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姉と妹が国民的女優ですが、俺は機械をいじっていたい  作者: よんまるよん
第二部「世界が広がっている」

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「柊、仕込む」第一話「廃墟の機械」

 この話に出てくる柊遼は、本編の柊遼と同じ名前をしていますが、やっていることはだいぶ違います。田中教授も、本編より数割増しで軽め。登場する岸本・古川・村上の三人はこの話のためだけに呼ばれてきた人たちです。

 本編との整合性は、取れていません。

 取る気も、あまり。

 ただ一点だけ。法律の部分は本物を調べて書きました。酒税法の試験製造免許、製造工程の各段階、フォアショットの廃棄、三年熟成の規定——このあたりは実際にそうなっています。コメディの皮を被ってはいますが、手順はそれなりに正確なはず。万が一「参考にしよう」という気持ちが芽生えた方は、まず税務署へ。

 お付き合いいただけたなら、幸いです。

 田中教授の研究室は、いつも散らかっている。


 学術雑誌が積み上がり、コーヒーメーカーが唸り、ホワイトボードには半年前の数式が消されないまま残っている。来客があるとき以外、片づける気がないのが丸分かりで、それがもう四年続いている。


 その研究室に、今日は五人が集まっていた。


 田中教授、工学部四年の柊遼(ひいらぎ・りょう)、同回生の岸本徹(きしもと・とおる)古川凌(ふるかわ・りょう)村上咲(むらかみ・さき)。椅子が足りないので古川が床に座っている。廊下から見たら普通に怪しい。


 事の発端は三日前にさかのぼる。


   


 岸本が田舎の親戚の家を手伝いに行ったのは、単純に法事のため。山奥の古い農家で、祖父の代から誰も住んでいない離れがあって、荷物整理のついでに入ったら——変な機械があった。


「変なって、どのくらい変な?」と古川が聞いた。


「ロケットみたいなやつが二個、銅でできてて、でかい鍋みたいのが繋がってて」


「ロケット」


「あと樽が三個。中身は空だった」


 岸本は写真を見せた。


 遼がスマホを受け取って、じっと見た。


 三秒。


「これは蒸留装置だ」


 全員が遼を見た。


「まじで?」と古川。


「確かに。銅製のポットスチルが二基、初留用と再留用。配管はスワンネック型で、ワーム管が——」


「待って待って」と村上が遮った。「何語ですか」


「ウィスキー用の蒸留器。麦汁を発酵させて蒸留する道具。古いけど構造は正しい。戦後のものっぽい。型番が読めないから断定はできないが、おそらく家内製の——」


「ちょっと待って、いろいろまずくない?」と岸本。


「昔の話だし」と遼。「でも間違いない」


 岸本は腕を組んだ。


「じゃあ何で田舎の農家に蒸留器が」


「隠して造っていたんだろう」と遼は平然と言った。「戦後の農村では珍しくなかったらしい。酒税法が整備されてからは密造酒として摘発対象になったが——」


「うちのじいちゃんとこ」と岸本は呟いた。「密造酒……」


 しばらく誰も喋らなかった。


「浪漫じゃないか」と古川が言った。


「完全に違法です」と村上が言った。


「まあ」と遼が言った。


   


