春を告げる鐘 台本 Part9
S-73 病院・廊下 (11月末)
葵、廊下を歩いている。
看護師とすれ違う。
看護師、少し立ち止まる。
葵を呼び止める。
看護師
「葵ちゃん、少しいいですか」
葵
「はい」
看護師、葵を廊下の端に連れていく。
看護師
「桐島さんの状態なんですが……退院は、難しくなってきています」
葵、看護師を見る。
看護師
「先生からご本人とご家族には説明があります。ただ……葵ちゃんにも、知っておいてもらった方がいいかと思って」
葵
「……難しいって、どのくらい」
看護師
「それ以上は私からは言えません。ただ、今のうちに伝えたいことがあれば、伝えてあげてください」
葵、うなずく。
葵
「……分かりました」
看護師、頭を下げる。
葵、病室に向かって歩き始める。
S-74 病院・病室前
葵、病室のドアの前に立つ。
少し時間がかかる。
ノックする。
茉莉
「どうぞ」
S-75 病院・病室 (11月末)
茉莉、ベッドに横になっている。
上体を起こそうとする。
葵
「そのままでいい」
茉莉
「……ごめん、今日はちょっとしんどくて」
葵
「いい。そのままで話そう」
葵、椅子を引いてベッドの横に座る。
しばらく、二人でいる。
茉莉
「来てくれた」
葵
「来るって言ったから」
茉莉
「うん」
間。
茉莉
「葵ちゃん、今日……笑ってる?」
葵、少し止まる。
葵
「……笑ってる」
茉莉
「うん。笑ってる」
茉莉、目を細める。
茉莉
「いい顔してる」
葵
「茉莉のほうが」
茉莉
「私は……今日はそうでもないかも」
葵
「無理しなくていい」
茉莉
「うん」
間。
茉莉
「葵ちゃん」
葵
「何」
茉莉
「進路、決まった? 前に少し見えてきたって言ってたけど」
葵
「決まった。願書も出した」
茉莉
「本当に?」
葵
「うん」
茉莉、少し動く。起き上がろうとする。
葵
「そのままでいいって」
茉莉
「でも……ちゃんと聞きたいから」
葵、茉莉が起き上がるのを手伝う。
茉莉、葵の顔を見る。
茉莉
「どこに出したの」
葵
「福祉の学校。人に関わる仕事がしたくて」
茉莉
「……なんで福祉」
葵
「茉莉と話してたら。人のそばにいることが大事だって思ったから」
茉莉、少し黙る。
茉莉
「私のせい?」
葵
「茉莉のおかげ」
茉莉
「……そっか」
葵
「変?」
茉莉
「変じゃない。すごくいい。本当に」
茉莉の目が、少し赤くなる。
泣かない。でもそれに近い。
茉莉
「よかった。本当によかった」
葵
「……茉莉」
茉莉
「うん」
葵
「ありがとう」
茉莉
「何が」
葵
「やりたいこと、見つけさせてくれて」
茉莉、少し笑う。
茉莉
「私は何もしてない。葵ちゃんが見つけたんだよ」
葵
「茉莉がいたから見つけた」
茉莉
「……うん。でも、葵ちゃんが見つけた」
二人、しばらく黙っている。
S-76 病院・病室 (続き)
茉莉
「葵ちゃん、一個お願いがある」
葵
「何」
茉莉
「手、繋いでていい?」
葵、茉莉の手を取る。
茉莉の手、少し冷たい。
葵
「冷たい」
茉莉
「病院、寒いから」
葵
「……うん」
茉莉、目を閉じる。
茉莉
「葵ちゃんといると、時間が早い」
葵
「最初に言ってたね。それ」
茉莉
「最初から、そうだった」
間。
茉莉
「葵ちゃん」
葵
「何」
茉莉
「私がいなくなっても、前に進んでね」
葵、茉莉の手を握る。
葵
「……うん」
茉莉
「泣いていい。でも笑ってほしい。葵ちゃんが笑っていたら、私は安心できるから」
葵
「……約束する」
茉莉
「うん」
しばらく、二人でいる。
茉莉、目を閉じたまま。
茉莉
「ねえ葵ちゃん」
葵
「何」
茉莉
「春、好き?」
葵
「……好き」
茉莉
「私も好き。春が一番好き」
葵
「なんで」
茉莉
「始まりと終わりが同時にあるから。桜が散るのと、新しい季節が来るのが、同じ時期だから」
葵、返事をしない。
茉莉
「葵ちゃんが笑っていた春が、一番好きだった」
葵
「……過去形にしないで」
茉莉
「ごめん」
