春を告げる鐘 台本 Part7
S-54 廊下 朝 (9月)
葵、登校する。
教室に入る前に、茉莉が廊下で待っていた。
茉莉
「葵ちゃん、ちょっといい?」
葵
「うん」
茉莉
「しばらく学校を休む」
葵、茉莉を見る。
葵
「しばらくって、どのくらい」
茉莉
「分からない。少し長くなるかも」
葵
「……茉莉、病気なの」
茉莉、少し止まる。
茉莉
「うん」
葵
「頭痛じゃなくて」
茉莉
「……うん」
間。
葵
「重いの」
茉莉
「重い、かな」
葵、返事をしない。
茉莉
「でも今日ここにいる。それは本当のこと」
葵
「……会いに行っていい?」
茉莉
「来てくれると嬉しい」
葵
「場所、教えて」
茉莉、メモを渡す。
葵、受け取る。
茉莉
「授業のノート、また頼んでいい?」
葵
「取っておく」
茉莉
「ありがとう」
チャイムが鳴る。
茉莉
「行こう」
二人、教室に入る。
S-55 教室 (その後)
授業中。
葵、板書を写している。
茉莉の席が見える。
いつも通りそこにある。
ナレーション(葵)
「しばらく、という言葉の重さを、その日初めて正確に感じた。
休む、ではなく、しばらく休む。
その一言の違いが、ずっと頭に残った」
S-56 病院・病室前廊下 (9月末・週末・初回)
葵、廊下を歩いている。
ナースステーションで声をかける。
葵
「桐島茉莉さんのお見舞いに来たんですが」
看護師、確認する。病室を案内される。
葵、病室のドアをノックする。
茉莉
「どうぞ」
S-57 病院・病室 (9月末)
白い部屋。ベッド。
茉莉、起き上がって待っていた。
茉莉
「来てくれた」
葵
「来るって言ったから」
葵、椅子に座る。
鞄からノートのコピーを出す。
葵
「今週の分」
茉莉
「ありがとう。見てもいいの、これ」
葵
「見るために持ってきた」
茉莉、ページをめくる。
茉莉
「葵ちゃんって字きれいだね」
葵
「普通」
茉莉
「きれいだよ。几帳面な字」
葵
「茉莉は?」
茉莉
「私は……最近、ちょっと字が乱れてきた」
葵
「なんで」
茉莉
「手が思い通りに動かないことがある。たまに」
葵、茉莉の顔を見る。
茉莉
「大丈夫。今日はそうでもない」
葵
「……そっか」
間。
茉莉
「学校、どう?」
葵
「普通。茉莉がいないのが普通じゃないけど」
茉莉
「朔くんは?」
葵
「朔は……たまに茉莉の席見てる」
茉莉
「そっか」
葵
「気になってるんじゃないの」
茉莉
「三浦くんって、真面目だよね」
葵
「真面目というか、不器用」
茉莉
「葵ちゃんと似てる」
葵
「似てない」
茉莉
「似てるよ。二人とも、大事なこと言えないとこが」
葵、返事をしない。
S-58 病院・廊下 (10月・別の週末)
葵、廊下を歩いている。
看護師とすれ違う。先週も会った顔だ。
看護師
「今日も来てくれたんですね」
葵、うなずく。
看護師
「桐島さん、葵ちゃんが来る日は朝から機嫌がいいんですよ」
葵、少し止まる。
葵
「……そうなんですか」
看護師
「来てあげてください。本当に」
S-59 病院・病室 (10月)
茉莉、ベッドに座っている。
葵、椅子に座っている。
茉莉
「葵ちゃん」
葵
「何」
茉莉
「最近、笑ってないね」
葵
「……笑ってるよ」
茉莉
「来るたびに顔が暗い」
葵
「そんなことない」
茉莉
「ある」
葵、返事をしない。
茉莉
「私のために暗くなってたら、損じゃない」
葵
「損とか関係ない」
茉莉
「関係ある。葵ちゃんが暗い顔してると、私まで暗くなる」
葵
「……ごめん」
茉莉
「謝らなくていい。笑ってて」
葵
「笑えって言われても」
茉莉
「来るたびに、葵ちゃんの笑った顔が見たい。それが私のわがままだから」
葵、茉莉を見る。
泣かなかった。でも泣きそうだった。
葵
「……分かった」
茉莉
「約束」
葵
「約束」
茉莉、少し笑う。
S-60 病院・病室 帰り際
葵、帰ろうとしている。
コートを着る。
茉莉
「一個だけ教えて」
葵
「何」
茉莉
「進路、決まった?」
葵、少し止まる。
葵
「……うん。少し見えてきた」
茉莉
「本当に?」
葵
「本当に。やりたいことが、一個ある」
茉莉の顔が、本当に安心した顔になった。
茉莉
「よかった」
葵
「茉莉がずっと聞いてくれてたから」
茉莉
「私は聞いてただけ。見つけたのは葵ちゃん」
葵、ドアのところで止まる。
葵
「また来週」
茉莉
「待ってる」
葵、出ていく。
ドアが閉まる。
茉莉、一人になる。
窓の外を見る。
暗転。
S-61 葵の部屋 夜
葵、机に向かっている。
進路希望の紙。
書いてある。
ナレーション(葵)
「笑ってて、と茉莉は言った。
笑えない理由は分かっていた。
茉莉がいない日常に慣れていくことが、
どこか申し訳なかった。
でも茉莉はそれを、損だと言った。
私のわがままだと言った。
……茉莉のわがままなら、聞こうと思った」
暗転。