 問題は、そこからで。


 翌日、岸本が「機械、まだ動くのかな」と呟いた。


 古川が「調べてみようか」と乗った。


 村上が「ちょっと待ってください、どういう方向に」と言った。


 遼が「蒸留の構造自体はシンプルだから、修理できるかどうかは見てみないと分からない」と言った。


「聞いてないです今」と村上。


「聞いてなくても答えた」と遼。


 この四人の中で一番常識があるのが村上咲で、だからこそ割を食うことが多い。文句は多いが、止まりはしない。そういう性分の人間。


「……で、何がしたいんですか」と村上はため息をついた。


「研究と称してウィスキーを造る」と古川がはっきり言った。


 村上は三秒黙った。


「止めてくれると思ってなかったけど一応言った」


「止める理由がない」と遼。


「止める理由がたくさんあります」


「言ってみて」


 村上は深呼吸した。


「まず酒税法七条。無免許での酒類製造は、罰則が十年以下の拘禁刑または百万円以下の罰金。器具も没収される。次に——」


「それは知ってる」と遼が言った。


 全員が止まった。


「……なんで知ってる」


「調べた」


「いつ」


「前から」


 今度は村上だけでなく岸本も古川も、遼を見た。


「前からって、どのくらい前ですか」と村上が静かに聞いた。


「一年くらい前」


 部屋がしんとした。


「……柊さん、一年前から何を調べてたんですか」


「酒税法と、蒸留の仕組み」


「趣味で?」


「興味があった」


「ウィスキーに?」


「製造過程に」と遼は言った。「発酵から蒸留、熟成まで。化学的に面白い。特に蒸留のカット工程と銅触媒の反応は——」


「一年間調べてたんですね」と村上は静かに繰り返した。


「まあ」


 岸本が「なんで言わなかったの」と言った。


「聞かれなかったから」


 三秒、誰も何も言わなかった。


「……それは確かにそうだな」と古川が言った。


「そうですよね」と遼。


「でも普通さあ」と岸本。


「普通、何」


「なんか、言わない? こういうの。酒造りに興味あるとか」


「なんで」


「え、なんでって……」


 岸本は少し考えた。考えてから、「確かに言わないか」と言った。


「言いますよ普通」と村上が言いかけて、止まった。


 少し考えた。


「……言わないか」


「言わないですよね」と遼。


「言わないですけど」と村上。「でも何か引っかかる」


「どこに」


「どこに、って言われると……」


 村上はため息をついた。深い、長い。でも、少し笑っていた。


「別に隠してなかった」と遼。


   


 田中教授に相談しようという案は、岸本が出した。


「先生なら止めてくれるかも」


「俺は止める必要があるとは思ってないが」と遼。


「柊が止める気ないのは分かった」と古川。「先生に話すのは賛成。酒類研究の権威らしいし」


「酒類研究の権威じゃないです先生は」と村上。「制御工学です」


「でも酒が好き」


「それとこれとは話が別です」


 田中教授の研究室のドアをノックしたのは、それでも翌日の午後。


 遼がノックして、岸本が経緯を説明して、村上が法律上の問題点を整理して述べた。遼が一年前から酒税法を調べていたという話も、岸本がついでに言った。


 田中教授は最後まで黙って聞いた。


 それから、コーヒーを一口飲んだ。


「柊くん、一年前から調べていたというのは本当か」


「はい」


「なぜ」


「面白そうだったので」


「造る気はあったのか」


「機会があれば」と遼は言った。「ただ個人で造るのは酒税法上無理なので、免許の取り方を調べていた」


「一年間、机上で」


「はい」


 田中教授は少し間を置いた。


「……よし。で、君たちは何がしたいんだ」


「研究名目で試験製造免許を取って、ウィスキーを造りたいです」と古川。


「理由は」


「ロマンです」と岸本。


「……」


 田中教授は椅子を引いて、机に肘をついた。長い息を一つ吐いた。それから、なぜか少し嬉しそうな顔をした。


「村上くん、酒税法の構造、もう一度言ってみなさい」


 村上が少し背筋を伸ばした。


「酒税法七条により、酒類の製造には品目ごとの製造免許が必要です。無免許製造は無免許酒類製造罪として、十年以下の拘禁刑または百万円以下の罰金が科されます。ただし、同法には試験製造免許という制度があります。学校教育法に規定する学校において教育目的で試験製造を行う場合は、この免許が付与される可能性があります」


「最低製造数量は」


「通常の製造免許では年間六キロリットル必要ですが、試験製造免許には数量条件の適用がない可能性があります」


「可能性、か」


「はっきりとした前例が少ないので」


 田中教授は少し考えた。


「蒸留器は本物か、柊くん」


「見た限りでは使えると思います。ただ修理が必要。配管の接合部が錆びている」


「修理できるか」


「できます」


 即答。


 教授は遼を見た。


 遼は「週末に運び出せれば、来週中には動かせます」と言った。


「誰が修理していいと言いましたか」と村上が静かに言った。


「誰も言ってないが、やる気はある」と遼。


「じゃあやるって決めてるじゃないですか」


「やれるかどうかはまだ分からない。見てから決める」


 田中教授は少し笑った。


「まあ、座りなさい全員」


 五人が座った。折り畳み椅子が一つ足りなくて、古川が床に座った。


「酒税法上の手続きについて、少し話す」


 全員が前を向いた。


   