間。
茉莉
「葵ちゃんが笑っている春が、一番好き」
葵
「……うん」
S-77 病院・病室 帰り際
葵、コートを着ている。
茉莉、ベッドに横になっている。
茉莉
「また来て」
葵
「来るよ。来週も来る」
茉莉
「うん」
葵
「何か持ってくるもの、ある?」
茉莉
「……来週も来てくれる?」
葵
「来るよ」
茉莉
「じゃあそれでいい」
茉莉
「うん。待ってる」
葵、ドアに向かう。
茉莉
「葵ちゃん」
葵、振り返る。
茉莉
「来てくれてありがとう。ずっと」
葵、返事をしない。
しようとしたができなかった。
うなずいた。
ドアを開ける。
S-78 病院・廊下
葵、廊下を歩く。
看護師とすれ違う。
看護師、葵の顔を見る。
何も言わない。
葵も何も言わない。
エレベーターに乗る。
S-79 病院・エントランス 外
葵、外に出る。
冬の空。
冷たい風。
立ち止まる。
泣かなかった。
泣けなかった。
泣いたら何かが壊れる気がした。
歩き始める。
ナレーション(葵)
「また来る、と言った。
来週も来る、と言った。
茉莉は待ってる、と言った。
その言葉を、大事に持って帰った。
重かった。
でも手放したくなかった」
S-80 葵の部屋 夜
葵、机に向かっている。
何もしていない。
ただ座っている。
母、ドアをノックする。
母
「葵、ご飯」
葵
「……あとで」
母
「冷めるよ」
葵
「うん」
母、しばらく立っている。
母
「葵」
葵
「何」
母
「……入ってもいい?」
葵、少し間を置く。
葵
「いい」
母、入ってくる。
葵の隣に座る。
母
「お友達、大変なの?」
葵
「……うん」
母
「話せる?」
葵
「話せない。でも……」
間。
葵
「そばにいて」
母、何も言わない。
葵の隣に座ったまま、いる。
葵、泣かなかった。
S-81 教室 (12月初旬)
葵、席に座っている。
茉莉の席、空いている。
授業が始まる。
先生の声が聞こえる。
葵、板書を写している。
茉莉の分も写している。
S-82 葵の部屋 夜 (12月初旬)
スマホが鳴る。
画面に「茉莉」と表示されている。
葵、しばらく見る。
出る。
茉莉の母
「……葵ちゃん? 茉莉の母です」
葵、動かない。
茉莉の母
「茉莉が……今朝、逝きました」
葵、返事をしない。
茉莉の母
「葵ちゃんのことを、最後までよく話していました。ありがとうございました」
葵、まだ返事ができない。
茉莉の母
「……葵ちゃん?」
葵
「……はい」
葵
「ありがとうございました」
電話が切れる。
葵、スマホを持ったまま、座っている。
泣かなかった。
S-83 葵の部屋 翌日 朝
玄関のチャイムが鳴る。
母が出る。
母、葵の部屋にくる。
母
「葵、郵便。手紙」
葵、受け取る。
封筒、白い。
宛名、葵ちゃんへ。
茉莉の字だった。
少し歪んでいた。
葵、封筒を持ったまま、しばらく動かない。
S-84 葵の部屋
葵、封筒を開ける。
便箋、一枚。
読む。
「葵ちゃんへ
あなたが笑っている春が、私は一番好きだった。
やりたいことを見つけたって言ってくれた日、本当に嬉しかった。
あなたが前に進んでいくのを見るのが、私は楽しかった。
人のそばにいる仕事をするって言ってたね。
向いてると思う。葵ちゃんは、そばにいることが上手いから。
泣いていいよ。
でも笑ってほしい。
葵ちゃんが笑っていたら、私は安心できるから。
神社の鐘、また聞いてね。
遠くまで届くから。
茉莉より」
葵、手紙を持ったまま、動かない。
泣いた。
声を出さずに泣いた。
手紙を胸に押し当てて、しばらく泣いた。
S-85 葵の部屋 少し後
葵、泣き止んでいる。
手紙を丁寧にたたむ。
封筒に戻す。
机の引き出しに入れる。
窓の外、冬の空。
ナレーション(葵)
「泣いていいよ、と茉莉は書いた。
だから泣いた。
笑ってほしい、とも書いた。
それはまだ、できなかった。
でも、いつかできると思った。
茉莉が書いてくれたから。
茉莉が信じてくれたから」
暗転。




