春を告げる鐘 台本 Part6
S-46 夜の公園 (7月)
葵と茉莉、ベンチに座っている。
虫の声。遠くで子供の声。
茉莉
「夜の公園って来たことなかった」
葵
「危ないから来るなって言われてた」
茉莉
「でも来てる」
葵
「茉莉が行こうって言ったから」
茉莉
「葵ちゃんって素直だよね」
葵
「断る理由がなかっただけ」
茉莉
「それが素直ってこと」
間。虫の声。
茉莉
「葵ちゃん、今日何か楽しかったことある?」
葵
「……今」
茉莉
「今?」
葵
「今、ここにいるのが楽しい」
茉莉、葵を見る。
茉莉
「言えるじゃん」
葵
「何が」
茉莉
「楽しいって。前は言えなかったでしょ」
葵、少し考える。
葵
「……言えなかったかも」
茉莉
「変わったね」
葵
「茉莉のせい」
茉莉
「せいって言い方」
葵
「おかげ」
茉莉、笑う。
S-47 商店街・かき氷屋 (7月)
葵と茉莉、かき氷を食べている。
茉莉
「葵ちゃんって、遠いところ行きたいとか思う?」
葵
「遠いところ?」
茉莉
「海外とか、遠くの観光地とか」
葵
「行けたら行きたいけど、特に急いでない」
茉莉
「急いでないか」
葵
「茉莉は? 遠いとこ行きたくないの。いつも近場ばっかりだから」
茉莉
「遠いと疲れるから」
葵
「それだけ?」
茉莉
「近くにも行ったことない場所はたくさんある。全部行ききれないくらい」
葵
「全部行くの?」
茉莉
「行けたら行く。行けなかったら……葵ちゃんが行って」
葵
「なんで私が」
茉莉
「代わりに行ってきてくれたら、なんとなく行った気がするから」
葵、かき氷を一口食べる。
葵
「……変な理屈」
茉莉
「変じゃない。ちゃんとした理屈」
S-48 教室 朝 (7月末)
葵、席に座っている。
茉莉の席、空いている。
野口、出席を取る。桐島の名前を飛ばす。
葵、茉莉の席を見る。
S-49 教室 (三日後)
茉莉、入ってくる。
いつも通りの顔。
葵の隣に座る。
茉莉
「おはよう」
葵
「……おはよう。大丈夫?」
茉莉
「うん。少し体調崩してた」
葵
「病院行った?」
茉莉
「行ってた」
葵
「そっか」
間。
葵
「……授業のノート、コピーしてある」
茉莉
「え」
葵
「休んでた分。使う?」
茉莉、受け取る。
しばらく見ている。
茉莉
「ありがとう」
葵
「三日分あるから多いけど」
茉莉
「……葵ちゃん」
葵
「何」
茉莉
「好きだよ」
葵
「……急に何」
茉莉
「言いたかったから言った」
葵、前を向く。
耳が少し赤い。
S-50 葵の部屋 夜
葵、机に向かっている。
ノートを開く。
進路希望の紙。
少し考えてから、書き始める。
ナレーション(葵)
「茉莉と過ごすようになって、変わったことがある。
面白いと思ったことをすぐやる。後回しにしない。
気づいたら、やりたいことが少し見えていた。
茉莉が見ていてくれるから、見つけなきゃ、と思った。
そういう気持ちが、初めてだった」
S-51 神社・夏祭り 夜 (8月)
提灯の明かり。人の声。屋台。
葵と茉莉、浴衣で歩いている。
茉莉
「来れた」
葵
「来れたね」
茉莉
「綿飴食べたい」
葵
「子供みたい」
茉莉
「食べたいんだから仕方ない」
二人、綿飴を買う。
茉莉、大きい綿飴を受け取って笑う。
茉莉
「でかい」
葵
「頼んだのは茉莉でしょ」
茉莉
「こんなにでかいと思わなかった」
S-52 神社・境内 夜
鐘の前に来る。
提灯の明かりが届いている。
茉莉、鐘を見る。
茉莉
「来年もここに来れるといいな」
葵、返事をしようとした。
「来よう」と言いかけた。
でも止まった。
茉莉の横顔が、少し遠かった。
葵
「……来ようよ」
茉莉
「うん」
老婦人、鐘のそばに来る。
綱を引く。
鐘が鳴る。
二人、その音を聞く。
茉莉
「遠くまで届くんだよね」
葵
「……うん」
茉莉
「いいね」
S-53 神社・帰り道 夜
葵と茉莉、歩いている。
人が減ってきた。
茉莉、葵の手を握る。
葵、少し驚く。
でも何も言わない。
握り返す。
しばらく、二人で黙って歩く。
ナレーション(葵)
「何も言わなかった。
茉莉も何も言わなかった。
でも、手を離さなかった。
その重さを、私はまだ理解していなかった。
でも、大事なものだということは分かった」
暗転。