**【酒税法補足:試験製造免許について】**


 田中教授が白板に書き始めた。


 酒税法に基づく酒類製造免許は、商業目的では最低製造数量(ウィスキーの場合、年間六キロリットル)を満たさなければならず、個人が趣味で取得できるようなものではない。


 ただし、酒類製造免許には「試験製造免許」という別枠がある。学校教育法に定める学校において教育目的で試験製造を行う場合、国または地方公共団体が設置した試験場・研究所等で研究目的で製造する場合、あるいは新商品開発・新技術開発等の目的で製造する場合に付与され得るもので、最低製造数量の制限が適用されない。


 ただし国税庁の解釈通達では、試験製造免許は「真に試験研究を目的とする場合に限る」と明記されており、「営利性のある場合」や「自家用酒類の製造を目的とする場合」は対象外となる。つまり、「研究名目で造って飲む」という計画が表に出た瞬間、免許は下りない。


「つまり、どういうことですか」と古川。


「建前を整える必要がある、ということだ」と田中教授。


 静かになった。


「戦後農村の密造蒸留技術の保存と記録。その一環として、当時の器具を用いた蒸留工程の再現研究。理工学的な観点から、明治・昭和期の農村における自家製蒸留器の設計思想を検証する——というのが建前だ。実際に研究価値もある」


「……先生」と村上が少し声を絞った。「先生も造りたいんですか」


「私はウィスキーが好きでね」と田中教授は言った。「以上だ」


「以上、で試験製造免許を申請するんですか」


「研究としての側面は本物だよ。昭和戦後期の農村自家蒸留器の現物は、記録としてほとんど残っていない。工学部として記録・分析する価値はある」


 遼が「建前と本音が両立している」と言った。


「普通それを言わない」と村上。


「言ったほうが整理できる」と遼。


 田中教授はコーヒーを飲んだ。


「申請先は所轄の税務署。申請書類に製造場の見取り図、製造計画、設備の状況を添付する。事前に酒税官と協議しておかないと補正を何度も命じられる。行政書士を通したほうが早い。審査期間は標準で四ヶ月」


「四ヶ月」と岸本。


「製造してから三年熟成させて初めてウィスキーと呼べる。急いでも意味がない」


 全員が黙った。


「三年」と古川がゆっくり繰り返した。


「日本の規定では、木製樽に詰めて三年以上熟成させたものがウィスキーとして認められる。それ以前のものは蒸留酒またはニューポットと呼ぶ。ウィスキーではない」


「……じゃあ三年後に飲むんですか」


「卒業してます全員」と村上。


「問題は——」と田中教授が続けた。「試験製造免許で製造した酒類は販売できない。飲むこと自体は研究の過程として許容されるが、外部への提供も問題になり得る」


「つまり」


「研究室内で飲む分には、まあ」


 田中教授は言いかけて、止まった。


「……研究の過程として、サンプルの官能評価が必要だ。そういうことだ」


「先生」と村上が言った。「先生が一番飲みたいですよね」


「研究だよ」と田中教授は言った。


   


 申請の話が動き始めたのは、その週の終わり頃。


 岸本の親戚から蒸留器の一時移送許可を取った。農家の離れから運び出す作業は遼と岸本の二人。軽トラを二時間借りて、山道を下りた。


「重い」と岸本。


「銅だから」と遼。


「なんで平然としてるの君」


「これが面白くなければ何が面白い」


 遼が「面白い」という言葉を口にした。初めて聞いた気がして、岸本は少し止まった。


「……柊って、面白いって言う?」


「普通に言う」


「聞いたことなかった気がする」


「言ってると思うが」


 ポットスチルを軽トラに積み込みながら、岸本はそれを考えていた。一年間、誰にも言わずに酒税法を調べていた人間。機械を見るとき、構造を分析するとき——に出る、あの目の動き方。聞かれなかったから言わなかっただけで、ずっと興味があった。


