいてくれたら 安心して行ける」
行けるって どこへと 聞けなかった
今は分かる 聞かなくてよかった
前に進むことと 忘れることは違う
あなたが教えてくれた 一番大事なこと
手紙の字が 少し歪んでいた
震えながら書いたんだって 分かってる
あなたがいた春を 忘れずに走っていく
鐘の音が遠くで 背中を押している
泣いていい でも止まらないで
それがあなたの 最後のわがまま
あなたがいた春を 胸に抱いて走っていく
春告鳥が鳴いている
季節はまた 始まっていく
時間が限られていること あなたは知っていた
それでも笑って 隣にいてくれた
やりたいことを 聞いてくれた
答えが出たとき 本当に嬉しそうだった
あなたがいた意味は 消えない
春は毎年 ちゃんと来る
あなたがいた春を ずっと忘れずに走っていく
鐘の音が今年も どこかで聞こえる
泣いてもいい それでも走れる
あなたが笑っていた春が あったから
あなたがいた春を 胸に抱いて走っていく
春告鳥が鳴いている
私はまだ ここにいる
桜の欠片が また降ってくる
あなたの声だけ まだここにある
音楽、消える。
スクリーン、暗転。
映画「春を告げる鐘」台本 内部資料
脚本 宮下 麻衣
監督 篠原 拓海




