春を告げる鐘 台本 Part4
S-31 放課後・商店街の裏路地 (5月末)
葵と茉莉、歩いている。
茉莉、路地の奥を覗く。
茉莉
「こっち行ったことある?」
葵
「ない。行き止まりだと思って」
茉莉
「行ってみよう」
葵
「行き止まりだよ」
茉莉
「行き止まりでもいい」
二人、路地に入る。
古い塀。植木鉢。猫が一匹、塀の上にいる。
突き当たり。やはり行き止まり。
茉莉、突き当たりの壁を見る。
茉莉
「いいね」
葵
「何が」
茉莉
「誰も来ない感じ」
葵
「来ないのは行き止まりだから」
茉莉
「それがいいんじゃない」
猫が鳴く。
茉莉、猫を見上げる。
猫、行ってしまう。
茉莉
「猫、いなくなった」
葵
「どこかに用があったんでしょ」
茉莉
「猫に用ってあるの」
葵
「知らない」
茉莉、笑う。
茉莉
「葵ちゃんって行ったことない場所ある?」
葵
「この辺は大体知ってる」
茉莉
「じゃあ神社は? 鐘の音がする神社、この辺にあるって聞いた」
葵
「……ある。小さい神社。子供の頃よく行った」
茉莉
「連れて行って」
葵
「今日?」
茉莉
「今度の土曜日でいい」
葵
「……分かった」
S-32 学校・屋上への非常階段 (別の日)
茉莉、手すりに寄りかかって下を見ている。
葵、後ろに立っている。
葵
「何見てるの」
茉莉
「校庭。あんなに広かったんだ」
葵
「上から見ると違う?」
茉莉
「違う。全部見えると、全部小さく見える」
葵
「そういうもんじゃない」
茉莉
「葵ちゃんって高いとこ平気?」
葵
「普通」
茉莉
「私は好き。遠くまで見えるから」
葵
「遠くが好きなの?」
茉莉
「遠くを見てると、近くのことを考えなくていいから」
葵、茉莉の横顔を見る。
葵
「近くのことって」
茉莉
「いろいろ」
茉莉、手すりから離れる。
茉莉
「行こうか。土曜日、神社ね」
葵
「うん」
S-33 神社・参道 土曜日・午前
葵と茉莉、石段を登っている。
木漏れ日。静かだ。
茉莉
「人いないね」
葵
「朝は少ない。お祭りのときは混むけど」
茉莉
「お祭り、いつ?」
葵
「夏。8月」
茉莉
「8月か」
茉莉、少し間を置く。
茉莉
「来られるといいな」
葵
「来れば?」
茉莉
「うん、来たい」
石段を登り切る。
境内。小さな拝殿。
鐘は拝殿の脇にある。古いが手入れされている。
茉莉、鐘の前に立つ。
しばらく見ている。
葵
「鳴らす?」
茉莉
「いい。見るだけ」
間。
茉莉
「いいね」
葵
「何が」
茉莉
「ずっとここにある感じ」
葵
「昔からある。私が子供の頃も、もっと前も」
茉莉
「これからもずっとあるんだね」
葵
「……たぶん」
茉莉、もう一度鐘を見る。
それから、境内の奥の方へ歩いていく。
S-34 神社・境内
老婦人が掃き掃除をしている。
茉莉、近づく。
茉莉
「あの、この鐘って、いつから?」
老婦人、手を止める。
老婦人
「百年以上前からあるよ。私が子供の頃もあったから」
茉莉
「毎年、鳴らすんですか」
老婦人
「お祭りのときと、年越しと。あとは何か大事なときに」
茉莉
「大事なとき」
老婦人
「誰かが逝くときとか。送り出すときに鳴らすんだよ、昔は」
茉莉、少し黙る。
茉莉
「……そうなんですね」
老婦人
「遠くまで聞こえるから。行った先まで届くようにってね」
茉莉
「行った先まで」
老婦人
「そう。だから鐘はいいんだよ。残った人も、行った人も、同じ音を聞けるから」
茉莉、うなずく。
茉莉
「ありがとうございます」
老婦人、また掃除を始める。
老婦人
「また来なさい。この鐘は逃げないから」
茉莉、少し笑う。
茉莉
「来ます」
茉莉、葵のところへ戻る。
葵
「何話してたの」
茉莉
「鐘のこと。行った先まで届くんだって」
葵
「……どこに行った先?」
茉莉
「どこでも」
葵、返事をしない。
茉莉
「葵ちゃん、この神社のこと好き?」
葵
「嫌いじゃない。子供の頃よく来てたから」
茉莉
「どんな子供だったの」
葵
「普通の子供」
茉莉
「石段、一段飛ばしで登ったりした?」
葵
「した」
茉莉
「やっぱり」
葵
「なんで分かるの」
茉莉
「葵ちゃんって、小さいルール破りは平気そう」
葵、少し考える。
葵
「……合ってるかもしれない」
茉莉
「でしょ」
茉莉、笑う。
S-35 神社・坂道 帰り道
石段を下りて、坂道を歩いている。
茉莉
「葵ちゃんって、誰かのために生きてる?」
葵
「……どういう意味?」
茉莉
「自分のためじゃなくて、誰かのためにやってることって、ある?」
葵
「……分からない」
茉莉
「そっか」
間。葵、歩きながら考えている。
葵
「茉莉は?」
茉莉
「私は今、それをやってるつもり」
葵
「誰のために」
茉莉
「葵ちゃんのために」
葵、足が少し止まる。
葵
「……私の?」
茉莉
「葵ちゃんが普通でいてくれると、私も普通でいられるから」
葵
「それって……」
茉莉
「難しく考えなくていい。ただそういうこと」
葵、返事ができない。
茉莉、歩き続ける。
S-36 神社・坂道 その続き
茉莉
「葵ちゃんが元気でいてくれたら、私は安心して行けるんだけどな」
葵、茉莉の横顔を見る。
「行けるんだけど」の意味を掴もうとする。掴めない。
葵
「……元気でいるよ」
茉莉
「うん」
間。
茉莉
「約束してくれる?」
葵
「……何を」
茉莉
「元気でいること。笑ってること。前に進んでいくこと」
葵
「なんで急にそんなこと」
茉莉
「急じゃない。ずっと思ってた」
葵、茉莉を見る。
葵
「……する」
茉莉
「ありがとう」
その「ありがとう」は重かった。
葵には、まだその重さの正体が分からなかった。
S-37 坂道・分かれ道 夕方
葵
「また来る? 神社」
茉莉
「来たい。夏祭りのとき」
葵
「一緒に行こう」
茉莉
「うん」
間。
茉莉
「葵ちゃん」
葵
「何」
茉莉
「今日、連れてきてくれてありがとう」
葵
「……どういたしまして」
茉莉、手を振って歩き始める。
葵、その場に立って見ている。
ナレーション(葵)
「茉莉のありがとう、が頭に残った。
何に対してのありがとうなのか、分からなかった。
でも聞けなかった。
聞いたら、何かが変わる気がした」
暗転。