 遼のそれは、ただ、機械に向いていた。


「なんで一年間黙ってたの」と岸本は聞いた。


「造れる状況じゃなかったから」


「今は?」


「蒸留器が出てきた」と遼は言った。「状況が変わった」


 岸本は少し笑った。


「柊ってさ、機会を待ってたんだね」


「待ってたというより、忘れてた」


「忘れてたのに一年調べてたの?」


「気になったら調べる。飽きたら止まる。また気になったら続ける」


「それを忘れてたとは言わない気がする」と岸本は言った。


 遼は少し考えた。「そうかもしれない」と言った。


 山道の傾斜で、軽トラが揺れた。荷台の銅の蒸留器が、低い音を立てた。


   


 修理には三日かかった。


 場所は工学部棟の端にある倉庫だった。


 正確には「資材置き場」という名目で登録されている部屋で、誰も使っていないのか使い方を忘れたのか、古い測定器と段ボールが積み上がっているだけの空間だった。遼が「ここを使う」と言った。


「許可は取ったんですか」と村上が聞いた。


「取ってない」


「取ってください」


「取りに行く時間がもったいない」


「もったいないって何が——」


「教授、この倉庫使っていいですか」と遼は田中教授に言った。


「ああ、あそこか。まあいいだろう」と教授は言った。


「もったいなくなかったですね」と古川。


「……今の許可でいいんですか」と村上。


「教授が言えばいい」と遼。


「工学部の倉庫ですよ? 手続きとかないんですか」


「まあ研究用だしな」と教授。


「教授も乗り気じゃないですか」


 結局、その日の午後から倉庫の片づけが始まった。


 段ボールを端に寄せ、古い測定器を棚に並べ直し、床を掃いた。換気用に窓を一枚確保して、ガス配管の引き込みルートを確認した。遼が配管の接合部を洗浄し、錆を除去し、銅板の歪みを確認した。村上が図書館で昭和初期の蒸留器設計の文献を探してきた(「私は止めようとしてたのに、なぜ文献を探している」と一人で呟いていた)。古川がインターネットでスコットランドのポットスチル構造図を集めた。岸本が「これ本当に動くんすか」と遼に聞いた。


「動く」と遼は言った。「ガス配管を繋いで温度管理をちゃんとやれば」


「漏れたりしない?」


「接合部は全部確認した」


「爆発しない?」


「アルコール蒸気に引火するリスクはあるので換気は必要だが、爆発はしない。普通に運用すれば」


「普通に運用」と村上が繰り返した。「工学部の倉庫でポットスチルを普通に運用。その文章に違和感を覚えないんですか」


「覚えない」と遼。


「工学部だから」と古川。


「それで解決する話じゃないです」と村上。


 田中教授が顔を出した。


「修理の進捗は」


「明日には動かせます」と遼。


「早いな」


「錆と接合の問題だけだったので」


 教授は蒸留器を見た。銅の鈍い光。重みのある形。熱を通す素材の、どこか温かみのある質感。しばらく黙って見ていた。


「……いい形をしてるな」と教授は言った。


「戦後農村の職人が作ったとすれば、かなりの精度です」と遼。「型は素朴ですが、加熱効率を考えた形状になっている。設計者が蒸留の原理をきちんと理解していた」


「名もなき職人が」と古川がしみじみ言った。


「ロマンだな」と岸本。


「ロマンだね」と教授。


「……本当に全員止める気ないんですね」と村上は言った。


 でも、その口調はもう、最初のころよりずいぶん穏やかだった。


 倉庫の中に、蒸留器があった。銅の表面に、遼の手で磨かれた跡。錆が落ちて、地の色が戻っている。段ボールと測定器の隙間に、なぜか収まっていた。


 動く。


 明日には、動く。

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理論武装が完璧すぎる、止める理由が仲間内から次々と潰されてる(笑)
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